ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2014年05月

神父たちの愛人が「独身制廃止」要求

 24人のイタリア女性たちがフランシスコ法王宛てに公開書簡を送り、その中で聖職者の独身制の廃止を請願している。24人の女性は神父や修道僧の愛人であり、密かに同棲生活をしてきた女性たちだ。

 興味深い点は、同記事を最初に報じたのはインターネット・メディアのバチカン・インサイダーだが、バチカン放送が18日、一日遅れでそのニュースを掲載したことだ。それもかなり詳細に報じているのだ。

 ローマ法王と法王庁の意向を忠実に反映するバチカン放送が独身制の廃止を要求したイタリア女性たちの書簡を報道した背後について、「カトリック教会の抜本的な改革に乗り出すフランシスコ法王の願いを汲んだものだ」といった推測すら流れている。

 記事の内容をもう少し紹介する。24人のイタリア女性たちはフランシスコ法王に公開書簡を送り、聖職者の独身義務を廃止してほしいと要請。バチカン放送によれば、「女性たちは沈黙と無関心の壁を克服したいと願っている。彼女たちは破滅的な苦痛の日々を送ってきた」という。
 「私たちのためだけに願っているのではなく、教会全体の繁栄ためにも独身制廃止を願う」と述べ、「夫たちが今後もその聖職を継続できることを願っている」という。
 女性たちは「秘密にして生きるのは偽善的であり、精神的にもフラストレーションが蓄積する日々だ。法王が私たちの夫への愛を祝福して下さるように願う」と祈願し、書簡を結んでいる。

 聖職者の独身制について、南米教会出身のフランシスコ法王は前法王べネディクト16世と同様、「独身制は神の祝福だ」という立場だ。ただし、「聖職者の独身制は信仰(教義)問題ではない」と認めている。なお、フランシスコ法王は聖職者の2重生活については批判的だ。聖職者が一人の女性を愛するなら、聖職を断念し、愛する女性と家庭を持つべきだという立場だ。
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 バチカンのナンバー2、ピエトロ・パロリン教理省長官は昨年、べネズエラ日刊紙の質問に答え、「カトリック教会聖職者の独身制は教義ではなく、教会の伝統に過ぎない。だから見直しは可能だ」と述べ、欧州メディアで大きく報道されたことがある。

 カトリック教会では通常、「イエスがそうであったように」という理由で、結婚を断念し、生涯、独身で神に仕えてきた。しかし、キリスト教史を振り返ると、1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の多くの聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。カトリック教会の現行の独身制は1139年の第2ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由が(聖職者の独身制の)背景にあったという。

 バチカンは今年10月5日、シノドス(世界代表司教会議)を開催し、そこで「福音宣教から見た家庭司牧の挑戦」(仮題)について協議するが、家庭をもたない聖職者たちの家庭問題への対応について、「医学の勉強をしなかった偽医者が患者を診察するようなものだ」といった声も聞かれる。

「憎まない生き方」は現代の福音

 ヨルダン取材からウィーンに帰国して以来激しい下痢に悩まされてきたが、ようやく峠を越えた感じでキーボートを押す指にも力が入ってきた。そこでアンマン取材中に考えてきたテーマについて忘れないうちに書いてみた。

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▲韓国記者団の質問に答えるアブエライシュさん(2014年5月11日、アンマンで)

 ヨルダンのアンマンでは、3人の娘さんと姪をイスラエルの砲撃で失ったパレスチナ人医師イゼルディン・アブエライシュ氏(現トロント大学助教授)と会見したが、同氏の「憎まない生き方」について、再度まとめてみたい(同氏との会見内容は「憎しみは自らを亡ぼす病だ」2014年5月14日を参考)。
http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52070215.html

 同氏は「憎悪はがん細胞のようなもので、それは体内で繁殖し、最終的には憎悪する人を亡ぼしてしまう。憎悪は大きな病だ」というのだ。

 アンマン取材中の韓国誌「月刊朝鮮」のLeeJohn記者は韓国記者団が主催したアブエイシュ氏を囲む会見で、「日韓両国は互いに憎みあっているが、両国はその憎悪を克服するためにはどうすればいいのか教えてほしい」と聞いていた。日韓両国記者にとって、アブエライシュさんに是非とも聞きたい質問だ。

 同氏は「私は韓国に招かれソウルを訪問した。日韓両国間の問題は知っている。韓国は過去の体験を克服し、日本と同じように立派な近代国家を建設してきた」と応じた後、「過去は過去だ。過去問題をいつまでも国の優先課題として扱うべきではない」「過去の囚人となってはならない」と述べた。李記者がその返答をどのように受け取ったかは不明だが、当方はアブエライシュ氏の発言は正鵠を射ていると感じた。

 しかし、問題は、過去の出来事、体験は「細胞が覚えている」のだ。、簡単に忘却できない。いつまでも付きまとう。3人の娘さんを失ったアブエライシュさんが殺害者のイスラエルを憎まないのは同氏の祝福された性格にあるのではないか。当方は「愛する人を殺した相手を憎まず、許すことができるのはあなただからできるのではないか。他の人ができるだろうか」と少し意地悪な質問をした。

 同氏は当方の質問を聞くと珍しく、「そうではない」と語調を高め、「パレスチナ人とイスラエル人だけに当てはまることではなく、日韓両国、全ての民族間にも該当することだ」というのだ。

 それでは、同氏はどのようにして「憎悪」を克服したか。答えは、3人の娘さんを慰霊するために中東女性たちへの奨学金基金を設置したことにあるのではないかと考えた。将来医者になりたかった長女や弁護士になりたかった次女の願いを大切にするため、勉学を目指す中東の若い女性たちを支援しようと決意したという。

 同氏は「憎悪はその人を殺し、燃え尽くす。だから、過去を克服するために未来に向かってアクションすべきだ。何か他者の為に良き行動をすべきだ」と主張する。未来の世代のために良き行動を起こすことで自身の中で広がろうとする恨みを抑え、、正しい治療を施すことができるというのだ。

 医者のアブエライシュ氏は「治療をしても治らない患者に接した場合、医者は2つのことを考える。一つは診断が間違っていないか。もう一つは治療方法は正しいかだ」という。

 同氏は「チョイス」(選択)という言葉を頻繁に発する。「人生は全て可能だ。過去の体験の縛られた人生でなく、未来に向かって行動を起こすべきだ」という。
 パレスチナ難民キャンプで生まれ、育った同氏はカイロ大学医学部を卒業し、ハーバード大で学んできた。そしてパレスチナ人医者として初めてイスラエルの病院で勤務してきた体験を有する。
 
 アブエライシュさんの「憎まない生き方」は韓国国民を鼓舞する内容があると信じる。日韓の過去は過去だ。過去問題に囚われていたら、憎しみというガン細胞は体内で繁殖し、取り返しのつかない状況に陥ってしまう。慰安婦少女像の設置などはその危険性を強く示唆している。韓国国民は過去の囚人となってはならない。未来に向かってアクションをすべきだ。それも他者のために良き行動を起こし、良きエネルギーを注ぎ、体内に潜む憎悪というがん細胞を消去すべきだ。

 同氏の著書「それでも、私は憎まない」は多くの人々の心を捉えてきた。同氏はノーベル平和賞候補にも推薦されているという。「憎しみ」が席巻する社会に生きているわれわれにとって、「憎まない生き方」は現代の福音だろう。

「国民の命を守れない国家」とは

 韓国の珍島沖で起きた旅客船「セウォル号」沈没事故では14日現在、281人の遺体が収容された。犠牲者の多くは修学旅行中の生徒たちだったことで、事故を一層悲しくさせている。セウォル号の船長を含む4人の乗組員は殺人罪で起訴されたという。

 韓国の報道によれば、セウォル号沈没事故では、適切な救援体制があれば犠牲者の多くは助かった可能性があったということから、人災の性格が濃い。だから、船舶関係者ばかりか、その最終的責任を担う政府の危機管理と事故への対応が問われているわけだ。

 セウォル号沈没犠牲者の追悼集会が17日、ソウル市内で挙行された。関係者はロウソクを灯しながら黙とうを捧げたという。読売新聞電子版によると、集会参加者は「国民の命を守れない政府に、この国を任せられない」と訴えたという。

 国家は主権者の国民の命、財産を守る責任を有している。国家の構成員の国民の財産、命を守れないとすれば、その国は少なくとも正常とは言えない。

 ここまで書いて、安倍晋三政権が進める集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈変更についての日本国内の議論を思い出した。セウォル号沈没事故と国家の安保問題はその規模、その影響で違いはあるが、政府が国民の命を守るべき責任があるという点で酷似している。国は国民の命を守るために自国の安保体制を強化すると共に、事故が起きないように規制や法の整理をしなければならない。

 安倍政権は「現法体制下では政府は国民を守ろうとしても難しい」と判断し、その憲法解釈の変更を求めている。国家を任せられた政権担当者としては当然の対応だ。

 隣国周辺で紛争が生じ、日本が攻撃を受け、国民の安全が危機に瀕した場合は当然だが、同盟国が敵国に攻撃され、軍事支援が急務の時、防衛義務を履行するのは当然だろうし、同盟国が攻撃に晒された場合、集団的自衛権の行使を考えるのは国家の危機管理内の問題だ。

 集団的自衛権行使のための憲法解釈の変更に反対する人々は「日本の再軍備化」といった懸念を表明するが、その危惧心はかなり観念的だ。日本を取り巻く状況は中国の軍事的台頭で不安定さを増している。これが現実だ。

 韓国民の「国民の命を守れない政府に、この国を任せられない」という訴えは至極正論だ。同じように、政権政党の集団的自衛権行使のための憲法解釈の変更要求も現実的な主張だ。

 誰が国民の安全を守ってくれるのだろうか、米国か、それとも自国の政府か。日本は長らく他国の努力で得られた平和を享受してきた。そして国民の命を他国に任せてきた。

 ソウル市民の「国民の命を守れない政府に、国を任せられない」という訴えを日本は自分の問題としてじっくりと考えるべきだろう。

脚光を浴びる「猫」の活躍

 犬と猫のどちらが好きかで、犬派と猫派に分かれるが、当方は久しく犬派だった。猫を飼ったことがないので、猫の愛好家の思いは推し量るだけだ。犬が大好きな当方はこのコラム欄でも少なくとも10本以上、犬の話を書いてきた。

 庭のないウィーン市の住宅に住んでいるので昔のように犬を飼うことはできなくなったが、友人や知人が夏季休暇に出かける時など、彼らの犬を数週間、お世話することで犬を飼えない寂しさを紛らわしてきた。

 ところで、最近、猫の株が急上昇してくる一方、犬の評判が下がってきたのだ。もちろん、当方が聞き、知った範囲でいっているので、誤解しないようにお願いしたい。

 犬は飼い主に忠誠心が強く、奉仕精神に溢れているが、そうと言えない犬の話題が最近頻繁に耳に入ってくるようになった。
 「礼儀作法の先生の犬の『不作法』」2013年3月7日)でも書いたが、日本でも知られているエルマイヤーダンス学校のトーマス・エルマイヤー校長の飼い犬が最近も他の犬を噛んだり、襲ったというニュースが流れてきたばかりだ。
 オーストリアでは犬が人間を襲って怪我をさせるケースは少なくない。特に、闘犬が子供を襲って大怪我させた時などは大ニュースとなり、闘犬の管理問題まで発展したことがあった。オーストリアでは日本の忠犬ハチ公のような話はめったに聞かない。

 特に、観光地ウィーンの生活は街自体が落ち着きがないこともあってストレスが結構多い。デリケートな犬は人以上にストレスに悩まされているのかもしれない。

 そのように考えていたら、米国カリフォルニアで起きた猫の話が伝わってきた。隣人の犬が突然、子供(4歳、自閉症)を襲ってきたのだ。それを見た子供の家の猫(ターラー)が猛進してその犬に体当たりした。自分より小さく、本来ならば簡単に逆襲できるが、猫の勢いに驚いたのか、犬は逃げ回った。猫は犬が逃げ去るのを確認すると子供の傍にきたというのだ。

 時間のある読者はこの動画を見ていただければ、その猫の勇気が感動的に伝わってくるだろう。それにしても、どうして隣人の犬が知り合いの子供を襲撃したのか。犬の名声を傷つける蛮行以外の何ものでもない。

 今年始め、英国のストリート音楽家の青年(ジェームズ・ボーエン)とボブと呼ばれる野良猫の話が大きな話題となった。怪我していた捨て猫(ボブ)を助けたストリート音楽家がその後、さまざまな幸運に恵まれ、ボブと音楽家の話は童話となり、世界的なベストセラーとなったのだ。日本でも「ボブという名のストリート・キャッツ」という名で本が出版されたという。もちろん、実話だ。

 それにしても、犬はどうしたのだろうか。猫はここにきてその存在感を如何なく発揮しているのに、犬にまつわる話は悲しいものが多いのだ。犬を愛する当方は犬に奮起を促したい。犬は人間の最良の友だ。たとえ、ストレスで悩む犬が出てきたとしても、本来は優しい存在だ。猫の活躍ぶりを聞くたびに、少し寂しい思いを感じている。

 

「音楽の都」を占拠する同性愛者たち

 欧州ソング・コンテスト、ユーロヴィジョン(Eurovision)でオーストリア代表Conchita Wurst(コンチタ・ヴルスト)さんが優勝して以来、同国ではヴルストさんの話題で持ちきりだ。18日にはとうとうファイマン首相がヴルストさんを連邦首相府に招くことになった、というところまでこのコラム欄で紹介した。話は続く。

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▲ライフ舞踏会ポスターのモデルに黒ペンキでスカートが着けられた(2014年5月16日、オーストリア日刊紙「ホイテ」から)

 18日の連邦首相府のヴルストさん優勝歓迎会には本人だけではなく、有名な同性愛者の俳優や関係者が招かれているという。オーストリア各地から同性愛者が連邦首相府に結集し、ヴルストさんの優勝を喜ぶというのだ。

 同性愛者の権利尊重を訴えてきた人々にはこのような日が訪れるとは考えてもいなかっただろう。それだけではないのだ。ヴルストさんの優勝は今月末開催のライフ舞踏会(LifeBall)にも追い風となることは目に見えているのだ。

 ライフ舞踏会はエイズ感染者への偏見をなくし、エイズへの理解を深めていくというのがその目的だが、そのポスターには性転換した有名なモデルの裸姿が描かれているなど、エイズ対策というより、同性愛促進を目的としているのではないか、と錯覚を覚えるほどだ。

 ライフ舞踏会関係者はポスターがメディアの話題に上がったことでその目的を果たしたと考えているかもしれないが、そのポスターの影響は大きい。

 「気分がわるくなった」「考えられない」「自分の子供には見せたくない」といった子供を持つ親の声が聞かれる。それに対し、ライフ舞踏会を支援するウィーン市関係者は「ウィーンは芸術に対して世界一寛容な都市です」と弁明している有様だ。

 ユーロヴィジョンで優勝したヴルストさんは女装する一方、顎髭を生やした奇抜な姿はメディアの寵児となり、世界各地で引っ張りだこだ。BBCや米国からのインタビューで飛び回っている。一方、ライフ舞踏会は同性愛を鼓舞するようなポスターをウィーン市内の至る所で貼っている。音楽の都ウィーンは同性愛者に占拠された感じだ。

 オーストリアのメディアによると、40代の女性が夜、ライブ舞踏会のポスターの女性に黒ペンキでミニスカートを着けてまわっている、という話が掲載されていた。その女性は「このような写真を子供たちに見せるべきではない。もちろん、見つかれば刑罰を受けるのは知っているが、誰も対策をしない今、緊急に自分ができることはこれしかない」と述べている。

 同性愛者の権利は尊重されるべきだが、それに反対する人々の権利についても考えるべきだろう。同性愛者の権利を擁護する人々は「寛容さ」を主張するが、無制限な寛容は社会を混乱させるだけではないか。規律ある寛容さを求める。

法王訪問控えヘイトクライム増加

 世界に約12億人の信者を有する最大のキリスト教宗派、ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王フランシスコの聖地巡礼を控え、イスラエル国内で法王訪問反対デモやキリスト教関連施設への蛮行などヘイトクライム(憎悪犯罪)が増加し、治安状況が悪化してきた。
 
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▲ローマ法王訪問を控えるアンマン市クイーンアリア国際空港前のヨルダン国旗(2014年5月9日、撮影)

 フランシスコ法王は今月24日、ヨルダンの首都アンマンを皮切りに、イスラエルのベツレヘムとエルサレムの3都市を訪問する。
 アンマンでアブドラー国王と、ベツレヘムではパレスチナ自治政府のアッバス議長、そしてエルサレムではペレス大統領、ネタニヤフ首相と、それぞれ会談する予定だ。バチカンからの情報によると、フランシスコ法王はシリアのダマスカスの訪問を希望していたが、安全問題の理由から今回は実現されなかった

 今回の法王の聖地訪問では、パウロ6世と正教会最高指導者、コンスタンディヌーポリ総主教アテナゴラスとの歴史的会談を記念するイベントがメインだ。パウロ6世とアテナゴラス総主教は1964年1月5日、会合し、1054年以来続いてきた東西教会の相互の破門(大シスマ)宣告を取り消した歴史的な和解を実現した。
 50年前の歴史的会談を記念して、フランシスコ法王はエルサレムで東方正教会の精神的指導者(エキュメニカル総主教)バルトロメオス1世と50年前の歴史的和解を記念する行事を聖墳墓教会で行う予定だ。

 ところで、ローマ法王の訪問を控え、イスラエルでローマ法王の訪問に反対するデモや教会関連施設への破壊行為が急増してきた。バチカン側はイスラエル政府にヘイトクライム対策を訴えている。

 エルサレムのカトリック教会司教会議事務所の壁に、何者かが「アラブ人、キリスト者、そしてイスラエルを憎むすべての者に死を」と檄文を書いていた。12日には 法王訪問反対のデモも行われたばかりだ。
 ラテン典礼エルサレム教区のファアド・トワル総大司教は「ローマ法王訪問の歓迎ムードを破壊する蛮行だ」と批判し、イスラエル側の取り締まりの強化を要請している。カトリック教会関係者は「われわれは安全で、守られている、といった感じは全くない」と懸念を表明しているほどだ。
 バチカン関係者によると、法王訪問に強く反対しているのは「過激な入植者たちとユダヤ教根本主義者たちだ」という。


 

欧州ソングコンテストの勝利者?

 ヨルダンのアンマン国際会議の取材を終えてクイーンアリア国際空港からオーストリア航空でウィーンに帰国したが、機内でオーストリアの日刊紙を貰って読んで、ビックリした。ユーロヴィジョン・コンテストで何とオーストリア代表が優勝したのだ。

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▲Wurstさんの写真を一面で掲載するオーストリア日刊紙

 欧州ソング・コンテスト、ユーロヴィジョン(Eurovision)の決勝が10日、デンマークの首都コペンハーゲンで開催され、26カ国から決勝に選出された歌手たちが参加した。
 当方はオーストリア代表のConchita  Wurstさん(コンチタ・ヴルスト)は残念ながら歌唱力では他の国の代表を凌ぐことはないだろう、と予想してアンマン取材に出かけた。そのオーストリア代表がなんと圧倒的な支持を得て勝利したというのだから、「世の中はどうかしている」と深いため息も飛び出す次第だ。

 「君のお世話になっている国の歌手が優勝したのだから朗報ではないか」といわれるが、第1位となった歌手がその歌とその歌唱力で一番となったのではなく、同性愛者で女装する一方、顎と口周辺に髭を生やした奇抜な姿が人気を呼び、ロシアやポーランドなどの国を除いて、ほぼ最高点(12点)を得て優勝した、というのがWurstさん勝利の背景であることは疑いないからだ。

 「歌唱力では第2位に入ったオランダの代表The Common Linnets が良かったが、オーストリアの歌手は決戦前からメディアの関心を呼び、ブックメーカーが優勝候補に挙げていたから優勝しても驚かないよ」という。

 ユーロビジョンがいつから同性愛者問題を支援する政治集会となったのか。同性愛者の権利を擁護する国の審査員は一斉にオーストリア歌手に12点という最高点を与えた一方、同性愛の権利を否定するポーランドやベラルーシなどはゼロ点だった、といった具合だ。
 2年前のユーロビジョンの優勝者、モロッコ出身のスウェーデン人のLoreen(ロリーン)は歴代2位の高得点を挙げて優勝したが、誰もが納得していた。ロリーンが圧倒的に歌唱力が優れていた歌手だったからだ。

 さて、オーストリア代表が優勝したことで、来年のユーロビジョンはオーストリアで開催されることになった。開催権を得たオーストリアは政治家を含め大喜びというか、一種の狂乱状況に陥っている、としか思えないような反応が見られる。

 同国のメディアも連日、彼女の写真をトップに乗せ、その生い立ちから、同性愛者となった経緯などを詳細に報じて読者の要望に応える一方、今月25日の欧州議会選挙を控えて、各政党も彼女の国民的人気を利用しない手はない、といわんばかりだ。ファイマン首相は18日、Wurstさんを連邦首相府に招き、勝利を称える予定だ。与党社会民主党関係者は「わが国の寛容さが欧州で評価された」と大喜びだ。連立与党の国民党出身の女性相などは「同性愛者の権利が更に強化される」といったコメントを発表している。独与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党、国民党は数年前までは同性愛者の権利に対しては反対姿勢が強かったが、ここにきては同性愛者の養子権利を検討するなど、時代の要請にこびて
きたばかりだ。

 オーストリアのクリア紙は「今回のユーロビジョンは、同性愛者の権利を容認するか、反対するかの政治的判断を示すイベントとなってしまった。同性愛者に寛大な国はWurstさんを支援することで『わが国も同性愛者の権利を認めている寛容な国です』とアピールする場となった」と冷静に論調している。

 ロシア代表に得点が入るたび、観客からブーイングが飛び出した。もちろん、ロシアのプーチン大統領のウクライナ政策への批判もあるが、同性愛者を絶対に公認しないプーチン大統領への抗議も含まれていたのだろう。2年前のコンテストで、ロシアのおばあさんグループ「ブラノボのおばあさん」が予想外に2位につくなど、人気を博したのとは180度異なった展開となったわけだ。

 ユーロヴィジョンは大きな分岐点を迎えている。欧州の歌手たちの歌を競う大会から政治的な思惑などが大きく影響を及ぼすイベントになろうとしている。このままではユーロヴィジョンはその存在価値を失うだろう。

「憎しみは自らを亡ぼす病だ」

 アンマン取材目的の一つに日本語でも出版されている「それでも、私は憎まない」の著者、パレスチナ人医師、現トロント大学准教授のイゼルディン・アブエライシュ氏とインタビューすることにあった。

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▲インタビューに答えるアブエライシュ氏(2014年5月10日、アンマンの会議場で撮影)

 同氏はパレスチナ人難民キャンプで成長し、エジプトのカイロ大学医学部を卒業後、ロンドン大学、ハーバード大学で産婦人科を習得。その後、パレスチナ人の医者として初めてイスラエルの病院で勤務した体験を有する。
 アブエライシュ氏の運命を変えたのは2009年1月16日、イスラエル軍のガザ攻撃中、砲弾を受け、3人の娘さんと姪を失った時だ。亡くなった娘さんの姿を目撃した時、「直視できなかった」と述懐している。負傷した4番目の娘さんを救うために必死に支援を求める同氏の声は友人のジャーナリストを通じて全世界に流れた。

 その後、パレスチナ人の友人から「お前はイスラエル人を憎むだろう」といわれたが、「自分は憎むことが出来ない。イスラエルにも多くの友人がいる。誰を憎めばいいのか。イスラエルの医者たちは私の娘を救うためにあらゆる治療をしてくれた。憎しみは憎む側をも破壊するがん細胞のようなものだ」と答えてきた。その一方、亡くなった3人の娘さんの願いを継いで、学業に励む中東女生たちを支援する奨学金基金「Daughters for life Foundatoin 」を創設し、多くの学生たちを応援してきた。

 アブエライシュ氏は10日、会議場に顔を見せた。会議開始まで時間があったのでその場でインタビューを申し込んだ。以下、同氏との会見内容の概要だ。「憎しみ」の恐ろしさを説き、人間同士、民族同士の和解を求める同氏と話していると、伝道師、宣教師と会見しているような錯覚すら覚えたほどだ。

 ――あなたが出版した「それでも、私は憎まない」の反響はどうか。

 「アルゼンチンでスペイン語訳出版会から戻ってきたばかりだ。現在23カ国の言語で出版されている。数十万冊は突破しただろう。この種の本としてはベストセラーだ。今年10月にはドイツ語訳も出る予定だ。トルコ、インドネシア、中国などでも訳されている」

 ――あなたの本はイスラエルでも出版されたと聞く。

 「ヘブライ語訳で昨年出版された。イスラエル国民の間でも憎悪の心理学研究用専門書だと評価する声が聞こえる一方、『人生観が変わった』といった読書後の感想を発信する人もいる。本は特定の民族や国家を対象に書いたものではない。普遍的な価値観、人生観という観点からまとめたものだ」

 ――あなたは娘さんを殺された後、イスラエルを憎むことをしないと本の中で書いている。愛する娘さんを殺した者を憎まないというのは普通の人間にとっては非常に難しいことだ。

 「私の本のメイン・メッセージは、私たちの人生は私たちの手にあるということだ。自身の人生に責任をもち、他者を批判したり、憎むべきではないということだ。この世界はわれわれ全てのものだ。そしてそれを保護しなければならない。憎悪は大きな病気だ。それは破壊的な病であり、憎む者の心を破壊し、燃えつくす」 

 ――憎しみを克服できるあなたは例外的な人間ではないのか。

 「私は決して例外的な人間でもない。憎悪は無関心と傲慢、そして怒りからもたらされるものだ。それは普遍的な原則だ。イスラエル人やパレスチナ人だけではなく、日本人、韓国人など全ての人々に当てはまることだ」

 ――具体的な例を挙げて質問する。パレスチナとイスラエル両国間の和平交渉は暗礁に乗り上げている。

 「交渉は目的ではなく、手段に過ぎない、あなたは今、私とインタビューしている。その目的はその内容を書き、掲載することではないか。すなわち、交渉は目的を明確にし、それを履行しなければならない。世界の平和には正しい行動が必要だ。言葉ではなく、行動だ。交渉は強制では実現できない。それは選択によって実現できる。参加者全ての合意がなければならない。良き平和は決して強制ではもたらされないのだ。アラブの春でも明らかだが、人々の幸福をもたらしていない。人々の安全、生活の改善などは実現されていない。民主主義を実現する前に、国民のそれらの基本的な願いを成就しなければならない。残念ながら、アラブの春には国民の幸福、健康な生活、職場、そして教育が欠けている」

 ――あなたの本は韓国、日本でも出版されている。日韓両国は「歴史の正しい認識」で対立し、両民族はいがみ合っている。あなたは両国にどのような助言ができるか。

 「私はソウルを訪問し、歓迎を受けたばかりだ。ソウルは東京と同じ大都会だ。両国の政府関係者はまず、国民のことを優先に考えるべきだ。韓国の国民は過去の苦い体験を克服し、日本に負けない国を建設してきた。韓国は過去の囚人となるべきではない。過去の問題は優先課題とはなり得ない。過去は過去だ。過去の過ちを繰り返すことなく、未来のために生きていくべきだ。日本国民も過去の植民地政策が間違いであったことを理解している。韓国は隣人であり、互いに助け合うべきだと理解している。韓国が病に罹れば、日本も病になる。同じように、日本が苦しめば、韓国もその影響を受けるのだ。両国は少なくとも相互尊重すべきだ」 

 ――最後に、あなたは中東女学生への奨学金制度を創設し、学ぶ中東女性への支援を行っている。

 「長女は『私は家族の中でもパパに最も似ているわ。だから自分も医者になる』と言っていた。次女は弁護士になるといっていた。教会の鐘やアザーンの声を聞く度に娘たちの声が聞こえてくる。自分が他の人を憎んだりすれば、娘たちに申し訳ないという思いが湧いてくる。亡くなった娘が自分を導いてくれていると確信している。その娘たちの願いを大切にしたいので、奨学金制度を創った。中東の将来は女性にかかっている。そのため、中東女性の教育が非常に重要だ。生き延びた娘は当時、片目を失うなど、厳しい状況だったが、治療のおかげで助かった。彼女はその後、必死に勉強し、コンピューター電子技師の学士を習得した。人生には不可能なことはないのだ。教育は公平な世界を建設する手段であり、平和をもたらすと信じている。私は女性を信頼している。そのために、社会は女性に教育の機会を与え、その能力を発揮できるように鼓舞しなければならない」

ヨルダンの2つのタブー

 今月9日から12日まで,ヨルダンの首都アンマンで開催された中東問題に関する国際会議の取材に出かけていた。ウィーンから3時間40分余りでヨルダンの首都アンマンに到着する。

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▲アンマン市の風景(2014年5月10日、撮影) 

 アンマン市人口はウィーン市(人口175万人)より少ないが、周辺人口、そして難民の数を入れれば200万人にもなる。人口から言えば、大都市だが、機上から眺めたアンマン市の全景は緑の少ない、砂漠色の都市だ。この中東都市に200万人の人々が住んでいるとは想像できないぐらいだ。

 シリア内戦の影響から100万人以上の難民がヨルダンに殺到し、その対応でヨルダン政府も大変だ。イラクやレバノンといった周辺国家からも多数の難民がヨルダンに逃げてきている。最近も15万人収容可能な難民キャンプが設置されたばかりという。

 ヨルダン人口の70%がパレスチナ人によって占められている国家だ。そのため、パレスチナ問題は非常にデリケートな政治問題だ。
 アンマンの友人が「ここでは2つのタブーがある。一つはイスラエルという言葉を会話では使わないことだ。パレスチナの若者が会話の中で『イスラエル……』といえば、周囲にいた人たちが振り向くよ。外国人旅行者はイスラエルという言葉を簡単に使うが、ヨルダン人はイスラエルをパレスチナ人という言葉で代用するケースもあるほどだ。外国人には戸惑うことがあるだろう。2つ目は『宣教師』(ミッショナリー)という言葉だ。キリスト教関係者は注意したらいいだろう。パレスチナ社会ではキリスト教宣教師は市民権がないのだ」と説明してくれた。

 国際会議ではパレスチナ問題がテーマの一つだったが、パレスチナ人知識人や指導者のイスラエル憎しは日本人には理解できないほど深い、といった感じだ。
 イスラエルとパレスチナの和平交渉は先月29日で一応、時間切れとなった。中東和平交渉は暫く休会(ケリー米国務長官)といった状況だ。

 会議を主催したヨルダン関係者は「わが国は小さな国ですが、地理的には中東の中心を占めています。ヨルダンは中東の和平実現では大きな役割を果たしてきました」と挨拶していたのが印象的だった。

 アンマンのクイーンアリア国際空港、ホテルなど公共関連施設では故フセイン国王、アブドラー現国王、そしてフセイン王子(後継者)の3人の写真が飾られている。国王家への国民の尊敬心は変わらないという。人口630万人余りの中東の小国は国王を元首として尊敬し、国の統合を維持してきたわけだ。

 ちなみに、アンマンで2005年、連続爆弾テロが発生して以来、ホテルに入る時、大きな百貨店に入る時は、警備員のコントロールを受けなければならなくなったという。
 当方も宿泊先のホテルに到着した時、空港時と同様のチェックを受けた。ホテル入りする前にボデー・チェックを受けたのは初めてだったので、「ああ、ここは中東だな」といった思いが改めて湧いてきた。

イタリア人の“ドルチェ・ヴィータ”

 観光の町、ウィーン市内を歩いていると、元気な声が聞こえるのはイタリア人の旅行者たちからだ。彼らは観光が楽しいというより、生きているのが嬉しいのではないかと思うほどだ。それに反して、足早に黙々と歩く観光者はドイツ人旅行者が多い。ガイドブックを片手に持ちながら、次の名所に向かう。そこには無駄がない代わりに、イタリア人たちのような陽気さは感じられない。

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▲初老の男と小犬(2013年9月25日、ベルガモにて、撮影)

 ウィーンに長く住んでいると、イタリア人やスペインといった南欧の明るさが恋しくなる。病弱のショパンが治療のために南国を求めたのも当然かもしれない。

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▲様々なピザを並べる店(2013年9月25日、ベルガモにて、撮影)

 ローマ法王フランシスコは先月27日、ヨハネ23世とヨハネ・パウロ2世の列聖式後、「列聖式のために尽力をしてくれたベルガモ教区とクラクフ教区の関係者に感謝する「と述べた。ローマ法王の口から“ベルガモ”という言葉が飛び出した時、昔の友人を思い出したように、自然と笑みがこぼれてしまった(イタリア北部の小都市ベルガモ郊外には、今回聖人に列されたヨハネ23世の生誕地がある)。

 当方は昨年9月、ベルガモを初めて訪れた。仕事で疲れるとベルガモの休日が思い出される。ベルガモでは本当にゆったりとした時間を満喫した。仕事らしいことは何もせず、友人家族と談笑しながら過ごした。仕事道具のラップトップは自宅に置いてきた。ポケットにメモ帳だけを入れ、デジカメをもってウィーンから飛んできた。リュックサック一つの旅だ。
 
 ベルガモの町を友人に案内されながら見て回り、疲れたら近くの喫茶店やピザ専門店で食事し、休憩した。旧市内の細い石段を歩きながら、行き交う人々や店を覗いた。昼食に入ったピザ店では余りにも多くの種類のピザがあるのにビックリした。サラミ、ツナ、野菜、パイナップル、小魚など様々な食材を組み合したピザが並んでいる。隣には、ベルガモの典型的な甘菓子、ポレンタを売る店がある。
 
 路上には犬が闊歩している。主人の歩くテンポを知っている犬たちは自由を満喫している。主人が疲れて休むと犬はじっと待っている。古い小さな飲み屋で腰を下ろして一休みしていた初老の男がいた。その足元には小犬が座っている。中世の絵画をみるような風景だ。当方はポケットからそっとデジカメを取り出し、シャッターを押した。小犬は当方の動作にまったく関心を払わない。どうぞ、勝手に撮影してください、といっているようだ。男は、と言えば、これまた微動だにしない。
 
 ベルガモでは時間に追われるように、一つの名所から他の場所へと飛び歩く旅行者は少ない。ミラノから日帰りでベルガモを訪ねる旅行者が足早に過ぎていくが、多くはベルガモの時間に合わせて動く。

 イタリア語にはドルチェ・ヴィータ(Dolce Vita)という言葉がある。直訳すれば「甘美な人生」といった意味だ。束縛されることなく、人生を楽しむイタリア人気質を表した言葉ともいわれる。ドイツ人とはまったく違うイタリア人の人生観、ドルチェ・ヴィータをベルガモの旅で発見した。
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