2013年02月 : ウィーン発『コンフィデンシャル』

2013年02月

2013年02月18日06:00

カテゴリ: 北朝鮮

金正恩氏が緊急に知るべき事

　北朝鮮は１２日、３回目の核実験を実施した。核爆発の規模は１０キロトン前後と推定されている。北側は「小型で強力な核爆発」と豪語した。２００６年１０月は１キロトン以下、０９年５月は４・５キロトンだったから、前回より約２倍の爆発規模だ。一方、米航空宇宙局（ＮＡＴＯ）が１５日、ロシア中部に落下した隕石の総質量は１万トン、直径１７メートルで、広島型原爆の約３０倍に相当する５００キロトンのエネルギーが放出されたと明らかにした。

▲噴火する危険性が予測されている「白頭山」（ウィキぺディアから）

　エネルギー総量を簡単に比較すると、「小型で強力な核爆発」の北の核実験規模はロシア中部で１５日、落下した隕石が地上に放出した総エネルギーの５０分の１に過ぎない。宇宙から飛来した隕石のインパクトが如何に大きかったかは一目瞭然となる。隕石落下地から遠くないところに核関連施設があったというから、隕石の一部でも落下していたら大変な惨事となるところだったわけだ。欧米の原発には隕石対策は取られているが、小石程度で今回のような大隕石は想定外だろう。

　ところで、北の金正恩第１書記は年内に４、５回目の核実験を計画しているという。それに対して、韓国の火山学者らから核実験が白頭山の爆発を促すのではないか、といった心配の声が出ている。この懸念は決して新しいものではない。北の２回目の核実験直後にも囁かれた（「白頭山の爆発と第３回核実験」（２０１１年３月１１日参考）。
　
　　中国と北朝鮮の国境に位置する白頭山（標高約２７４４ｍ）は近い将来噴火する危険性があるといわれる。白頭山が噴火した場合、北朝鮮が大被害を受けるだけではなく、韓国、日本、中国など周辺国家にも火山灰が降り、同地域の飛行が不可能となる。ロシア非常事態省は２００６年１０月、白頭山が噴火する危険性があると指摘。韓国の学者も２０１０年、白頭山が１４年から１５年にかけ噴火すると予測している、といった具合だ。
　欧州では２０１０年、アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル氷河にある火山が噴火し、大量の火山灰の影響から欧州航空会社は飛行中止に追い込まれたことはまだ記憶に新しい。白頭山が噴火すれば、それを凌ぐ被害が周辺地域で生じるだろうと予測される。
　問題は、北朝鮮の地下核実験が白頭山噴火を誘発するのではないか、という不安だ。白頭山の地盤と核実験地の咸鏡北道豊渓里周辺の地盤の関係だ。両者は直線で７０キロぐらいしか離れていないからだ。核実験が白頭山の地盤に何らかの影響を及ぼし、大噴火を誘発するのではないか、という不安は完全には払拭できないわけだ。白頭山が放出するエネルギーは核実験の爆発規模の比ではない。

　北の金正恩第１書記は大災害を誘発するかもしれない追加核実験を禁止すべきだ。さもなければ、北の国民が核実験の最大の犠牲者となってしまう危険性があるからだ。金第１書記は耳を傾けるべきだ。
　　

2013年02月17日06:00

カテゴリ

世界は旧正月以降、変わった

旧正月（２月１０日）以降、世界を賑わすニュースが次々と流れてきた。その皮切りは、世界に約１２億人の信者を有するローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王ベネディクト１６世が１１日、健康を理由に退位を表明したニュースだ。そして翌日（１２日）、北朝鮮は第３回目の核実験を実施した。大ニュースが２日連続発生した。

▲北の核実験で緊急記者会見する包括的核実験禁止機関（ＣＴＢＴＯ）トート事務局長（左）、ゼルボ国際データセンター局長（中）（２０１３年２月１２日、ウィーンのＣＴＢＴＯ事務局内で撮影）

　メディア関係者も大慌てだ。興味深い点は、日欧メディアの間で両ニュースの扱いの違いが鮮明となったことだ。欧州ではドイツ人法王の退位表明ニュースを、日本のメデイアは北の核実験ニュースをより一層、大きく、詳細に報じたことだ。欧州メディアは１４日以降もベネディクト１６世の退位関連報道を大きく報じる一方、北の核実験は２番、３番目の扱いに終始し、１４日に入れば紙面から完全に消えてしまった。放射性物質が検出されるまで北の核問題報道は一休みといった感じだ。

　２大ニュースが一息ついた矢先の１５日、今度はロシア中部で直径１５メートルの隕石が落下し、１０００人以上に負傷者が出るというニュースが飛び込んできた。隕石の落下は予測されていなかったので、ロシア国民だけではなく、落下シーンをニュースで観た世界の国民も衝撃を受けた。
　１６日早朝（日本時間）には、小惑星「２０１２ＤＡ１４」が地球に最接近し、通過すると予測されていた。それだけに、ロシアの隕石落下はそれと関連するのではないか、といった推測も飛び出したが、「軌道が異なる」ことから直接の関連はないと見られている。私たちは１５日、１６日の両日、世界の紛争、混乱を忘れて宇宙に目を向けた。幸い、「２０１２ＤＡ１４」は日本時間１６日午前４時過ぎ、地球に最接近し、無事通過して行った。

　以上、４大ニュースはいずれも旧正月以降、発生した。べネディクト１６世の退位表明は世界最大キリスト教会の行く末だけではなく、世界の精神的支柱の交代を示唆した。一方、北の核実験は、朝鮮半島問題が中東問題と共に２１世紀が直面している主要課題であることを想起させた。そして隕石落下、「２０１２ＤＡ１４」の最接近は人類の英知だけでは解決できない問題（例・地球近傍天体の接近）が存在することを改めて教えてくれた。いずれにしても、私たちは旧正月後の短期間に今後の課題と心構えを学ばされたわけだ。

　　

2013年02月16日06:00

カテゴリ: 国連記者室

地球近傍天体（ＮＥＯ）の襲来

　ウィーンの国連で１１日から国際連合宇宙局（United Nations Office for Outer Space Affairs、UNOOSA）の科学技術小委員会第５０会期が開催中だ。ウィーンに本部を置くＵＮＯＯＳＡは国連総会や「宇宙空間平和利用委員会」（COPUOS: Committee on the Peaceful Uses of Outer Space）の決議に基づき、宇宙開発に関する国際的な法的業務の実施や発展途上国の宇宙開発技術の支援を行っている。

　当方はこのコラム欄で地球に急接近する小惑星「２０１２ＤＡ１４」（『思考』を地球の重力から解放せよ」２０１３年２月９日）を報告したが、「Ｓｅｃｕｒｅ　Ｗｏｒｌｄ　Ｆｏｕｎｄａｔｉｏｎ」（ＳＷＦ）が第５０会期に提出した「地球近傍天体（Ｎｅａｒ　Ｅａｒｔｈ　Ｏｂｊｅｃｔ,、ＮＥＯ）に関する作業会報告書」を入手したので、ＮＥＯ（彗星、小惑星、流星体の総称）に関する情報を少し紹介する。

　昨年２月、スペインのラサグラ天文台が発見した小惑星「２０１２ＤＡ１４」は１５日夜(欧州時間）、地球を通過するが、その大きさは４５～５０メートル、推定１３万トンだ。地球に衝突していたら、大被害が予想される。同日、ロシア中部で隕石が落下し、多数が負傷するという出来事が起きたばかりだ。
　例えば、米地質学調査（ＵＳＧＳ）によると、約４万９０００年前、小惑星が地球に衝突し、米アリゾナ州に直径１・２キロメートルのクレーター（バリンジャー・クレ－ター）を残した。

▲バリンジャー・クレーター（ウィキぺディアから）

　ちなみに、報告書によれば、１９８０年１月から２０１２年３月までに観察された地球近傍小惑星（ＮＥＡs）の総数は約８５００個、直径１キロメートル以上のＮＥＡs数は１０００以下だ（表参考）。

▲観察されたＮＥＡ（地球近傍小惑星）の数
　１９８０年１月から２０１２年３月まで
　灰色・・全ＮＥＡ数
　黒色・・直径１キロメートル以上のＮＥＡ数）

　小惑星の地球接近は一国家、機関の問題ではない。文字通り、グローバル・イシューだ。そのため、ＮＥＯ対策では、世界の科学者、天文学者、政治家、非政府機関（ＮＧＯ）らの結集、ＮＥＯの関する情報の収集、交換、早期警告網（ＩＡＷＮ）、防止から教育まで広範囲の問題が課題となる。

　ＮＥＯが地球に接近し、衝突する可能性があると予測された場合、パニックを避けるため情報管理が非常に重要だ。作業会の報告書では、メディアの役割の重要性を指摘している。
　ＮＥＯが急接近した場合、最悪のシナリオを検討し、地球レベルの対応が求められる。緊急危機に対する意志決定の司令部が大切となる。報告書では、「国連安保理」のもと、「委任者、監視グループ」、「情報分析警告ネットワーク」、「計画オペレーション・グループ」が連携していく、という指令系統図が作成されている。

　ただし、小惑星の動向を完全に掌握し、衝突を回避することは難しい。地球に接近する物体を核兵器で破壊するといったシナリオの米映画もあったが、「天候と同様、ＮＥＯは人類が完全には予測できない“Ａｃｔｓ　ｏｆ　Ｇｏｄ”（神の行為）だ」（同報告書）と受け取られている。

2013年02月15日06:00

カテゴリ: 国連記者室

ＩＡＥＡ査察部長「北は核保有国」

　国際原子力機関（ＩＡＥＡ）の天野之弥事務局長は１２日、北朝鮮が同日、３回目の核実験を実施した事に対し、「北朝鮮は国際社会の声を無視して３回目の核実験を実施したことは遺憾であり、国連安保理決議を明確に違反する」と表明する一方、「ＩＡＥＡは核査察の再開を通じて北核問題の平和的解決に貢献する用意がある」と述べた。そこでＩＡＥＡ査察局アジア担当のマルコ・マルゾ部長（顔写真）と会見し、北朝鮮の核問題とＩＡＥＡの立場について聞いた。

▲雪が積もったＩＡＥＡ本部（２０１２年１２月、撮影）

　――北朝鮮が２００６年１０月、０９年５月に次いで３回目の核実験を実施した。北朝鮮の査察を担当する査察局アジア部長としてどのように受け取っているか。

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　「天野事務局長が深い遺憾を表明している。残念ながら、ＩＡＥＡは対北核問題では独自情報はまったくない。無力に等しい」

　――北側は「小型で強力な核爆発を実施した」と表明した。北の核技術は小型核を製造できる能力を保有しているか。

　「北朝鮮の核実験の爆発規模は１回目が１キロトン以下であり、第２回目は最大５キロトンだった。今回の核爆発の規模やその性質は包括的核実験禁止機関（ＣＴＢＴＯ）の検証を待たなければ何ともいえないが、それ以上の規模だったはずだ。いずれにしても、北の核技術が向上していることは間違いないだろう」

　――エルバラダイ前事務局長は北朝鮮を含め９カ国を「核保有国」と呼んだことがある。北は通算３回の核実験を行った。北を「核保有国」と呼ぶべきか。

　「技術的には北は核保有国と呼ぶべきだろう。ただし、政治的観点からいえば、北は核保有国と認知されない。これが現実だ」

　――北は過去２回の核実験ではプルトニウム核実験だったが、今回はウラン核実験ではないかと予想されている。

　「ＣＴＢＴＯの国際監視システム（ＩＭＳ）の監視観測所データーを分析しない限り、断言できない。すなわち、放射性物質（クリプトン、ゼノンなど）の検出だ。０９年５月の核実験では放射性物質が最後まで検出されなかった。北が放射能物質の放出を防止したからだ。北は核保有国の認知を求める一方、核実験の詳細な内容が漏れることを懸念している。今回はどうか、しばらく待たないと何もいえない。もちろん、北側は今回も地下核実験場から放射性物質が流出するのを防ごうとするだろう」

　
【ＩＡＥＡが北の核関連施設を査察・検証できた期間は、①１９９４年５月から２００２年１２月まで、②０２年末から０７年７月まで。北側がＩＡＥＡ査察官を国外追放した０９年４月以降、ＩＡＥＡは北の核関連施設へのアクセスを完全に失った。そのため、「北の核問題を検証できない状況が続いている」（天野事務局長）。ＩＡＥＡとしては、６カ国協議の早期再開を通じ、ＩＡＥＡ査察員の派遣を実現したい意向だ】
　

2013年02月15日06:00

カテゴリ: カトリック

ブックメーカーが占う次期法王は

　現ローマ法王ベネディクト１６世の退任の日（２月２８日）後、３月に入ればシスティーナ礼拝堂.で次期法王選出会（コンクラーベ）が始まる。同選出会に参加できる聖職者は８０歳未満の枢機卿だ。２月の現時点で有資格者は１１７人だ。システィーナ礼拝堂に入れば、戸は次期法王が選出されるまで閉じられる。枢機卿は新聞、テレビ、インターネットのアクセスはなく、携帯電話も持参できない。外部からの影響を最大限制限し、神の霊の導きに委ねるわけだ。コンクラーベの投票結果などを外部に漏らした聖職者は制裁（破門）を受ける。秘密保持義務は参加する聖職者だけではない。料理人、医者、運転手などコンクラーベに関係する職員も同様だ。

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▲今月末に退位するべネディクト１６世（バチカン放送独語電子版から）

　コンクラーベの初日は１回の投票が開始され、午前、午後に２回の投票が行われる。投票で３分の２の支持を得た聖職者が法王に選出される。３４回の投票でも当選に必要な支持を得た枢機卿が出なかった場合、上位聖職者の間で決戦投票が行われる。当選に必要な票を獲得した聖職者が選出されれば、システィーナ礼拝堂の煙突から白い煙が出、サン・ピエトロ大聖堂の鐘が鳴り、次期法王が決定したことを明らかにする、といった仕組みだ。

　コンクラーベには神が働くというが、枢機卿の出身派閥が次期法王の選出に大きな影響を与えることは否定できない。現枢機卿の約９０％は故ヨハネ・パウロ２世とその後継者べネディクト１６世によって選出された聖職者だ。だから、次期法王は両法王の路線継承者と予想できるわけだ。
　最大派閥は欧州出身の枢機卿で６２人だ。コンクラーベ有資格者の過半数を占めている。その中でもイタリア出身者が最大派閥で、現在、２８人だ。
　ポーランド出身の故ヨハネ・パウロ２世、ドイツ出身の現法王べネディクト１６世と通算３５年間、非イタリア人法王が続いた。バチカン内では「イタリア出身の法王に帰るべきだ」という声が強い。ローマ法王は同時にローマ教区司教の立場でもあることから、「法王はイタリア人から選ぶ」という主張だ。

　欧州のメディアは、次期法王はひょっとしたら南米、アフリ出身から選出されるのではないか、といった推測を流している。例えば、アフリカ出身の枢機卿数は１１人だ。イタリア出身枢機卿数に及ばない。国会議員選とすれば、派閥内の議員数で欧州派閥に到底勝てない。にもかかわらず、バチカン内で「黒人法王の誕生は決して非現実的ではない」という声が聞かれることは事実だ。その背後には、教会脱会者が増加するエリート教会の欧州教会とは異なり、南米、アフリカ教会は信者数を増やしているからだ。

　コンクラーベには正式な候補者、といった聖職者はいない。もちろん選挙活動、公約、支持グループもない。そこで当地のブックメーカー（賭け屋）のオッツ（掛け率）から第２６６代法王の有力候補者を簡単に紹介する。世界１２億人の信者のトップをサッカー試合の賭けのように占うとは、とお叱りを受けるもしれないが、ブック・メーカーの掛け率はかなり信頼性がある。いずれにしても、「人は考え、神が決定する」ことだ。

　世界の信者の約４２％が住む南米教会では、ホンジュラス出身のオスカル・アンドレス・ロドリゲス・マラディアガ枢機卿（７０）、ブラジルのサンパウロ大司教のオディリオ・ペドロ・シェレル枢機卿（６３）の２人がいる。イタリア出身では同国司教会議議長のアンジェロ・バグナスコ枢機卿（７０）とミラノ大司教のアンジェラ・スコラ枢機卿（７１）が控えている。アフリカの希望の星ガーナー司教会議議長のペーター・タークソン枢機卿（６４）、ニューヨーク大司教のティモシー・ドーラン枢機卿（６３）、そしてウィーン大司教のクリストフ・シェーンボルン枢機卿（６８）らの名前が挙がっている。それらの枢機卿の中で誰が最有力か、と問われれば、やはりイタリア出身の２人の枢機卿といわざるを得ない。最後に、当方が密かに期待する次期法王候補者はといえば、ナイジェリアの首都アブジャのジョン・オロルンフェミ・オナイイェカン大司教(枢機卿）だ（「モスキート(蚊）を見よ」２０１２年１１月８日参考）。

　世界のカトリック信者は、今年のイースター(３月３１日）を新法王のもとに迎えることになる。

2013年02月14日06:00

カテゴリ: カトリック

法王退位表明後の神の「徴」

　イタリア通信ＡＮＳＡの写真記者が１１日、サン・ピエトロ大聖堂の頂点に雷が落ちた瞬間を撮影した。撮影した時がローマ法王ベネディクト１６世の退位表明直後だったことから、「神からの徴（しるし）」と受け取る信者たちが出てきた。

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▲サン・ピエトロ大聖堂の頂点に雷が落下（バチカン放送独語電子版から）

　サン・ピエトロ大聖堂は使徒ペテロの墓があった場所に建立された、ローマ法王はそのペテロの後継者だ、その法王が職務放棄を意味する退位表明を発表した、神からの何らかの返答があっても可笑しくない。「神の徴」支持者はこのように考えるわけだ。

　一方、法王退位表明直後から「ベネディクト１６世はバチカン内の一部勢力の陰謀の犠牲となった」という陰謀説が飛び出している。
　ベネディクト１６世自身、１３日の一般向け謁見の中で「私の辞任表明はペテロの後継者としてその職務が完全には履行できなくなったからだ」と説明し、健康問題が退位の主因であると強調している。バチカンのロムバルディ報道官も１２日、１０年前に法王は心臓にペースメーカーを入れ、３カ月前にバッテリー交換の手術を受けたばかりだ」と発表し、ドイツ人法王が久しく健康問題を抱えてきたことを明らかにしている。

　にもかかわらず、陰謀説は広がる気配がある。メディアが陰謀説を愛するからだが、まったく根拠がない、というわけではない。当方は「バチカンは秘密の宝庫」というコラムを書いた事があるが、法王を取り巻くバチカン内には秘密が山積しているからだ。

　代表的な陰謀説をここに紹介する。タルチジオ・ベルトーネ国務省長官を首謀とした一部高位聖職者がドイツ人法王を追放するため、法王を脅迫していたというのだ、一昨年末から昨年に掛けて流れた法王暗殺計画はその一つだ。バチカンの一部勢力がマフィアと連携し、バチカン銀行（正式には宗教事業協会、ＩＯＲ）の不正活動に対して調査に乗り出した法王を殺害しようと画策していたというのだ。
　ベネディクト１６世の執事が法王宛の内部文書を盗み、それをジャーナリストに流すという通称「バチリークス」事件の主犯、法王のパオロ・ガブリエレ前執事は司法当局の調査に対し、「危険に瀕している法王を救う為にした」と、犯行の動機を述べている（重窃盗に問われた前執事は裁判で禁固１年半の有罪判決を受けた後、法王に恩赦された）。

　ちなみに、バチリークス事件の裁判では、べネディクト１６世が事件調査のために設置した事件調査委員会（代表スペイン出身のユリアン・へランツ枢機卿）が作成した調査報告書は最後まで公表されなかった。また、ガブリエレ被告の公判では被告が犯行で接触した関係者の発言機会がまったくなかった。バチリークス事件の裁判は幕を閉じたが、謎は深まる一方だ。バチカン内の権力、利権争いに疲れ切った学者法王ベネディクト１６世は１１日、健康問題を理由に自主的な退位を表明したわけだ。

　神は無能ではない。全ての創造主であるとすれば、神を信じる世界最大のキリスト教会のトップ、ローマ法王の退位表明に対しても何らかのメッセージがあっても不思議ではない。その一つが退位表明直後、サン・ピエトロ大聖堂の頂上に落下した雷ではないか、と「神の徴」論者たちは主張するが、それでは「バチカンのシンボル、大聖堂への雷の落下は何を意味するのか」については余り語っていない。

　世界に約１２億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会は新しい時代の到来で大きな転換を迎えている。雷の落下は、神が今後、そのプレゼンスを明確に示すと告げた進撃のラップではなかったか、と考えている。「神の不在」を嘆いてきた時代は過ぎ去ろうとしているのではないだろうか。

2013年02月13日06:00

カテゴリ: カトリック

学者法王の８年間とその「試練」

　ローマ法王べネディクト１６世は１１日、今月末にペテロの後継者、ローマ法王の職務を退位すると表明した。これにより、ドイツ人法王時代は約８年間で幕を閉じる。同１６世は法王就任(２００５年４月１９日）直後から超保守派法王として教会内外の改革派からは厳しい批判にさらされてきた。世界的神学者のハンス・キュンク教授はべネディクト１６世の誕生に失望感を吐露したほどだ。そのローマ法王は４月１６日、８６歳の誕生日を迎えるが、イースター（復活祭）を前に身心共に疲れ切って舞台から降りようとしている。

▲バチカン市国の夜景（２０１１年４月２４日撮影）

　法王は過去８年間、多くの試練に直面してきた。法王就任の年９月、訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学の講演で、イスラム教に対し「モハメットがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したため、世界のイスラム教徒から激しいブーイングを受けた。世界のエイズ感染者の６７％を抱えるアフリカ訪問（０９年３月）では、「コンドーム無用論」を発して、リベラルなメディアからバッシングにあった。カトリック根本主義者という批判に対して、学者法王は「われわれは時代的要請に心を砕くのではなく、イエスの教えに戻るべきだ」と述べ、真理は「あれやこれや」でなく、「これだ」と主張し続けてきた。

　２０１０年から１１年にかけカトリック教会聖職者の未成年者への性的虐待事件がアイルランド、オランダ、ドイツ、オーストリア、スイス、ベルギー、オーストラリア、米国など各教会で次々と発覚し、教会への信頼は完全に地に落ち、バチカンもその対策に奔走する羽目となった。カトリック教会聖職者の性犯罪件数は数万件にも及ぶといわれる。
　カトリック教会の過去の罪を一身に背負いながら歩むローマ法王の姿は痛々しかった。１０年４月のマルタ訪問では「べネディクト１６世は犠牲者の話を聞きながら、その目は涙で溢れていた」と報じられた。‘泣くローマ法王‘をわれわれは始めて知った。

　聖職者の性犯罪問題の対応に腐心してきた矢先、ベネディクト１６世の執事が法王宛の内部文書を盗み、それをジャーナリストに流すという通称バチリークス事件が発生した。法王の周囲には２人の私設秘書と１人のバトラー（執事）、４人の家政婦たちがいる。彼らは法王の身内、すなわち、バチカン内の「法王ファミリー」と呼ぶ。そのファミリー内の犯罪にべネディクト１６世はかなりショックを受けたといわれる。
　ちなみに、独週刊誌シュピーゲルは昨年、「べネディクト１６世にはバチカンは必要ではない。必要なのは小さな家庭だ。家庭は彼にとって聖なるものだ。彼の人生は常に家庭を捜し求めてきた」と指摘していた。法王は父親を１９５９年に、母親を６３年に失った後、実姉が約３０年間、家事をやりくりした。教理省長官時代にはローマまで連れてきた姉が９１年に亡くなった時、法王は「世界は自分にとって更に空虚となった」とその伝記の中で綴っている。法王ファミリー内の犯罪はべネディクト１６世に深い痛みを残したことが推測できるわけだ。

　教会内を見ると、聖職者たちの教会刷新運動がいよいよ表舞台に登場してきた。代表的な運動はオーストリアのヘルムート・シューラー神父が一昨年６月、女性聖職者の任命、聖職者の独身制廃止、離婚・再婚者の聖体拝領許可など７項目を要求、教会指導部への不従順を呼びかけた運動だ。昨年６月、同運動に共鳴する聖職者の数は４００人を超え、オーストリアばかりか、ドイツ、ベルギー、アイルランド、スイス、米国まで拡大、運動は国際ネットワークを構築してきた。

　べネディクト１６世は昨年１０月から１年間を「信仰の年」と決め、新福音化を呼びかけたが、身心の疲れをもはや隠すことができなくなった。教会法３３２条第２項によると、健康悪化で職務履行が不可能な場合、自発的に辞任することができる。歴代法王の中では、ケレスティヌス５世（１２１５年～９６年）が法王職を初めて自主退位している。前任の法王ヨハネ・パウロ２世も晩年、健康理由に退位を検討していたといわれる。
　パウロ２世の晩年の痛々しい姿を見てきたべネディクト１６世は昨年後半、退位を決意し、身辺の整理に取り掛かった。そしてライフワークの「ナザレのイエス｣３部作を完結し、次期法王選出会（コンクラーベ）のメンバーの新枢機卿を任命した（コンクラーベ有資格者の枢機卿数は現在１１７人）。

　べネディクト１６世は退位表明する前日（１０日）、「恩寵」というテーマで８カ国語でツイートした。
　法王曰く、「われわれは神の恩寵の力に信頼を寄せることができる。われわれは皆、罪人だが、神の恩寵はそれを変え、新生させることができる」と述べている。
　なぜ、法王は１０日に「恩寵」について語ったのだろうか。「１０日」は旧正月の元旦だ。新しい年の始まりだ。退位を決断していた法王はその日を選び、神の恩寵、恩赦を願ったのではないか。ペテロの後継者に選ばれながら、その職務を完遂できないことに、神の許しと恩寵を求めていたのではないだろうか。

2013年02月12日06:00

カテゴリ: カトリック

周到に準備された法王の退位表明

　ローマ法王ベネディクト１６世は１１日、今月２８日２０時（現地時間）を期してペテロの後継者のローマ法王の職を辞任すると表明した。理由は職履行に必要な心身の力がなくなったことだ。

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▲ツイッターを始めたローマ法王（バチカン放送独語電子版から）

　退位声明は唐突だったが、その兆候は昨年からあった。すなわち、外国訪問（司牧訪問）先で高齢法王の疲れた表情が頻繁に見られたからだ（『体力消耗激しい法王に‘赤信号‘？」２０１２年４月６日）。独週刊誌シュピーゲルは「疲れ切った人」というタイトルでベネディクト１６世の歩みを総括したことがあったほどだ（「さびしいローマ法王」２０１２年６月１４日）。

　当方は昨年１１月２７日のコラム欄「法王の動向から受ける『予感』」の中で以下の内容を書いた。

　「世界１２億人の信者の頂上にたつローマ法王べネディクト１６世の身辺に懸念を感じている。学者法王と呼ばれるドイツ人法王は先日、バチカン教理省長官時代からのライフワーク「ナザレのイエス」３部作を完結した。その一方、べネディクト１６世は１１月２３日、今年２回目の枢機卿会議を開催し、新に６人の枢機卿を任命した。これで次期法王選出会（コンクラーベ）に参加できる権利を有する枢機卿は１２０人となった（以上の２点は昨年１１月、起きた）。８５歳の高齢法王は『これで何が生じても大きな混乱はない』状況を生み出したわけだ。べネディクト１６世に何が生じても１２０人の枢機卿が次期法王を選出できる。法王は『これで心にひっかることはなくなった』と考えても不思議ではない」

　ベネディクト１６世はドイツ人らしく今月末に法王職を退位するため周到な準備をしてきたことが分る。ドイツ人法王の退位は決して突発的な決定ではないのだ。

　ベネディクト１６世は過去３度、軽い脳卒中の発作に見舞われている。ラッツィンガー枢機卿が第２６５代法王に選出された時（２００５年４月１９日）、実兄は「心労が重なる法王職を務めることは無理ではないか」と懸念を表明したことがある。訪問先のマルタのフロリアナでの礼拝中、べネディクト１６世は瞬間、前屈みとなり、眠り込んでしまった。驚いた周りの者が法王をそっと起こすというハプニングがあった。

　べネディクト１６世はバチカン法王庁教理省長官のラッツィンガー枢機卿時代、法王選出に関する教会法改正について、「古い法王がまだ生存している時だけ合法だ」と主張したことがある。ローマ法王は終身制だが、歴代の法王の中でもケレスティヌス５世（１２１５年～９６年、Caelestinus）は自ら教会法を改正し、半年余りで法王職を自主退位している。べネディクト１６世は自主退位した“ケレスティヌス５世流の身の振り方”に倣ったわけだ。

　教理省長官のラッツィンガー枢機卿がコンクラーベで法王に選出された理由の一つは、同枢機卿が当時、既に７８歳と高齢だったことがある。ヨハネ・パウロ２世の２７年間の長期政権に懲りていたバチカン関係者は当時、ショートリリーフの法王を願っていたからだ。しかし、ベネディクト１６世は法王職を７年１０ヶ月務めたことになる。決して、短命政権とは呼べないだろう。

　ドイツ人法王の法王職の総括と次期法王の見通しは次回に回す予定だ。ただし、明確にしなければならない点は、ベネディクト１６世を保守的法王だったと切り捨てることは間違いだということだ。外交的センスを如何なく発揮して寵愛された前法王、故ヨハネ・パウロ２世とは異なり、同１６世は学者法王だった。率直に信念を語る。それゆえに、法王任命当初、その発言が誤解されたが、その発言内容は間違っていなかった。信じているゆえに、その信念を絶対的に変えなかったのだ。法王が‘価値の相対主義‘を嫌悪するのは、保守派だからではなく、絶対に信仰するからだ。同１６世の魅力はそこにあったが、（教会の改革や刷新で）限界もあったわけだ。

2013年02月11日06:00

カテゴリ: ドイツ

ドイツ人は「警察」を最も信頼する

　信頼（トラスト）を勝ち得ることは容易ではない。さまざまな情報が交差し、それら情報の真偽を確認できる手段が少ないこともあって、現代人は益々、他者や機関に対して懐疑的となり、最終的には信頼感を失う傾向が見られる。

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▲ドイツ国民が最も信頼する機関「警察」（ドイツ連邦警察のＨＰから）

　ところで、欧州の盟主ドイツ国民は何を信頼して生きているのだろうか。独の市場調査機関ＧｆＫ（Ｇｒｏｗｔｈ　ｆｒｏｍ　Ｋｎｏｗｌｅｄｇｅ）の「２０１３年グローバル・トラスト報告」が先日発表された。それによると、ドイツ人が最も信頼する機関（Ｉｎｓｔｉｔｕｔｉｏｎ）は警察で約８１％、それについて司法６５％、非政府機関（ＮＧＯ）５９％、公共行政機関５８％、軍５７％と続く。秩序と規律を愛するドイツ国民らしい結果といえばそうだが、少々驚く。警察、軍への信頼が他の機関よりかなり高いのだ。

　その一方、宗教(教会）は３９％と低い（前年３８％）。教会の信頼度は連邦政府３４％、大企業２６％、政党の１６％より高いが、国際社会の宗教機関への平均信頼度は６６％だから、ドイツ国民の教会への信頼度が異常に低いといわざるを得ない。前日のコラムでも指摘したが、聖職者の未成年者への性的虐待事件の後遺症がここで明らかに実証できるわけだ。ちなみに、情報社会の責任を担うメデイア機関の信頼度は４３％で、教会の信頼度よりも高い。
　ドイツ国民は政府、政党、金融機関に対して信頼を失っているが、政府や政党への失望はドイツ人だけの現象ではないだろう。銀行や金融機関への信頼感喪失は欧州の財政危機問題の影響を無視できない。

　人は生きていく上で信頼できる対象、他者、機関が不可欠だ。フランクリン・ルーズベルト元米大統領のアノ・エレノア夫人は「お金を失った場合、２、３のものを失い、友人を失えば、更に多くのものを失う。しかし、信頼を失えば、全てを失う」と述べている。関係存在の人間にとって、「信頼」がいかに大切かを端的に表現した言葉だ。

2013年02月10日06:00

カテゴリ: カトリック

“カトリック・フォビア”の出現

　独ローマ・カトリック教会ケルン大司教区のマイスナー枢機卿は「社会にはカトリック教会と信者への冷笑、攻撃性が見られる。それらは私たちを悩ませる。学者によると、カトリック教会のように攻撃を受けている宗教はないという。重要な点はそのような攻撃を受けなければならない理由が教会側にはないことだ。私自身、このような逆風を受けたことが過去、ない」と述べ、カトリック・フォビア(カトリック嫌悪）と呼んでいる。バチカン放送独語電子版によれば、マイスナー枢機卿は教会関係者宛の書簡(２月５日付）の中でこのように嘆いたというのだ。

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▲カトリック・フォビアを主張するマイスナー枢機卿（バチカン放送独語電子版から）

　フォビアは社会学の専門用語で、さまざまな分野で使用される。例えば、２００１年９月１１日の米国内多発テロ事件後、イスラム・フォビア（イスラム嫌悪）が頻繁に使用された、その他、中東アラブ諸国で見られる少数宗派キリスト教徒へのクリスチャン・フォビア、先端技術を恐れるテクノ・フォビアがあるが、カトリック・フォビア（マイスナー枢機卿は「Ｋａｔｈｏｌｉｋｅｎｐｈｏｂｉｅ」という言葉を使用）は当方が知る限りでは初めて聞く。

　ところで、世界に約１２億人の信者を抱える最大キリスト教会のカトリック教会に対してどのようなフォビア現象が見られるというのだろうか。マイスナー枢機卿の個人的な被害妄想ではないかと考えたが、実際、カトリック・フォビアの現象は見られるというのだ。

　マイスナー枢機卿のケルン大司教区では、カトリック系病院が強姦された女性の避妊予防の治療を拒否したことから、メディアや国民からバッシングを受けたばかりだ。同枢機卿は後日、その女性に謝罪し、今後の対応の善処を約束したが、この件で教会への一般国民の嫌悪感が一層深まったことは残念だが、間違いないだろう。しかし、カトリック・フォビアの主因はそれではないだろう。聖職者の未成年者への性的虐待問題が教会への嫌悪感を社会に決定的に植えつけた最大原因ではないか。子供が神父に近づくことに不安を持つ若い母親が増えたともいわれるほどだ。

　バチカンを含むローマ・カトリック教会は聖職者の性犯罪対策に真摯に乗り出してきたが、短期間で失われた国民の教会への信頼感を回復することはできない。ひょっとしたら、カトリック教会は、以前享受してきた信頼を２度と復帰できないかもしれない。
　マイスナー枢機卿は「教会は社会に向かって堂々と信念を表明すべきだ」と述べ、聖職者と信者たちに「勇気をもって」と呼びかけている。
　