ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2014年03月

「聖書」の主人公がスクリーンで復活

 映画「ノア、約束の舟」がまもなく米国内で上映される。ノアを主人公とした映画は初めてではないが、今回、ノアを演じるのは「グラディエーター」で2000年のアカデミー主演男優賞を受賞し、「ビューティフル・マインド」「ロビン・フット」などで好演したラッセル・クロウ氏だ。ノアの奥さん役(ナーム)はジェニファー・コネリーさん、そしてアンソニー・ホプキンスさんが義父メトシェラ役を演じる。監督は「ブラック・スワン」のダレン・アロノフスキー氏だ。日本では6月に上演予定という。

 ノアの話は旧約聖書創世記5章以下で記述されている。「神は人間を創造したことを悔い、40日40夜雨を降らし、人類を滅ぼす。唯一、ノアだけは神の目には義人だったので、ノアに山の頂に箱舟を作るように命じる。ノアは人々に悔い改めて、箱舟に入るようにいうが、だれも信じなかった。そして大洪水が起きてノアの家庭だけが生き延びる」という内容だ。

 撮影はメキシコ、アイスランド、米国で撮られた。聖書の話を映画化した場合、「ストーリーが聖書の内容とは一致していない」といった類の批判が何時も聞かれるが、今回も上演前から批判の声が出ている。
 それに対し、アロノフスキー監督は「映画を見てもらえば分かる」と述べている、ちなみに、映画制作会社側によると、イスラム教諸国ではノアの映画の放映を禁止しているという。
 なお、監督はノア役に「バットマン」のクリスチャン・べールさんを考えていたが、べールさんが別の映画に取り組んでいたため断念したという経緯がある。

 ドイツの映画雑誌「Film-Dienst」は最新号で、「聖書の物語は久しく忘却されてきたが、ここにきて現代人の心を再び捉えてきた」と指摘し、映画「ノア」を紹介している。
 例えば、米国では今年2月から「神の息子」というタイトルのイエスの物語が上演されている。イエスの映画化はメル・ギブソン監督「パッション」(2004年)以来だという。

 ノアの話に戻る。当方はクロウ氏も好きだが、べ―ル氏のノアを観てみたかったと思っている。ノアは山の頂で毎日、箱舟を造っていた。家族はノアを支えていたが、次第にノアを批判し出す。隣人、家族からも捨てられながら、ノアは一人、神の約束を信じて箱舟を作り続ける。クロウさんも名優だが、ベール氏の演技はノア役にリアル感を与えたのではないかと思うからだ。

 世俗化社会の今日、教会に足を運ぶ人も年々少なくなってきたが、数千年前の聖書の世界の主人公が再び脚光を浴びてきたわけだ。神を信じる人間の姿が現代人にとって新鮮なのかもしれない。また、「神と人類」、「終末と救済」といったスケールの大きなテーマも魅力的なのだろう
 独映画雑誌は「今年は聖書の映画がルネッサンスを迎える」と評している。

プーチン氏の反ファシズム戦争

 ロシアのプーチン大統領は、ソ連が解体された後、失った国家民族の威信を回復するために腐心してきた。ユーラシア連邦を夢み、その熱意は巨額の経費を投入してソチ冬季五輪大会を開催させ、ここにきてウクライナ東部のクリミア自治共和国のロシア編入を企てている。

ソチ冬季五輪大会では、主要な欧米諸国首脳は、ロシア国内の人権蹂躙などを理由に開会式参加をボイコットし、ウクライナ情勢では、欧州連合(EU)と米国らは、ロシアによる主権蹂躙として制裁を決定したばかりだ。出る杭は打たれるではないが、プーチン氏の野望は行く先々で欧米側のバッシングを受けている。

 一方、モスクワと経済関係が深いEU側は対ロシア制裁では少々腰が引けている。EUは17日、クリミア自治共和国とロシアの21人の政治家、軍人指導者の資産凍結、渡航禁止などの制裁を決定したが、口の悪いメディアからは「子供の風呂桶に浮かぶプラスチック製のワニに過ぎない」とか「海外に口座など保有しない2等級政治家の資産をどのようにして凍結できるのか」といった冷笑を受けている有様だ。

 興味深い点は、冷戦時代、ソ連の支配下にあったポーランド、チェコなど旧東欧諸国、バルト3国、それにロシアと国境を接する北欧諸国では「もっと強い制裁を課すべきだ」といった対ロシア強硬論が出ていることだ。東欧エキスパートの間では「ロシアは1991年の逆襲に乗り出した」といった冷戦の再現を懸念する声も聞かれるほどだ。

 明確にしなければならない点は、ロシアが他国の主権を蹂躙した最初の国ではないということだ。欧米諸国も過去、何度か主権蹂躙を犯してきた。例えば、米国は過去、大量破壊兵器保有容疑でイラクに軍事攻撃をかけ、政権を崩壊させた。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争ではセルビアの首都ベオグラードを空爆した、もちろん、米国や北大西洋条約機構(NATO)は当時、それなりの理由はあったが、主権蹂躙という視点から言えば、決して褒められた行為ではなかった。

 プーチン氏はウクライナのクリミア自治共和国のロシア系住民の安全を守る、という理由を掲げて偽装部隊を派遣し、ウクライナの主権を蹂躙したが、モスクワから「お前たちはどうなのか」と言われれば、欧米側も少々、弁明に苦しくなる。ワシントンは「ロシアの10の嘘」と指摘し、プーチン氏を嘘つき呼ばわりしたが、米国もいつも正しかったわけではないはずだ。

 参考までに指摘すれば、プーチン氏がウクライナの主権を蹂躙する際に発した言葉だ。「欧米の“ファシスト”たちがウクライナの主権を非合法的に奪っていった」という文句だ。ソ連・ロシアの歴史の中で、モスクワが胸を張って誇れる世界史的出来事は反ファシズム戦争だった。それ以外は、他国を侵入するなど様々な蛮行を繰り返してきた共産党独裁政権の歴史だった。プーチン氏がウクライナの主権蹂躙の理由として「反ファシズム」という言葉を持ち出したのは、同氏の戦略家としての能力を示すものだろう。

 ウクライナ情勢が今後どのように展開するか不明だが、世界の紛争解決と平和実現を標榜してきた国連がいかに無能力であるかが改めて明らかになった。ロシアと中国両国が紛争当事国の場合、国連安保理事会は現在、そして将来もいかなる決議案も採択できないのだ。

日韓首脳会談が実現した時の課題

 先日まで日韓首脳会談はあり得ないと主張してきた韓国が「環境が整えば、日韓首脳会談もあり得る」(韓国大統領府)と態度を変えてきた。
 韓国側の変身は14日の安倍晋三首相の河野談話」見直し否定発言を受けたものと一般的には説明されているが、実際は米国側からの圧力があったことは否定できない。もちろん、日本側にも言えることだろう。

 オバマ米政権は、同盟国の日韓が過去問題で対立し、肝心の北朝鮮問題への対応で歩調が乱れることを懸念してきた。そこでオバマ政権はまず、「条件付きではなく、いつでも首脳会談の門は開かれている」といってきた安倍首相に電話し、「河野談話」見直し否定発言を求めたはずだ。そして韓国に電話を入れ、安倍首相の「河野談話」見直し否定を評価して、首脳会談に応じるように説得した、というのが真相に近いのではないか。

 オランダの核安全保障サミット開催前まで日韓両国の政治家に大きな失言がない限り、日韓首脳会談は実現できる可能性が高まったと見てほぼ違いないだろう。

 日韓首脳にとって最大の問題は、首脳会談実現とその成果をどのように国内向けに説明するかだ。靖国神社参拝、「河野談話」と「村山談話」の再考をちらつかしてきた安倍首相は韓国大統領と会談し、「正しい歴史認識」を要求する韓国側に間違ったシグナルを送れば政権が吹っ飛ぶ危険性すら出てくる。韓国側の主張を100%飲み込んで歴史問題への謝罪を表明するわけにはいかない。

 一方、朴槿恵大統領にとっても安倍首相から靖国神社を今後参拝しないといった言質をとれば万々歳だがそうはいかないだろう。そこで次善の成果として、戦争時代の蛮行に対する安倍首相の謝罪表明、できれば慰安婦問題へ明確な謝罪表明を勝ち取れば韓国側としては首脳会談は成功ということになるだろう。

 米国は日韓首脳会談のお膳立てはできるが、首脳会談の内容まではもちろん干渉できない。それは安倍首相と朴大統領の責任だ。国内向けに首脳会談の成果をどのように説明するか、首脳会談まで時間があるから側近と知恵を絞って考えていただきたい。

 隣国の首脳同士が定期的に会談し、意見の交換をすることは理想だが、日韓の場合、政権就任から1年が過ぎてもそれが実現できなかった。特に、韓国側は相手側を批判し、“告げ口外交”を展開してきた。そして首脳会談が実現できない主因は全て相手国側にあると主張してきた経緯がある。

 だから両国首脳会談が実現した場合、日韓首脳が笑顔で会合することは容易ではないだろう。しかし、そこは職業政治家同士だ。何もなかったように笑顔で会合できると信じている。ただし、首脳会談後の国内向け記者会見では、両首脳は慎重に対応し、報告にズレが生じないように注意すべきだ。

 オランダで最初の首脳会談が実現できれば、次回からは力むことなく自然に意見が交換できるはずだ。両首脳にドイツ語の諺を贈り、首脳会談の実現とその成功を祈りたい。
  Aller Anfang ist schwer.(何事も始めは難しいものだ)

フランシスコ法王には「敵」が多い

 ローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ法王フランシスコは今月13日で法王就任1年目を迎えた。南米教会初の法王フランシスコは気さくな振る舞い、明るさで世界の信者たちに人気が高い。順調なスタートを切ったわけだ。

_SL1500_
▲ローマ法王暗殺の危機を記述した新著「ローマ法王フランシスコ、ローマ司教」

 フランシスコ法王は昨年4月、8人の枢機卿から構成された提言グループ(C8)を創設し、法王庁の改革<使徒憲章=Paster Bonusの改正>に取り組んできた。

 イタリア司法当局からマネーロンダリング(不法資金の洗浄)の容疑があったバチカン銀行の刷新のため監督省を設置する一方、トップ人事を実施した。また、聖職者の未成年者への性的犯罪防止にも積極的に取り組む姿勢を示している。今後は聖職者の独身制の廃止、離婚・再婚者へのサクラメント問題にも何らかの改革が実施されるのではないかと期待されている。

 ところで、オーストリアの著名な神学者、パウル・ツ―レーナー(Paul Zulehner)教授が昨年、「カトリック教会内の根本主義者らによるフランシスコ法王の暗殺計画が囁かれている」と警告し、関係者を驚かせたが、今度は著名な高位聖職者、ヨアヒム・アンゲラー元修道院長(Joachim Angerer)が今春に出た新著「ローマ法王フランシスコ、ローマ司教」(ペーター・シュテフェン氏との共著)の中で、「法王暗殺の危険性がある」と同じように警告を発しているのだ。
 ツーレーナー教授もアンゲラー元修道院長もセンセーショナルな話題を売り物にするジャーナリストではない。バチカン内部情報に通じた教会関係者であり、専門家だ。その両者が法王暗殺の危機を同じように警告しているのだ。

 新著によると、現在の政治・社会、経済システムをパサッと切り捨てるフランシスコ法王には敵が多いという。例えば、法王は昨年5月、説教の中でマフィアに対して挑戦を宣言している。シチリア系マフィアはバチカン銀行の刷新に乗り出した南米出身の法王を「われわれの領域に侵入する者」として敵意を感じているという。ちなみに、シチリアの聖職者が1993年9月15日、自宅でマフィアに射殺されたことがある。

 教会内の一部の保守派聖職者たちは、清貧を提唱し、贅沢を戒める法王に対し「自分たちの権限が脅かされる」と感じている。法王がイスラム教徒との和解を進めることも保守派にとっては面白くはない。 
 
 ローマ法王は法王宮殿に居住せず、ゲスト・ハウスで寝泊まりを続けている。記念礼拝では信者たちとのスキンシップを重視。法王の車(Papamobil)の窓を開け、信者たちに手を振り、時には車を止めて信者たちと語り合うのを好む。法王の警備に当たる関係者にとっては頭が痛い。実際、来月聖人に列聖されるヨハネ・パウロ2世は1981年5月13日、サンピエトロ広場でアリ・アジャ(Ali Agca)の銃撃を受け、大負傷を負ったことはまだ記憶に新しい。

 フランシスコ法王自身も既に暗殺未遂に遭遇している。法王が昨年7月末、ブラジルの首都リオデジャネイロで開催された第28回青年カトリック信者年次集会(ワールドユースデー)に参加するためブラジルを訪問した時だ。説教予定の礼拝堂で爆弾が発見され、爆発前に点火装置が外され、法王は難を逃れたという出来事があった。誰かがフランシスコ法王の命を狙っているのだ。

「私の神」と「あなたの神」の和解

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は唯一の神を崇拝する宗教で一般には「唯一神教」(monotheism)と呼ばれるが、「拝一神教」(monolatry)は一神教だが、他の神々の存在を認めている。古代イスラエルの信仰は民族の神ヤハウェだけを崇拝する拝一神教だった。拝一神教を「民族の神」への信仰であり、「世界の神」を信じる唯一神教とは異なる、と解釈する宗教学者がいる。

 唯一神教の場合、(正しい)神は唯一だという立場だから、それ以外の神崇拝は偶像崇拝(悪)と切り捨てる。その結果、唯一神教を信じる信者、民族同士がその“本元争い”で戦いを繰り返してきた。

 唯一神教の中でもローマ・カトリック教会の場合は極端だ。「イエスの福音の真理を継承しているのはわれわれだけだ」といった真理独占を主張するから、他宗派との争いは絶えなかった。
 バチカン法王庁教理省(前身、異端裁判所)が2007年に公表した「教会についての教義をめぐる質問への回答」と題された文書には、「ローマ・カトリック教会はイエスの教えを継承する唯一、普遍的なキリスト教会だ」と主張している。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(任期1978年10月〜2005年4月)が公表した「ドミヌス・イエズス」(2000年)も同じ内容だ。

 ちなみに、カトリック教会の「真理独占」宣言に対し、バチカンと険悪な関係が続くロシア正教は「われわれ正教こそイエスの教えの真の継承者だ」と主張し、バチカンの「本家宣言」に挑戦している、といった具合だ。

 当方が米ユダヤ教宗派間対話促進委員会事務局長のラビ、デヴィト・ローゼン師(David Rosen)から聞いた話だが、タルムード(モーセが伝えた律法)の中に「たとえ道理が純粋ではなくても、全ての人に良き結果をもたらすのならば、その良きことをすべきだ」という箴言があるという。

 このタルムードの内容は宗教を考えるうえで役立つ。高等宗教は基本的には同じ目的を持っている。山の頂上に向かって選ぶルートは個人、民族によって異なるが、同じ頂上を目指している。これは前法王べネディクト16世(任期2005年4月〜13年2月)が嫌悪し、批判してきた真理の相対主義ではない。頂上という絶対真理に向かってさまざまなルート(相対的)が存在するということだ。他の宗派を排斥する必要はない。「人に良き結果をもたらすならば、その良きことをすべきだ」という寛容な姿勢が求められる。

 十字軍戦争のように、唯一神教の世界では「善」と「悪」の戦いが繰り広げられ、拝一神教の世界では「私の神」と「あなたの神」との闘争が展開されてきた。世界各地で展開されている民族紛争はまさにそれだろう。
 いずれにしても、「私の神」と「あなたの神」の和解がなくして民族紛争の解決もあり得ないし、超教派活動も宗教の再統合も考えられない。

有名人の裁判で求められる冷静さ

 プロ・サッカー界で目下、世界一強いクラブと呼ばれているドイツのFCバイエルン・ミュンヘンのウリ・へーネス会長が13日、2850万ユーロの脱税でミュンヘンの裁判所から3年半の有罪判決を受けた。へーネス会長は翌日、上訴を断念し、刑に服すると表明する一方、FCバイエルン・ミュンヘンの一切の要職から辞任することを明らかにした。

P3151337
▲2件の有名人の判決をトップで報道するオーストリア日刊紙プレッセ(2014年3月14日付、 左側はシュトラッサー氏、右側はヘーネス氏)

 元サッカー選手だったへーネス会長は人情深く、慈善活動にも熱心でクリーンな人物として独の社交界では人気があった。メルケル首相ら政界関係者とも知り合いが多い。
 へーネス会長はサッカー・クラブを運営する一方、1985年、「Ho We Wurstwaren KG」社(ソーセージ製造)を経営している。株売買など投機で稼いだ巨額の収益金をスイスの銀行口座に預金していた。

 隣国オーストリアの首都ウィーンでも同日、国民党政権時代に内務相を務めた前欧州議会議員エルンスト・シュトラッサー氏が賄賂容疑で同じ3年半の有罪判決を受けた(同氏は上訴する意向)。
 
 シュトラッサー氏は欧州議員時代、ロビイストを装った英ジャーナリストから欧州議会に法案提出を要請された。英ジャーナリストのおとり取材と知らない同氏は報酬10万ドルを要求し、法案提出を約束した。そのやり取りはビデオで録音されていたため、後日、同議員の犯罪行為(賄賂)が暴露された。同氏は欧州議員のポストを失うだけでなく、腐敗政治家として裁判を受ける身となった。

 被告人が有名人ということもあって両裁判所の周辺は当日、多数のメディアと市民が集まった。ドイツのメディアは同日、FC・バイエルン・ミュンヘンの会長裁判の動向をウクライナ情勢や行方不明のマレーシア航空機関連情報を押しのけてトップ報道していた。

 特に、ヘーネス氏の場合は巨額な脱税だけに「仕方がない」といった国民の声が支配的だった(ドイツでは世界女子テニス界の女王だったシュテフィ・グラフさんの父親ペーター・グラフさんが1997年、脱税で3年間の禁固刑を受けた)。

 当方は当日、ドイツのテレビ放送でヘーネス会長の裁判報道をフォローしていたが、裁判官が「被告人がヘーネスという名前でなくても、裁判の審議は変わらない」と述べ、被告人が有名人かどうかは裁判の行方とはまったく関係ないと強調していたのが印象深かった。

 先月27日、汚賄罪に問われてきたクリスティアン・ウルフ前独大統領の裁判で「容疑は証拠不十分」として前大統領に無罪判決が言い渡されたばかりだ。
 独週刊誌シュピーゲル電子版は当日、「司法は冷静に対応すべきだ。証拠不十分と知りながら裁判を開始したのは、大統領職を経験した人間も他の国民と同様、法の前では平等な扱いを受けるべきだ、といった世論の声を恐れたからだろう」と分析していた。シュピーゲル誌によれば、前大統領裁判では司法側が世論を意識し過ぎた結果、勝訴の可能性のない裁判を始めた、というわけだ。

 国民やメディアの関心が注がれる有名人の裁判では、司法側は一層クールな対応が要求されるが、現実はそれが簡単ではないことを示している。

スマート制裁から戦略的制裁?

  ウクライナ情勢がいよいよ正念場を迎えてきた。同国南部のクリミア自治共和国が独立宣言を表明し、ロシアに編入される方向に突っ走ているからだ。

 欧州連合(EU)は今月6日、ウクライナ情勢の険悪化に責任があるヤヌコビッチ前大統領やアザロフ前首相のほか、前検事総長、前内相、前法相ら18人のリストを作成し、その資産の凍結を決定し、即施行済みだ。
 クリミア自治共和国がロシアに一方的に併合された場合、EUは更なる強い制裁を実施せざるを得ないと主張してきた。独メデイア情報によれば、、EUの対ウクライナ・ロシア制裁は3段階あって、最後の3段階ではロシア戦略的企業への関連機材禁輸、露国営銀行との取引中止などが含まれるという。

P3131335
▲WIIWの定期記者会見の風景(2014年3月13日、ウィーンのWIIWで)

 ウィーンの国際経済比較研究所(WIIW)で13日、記者会見が行われたが、ウクライナ情勢と対ロシア制裁問題が話題となった。ウクライナ経済専門家のアストロフ氏は「ウクライナへのガスがストップされても欧州諸国への供給は継続されるだろうが、ウクライナがロシアの対欧州向けガス輸出を妨害し、モスクワの外貨源を止めるといった対応も考えられる」という。

 一方、WIIWのロシア経済担当ハブリック氏は「欧州側の経済制裁はロシア経済に大きな影響はないが、欧米の対ロシア制裁はロシアへの投資環境を悪化させるから、ロシアの経済成長率にも影響が出てくることは避けられない。欧州とロシアにとってウクライナ情勢がエスカレートしないことがベストだが、状況は不透明だから正確な予測は難しい」という。

 外交の世界では、欧米が実施した資産凍結、入国禁止などの制裁は「スマート・サンクション」(Smart Sanction)と呼ばれ、一般国民に制裁の悪影響が及ばないようにその制裁範囲を限定する。実質的な制裁というより、象徴的な意味合いが強い。ウクライナ情勢の悪化はそのシンボリックな制裁から実質的な制裁へ引き上げを余儀なくするが、どのような制裁が実際可能かでは欧米諸国の間で意見が分かれているのが現状だろう。
 
 スマート制裁には効果はあまり期待できない。戦略的制裁へ格上げをした場合、制裁される側だけではなく、する側にも一定の痛みが伴う。WIIWはEUの対ロシア貿易・金融制裁の実施は「非現実的なシナリオ」と受け取っている。

なお、WIIWはロシア経済の現状を‘Stuck in Transition’と表現している。国民経済の多様性、近代化の発展に欠け、社会の無気力と腐敗が拡大する一方、欧州経済の回復が遅れていることもあって欧州向けの原油・ガス輸出も伸び悩んでいる。WIIWはロシアの14年経済成長率予想を1・6%と下方修正している。

万能細胞が蘇らせた「再生」への願い

 世紀の大発見と呼ばれた万能細胞「STAP細胞」を記述した論文に問題点があるとして理化学研究所の小保方晴子さんらがまとめ、英科学誌ネイチャーに掲載された論文の撤回問題が話題となっている。門外漢の当方は、論文の真偽問題で再生医学への期待が冷めないか、と心配している。

 山中伸弥・京都大教授が万能細胞「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作ったというニュースを聞いて以来、当方は再生医学の行方に熱い思いを込めて注視してきた一人だ。

 山中教授は2012年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した直後、「iPSが早く実用化され、不治の病に悩む人々を救いたいと願っています」と語っている。再生医学は人類に大きな恩恵をもたらす潜在性を秘めているからだ。
 大げさに表現すれば、再生医学は、わたしたちが忘れかかっていた願望、「再生」という概念を再び思い出させてくれた。

 当方は「再生医学は人間の世界観、人生観にも多くの影響を与える」と確信している。病に罹った細胞を再生し、病に罹る前の状況に戻す、細胞の初期化を意味する。この“初期化”という願念はコンピューターの世界だけではなく、人間の生き方にも適応できると思うからだ。

 「再生」という以上、病や疾患がその前提となる。健康体には再生は必要ではない。人間は単なる物質的な存在ではなく、精神的な存在でもあるから、「再生」にも物理的な再生と同時に、精神的な再生も含まれてくるはずだ。

 そして高等宗教といわれる宗教は時代と表現枠組みは異なるが、人間の再生を等しく説いている。
 キリスト教神学は「再生」哲学を最も分かりやすく説明している。アダムとエバの人間始祖が罪(原罪)を犯した。それを救済するために、神は救い主(キリスト)を送る。その救い主を信じることで罪を犯す前の状況に戻ることができる、と主張しているからだ。罪から救済し、人間を本来の姿に戻すわけだ。すなわち、人間を罪から解放し、失楽園前の状況に再生するというわけだ。
 
 iPSが世界の不治の病にある人々に大きな希望を与えたように、「再生」への願いは病人だけではなく、全ての人間が所有している羨望ではないだろうか。

 米映画「Frequency」(2000年作、デニス・クウェード主演)を観られた読者も多いだろう。当方はその映画を観て感動した。警察官の息子と亡くなった消防士の父親がある日、無線機で交流するというSFの話だ。父親は避難口を間違えて消化作業中死亡したが、正しい避難口から逃げていたならば、父親はまだ存在できた。すなわち、人の一生で多くの選択の場面に出会うが、正しい選択だけでなく、間違った選択もする。そのため、本来行くべき人生の行路から次第に脱線していく。映画では、家族一同が助け合って間違った選択を修正し、再会するシーンで終わる。

 間違いを修正し、正しい選択を探す。人生はその繰り返しかもしれない。修正できる時間がなく、間違った人生を最後まで突っ走していくケースも少なくない。

 人は「あの時、こうしておけば良かった」とか、「なぜ、自分はあの時、あのように選択したか」といった悔いを抱きながら生きている。自分が選んだ全てが正しかったと誇れる人はごく限られているはずだ。

 そこで人はその間違った行為、選択を初期化し、その前に戻れればどんなに幸せかと漠然と考える。それが「再生」への願望であり、宗教はそのような人々にさまざまな再生の道を提示してきたわけだ。

 再生医学の登場は、わたしたちが失いかけていた「再生」への願いに現実性を与えてくれているように感じる。

「欧州人」は生き残れるか

 「あなたはオーストリア人ですか、それとも欧州人ですか」と問われれば、オーストリア国民はどのように答えるだろうか。欧州連合(EU)28カ国加盟国の国民を対象に同じ質問をした結果がこのほど発表された(ユーロバロメーター)。

 2013年にも同様の調査が実施されたが、前回比で「自分は欧州人だ」と答えた国民は減少する一方、「自分はオーストリア人(出身国の国民)だ」と答えた加盟国国民が増加している。オーストリア日刊紙プレッセ(11日付)は「欧州人の心はここにきて再び民族主義的となってきた」というタイトルで特集を掲載している。

 調査結果をオーストリア人の場合を例に挙げて詳細にみる。
A「私はオーストリア人だ」B「オーストリア人であり、欧州人だ」C「欧州人であり、オーストリア人だ」D「欧州人だ」の4つの分類で質問される。その結果、Aと答えたオーストリア人は39%、Bは53%、Cは6%、Dは1%に過ぎなかった。すなわち、オーストリア人の場合、「オーストリア人」という意識が強い国民(AとB)は92%であり、「欧州人だ」というアイデンティティを感じている国民は非常に限られていることが明らかになった。

 アルプスの小国オーストリアが欧州連合に加盟して今年で20年目を迎えた。加盟前の国民投票では国民の3分の2が加盟を支持した。国民の過半数以上は現在もEU加盟国を支援し、EU脱退といった声は少数派だ。ただし、同国右派政党の自由党がブリュッセルの中央集権的な意思決定に強い拒否反応を示している。

 欧州の盟主ドイツでは、36%の国民が「自分は欧州人ではなく、ドイツ人だ」と応えている。前回比で7ポイント増加だ。EU28カ国の平均値は、A42%、B47%、C5%、D2%だった。

 民族主義的傾向が強い国民は一般的に財政危機、社会的危機に直面している加盟国が多い。たとえば、財政危機に直面したギリシャは民族主義的意識が55%で前調査比で14ポイント、アイルランドは63%で10ポイントと、それぞれ急増している。

 この調査結果だけでいうならば、国境・民族の壁を越え、欧州国民が一つのアイデンティティをもつという理想の実現までにはまだ道遠しだ。ヘルマン・ファン・ロンバイ欧州理事会議長は「EUは単なる中立的空間を意味しない。全ての国民にとって故郷とならなければならない」(プレッセ紙)と述べている。

 欧州の歴史を振り返ると、「ソ連人」、「ユーゴスラビア人」といった人工的なアイデンティティはいずれも失敗し、歴史から消えていった。全ての欧州国民が「自分は欧州人だ」と感じるようになれば、それは歴史的快挙だ。

イランの「核計画」と「河野談話」

 イランの核問題と「河野談話」を繋ぐものは何か。答えは「検証」だ。両者ともその真偽を詳細に検証することが問題解決の最優先課題だからだ。

 国際原子力機関(IAEAは2003年以来、イランの核問題では同国の核計画が平和利用を目標としているか、軍事転用の疑いがあるかを査察を通して検証してきたが、「未解決の問題が依然山積している」(天野之弥事務局長)のが現状だ。11年の月日が経過したが、イランの核計画が平和目的かどうかを断言できないのだ。

 Concerning safeguards implementation in Iran, the Agency continues to verify the non-diversion of nuclear material declared by Iran under its Safeguards Agreement. However, the Agency is not in a position to provide credible assurance about the absence of undeclared nuclear material and activities in Iran, and therefore to conclude that all nuclear material in Iran is in peaceful activities.
(IAEA3月定例理事会での天野事務局長の冒頭声明から)

 一つの事実を追認するためには検証が必要となる。イランがIAEAの検証要求を拒否すれば、欧米理事国は即、「イランは核兵器製造を目指している」と当然疑いをかける。
 IAEAとセーフガード協定を締結した加盟国はIAEA側の査察を受け入れなければならない義務がある。「検証はいやだ。自分が提示した情報は間違いない」と主張し、欧米理事国に説明したとしても駄目だ。核問題の専門機関のIAEAの査察による検証が唯一、イランの核計画がクリーンと証明できる道だからだ。

 同じことが日本の過去問題を激しく批判している韓国にもいえる。日本政府が、日本軍の慰安婦強制動員を認めて謝罪した「河野談話」と植民地支配と侵略を謝罪した「村山談話」の内容が正しいか、検証する意向を表明した時、韓国は即、「河野談話」、「村山談話」を否定する目的があるとして拒否反応を示してきた。

 また、日本側は竹島問題の解決を求めて国際司法裁判所(ICJ)に提訴する意向を示唆したが、韓国は「竹島はもともとわが国の領土だからその必要はない」と説明し、司法裁への提訴に応じない意向を表明してきた。韓国側はここでも第3者による「検証」を拒んでいる。

  「河野談話」とは、「慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」と記述されている内容だ。

 宮沢改造内閣の河野洋平内閣官房長官が1993年8月発表した談話だ。慰安婦問題では常に引用される。その真偽は日本国民の名誉にもかかわることだ。中韓両国の激しい反日攻撃にさらされる日本が検証を求めたとしても不思議ではない。

 日本側の検証要求に対し、韓国の中央日報は先月22日、「『河野談話』否定は韓日関係を破綻させる」という社説を掲げて日本側の検証への試みを批判している。
 事実を追求すべきメディア機関が事実の検証という基本的な作業を拒否しているのだ。これでは韓国側が常に主張する「正しい歴史認識」は到底実現されない。

 日本側の検証で「河野談話」の内容が正しく、慰安婦へのインタビューの内容にも間違いがないことが追認されれば、日本側は心から謝罪表明しなければならない。だから、韓国側としては終わりのない論争を繰り返すより、日本側の検証作業を支持し、可能な限り連帯したほうが賢明ではないか。

 イランの核問題でも明らかのように、テヘランが検証を拒否すれば、国際社会は当然、その核計画に疑いを抱く。韓国の場合、「河野談話」の検証要求を批判し、竹島問題の司法裁への提訴を拒否すれば、韓国側の主張が間違いであり、その証拠文献が疑わしいのではないか、と受け取られることになる。韓国側にとっても不利だ。

 韓国は自身の主張が正しいと確信しているならば、日本側の検証要求を本来、歓迎すべきだろう。「検証」作業には時間がかかるが、「検証」はその真偽を確認するうえで避けて通れないプロセスだ。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ