ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2013年11月

反ユダヤ主義は耐性化ウィルスか

  国際機関「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)は今月18日から2日間の日程でウィーンのヒルトン・ホテルで「グローバル・フォーラム」を開催した。同センターは昨年11月26日、サウジアラビアのアブドラ国王の提唱に基づき設立された機関で、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。

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▲インタビューに応えるユダヤ教ラビのローゼン師(2013年11月18日、ウィーンで撮影)

 そこで同フォーラムに参加した米ユダヤ教宗派間対話促進委員会事務局長のラビ、デヴィト・ローゼン師(David Rosen)に欧州で広がる反ユダヤ主義の背景などについて聞いた。

 ――世界ユダヤ協会(WJC)のロナルド・S・ローダー会長は「欧州で反ユダヤ主義が席巻してきた」と警告を発している。米ユダヤ教宗派間対話促進委員会事務局長としてその発言をどのように受け取っているか。 

 「数字を見る限り、反ユダヤ主義に基づく件数が増加しているが、増えているのは反ユダヤ主義だけではない。外国人嫌い(Xenophobia)も広がっている。同時に、過激なナショナリズムも台頭してきた。それらは経済的理由や政治的不安定さによって助長されている。反ユダヤ主義が存在しないとはいえないが、『欧州に住むユダヤ人にとって人生は厳しい』という受け取り方は正しくはない」

 ――世界第2次大戦まではポーランドでは300万人以上のユダヤ人が住んでいたが、今日、その数は7000人余りという。ユダヤ人が急減しても反ユダヤ主義は席巻している。「ユダヤ人なき反ユダヤ主義」の現象をどのように理解しているか。

 「反ユダヤ主義は人類歴史の中に彷徨っている耐性化ウィルスだ。そのウィルスのルーツは何か。多くの原因が考えられるが、主因は人間がスケープゴート(贖罪の山羊、生贄)を必要としている存在だということだ。何が悪い事が生じると、誰かをその原因として非難する。そしてユダヤ人は伝統的にスケープゴート役を担ってきた。歴史的にみて、ユダヤ人は常に放浪の民だったのだ」

 ――反ユダヤ主義の台頭が指摘されるポーランドやハンガリーはローマ・カトリック教国だが、反ユダヤ主義はカトリシズムと関連があるか。

 「キリスト教は過去、ユダヤ人に対して敵意を説きまわっていたが、今日はカトリック教会を含むキリスト教会は反ユダヤ主義に毅然と反対している。決して反ユダヤ主義の扇動者ではない。ハンガリーを例に挙げてみる。カトリック教会のエルドー・ペーテル枢機卿は反ユダヤ主義を厳しく批判する最も力強い声だ。カトリック教会は歴史的には反ユダヤ主義を煽ったことがあったが、現在は逆だ。世俗的な反ユダヤ主義は存在するが、彼らは宗教的用語を使用するだけで、教会とは全く関係がない」
 
  ――ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教はアブラハムから派生した宗教だが、3宗派の間でこれまでいがみ合い、紛争が絶えなかった。

 「宗派間の連帯をテーマとした数多くの会議が開催されている。アブラハムの宗教の一体化を叫ぶ運動はこれまでにないほど高まってきている。ただし、メディアは良きことは報道ぜす、悪いことだけを強調する。世界には悪いことより、良いことがもっと多くあるのだ」
 
 ――超教派運動やキリスト教の統合を求める声は聞くが、掛け声だけで終わっている印象がある。

 「繰り返すが、世界の多くのところで人間の一体化を求めたり、アブラハムの宗教の統合を模索する多くの動きがある。相違を尊重した統合への動きだ」

 ――最後に、KAICIIDはサウジアラビアのアブドラ国王の提唱に基づいて設立された機関だが、サウジのイスラム教は戒律の厳しいワッハーブ派だ。同国では少数宗派の権利、女性の権利が蹂躙されている。

 「あなたのためにサウジアラビアの動機を分析できるが、明らかな点はタルムード(モーセが伝えた律法)が指摘していることだ。すなわち、『たとえ道理が純粋ではなくても、全ての人に良き結果をもたらすのならば、その良きことをすべきだ』」

 

バチカンの「建前」と教会の「現実」

 世界に12億人の信者を有するローマ・カトリック教会の総本山、バチカン法王庁の中でも最も権威的な機関は教理省だ。教理省の前身は異端裁判所と呼ばれ、信者たちからも恐れられてきた。カトリック教理に反する言動に対して睨みを利かす機関だ。前法王べネディクト16世が在位中、保守的なイメージから抜けきれなかった理由は、同法王が長い期間、教理省長官(ラッツィンガー枢機卿)を務めてきたからだ。教理省長官は“教理の番人”ともいわれる。だから、リベラル派の聖職者や信者からは保守派代表と受け取られても仕方がなかったわけだ。

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▲人々で賑わうクリスマス市場(2013年11月16日、撮影)

 前口上が長くなったが、教理省長官のゲルハルト・ルードヴィヒ・ミュラー大司教は先日、ドイツ教会司教会議議長ロベルト・ツォリチィ大司教と27教区の司教たちに書簡を送付し、フライブルク大司教区が先月、離婚者、再婚者への聖体拝領を一定の条件下で認める方針を下したことに対して、「夫婦は永遠に離れてはならないというカトリック教義とは一致しない」と指摘し、批判していたことが明らかになった。

 同長官は「問題が多い。実際、ヨハネ・パウロ2世(在位1978年〜2005年)やべネディクト16世(在位05年4月〜13年2月)は公認していない。フライブルク大司教区の行動はドイツ教会だけではなく、世界の教会と信者たちに混乱をもたらしている」と指摘している。ちなみに、同長官はドイツのレーゲンスブルク教区出身の聖職者だ。すなわち、ドイツ人長官が出身教区の対応を批判しているわけだ。ミューラー長官は「フランシスコ法王とこの問題で協議し、その内容は10月23日のバチカン日刊紙オッセルパトーレ・ロマーノの中で公表した」と説明している。

 バチカン教理省の批判に対し、独ミュンヘン・フライブルク大司教区のマルクス枢機卿は「教理省長官は再婚離婚者への教会の対応について教会内の議論を閉じてはならない」と指摘し、再婚離婚者へのサクラメントの是非は別として、議論に対してはオープンな姿勢を求めている。ちなみに、3組に1組以上のカップルが離婚するドイツでは、離婚者、再婚者への聖体拝領禁止は教会の信者離れを加速することは必至だ。

 現実の教会の姿を見てみよう。既婚聖職者が礼拝の主礼を務め、信者への牧会を担当、離婚・再婚者が聖体拝領を受ける――これはローマ・カトリック教会の「現実」だ。一方、聖職者の独身制に固守し、離婚・再婚者への聖体拝領は認めない――これがバチカンの「建前」だ。だから、聖職者の中から建前と現実を一致させようとする動きが出てくるわけだ。

  教会の「建前」と「現実」を限りなく一致させようとする運動が世界の教会内で現在進行中の刷新運動だ。例えば、ヘルムート・シューラー神父らを中心に300人以上の神父たちが聖職者の独身制の廃止、女性聖職者の任命、離婚・再婚者の聖体拝領許可など7項目を要求、教会指導部への不従順を呼びかけている。

 もし「現実」が正しいのならば、バチカンの「建前」を修正しなければならないが、イエスの弟子ペテロの流れを継承するバチカンは2000年の歴史を誇る。簡単には改革できない。というより、古い伝統が重荷となって、身動きが取れない、といったほうが当たっているかもしれない。
 バチカンと教会の前には2つの選択肢しかないが、前者は両者の一つを選択することに躊躇している。存在する「現実」を黙認しながら、その「現実」は教会の「建前」に反すると主張するのならば、それは明らかに「矛盾」している。いつ暴発する分からない爆弾を抱えているような状況ではないか。

欧州最大クリスマス市場オープン

 欧州最大規模のクリスマス・マルクト(市場)が16日夜、ホイプル・ウィーン市長らの挨拶後、市庁舎前広場でオープンした。市庁舎前広場を飾るクリスマス・ツリーはシュタイアーマルク州ブルック・アン・ムーアから運び込まれた、高さ30メーター、樹齢100年の松の木だ。

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▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場(2013年11月16日、撮影)

 ウィーンっ子は市庁舎前広場でクリスマス市場が開かれると、「ああ、今年もいよいよ終わりだね」という感慨を抱く。欧州の人々にとって、1年はクリスマスから次の年のクリスマスまでを意味するのかもしれない。教会に足が遠ざかった市民もクリストマスになると、「ちょっと、顔を出してくるか」と自然に教会に向かう人が多い。

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▲クリスマス・シーズン幕開けを楽しむウィーン市民(同上)

 欧州ではここ数年、財政危機が叫ばれて、市民の懐も決して潤ってはいないが、クリスマス市場だけは例外だ。憂鬱な話は聞かれない。子供連れの夫婦や若いカップルは市庁舎前広場に並ぶ約140店のスタンドを覗きながら。シナモンの香りを放つクーヘンやツリーの飾物を買う。空腹だったら、ソーセージや焼き栗を食べる。クリスマス市場で欠かせられない飲物はプンシュ(Punsch)だ。ワインやラム酒に砂糖やシナモンを混ぜて暖かくした飲み物だ。子供用にアルコールなしのプンシュも用意されている。

 オープンの日、市庁舎前からブルク劇場前まで歩けないほどの人々で一杯。16日は土曜日であり、気温も5度前後とちょうどいい。クリスマス・シーズン開幕のシンボル、市場のオープン模様を見ようと旅行者の姿も見かける。
 ちなみに、クリスマス市場は市庁舎前広場だけではなく、市内到る所で開かれる。英雄広場前のマリア・テレージア広場でもこじんまりとしたクリスマス市場が開かれている。

 いつものことだが、クリスマスについて簡単に紹介しておく。世界では約22億人が12月24日、25日のクリスマスを祝う。クリスマスツリーやクリッペ(キリスト降誕の模型)を飾る風習は13世紀初め頃から始まった。

米国よ、“夢”を取り戻せ

 冷戦が終焉した1990年以降、毎年10月11月、12月を迎えると東欧諸国の民主革命を思い出す。そしてつくづくと「あの時代(冷戦時代)はまだ希望があった」という感慨を持つ。
 何のことかといえば、ソ連主導の共産主義社会はその理論的な誤謬だけではなく、人間が心から願う世界ではないことは明らかだった。だから、東欧諸国は民主革命に乗り出した。彼らの心の中には米国の民主主義社会が輝いていた。そのような国になる、といった決意があったからこそ、共産政権下の弾圧にも屈せずに戦うことができた。そしてその願いは一応、実現した。東欧諸国は次々と西側の民主社会クラブに入っていったが、それも束の間、雲行きが悪くなってきたのだ。

 市場経済こそマルクス共産主義経済を凌駕すると信じて汗を流してきた東欧国民が「資本主義社会の問題」に気が付くのに長い時間は必要でなかった。それだけではない。共産世界に毅然と戦ってきた米国の民主主義が東欧国民が考えていたような理想的な社会ではないことが明らかになってきた。すなわち、冷戦時代の盟主、ソ連の崩壊は当然の帰結だが、あの民主主義の牙城と信じてきた米国も同じように、少し遅れて崩壊の音を立てだしたのだ。
 冷戦時代の2大国は勝利者ではなく、結局、ルーザーだったのではないか、といった思いだ。特に、米国を信望してきた東欧国民にとって深刻な現実だったわけだ。目の前の目標が消滅したからだ。
 
 オバマ米政権の現状は民主主義の政治構造が機能しないことを端的に物語っている。議会は無数のロビイストによって牛耳られ、利権争いが白昼展開している。米国の資本主義社会は実は富者を守るシステムであり、貧富の格差拡大は当然の結果に過ぎないのではないか。強者が勝ち、弱者は砂漠の中で葬られていく。米国の社会はワイルドな資本主義社会だ。レーガン時代はそれでもまだ理想があったが、冷戦後の米国社会は急速に理想を失ってきた。世界最強の国家で満足な医療すら受けることができない国民が多い。米ニューヨークの「反ウォール街デモ」参加者たちは「われわれは99%」と叫び、貧富の格差や銀行を含む金融機関の横暴を批判している。

 このように書くと、「君は米国社会の実態を知らずに、批判している」と反論されるだろう。多分、その通りかもしれない。当方は「それは間違っている。米国社会は依然、民主主義社会の模範国だ」と反論してほしいのだ、東欧国民が抱いてきた理想的な米国社会であってほしいのだ。
 
 当方は20歳代の後半、米国を見て回った。ワシントン、ニューヨーク、ボストン、マイアミ、ヒューストン、ロサンゼルス、ニューオリンズ、ハワイなどを見て回った。その第一印象は「米国はなんと大きな国か」といったものだった。食事のテーブルに運ばれるステーキの大きさにびっくりし、ボストンで食べたロブスターに舌鼓をうった。米国で食べたホットドックを欧州で見つけることはできない。景色が大きいので、車を飛ばしてもその速度感覚が分からない。かなりスピードを飛ばしても景色は変わらないからだ。当方の心に米国のイメージが刻み込まれた。米国は、共産政権下で苦しい日々を送ってきた東欧国民にとって希望と羨望の対象だったのだ。

 しかし、米国も堕ちた。その崩れ落ちる音は東欧の国民の心まで響き渡ってきた。ソ連は倒れ、。米国の理想も消滅しようとしている。東欧国民のためにも米国はその建国の理想を取り戻してほしい。夢なき世界で生きるのがどんなに厳しいか、東欧国民は誰よりも知っているのだ。

どの国でシリア化学兵器を処理?

 国連安全保障理事会はシリアに化学兵器廃棄を義務付ける決議案を全会一致で採択し、それを受け、オランダ・ハーグに本部を置く化学兵器禁止機関(OPCW)は2014年末までにシリアの化学兵器を完全に廃棄する計画を作成し、実施中だ。第1段階の国内の化学兵器製造施設の査察、関連機材の破棄は先月末でほぼ終了したが、次は化学物質(兵器)の国外搬出など具体的な計画が問題だ。

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▲北朝鮮の化学工場の機材(2005年、独化学者が新義州化学繊維複合体内で撮影)

 欧米外交筋では、ノルウェーとアルバニアの2国が搬出先国として挙げられているが、ノルウェーは国内受け入れを拒否する一方、アルバニアでは国民が受け入れ反対デモを議会前でするなど、予想されたことだが抵抗が出ている。一方、韓国外務省は12日、OPCWに対し韓国専門家の査察団参加の意向を提出するなどの動きも表面化してきた。
 
 ノルウェーの場合、先月の段階で「一時受け入れ案」の米国提案を拒否する一方、AP通信によると、ノルウェーのブレンデ外相は14日、シリア化学兵器の国外搬出を支援する海軍フリゲート艦と民間輸送船の派遣用意を表明している。アルバニアの場合、シリアの化学兵器が国内で処理されるという情報が流れると、野党を中心に現政権批判の声が高まってきている。政府側は「まだ何も決定していない」と説明し、国民を鎮静化することに腐心。ちなみに、OPCWは過去、アルバニアの化学兵器破棄作業を行った経験がある。いずれにしても、国民に危険が及ぶ化学兵器の処理作業を喜んで受け入れる国は基本的にはないだろう。
 
 韓国の場合、「シリアで北朝鮮の化学兵器有無を調査するためにOPCW査察団への参加を表明した」と一部では憶測されている。シリアと北朝鮮両国間で化学兵器製造に関する連携がある、といわれて久しい。例えば、イスラエルが2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を空爆し、破壊した。ダマスカスは「軍事施設」と説明しているが、イスラエル側は北朝鮮の支援を受けて建設中の原子炉だったと主張してきた。核関連計画が両国間で進められているとすれば、化学兵器の製造でも何らかの連携があったはずだ、とソウルは当然考えているわけだ。
 
 付け加えると、軍事大国・中国も北朝鮮の化学兵器を恐れている。 北消息筋によれば、北国内に少なくとも5カ所、化学兵器を製造する施設がある。中国が恐れているのは両国国境近くにある北の化学工場だ。北消息筋によると、2008年11月と09年2月の2度、中国の国境都市、丹東市でサリン(神経ガス)が検出された。中国側の調査の結果、中朝国境近くにある北の新義州化学繊維複合体(工場)から放出された可能性が高いという。北の化学兵器管理が不十分だったり、事故が発生した場合、中国の国境都市が先ず大きな被害を受ける危険性があるのだ(「これが北の化学工場の設備だ」2013年5月24日参考)。アサド政権が8月21日、首都ダマスカス郊外で化学兵器を使用したが、同国
野党側によると、子供を含む約1300人が犠牲となったという。

 アサド政権がOPCWに提出した約700ページに及ぶ資料によると、シリア内の化学兵器の関連施設は約50カ所、その量は約1300トンだ。内戦下で化学兵器の破棄作業は難しい。査察官の安全確保も大きな課題だ。国際社会の連携がなければ、OPCWの破棄計画は履行できない。それだけに、どの国がシリアの化学兵器を受け入れ、OPCW査察団の処理作業を認めるか、国際社会は厄介な課題に直面しているわけだ。
 

目覚めよ、宗教指導者たち

 ウィーンに事務局をもつ国際機関「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)は今月18日から2日間の日程で「The Image of the Other」というタイトルの「グローバル・フォーラム」を開催する。国際センターは昨年11月26日、サウジアラビアのアブドラ国王の提唱に基づき設立された機関で、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。昨年11月の設立祝賀会には日本から仏教代表として立正佼成会の庭野光帖次代会長が出席した。

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▲ホーフブルク宮殿で開催されたKAICIID創設祝賀会(2012年11月26日、撮影)

 同機関の提唱国がサウジアラビアであることが明らかになると、欧米社会では批判の声が挙がった。サウジのイスラム教は戒律の厳しいワッハーブ派だ。実際、米国内多発テロ事件の19人のイスラム過激派テロリストのうち15人がサウジ出身者だった。同国はまた、少数宗派の権利、女性の権利が蹂躙されていることもあって、人権団体やリベラルなイスラム派グループから国際センターの創設はサウジのプロパガンダに過ぎないという批判が飛び出したのも当然だろう。

 あれから1年が経過する。KAICIIDはこれまで4回、地域会議を開催し、宗派間の対話を模索してきた。ウィーンを皮切りに、エチオピアのアディスアベバ、インドのニューデリー、アルゼンチンのブエノスアイレスの4か所だ。今回の「グローバル・フォーラム」は創設初年度の集大成だ。それだけに、関係者の意欲は高い。90か国から教育と宗教分野の専門家、政治家、学者たち約500人が参加し、意見を交換する。

 昨年の設立祝賀会では、サウジのファイサル外相が「さまざまな宗派が結集するセンターは歴史的な役割を果たしていくだろう」と期待を表明。ゲスト参加した国連の潘基文事務総長は「宗教リーダーが紛争解決で重要な役割を担っている」と激励した。また、ユダヤ教ラビのゴールドシュミット師は「世俗社会となった前世紀(20世紀)、人類は2つの世界大戦を体験した。21世紀に入って宗教が再びリターンし、社会の重要な役割を果たしていくだろう」と語ったのが印象的だった。

 オーストリア日刊紙プレッセは「KAICIIDはシリア内戦に対しこれまで何の表明も公表していない」と、スンニ派、シーア派、クルド系など宗派・民族の違いが内戦の背景にあるのにもかかわらず、KAICIIDが沈黙していることに不信を表明している。サウジはシリア内戦では反アサド政権の立場で反体制派グループに財政、武器を供給していることは周知の事実だ。

 世界は急速に多様化してきた。それだけに、民族間、宗派間の共存と連帯が急務だ。宗教指導者は共存共栄の世界を実現するために教義の相違を超えて一体化すべきだが、残念ながら、その期待は依然、実現されていない。宗教者は世界の混乱に責任がある。目覚めよ、宗教指導者たちよ。

チェコ「ビロード革命」から24年目

 チェコスロバキアの「ビロード革命」から今月で24年目を迎えた。チェコでは1968年の自由化路線が旧ソ連軍の軍事介入で後退した後、ソ連のブレジネフ書記長の後押しを受けて「正常化路線」を標榜して権力を掌握したグスタフ・フサーク政権下で民主化運動は停滞していた。当時の反体制派知識人、元外交官、ローマ・カトリック教会聖職者たちが結集し、共産政権に民主化を要求して立ち上がったが、多くの反体制派活動家は拘束されたり、職場を失っていった。その中には、民主化後、同国初のチェコスロバキア連邦大統領(1989年12月)に選出された劇作家バツラフ・ハベル氏がいた。ハベル氏も通算5年間、収容所生活を体験している。

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▲「自宅でインタビューに応じるハベル氏」(1988年8月、プラハで撮影)

 当方の冷戦時代の思い出の一つは、ハベル氏との出会いだ。チェコ共産政権下の反体制グループ「憲章77」のリーダーだったハベル氏と会見するためにプラハのモルドウ河沿いにあるアパートメントを訪問した。会見テーマは「プラハの春」(自由化路線)20周年目だった。同氏は会見中もタバコを手から離さなかった。共産政権下の反体制活動家にはヘビー・スモーカーが多いが、ハベル氏もその1人だった。

 ハベル氏は英語で答えてくれたが、今後の民主化の行方を聞いた時、「私の英語では十分説明できないから、この質問はチェコ語で答える。ウィーンに帰国したら、亡命中のチェコ人に聞いてくれ」といって、母国語で話した。同氏はそれほど真剣だった。ジャーナリストは東欧反体制活動家にとっては、西側への窓口だ。彼らは共産当局の迫害を覚悟で西側ジャーナリストと会見に応じた。命がけの冒険だったはずだ。旧市街広場のフス像前でVサインをしながら市民に民主化を訴えていたハベル氏の姿を今も鮮明に思い出す。

 ハベル氏がチェコ大統領(1993年〜2003年)になってからは残念ながら会う機会はなかったが、同氏はクラウス政権(前大統領)らが推進する市場経済改革には最後まで抵抗していた。生来の人道主義者ハベル氏は資本主義経済の残酷さも知っていたのだろうか。また、ハベル氏はキリスト教信仰に距離を置いていた。同国ローマ・カトリック教会最高指導者トマーシェック枢機卿は生前、「自分はハベル氏を信者にしたかったが、できなかったよ」と嘆いたほどだ。しかし、チェコのビロード革命では、ハベル氏は教会指導者たちと手を結んで共産政権と戦ったことは周知の事だ。

 フサーク政権は東欧諸国の中でも反体制派への弾圧は厳しかった。特に、「宗教の自由」への弾圧は凄かった。当方のチェコの友人の1人(キリスト者)は獄中で亡くなっている。ハベル氏やハーイェク元外相といった著名な活動家の他にも、共産政権打倒のために立ち上がった無名の国民たちがいたことを記憶したい。
 当方も一度、スロバキアのブラチスラバで開かれたキリスト信者たちの「宗教の自由集会」を取材中、私服警察に拘束され、中央警察で7時間ほど訊問を受けたことがある。そこでは、同じように拘束された若者たちが壁に向かって立たされ、何か言う度に警察官に殴打されていたのを目撃した。

 独週刊誌シュピーゲル電子版(12日)は、歴史家の報告書を掲載しているが、それによると、冷戦時代(1945年〜89年)にチェコスロバキアの対オーストリア国境(総距離453キロ)近くで、ほぼ800人が殺されている。そのうち、一般国民は129人で、648人は国境兵士だったという。共産政権下では兵士たちも国民と同様、自由を求めていたわけだ。
 
  

災害時には「ラジオ」が最大情報源

stacks_image_5 ウィーンの国連で先月30日、国際赤十字赤新月社連盟が「世界災害報告書」(World Disasters Report=写真)を発表した。全283頁、7章から構成された報告書のテーマは災害時での人道支援と通信技術の役割だ。

 第2章では2011年3月の東日本大震災と通信技術の関わりについて言及されている。それによると、震災地ではインターネットのネットが壊れたが、被災地以外の国民は被害状況や安否確認のために短文投稿サイト「ツイッター」を発信、その件数は急増したという。通常の場合、1分間平均3000件だったが、震災後はその件数は1万1000件と約4倍に急増したという。

 すなわち、日本の国民は当時、1時間66万件、1日1584万件のツイッターを発信したことになる。世界に約12億人の信者するローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ法王フランシスコの場合、今年3月法王就任してから前法王べネディクト16世のツイッターを継続して開始したが、先月27日にはそのフォロワー(読者)が1千万人を超えたばかりだ。東日本大震災時、日本国民は必死にツイッターを発信しながら身内や現地の被害状況を知ろうとしていたことが推測できる。日本は米国、ブラジルに付いて世界で第3番目のツィッター利用国だ。

 震災地域は主に漁業地で住民の約30%は60歳以上だ。彼らはソーシアル・メディア・コミュニケーション(SNS)に馴染んでいない世代だ。東日本大震災の場合、コミュニケーション網が破壊されたこともあって、ラジオが大きな役割を果たしたという。東北地方の国民が情報の確保として利用した通信手段はラジオで約68%、携帯電話38%、20%がインターネット、スマートフォンは6%に過ぎなかったという。

 国際電気通信連合(ITU)によれば、 現在、世界で使用されている携帯電話台数は約68億個という。すなわち、ほぼ1人1個の携帯電話を所有していることになる。2014年には先進諸国では携帯電話保有率は100%に達成し、中低所得国でも89%になると予想されている。アフリカ西部の最貧国シエラレオネでも、国民の60%から70%が携帯電話を所有、ないしはアクセスがある。

 シリア内戦では、国民はYouTubeやSkypeなどを通じて世界に内情を伝達し、国際社会に救済を要請してきた。通信技術の発展で多くの命や財産が守られる。大災害では、情報を迅速に収集し、救済計画を練ることが大切だ。通信・監視衛星の役割は今後、益々重要視されていくだろう。例えば、津波の場合、衛星を利用した早期警告システムは大切だ。いずれにしても、人工衛星の利用などはまさに時代の恩恵というべきだろう。

 フィリピンでは8日、史上最大規模の台風30号が直撃し、1万人を超える犠牲者が出、住居や道路も破壊された。世界災害レポートによると、フィリピンの携帯電話総台数は人口約9400万人を上回るほど普及している。島間の通信では、国民はフェイスブック、ツイッターなどを好んで利用してきたという。ちなみに、同国政府は昨年12月、台風対策のためにソーシャル・メデイアの確立を決めたばかりだった。

来年、歴史的節目を迎えるドイツ

 ドイツは来年、3つの大きな歴史的節目の年を迎える。一つは第一次世界大戦勃発100年目だ。1914年、オーストリアの皇太子がサラエボで暗殺されたことがきっかけで第一次世界大戦が始まった。1939年にはナチス・ドイツ軍のポーランド侵入で第二次世界大戦が始まったが、来年で75年目の節目を迎える。最後に、東西冷戦時代の終焉を告げた「ベルリンの壁」崩壊(1989年11月)25年目だ。ドイツでは来年、「100年」「75年」そして「25年」という3つの歴史の節目が待っているのだ。

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▲ベルリン市のブランデンブルク門(2011月5月、撮影)

 独週刊誌シュピーゲル電子版(10日付)によると、ドイツでは来年、3つの歴史的節目の年をどのように迎えるかで外務省を中心にその準備に入っているという。ただし、自由党のヴェスターヴェレ外相の後釜がまだ決まっていないため、その準備は遅々としているのは致し方がないだろう。

 歴史の節目の年をどのように迎えるかはその関係国がその出来事にどのように関わってきたかで当然異なる。「歴史は民族の数ほどある」といわれる所以だ。第二次世界大戦はナチス・ドイツ軍のポーランド襲撃で始まり、人類史上最悪のユダヤ人虐殺が行われた。ドイツ側は民族史の汚点として、犠牲者へ謝罪と追悼を改めて表明する年となるだろう。ちなみに、第6代連邦大統領(1984年〜94年)を務めたリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー氏はナチス・ドイツの「第3帝国」の罪を正式に認めている。

 一方、冷戦終焉を告げたベルリンの壁の崩壊(1989年11月10日)は、コール政権(当時)の外交勝利であり、東西両ドイツの再統一という歴史的な偉業をもたらした。統一ドイツは依然、再統一の財政負担を担っているが、ドイツ民族の念願が成就した出来事であり、国民もその祝賀に異存がないところだろう。
 ちなみに、両ドイツの再統一実現の背後には、コール首相とミッテラン仏大統領(当時)両首脳の個人的友好関係があったことは周知のことだ。東西両ドイツの再統一へのフランス側の懸念を払拭するためにコール首相は精力を投入した。

 1914年の第一次世界大戦勃発に対しては、独外務省では100年追悼イベントを開催する必要がないという声が案外強い(シュピーゲル誌)。セルビア民族主義者がサラエボでオーストリア皇太子フェルデイナント大公を射殺したことを契機に、3国同盟(ドイツ、オーストリア、イタリア)と3国協商(イギリス、フランス、ロシア)間で戦争が勃発した。英国が参戦してドイツは敗北を喫し、翌年パリ講和会議でベルサイユ条約が締結された。フランスは来年、第一次世界大戦勃発100年目を大々的に追悼する計画を立てている。消極的なドイツとは好対照だ。

 ドイツだけではないが、歴史は戦争と紛争の連続だ。その歴史的節目を迎える度に、人々は謝罪と再出発の決意を固めるが、時間が経過すると同じような蛮行を繰り返してきた。世界の人々が共に喜び祝うことができる歴史的節目は少ない。
 イエスの生誕の日(クリスマス)が近づいてきたが、われわれはそのキリストすら殺害したのだ。日韓両国は「正しい歴史認識」問題で対立しているが、両民族が共に喜びあうことができる祝日をいつ迎えるだろうか。

 

故金正日第1夫人の娘婿が消えた

ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)にコンサルタントとして勤務していた北朝鮮の尹ソンリム氏(Song Rim Yun)は1カ月前、UNIDOを去った。同氏のその後は不明だ。同氏はUNIDOで対北プロジェクトを担当してきた。UNIDO関係者は「彼はアジア部に所属していたが、1か月前からアジア部から去った。彼が今何をしているかは分からない」という。

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▲尹氏が勤務していたウィーンのUNIDO本部(2013年5月、撮影)

 尹氏の背景について少し説明する。 
 故金正日総書記の最初の夫人、故成恵琳夫人は李平氏と結婚し、一人娘(李オクトル)がいたが、金総書記の目に止まり、無理矢理に離婚させられ、同総書記と同棲した経緯がある。夫人と金総書記の間には長男・金正男氏が生まれた。成恵琳夫人は2002年、療養先のモスクワで死去した。夫人の墓はモスクワ西方のトロイェクロブスコイェ共同墓地にある。李平氏は金日成大学の研究者で、故金総書記とは同級生だった。すなわち、故金総書記は同級生の妻を奪ったわけだ。

 一方、尹氏は故成恵琳夫人の娘・李オクトルと結婚した。尹氏は正男氏の義理の兄にあたる一方、金正恩第1書記とは遠縁関係だ。尹氏の本名は王ソンリムだ。どうして名前を変えたのか分からない。尹氏はフィンランドの北朝鮮参事官、ローマの国連食糧農業機関(FAO)などで勤務した後、90年後半からウィーンのUNIDOに務め始めた。自身をエコノミストと説明していた。

 尹氏が李平氏と成恵琳夫人との間に生まれた娘・李オクトルさんと結婚したのは、故金正日総書記の意向があったと思われる。尹氏は、欧州に亡命した故成恵琳夫人の姉、成ヘラン家族と正男氏の動向を監視する役割を担っていたのではないか。欧州を度々訪問した正男氏は、尹氏と会っている。

 正男氏は2004年11月、ウィーンを訪問した時、尹氏の自宅を訪問した。ちなみに、当時、正男氏暗殺情報が流れ、オーストリア内務省関係者は正男氏の身辺警備を強化する一方、駐オーストリアの北朝鮮大使に「暗殺中止」を求めるといった騒動があったが、正男氏はその時、ウィーン市内の見学を楽しんでいた。正男氏暗殺説はまったくの偽情報だったのだ。

 尹氏は「正男氏からは定期的に電話あったが、ここ2年ほど、電話はない」という。正恩第1書記が政権を担当して以来、マカオに住む正男氏とのコンタクトが途絶えたというわけだ。正恩氏の意向が反映しているのだろう。

 尹氏は平壌の政情に対しては「政治家ではないから何も言えない」と慎重だったが、核実験に対しては批判的だった。その理由について「核実験の結果、国際社会の制裁が強化され、外国企業の投資話も消えていくからだ。経済担当者にとって、どの国の核実験もマイナスだけだ」と説明していた。ただし、金ファミリーを直接批判することはなかった。
 尹氏は平壌と海外居住の親戚の狭間にあって、ストレスの多い日々を送っていたのだろう。尹氏は慢性の胃痛に悩まされていた。

 
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