ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2013年01月

独仏の「エリゼ条約」締結50周年

 ドイツとフランス両国は22日、両国の歴史的和解を謳った「独仏協力条約」を締結して50周年を迎える。同条約は調印場所となった仏大統領府のエリゼ宮の名前を付けて「エリゼ条約」とも呼ばれる。

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▲ベルリン市のブランデンブルク門(2011月5月、撮影)

 条約署名はシャルル・ド・ゴール大統領(在職1959〜69年)とコンラード・アデナウアー独首相(同1949〜63年)の間で行われた。同条約には、外交、安保、文化など各分野の協力、両国政府間の定期的会合などが明記されている。独週刊誌シュピーゲルによると、両首脳は条約をまとめるため4年間、15回のトップ会談をこなし、100時間以上話し合い、40通の書簡交換をしたというから、険悪な関係が長かった両国間の歴史的和解は難産だったことが推測できる。 

 両国は過去、欧州の宿敵同士としてさまざまな紛争や非協和音が絶えなかった。歴史に残る大きな戦争だけでも、フランス王ルイ14世対アウグスブルク同盟間の大同盟戦争(1618〜1697年)、30年戦争(1618〜48年)、7年戦争(1756〜1763年)、ナポレオン戦争(1792〜1815年)、独仏戦争(1870〜71年)、そして第1次世界大戦、第2次世界大戦が挙げられる。特に、フランスは1940年6月、ナチス・ドイツ軍の侵攻を受け、パリをナチス・ドイツ軍に占領されるといった苦い経験をした(英米、自由フランス軍ら連合軍は44年、ノルマンディー上陸作戦を成功し、同年8月25日、パリを解放した)。
 
 条約締結後も両国関係は不協和音は絶えなかった。ド・ゴール大統領はドイツの助けを受けて欧州の強化を目指し、大国化した米国の政治力を抑制しようと腐心したが、ドイツは米英との関係強化に関心があった。アデナウアー首相の後継者となったルートヴィヒ・エアハルト首相(1963〜66年)は親米派(大西洋派)であり、フランスとの関係を軽視し、独仏関係は一時、冷却した、といった具合だ。

 両国関係はヘルムート・コール独首相(1982〜98年)とフランソワ・ミッテラン仏大統領(1988〜95年)時代に入ると深まっていく。コールとミッテランは84年、第1次世界大戦の激戦地ヴェルダンを訪ね、両国の友好を誓った話は有名だ。両国は1988年1月22日、国防安保協議会の常設化などを含むエリゼ条約の補完議定書に調印している。
 
 最近では、欧州の財政危機の解決のため、アンゲラ・メルケル独首相(2005年〜)は二コラ・サルコジ大統領(07〜12年)と連携し、ギリシャの財政危機の対応で主導的役割を果たしたことはまだ記憶に新しい。独仏両国は蜜月関係に突入した、といわれたほどだ。なお、社会党出身のフランソワ・オランド大統領(12年5月〜)が登場した後、両国は債務対応政策で見解の相違が表面化してきている。

 両国は今年を「ドイツ・フランスの年」とし、昨年9月から今年7月まで両国内でさまざまな祝賀会を予定している。
 


【短信】
 
徴兵制を問う国民投票スタート 
 
 徴兵制の行方を問う国民投票(16歳以上、有権者数約640万人)が20日、オーストリア全土で始まった。投票会場は午前6時から開かれ、首都ウィーン市やインスブッルク市では午後5時まで開かれる。
 有権者は、現徴兵制を維持するか、職業軍人を導入するかについて決定する。複数の世論調査では現徴兵制の維持派が過半数を占めている。政府は国民投票の結果を尊重し、その決定を実行に移すと表明済みだ。
 
 与党2党、社会民主党と国民党は徴兵制問題では立場が真っ2つに分かれている。ファイマン首相の社民党は職業軍人の導入を主張する一方、国民党は徴兵制の維持を訴えている。今回の国民投票は、今秋に実施予定の国民議会選挙の前哨戦と受け取られている。なお、投票結果の大勢は同日午後8時(日本時間21日午前4時)には判明する予定だ。

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▲ウィーン市16区の投票会場(2013年1月20日、撮影)

なぜ、トミーは教会に行くか

 イタリア南部のサン・ドナチの教会に毎日に通う敬虔な信者がいることで話題になっている。教会から脱会する信者が多い世の中で毎日教会に顔を出すということは、ローマ・カトリック教会の総本山があるイタリアの国民にとっても考えられないことだからだ。その敬虔な信者は教区の信者たちからトミー(Tommy)という愛称で呼ばれている。
 断っておくが、敬虔なトミーはシェパードの雄犬だ。トミーは飼い主の婦人と共に長い間、教会に通ってきたが、その婦人が2カ月前に亡くなってしまった。しかし、トミーはその後も一人(匹)で教会に通い続けているというのだ。

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▲忠犬トミーの話を紹介するメトロ紙「ホイテ」(2013年1月18日、撮影)

 その話が広がると、トミーの姿に感動する信者たちが出てきた。教区神父は、礼拝にいつも出席し、祭壇前で跪くトミーを追っ払うことはしない。礼拝が終わると、トミーは静かに立ち上がり、教会を後にするという。
 トミーの話を報じたイタリアの日刊紙メッサッジェーロ紙によると、飼い主を失ったトミーを教区の人々がお世話しているという。とにかく、トミーは教会の礼拝を忘れることはなく、礼拝の鐘が鳴ると、どこからか姿を現し、祭壇前に跪くというのだ。ただし、トミーは雨が強く降る日だけは、礼拝を欠席するという。

 ここまで書くと、忠犬ハチ公の話を想起する読者が多いだろう。秋田犬のハチ公は飼い主の大学教授が急死した後も主人を迎えに駅までやってきたという。渋谷駅前にはハチ公の銅像がある。俳優リチャード・ギアが大学教授を演じた映画「ハチ公物語」(「HACHI」)を観られた読者も少なくないだろう。トミーの話はイタリア版「忠犬ハチ公」だ。

 忠実な犬の話は日本やイタリアだけではない。アフガニスタンに派遣された米特殊部隊の兵士が2011年8月6日、タリバンの攻撃を受けて死亡したが、兵士が愛していた軍用犬(ラブラドール・レトリーバー)は若き兵士の死を嘆き悲しみ、その墓を守り続けていたという話が伝わっている。

 それにしても、犬たちはなんと忠誠心に溢れていることだろうか。このDNA(デオキシリボン核酸)はどこからくるのだろうか。もちろん、大学教授がハチを愛し、ケアをしていなかったら、教授の死後も待ち続けることはなかっただろう。トミーの場合も飼い主の婦人が愛し、大切にしていたのだろう。兵士の軍用犬も同様だ。一度愛された犬はその生来のDNAが活発化し、主人への忠誠心が無限に発露されるのだろうか。

 

なぜ、人は雪が降ると考え出すか

 当方は冬が好きで、雪が降り出したら仕事をほったらかしにして、犬のように外に飛び出すので、雪で玄関が汚れるのを嫌う家人たちから嫌われてきた。その当方も17日の大雪には驚いた。24時間で30センチを超える新雪がウィーン市内を覆いつくしたのだ。

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▲30センチ以上の新雪が降ったウィーン市(2013年1月17日、撮影)

 「今年の冬は雪が少ない。ひょっとしたら本格的な雪を見ることが無く、初春を迎えるかもしれない」といった会話すら呟かれていたが、どっこい、雪は冬眠していなかった。ただし、30センチ以上の雪が短時間に降るとは考えてもいなかった。前日まで市内の路上はまったく雪はなく、乾燥していた。オーストリア中央気象庁の話では「ウィーン市で24時間内で30センチ以上の雪が降ったのは約50年ぶり」という。
 
 やわらかい雪を見上げながら、アダモの「雪は降る」を歌いながら散歩するといった悠長なことはいっておられない。歩道は雪掻きが行われているので、歩けるが、そうではない道は雪をかきながら進まなければならないから、どうしても靴下は濡れてしまう。
 
 30センチ以上の雪をウィーン市内全域を覆いつくすためにはどれだけの雪が必要か。数学教師だったら、生徒に質問するだろうな、と考えながら雪道を歩く。とにかく凄い量の雪が降ってきたのだ。
 ラジオは「ウィーンのシュヴェヒャート国際空港では、3分の2の便が欠航となっています。着陸できないので、一部では、リンツ空港に迂回し、そこからバスで乗客をウィーンまで運ぶ、といった緊急対策が取られています」というニュースを流していた。
 
 雪の日、散歩し、疲れたら小粋な喫茶店に入り、一杯のコーヒーを飲みながら、店の窓から降り続ける雪を眺める。考えられないほどの贅沢な時間だ。メラージュ(ミルクコーヒー)を飲みながら、「それにしても、降ったな」と深い溜め息をつく。
 
 こんなに雪が降る日は人はどうしても内省的になる。どうしてだろうか、と考えた。人の視野は通常、前に向けられている。しかし、豪雪で視界が閉ざされ、前進できない。だから、人の思いは内に向かい出すのだろう。アダモは「雪が降る。重い心に」と歌っている。
 それだけではないだろう。雪は音を消す。通常の日はさまざまな音で溢れている。それらの音が雪で消されていく。車はゆっくりとしか走れない。人は雪をかきながら、黙々と歩く。もちろん、煩いオートバイは走れない。雪は音を1つ、また1つと消していく。雪で視界が狭まれ、音は静まる。人は雪の日、否応なく内省的になっていくのだろう。
 
 雪国出身の家人は「雪が降れば、大変。雪降ろしは力仕事よ。あなたのような悠長なことを考えてはいられない。雪降ろし中、屋根から落ちて怪我をする人もいるのよ」という。雪は好きだが、屋根上で雪降ろしをした経験のない当方は「そうかもしれないね」と頷くしかない。
 
 

政治家たちの“不愉快な事実”

 オーストリアで20日、徴兵制の行方を問う国民投票が実施される。ファイマン連立政権を構成する与党社会民主党と国民党は徴兵制問題ではまったく正反対の立場だ。ファイマン首相(社民党党首)は職業軍人の擁立を主張する一方、シュビンデルエッガー外相(国民党党首)は現徴兵制の維持を表明している。

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▲徴兵制の堅持が問われるオーストリア連邦軍(オーストリア国防省提供)

 複数の世論調査によれば、徴兵制の維持が過半数を占めている。その背後には、徴兵制が廃止された場合、自然災害など支援活動に支障がでるといった懸念が国民には強いことがある。国民党側は「職業軍の場合、費用がこれまで以上にかかる上、災害対策は難しくなる」とアピール。それに対し、社民党側は「これまでの災害対策で動員されたのは90%以上が訓練された職業軍人だ」と反論し、「欧州27カ国で21カ国は既に徴兵制を廃止している。欧州のトレンドは徴兵制の廃止、職業軍人の養成にある」と説明している、といった具合だ。

 ところで、徴兵制の維持を声高く主張する国民党議員や党関係者が過去、さまざまな理由を掲げて徴兵を逃れてきたことが判明したのだ。日刊紙エストライヒ16日付によると、党事務局長のハネス・ラウフ氏は膝蓋骨骨折を理由に、アンドレアス・コール元国会議長は皮膚発疹、バルテンシュタイン議員は高血圧、ピューリンガーオーバー・エストライヒ州知事は腎臓結石のため、若い時徴兵を免除されていたのだ。そしてそれらの政治家が現在、徴兵制の重要性を訴えているわけだ。同紙は「高血圧で兵役を逃れたバルテンシュタイン議員はその後、マラソン大会に出場するなど、その体力を誇っている」と、徴兵制維持派の国民党議員の過去の兵役逃れを皮肉を込めて報じている。

 日刊紙の記事は、社民党のダラボス国防相筋からのリーク情報だろう。国民党議員たちの兵役逃れの過去を暴露して、その信頼性を崩していくという社民党の情報作戦だ。ところで、肝心のダラボス国防相も若い時、兵役を嫌ってシビル・サービス(民間奉仕)を選んでいる。その政治家が後日、オーストリア国防相に就任し、今は職業軍の育成を主張しているわけだ。社民党議員たちも、過去の言動を振り返れば“不愉快な事実”が1つや2つ出てくる点で国民党議員たちと余り違いはないだろう。

 徴兵制の是非を問う国民投票は今秋に実施予定の総選挙の前哨戦と受け取られているだけに、社民党も国民党も党の総力を挙げて戦っている。あと2日後、その結果が明らかになる。

欧州で願われる神の「再発見」

 10年前までは欧州は世界の繁栄の証人であり、モデルであったし、欧州に住む人々も漠然ながらそれを誇りとしてきた。その欧州でここ数年、財政危機が発生し、多くの失業者が生まれてきた。約4人の1人は貧困下にあり、約2600万人が雇用先を見出せず、南欧のスペインでは2人に1人の若者が失業中だ。公平さを失った政治は久しく人々の信頼を失っている。欧州国民は自信を失ってきたのだ。

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▲欧州のメトロポールの一つ、ウィーン市の街風景(2013年1月10日撮影)

 「欧州の危機」といえば、経済的観点から説明されることが多いが、その主因は経済分野にあるのではなく、欧州人が自身のアイデンティティを失ってしまったことと密接な関係があるのではないか。行動を支え、促す原則と方向性の喪失が経済活動を混乱させた原因ではないか。欧州の場合、キリスト教がその役割を担ってきたが、肝心のキリスト教会は政治家と同様、信者たちの信頼感を失い、存続の危機に陥っている。

 例えば、欧州カトリック国の代表、フランスとポーランド両国で今、同性愛の公認の動きが起きている。一昔前は、同性愛者が「人権の平等」を訴え、説得せざるを得なかったが、今は同性愛者の公認を反対する者が「なぜ容認できないか」を説明しなければならなくなった。同性愛者は欧州社会で市民権を既に獲得しているのだ。

 世界最大のキリスト教、ローマ・カトリック教会のローマ法王べネディクト16世は昨年12月20日、「同性愛は真理ではない」と単刀直入に述べている。同性愛問題でこのように率直に答えることが出来るのは欧州ではもはやローマ法王一人だけだろう。法王のような発言をすれば、「暴言発言」として反発を受け、次期選挙で苦戦を余儀なくされるかもしれない、と、通常の政治家は考えるからだ。

 欧州連合(EU)は財政危機下に陥ったギリシャへの支援の際、加盟国への「連帯」を強調するが、どこから「連帯感」は生まれてくるか。既成の市場経済原則に立脚している限り、真の「連帯感」は生まれてこない。「われわれの税金で怠慢な経済政策を行ってきた国をどうして助けなければならないか」という主張が出てくる。経済的観点から言えば、その主張は正しい。旧東西両ドイツの再統一後、統一ドイツ政府は「連帯税」を施行し、旧東独の開発・発展のために投資してきた。この場合、旧東西ドイツは同じ民族だ。それでも旧西独側から不満の声が挙がっている。南欧の国を救済するために、自国の税金で支援を申し込む北欧の国が存在するだろうか。

 「欧州の財政危機」は、欧州のキリスト教会の衰退に起因する。そして、欧州教会の失墜は民主主義の土台(例・隣人愛、連帯感、奉仕など)を侵食していった。民主主義の発祥の地、ギリシャの財政危機は非常に象徴的な現象といえるわけだ。キリスト教を吸収し、構築された政治体制、欧州の民主主義は今、満身創痍のような状況だ。
 
 欧州の経済専門家は「2014年になれば、欧州経済も回復に向かう」と予測するが、経済原則だけに頼った対応策では果たして十分だろうか。何はさておいても欧州は神を“再発見”しなければならないはずだ。
 

北外交官夫人たちの「仕事」

 朝から雪が降り出し、午前11時頃には約10センチほど積もった。国連記者室での仕事が早めに済んだので昼食は外で取ることに決め、今年初めてウィーン市14区の北朝鮮大使館まで足を伸ばした。大使館の建物は雪化粧をして普段よりは厳かな雰囲気を出していたほかは外から何の変化も見られなかった。

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▲雪化粧の北大使館(2013年1月14日、撮影)

 大使館正面前の写真展示ケースを覗いた。金正恩第1書記の誕生日(1月8日)も過ぎたので、写真は故金総書記の誕生日(2月16日)の「民族最大の名節(祝日)」に焦点が絞られていた。同総書記の功績、現場視察などの写真が掲載されていた。その中で、昨年12月12日の長距離弾道ミサイル発射の成功が大きく紹介されていた。総書記の実績とそれを継承した第1書記の功績が明記されていた。その中で目を引いたのは、ミサイル発射を監視する宇宙監視中央センターの写真だ。非常に清潔でモダンなセンター内で関係者がモニターを追いかけている。

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▲宇宙監視中央センター(2013年1月14日、北大使館の写真展示ケースから接写

 その写真を模写するためにポケットからデジタル・カメラを取り出した時だ。大使館正面の戸が開き、一人の婦人がこちらにきた。「何をしているの」と英語で聞いてきた。当方は笑顔を返しながら、「この宇宙監視センターの写真を写しているところです。初めて見る写真ですね」と説明。婦人は「あなたは誰」と聞く。昨年後半にウィーンに赴任してきた外交官の夫人だろう。当方も見たことがない夫人だ。そこで「金光燮大使は良く知っていますよ」というと、「大使は今朝、ハンガリーに仕事のために出かけて留守だ」という。金大使は駐ハンガリー大使も兼任している。ブタペストの北大使館は10年前頃、経済的理由から閉鎖された。
 当方は日本のジャーナリストだと自己紹介し、写真の接写の許可を打診したら、夫人は「そんな写真ならばKCNA(朝鮮中央通信)が発信している」といいながら、大使館内に戻っていった。

 以前は大使館前の展示ケースの写真を接写していても、大使館関係者から尋問されることはなかった。大使館周辺の監視が強化されたのだろう。大使館正面入口にある2つの監視カメラがこちらを睨んでいる。
 そして、大使館周辺の監視役は何時も外交官夫人たちの仕事だ。彼女たちは入口に最も近い小室で監視カメラに映る“招かれざる客”をチェックしている。その小室から夫人たちの笑い声が時たま聞こえてくる。


「匂い」の市民権を守れ

 朝日新聞のHPを見ていると、匂わない沢庵を開発したというニュースがあった。農業・食品産業技術研究機関の野菜茶業研究所とお茶の水女子大が共同開発したという。沢庵は匂いがするが、それを嫌う人が増えてきた。そのニューズを受けて開発されたわけだ。

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▲ドイツの現代作家パトリック・ジュースキント氏の長編小説「Das Parfum」(香水)(2013年1月14日、撮影)

 沢庵に劣らないほど匂いが強い食品には韓国のキムチがあるが、キムチの匂いを消す改良が行われたとは聞かない。ただし、若い世代にキムチの匂いを敬遠する傾向が出てきたこと、キムチの匂いが他の食品に移るのを避けるためキムチ専属冷蔵庫が売り出されていることは聞いたことがある。
 日本人は「匂いそのものを消す」ことを考え、韓国人は「匂いを閉じ込める」ため工夫する。食品の匂い対策でも両民族は異なっている。

 匂いは沢庵、キムチなど食品からだけではない。汚れた靴下、歯磨きを忘れた時の口臭、汗をかけば体臭など、それぞれ独自の匂いが出てくる。そして、それらをカムフラージュするため香水やうがい水などさまざまな匂い消しが生まれてきた。

  ここまで考えた時、ドイツの現代作家パトリック・ジュースキント氏の長編小説「Das Parfum」(香水)を思い出した。小説は映画化されたからご存知の読者もおられるだろう。世界的ベストセラーとなった小説だ。
 舞台は18世紀のパリ。生来、人間としての匂い(体臭)がない主人公ジャン・バティスト・グルヌイユ(Grenoville)は飛び抜けた臭覚の持ち主だ。彼は人間の匂いを奪い、それを保管する。世界の匂いを全て所有していく。匂いのない主人公が最高の匂いを求めて殺人を繰り返していく、という少々グロテスクな世界の話だ。

 匂いは目ではキャッチできないが、存在する。現代人は自身の匂い(体臭)を消すため香水など匂い消しのお世話になるが、匂いにも必ず、その存在目的があるはずだ。例えば、匂いは、「汚れた衣服を変えなさい」、「歯磨きを忘れないで」、「1週間に最低1回はお風呂に」といったサインを発する。その匂いが存在しなかったならば、どうだろう。風呂に入ること、歯磨きや服を着替えることも忘れてしまうかもしれない。

 「匂い」を擁護するつもりはないが、匂いは、その人のアイデンティティと密接に繋がっている面もある。なぜならば、人はそれぞれ独自の匂いを放っているからだ。香水はその人の独自の匂いを消す。換言すれば、その人の体臭というアイデンティティを消し、無臭の人を作り出す。もう少し、厳密にいえば、アイデンティティの体臭を消す代わりに、購入した香水の匂いを放つ。「どの香水を利用しているか」は誰にも分かるが、どの体臭を持つ人間か分からなくなる。
 
 当方は読者に1ヶ月間風呂に入らず、歯磨きも忘れよ、と叫んでいるのではない。各自が生来の匂いを香水などで消さないでほしいと思っているだけだ(動物世界を想起してほしい。動物がその独自の匂いを失ったならば、繁殖・生存できなくなるだろう)。
 沢庵とキムチからコラムの話を始めたが、当方は沢庵の匂い消しにも余り賛成ではない。沢庵はその匂いと共に食べてこそ、沢庵なのだ。

政変を生き延びてきた北大使の話

 駐オーストリアの北朝鮮大使、金光燮大使は今年3月でオーストリアに赴任して20年目を迎える。同大使の金敬珍夫人(駐ポーランドの金平一大使の実妹)は故金日成主席と金聖愛夫人との間で生まれ、故金正日労働党総書記とは異母の兄妹関係だった。そして“それ故”に、同夫人と結婚した金大使は駐チェコスロバキア大使を経た後、1993年3月からオーストリアに駐在し続けている。

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第14回UNIDO総会で演説する金大使(2011年11月30日、撮影)

 もちろん、ウィーンの外交界では最長駐在記録の持ち主だ。欧州には数年前まで駐スイス大使の李徹氏が1980年からスイスのジュネーブに駐在し、87年にからジュネーブ国連事務局駐在の常任代表部大使となり、金ファミリーの海外資金を管理してきたが、同氏は2010年3月末、平壌に帰国し、金正恩第1書記に仕える側近の一人となっている。

 金大使は赴任直後は金ファミリーの一員であることを隠そうと腐心してきた。オーストリア商工会議所アジア担当官から「あなたは金ファミリーの一人ですか」と直接聞かれた時など、「違いますよ」と堂々と嘘をいっていたほどだ。しかし、時間の経過とともにそんなことはどうでもよくなったのだろう。赴任直後の緊張も取れると、次第に余裕すら出てきた。金大使は駐在期間が長くなるのにつれて変わっていった。その間、北朝鮮も変わった。

 金大使と敬珍夫人を結びつけた金日成主席も久しく故人となり、義兄だった金総書記も1昨年12月、亡くなり、その次男の金正恩氏が政権を継承したばかりだ。金大使は外様大臣として欧州から北の3代の世襲を見てきたわけだ。平壌の中央政界で不在だったため、政権委譲に伴う波乱にも遭遇することなくこれまできた。

 しかし、大使の過去20年間は決して順風満帆というわけではなかった。欧州で核関連機材の購入を担当していた尹浩鎮参事官のウィーンの自宅が1997年、米中央情報局(CIA)によって盗聴されるという事件が発覚した。尹参事官はウィーンに10年以上滞在、国際原子力機関(IAEA)担当の核専門家として、IAEAと北朝鮮の核交渉では大きな役割を果たした外交官だった。北朝鮮の核情報入手に躍起となっていたCIAは尹参事官に目を付けたわけだ。その結果、尹参事官は帰国に追いやられた。
  欧州で北が唯一直営していた銀行「金星銀行」は2004年6月、米国らの政治圧力を受けて営業閉止に追い込まれた。金星銀行は北の欧州の工作拠点だった、それだけにその閉鎖は平壌にとって大きなダメージとなった。また、同銀行幹部として暗躍してきた権栄録氏は09年、オーストリアのヨット貿易会社を通じてイタリアのヨット製造会社から金総書記用の高級ヨット(1300万ユーロ相当)を密かに注文したが、オーストリア銀行の通達が契機となって発覚し、取引は水泡に帰した。その結果、権氏はオーストリアの検察庁から国連安保理の対北制裁1718号違反と外国貿易法違反で起訴されたため、平壌に逃げ帰った。 
 一方、オーストリア・北朝鮮友好協会の重鎮だった社会民主党のハインツ・フィッシャー氏がオーストリア連邦大統領に選出され、北とも関係があったアルフレート・グーゼンバウアー氏が首相に就任した時、「願ってもない政治環境が出来た」と北側は喜んだが、グーゼンバウアー政権(07年1月ー08年12月)は短命に終わる一方、フィッシャー大統領(04年7月〜)は親北派政治家というイメージを払拭するために、北と距離を置き出してきた。
 以上、これらの出来事は金大使がウィーンに就任してから起きたことだ。そして、同大使1人だけがそれらの出来事から表面上は何の影響も受けずに生き延びてきた。

 金大使はこれからどうするのだろうか。金正恩政権下でこれからも駐オーストリア大使を務めていくのだろうか。それとも、李徹元駐スイス大使のように帰国し、正恩氏を家族の一員として支えていく道が開かれるだろうか。金大使は還暦を前に人生の分岐点を迎えようとしている。

アカデミー賞を狙え!

 第85回アカデミー賞授賞式が来月24日、ハリウットのドルビー・シアターで挙行される。レッドカーペットの上を歩きながら、俳優たちが会場に入るところをテレビ・カメラが追う。時間差もあって、欧州では授賞式の放映は深夜から早朝にかけてだ。アカデミー授賞式の日は眠たい目をこすりながら職場に出かける人も少なくない。

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▲アカデミー賞のノミネートを報じるオーストリアのメディア(2013年1月12日、撮影)
 
 ところで、アルプスの小国オーストリアで今、ノロウイルスではなく、アカデミー賞フィーバーが襲ってきた。理由は簡単だ。アカデミー賞に2人のオーストリア映画人(監督と俳優)がノミネートされたからだ。それも6部門でだ。
 ミヒャエル・ハネケ監督の作品「アムール(愛)」が作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、外国語映画賞の5部門にノミネートされた。同監督は前作「白いリボン」(2009年作品、カンヌ国際映画祭最高賞など映画賞をほぼ総なめした)でもノミネートされた。前評判の高い作品で病に倒れた老妻とその夫との人間ドラマだ。
 それだけではない。クリストフ・ヴァルツ氏がクエンティン・タランティーノ監督の作品「ジャンゴ(繋がれざる者)」に出演し、助演男優賞にノミネートされたのだ。ヴァルツ氏は2010年、映画「イングロリアス・バスターズ」(Inglourious Basterds) でナチスのハンス・ランダ親衛隊大佐役を演じ、助演男優賞を受賞しているから、今回は2度目の受賞を狙う(「ヴァルツはドイツ人だった」2010年8月13日参考)。

 
 アルプスの小国出身の映画人が2人も天下のハリウットの最高賞にノミネートされたのだ。冷静になれ、といっても無理な注文かもしれない。アカデミー賞のノミネート発表後のオーストリア日刊紙(11日付)はハネケ監督とヴァルツ氏の写真を一面トップで報じ、オーストリア国営放送はニュース番組でアカデミー賞ノミネートを速報するなど、突然、アカデミー・フィーバーが全土を覆い尽くしてしまったのだ。

 同国の一部メディアでは、「わが国はアカデミー賞のチャンピオンだ」といった見出しまで躍リ出す始末だ。当方などは「いつからオーストリアは映画国となったのだろうか」と首を傾げたくなるが、それはオーストリア国民だ。世界のアカデミー賞をひょっとしたら6部門制覇するのではないか、といった非現実的な夢を抱く人々まで出てくる有様だ。

 そこで最後に、客観的な映画人の第85回アカデミー賞の見通しを紹介しておく。
 「本命はスティーブン・スピルバーク監督の第16代米国大統領リンカーンを描いた作品だろう。ハネケ監督の作品は外国語映画賞か脚本賞の有力候補だが、作品賞は難しい。2度目の助演男優賞を狙うヴァルツ氏は今回はダメだろう」と指摘している。

 過大な期待を抱き、失望することがこれまで多かったオーストリア国民だ。昨年のロンドン夏季五輪大会で最後までメダルを取れなかった時のオーストリア国民のヒステリー的な反応を想起して頂きたい(「『ノー・メダル』預言は成就された」2012年8月12日)。当方は「6部門にノミネートされたのだから、1つでも受賞できれば映画小国オーストリアにとっては大きな成果だ」と、控えめに予想している。

 

信者たちが教会から去って行く

 オーストリアのローマ・カトリック教会昨年教会脱会者数は5万2425人だった。前年度(5万9023人)比で11・2%減少したが、依然、脱会者数は高水準だ。同国のカトリック教会信者総数はこれで約536万人となった。ちなみに、首都のウィーン大司教区では昨年1万6217人が脱会した(前年度比で4%減)。4483人が教会に入会、ないしは再入会している。

P1050167 同国教会の信者脱会者数の動向を振り返ると、脱会者数が急増した年は聖職者の不祥事、性犯罪の発覚や聖職者の暴言発言などがあった年と重なる。同国で信者の教会脱会傾向が見え出したのは同国教会最高指導者グロア枢機卿の性犯罪が発覚し、同枢機卿が辞職した1995年頃からだ(教会脱会者の動向表を参考=オーストリア通信作成)。

 脱会者数が最も多かったのは2010年で8万5960人だ。この年、聖職者の未成年者への性的虐待事件が次々と判明した。教会の信頼が大きく崩れた。それは信者の脱会数となって反映している。また、オーストリア教会リンツ教区のワーグナー神父が、ハリケーン・カトリーナ(2005年8月)が米国東部のルイジアナ州ニューオリンズ市を襲い、多くの犠牲者を出したことについて、「同市の5カ所の中絶病院とナイトクラブが破壊されたのは偶然ではない」と述べ、「神の天罰が下された」と宣言し、大きな波紋を投じたことがあるが、その年も脱会者が増えている。サンクト・ペテルン教区で神学生、聖職者のポルノ閲覧事件の時も多くの信者達が教会から背を向けていった、といった具合だ。

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▲オーストリアのローマ・カトリック教会の精神的支柱、シュテファン大聖堂(2013年1月10日、ウィーンにて撮影)

 同国最高指導者、シェーンボルン大司教(枢機卿)は「信者の教会脱会は心が痛い。オーストリア教会は信者数では減少傾向にあるが、わが国は依然、キリスト教国であり、今後もそうあり続けるだろう」と述べている。  


   
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