ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2012年04月

多文化主義と「単一民族」

 ノルウェーのオスロ政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害したアンネシュ・ブレイビク容疑者(33)の公判が16日から始まった。同容疑者は犯行前に「2083」というタイトルで1500ページを超える宣言文を発表し、そこで反イスラム教を主張し、ノルウェーのリベラルな多文化主義を批判している。

 どのような繋がりがあるのか不明だが、容疑者はこれまで数回、「日本」に言及している。犯行直後、精神鑑定医には日本人が理想だと述べ、17日の意見陳述の中で「日本と韓国は単一文化が保たれている完全な社会だ。人々の調和が取れている」と賞賛している。

 容疑者が日本に関心があることは分かるが、「日本が完全な国家」どころか、多くの難問と課題を抱えている国であることは日本人ならば誰でも知っている。毎年、3万人以上の自殺者を出す国が完全であるはずがない。
 ただし、容疑者が日本を評価するのは「単一民族国家だ」という点にあるのだろう。多民族が交差し、無数の戦争と紛争を経験してきた欧州諸国からみれば、日本は驚嘆に値する国だろう。外国人の割合は低く、イスラム教徒の数に到っては問題外だ。しかし、だから「日本は調和が取れた完全な国」と結論付けることは大きな間違いだ。

 欧州の犯罪統計では必ず、犯罪総件数に対する外国人の犯罪比率という項目がある。そして欧州では例外なく、外国人による犯罪件数が増加傾向にある。また、欧州社会には今日、約1400万人のユーロ・イスラムが住んでいる。彼らは通常、世俗イスラム教徒と呼ばれ、過激なイスラム主義とは一定の距離を置くが、国際テログループはインターネットなどを通じて激しい思想攻撃を掛けてきた。ターゲットはイスラム系移住者の2世たちだ。欧州のテロ問題専門家たちは「ホームグロウン・テロリストの脅威が欧州社会で高まってきている」と警告を発して久しい。

 同時に、欧州の政治家の中にも多文化主義に懐疑的な声が増えてきた。メルケル独首相は2010年10月16日、「多文化主義は完全に失敗した。わが国は今後、統合された社会建設を目指さなければならない」と述べて、注目された。これは国内のイスラム系住民がゲットーを構築し、テロの温床となる危険性を回避するため、移住者への社会統合政策の強化が急務だというのだ。戦後ドイツ移住者政策の大きな転換を意味する重要発言だった。

 オスロ容疑者の多文化主義への批判、単一民族の日本社会への評価は一つの見解としては理解できる。容疑者のように考える極右派政治家は実際、欧州では少なくない。しかし、彼らの多くは、自分をテンプル騎士団の騎士とみなし、武装闘争を宣言したオスロの容疑者とは違い、現行の政治的枠組みの中でその戦いに挑んでいる。

 単一民族による国家形成は21世紀の今日、その是非は別として非現実的だ。グローバル社会でインターネットを通じて全世界が結ばれている現在、多くの民族、国家が固有の文化を維持しながら交流していく時代に入っている。軋轢や対立が生じることもあるだろうが、それ以外の選択肢はない。厳密な意味では日本ももはや単一民族国家ではない。

 オスロ容疑者は「2083年までに保守革命を終える」(宣言文)ため、時代という時計の針を戻そうと腐心し、狂気の虜になってしまったのだ。

愛人に中絶を求める神父たち

 「なぜ、神父は愛人をもつか」の続編だ。聖職者の独身制を破り愛人を囲っている神父が多いことは紹介した。少なく見積もっても3人に1人の神父が愛人を持っている。独身制はもはや風前の灯だ。いつガタガタと崩れても可笑しくない状況だ。
 それに関連し、これまで無視されてきた大きな問題がある。愛人との間に生まれた子供たちの存在だ。オーストリアのローマ・カトリック教会でも神父から生まれた子供の数は約500人と推定されている(同国日刊紙クリア)。そして子供たちの多くは関係者に祝福されず、私生児扱いされるケースが多いのだ。

 独身制を破り、愛人との間で子供ができた場合、聖職を自主的に断念し、他の職を探す神父もいるが、神学の教育しか受けていないため就職先を見つけるのが難しい。聖職を断念した以上、給料はもちろん、年金も退職金もない。住んでいた教会からも出て行かなければならないから、生活苦に陥る神父たちも出てくるわけだ。なお、カトリック教会の神父が結婚を理由に聖職を断念した数は1964年から2004年の40年間で約7万人と推定されている。

 一方、神父の中には愛人に子供ができたら、中絶を求めるケースが少なくないという。教会の上司に独身制を破棄した事実が分かれば聖職を失う危険性があるからだ。

 世界12億人の信者を抱えるカトリック教会の総本山、バチカン法王庁は過去、如何なる堕胎も認めず、暴行されて妊娠した場合ですら、その中絶を容認しなかった。人命の尊さという観点からいえば、当然かもしれない。胎児の権利を擁護し、児童の人権を尊重するカトリック教会だが、その館で中絶が密かに行われ、神父から生まれた子供たちへの財政支援は一切しない。法王ベネディクト16世は「聖職者の独身制は教理ではない」とはっきりと語ったが、独身制を無視して家庭をもった神父たちに対して「堕ちた聖職者」として、全ての経済的援助を断つ。教会の隠語でこれを「白い殺人」と呼ばれている。

 キリスト教史を振り返ると、1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。カトリック教会の現行の独身制は1139年の第2ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由が(聖職者の独身制の)背景にあった、といわれる。カトリック教会は表向きは「イエスが独身で33歳で亡くなった」と説明し、「イエスのように」という理由から聖職者の独身制を擁護してきた。

 ところで、フランスの巡礼地ルルドで先月、第15回欧州修道院代表者年次総会(UNESM)が開催された(欧州には37カ国、約40万人の修道僧、修道女がいる)。ローマ法王べネディクト16世は2年前の「僧職に奉じた人生の日」への記念礼拝の中で、「修道院生活の意義はカトリック教会にとって大きい。修道僧や修道女のいない世界はそれだけ(霊的)貧困だ。彼らは教会と世界にとって価値ある贈物だ」と強調し、修道僧や修道女の献身的な職務に感謝している。
 修道僧、修道女は生涯を独身で神に献身する生き方だ。法王が指摘したように、彼らが果たした功績は大きい。しかし、このコラム欄で何度も指摘したが、神はアダムとエバを創造した後、幸せな家庭を築いて欲しいと願われているのだ。決して、社会から孤立した修道院で自分のために祈っ欲しいとは願われていない(旧約聖書創世記)。
 21世紀の今日、聖職者は家庭を築き、神に貢献できる時代を迎えている。創造本来の生き方ができる時を迎えているのだ。神父が愛人に中絶を嘆願する状況は、神の願いでないことは明らかなはずだ。

オスロ大量テロの首謀者は誰 ?

 辛いテーマだが、どうしても考えなければならない、と感じるので、オスロ大量殺人テロ事件のアンネシュ・ブレイビク容疑者(33)について今回も書く。

 16日に始まった公判は今後10週間の日程で開かれ、7月初めには判決が予想されている。同公判の争点は前日も書いたが容疑者の犯行時の「責任能力の有無」だ。全く異なる2つの精神鑑定結果が提出されている。17日からは容疑者がその犯行の動機などについて説明する予定だ。

 公判初日の動向を多くの欧州メデイアは一面で報じている(公判初日は約800人のジャーナリストが現地取材した)。「犯行は認めるが、自分は無罪だ。自衛権を行使しただけだ」と答えた容疑者の発言が大きく報じられる一方、検察側が紹介した容疑者作成のビデオを見ながら、涙を流した容疑者に対して「犠牲者に対しては何の反応も示さなかった容疑者が犯行に及んだ経緯を紹介した自分のビデオを見て涙を流す。彼はナルシストだ」(独週刊誌シュピーゲル電子版)といった報道も見られた。

 当方は16日夜、オスロの大量殺人テロ問題を扱ったオーストリア国営放送の討論番組を観ていたが、出演者の一人、司法精神病鑑定医のラインハルト・ハラー( Reinhard Haller)氏が「容疑者は狂気の世界に無防備状況で送り込まれている」という趣旨の発言をしていた。当方も「その通りだ」と思う。
 容疑者は狂気の世界に完全に嵌り、もはやその世界に抵抗できない無防備状況にいるのだ。だから「狂気だが、精神病患者ではできない精密な犯行を行使できる」(ハラー氏)という。
 狂気(Wahn)の世界に完全に入ると、時間の経過と共にそこからもはや脱出できなくなる。そして狂気の住人の思い通りに動かされていく。そして、自分の世界は完全に消滅されていく。宗教的表現をすれば、完全に悪魔に憑かれ、その手先として動き回る状況だ。それこそ、オスロの容疑者が現在、住んでいる世界ではないか。彼は脱出したくてももはやその術を失っているのだ。

 容疑者は公判初日、検察側の犯行説明を聞きながら、「もっとやるべきだった(もっと殺すべきだった)」と呟いたという。それを聞いた裁判関係者はゾーッとしただろう。容疑者の声というより、彼をその狂気の世界に押し込んだ者の声ともいえる。
 ウトヤ島の乱射事件から逃れた少女は「犯人は非常に落ち着いていた。そして撃った人間がまだ死んでいないと分ると、何度も撃って死を確認していた」と証言している。乱射の時も容疑者はまるでその使命を果たすように冷静に蛮行を重ねていったわけだ。

 多くの人々にとって、狂気の世界は無縁かもしれないが、それに憑かれる人々は決して少なくはない。オスロの容疑者の言動がそれを見、聞く者に大きな衝撃を与えるのは、狂気の世界に完全に入り、そこから脱出できない状況がどれほど恐ろしいか、をなんとなく感じるからだ。悲しいことだが、オスロの容疑者は狂気の世界の囚人ともいえる。そして、狂気の世界を牛耳っているのが悪魔だ(「『悪魔』とその助っ人たち」2011年8月25日)を参照)。

オスロ殺人容疑者とその「歴史」

 西暦800年から1050年にかけ北欧(ノルウェー、デンマーク、スウェーデン)ではバイキング(Viking)がその勢力を拡大していた。バイキングが他国の海岸に侵攻し、略奪を繰り返した背景にはさまざまな学説があるが、カール大帝のキリスト教の北欧進出に脅威を感じたバイキング(多神教)がそれに対抗するため立ち上がったという「キリスト教進出阻止説」が現在、有力視されている(例、793年のイングランドのLindisfarne修道院襲撃)。もちろん、バイキングが卓越した航海術をもち、他国を武装侵略できる能力があったから、という説もある。いずれにしても、バイキングが中世の欧州で大きな影響力を誇っていたことは事実だろう(デンマークのハーラル一世が960年頃、キリスト教を受け入れたのを皮切りに、スカンジナビア半島は次第にキリスト教圏に入っていく。同時に、バイキング時代は終わりを告げる)。

 どうして突然、バイキングの話を紹介したのか、と問われれば、16日にノルウェーの首都オスロで公判が始まった大量殺人テロ事件のアンネシュ・ブレイビク容疑者(33)と関連するからだ。
 容疑者は昨年7月22日、政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した。その犯行動機については、「自分はイスラム教徒の進出を阻止するテンプル騎士団の騎士だ。自分は今、戦争の最中にいる」と説明し、「信念のある1人の人間は、自身の利益だけに動く10万人に匹敵する」と豪語した。

 バイキングは当時、キリスト教の北欧進出に脅威を感じていたが、21世紀に生きる容疑者はキリスト教の進出ではなく、イスラム教の進出に怯えている。怯える対象は異なるが、容疑者は自身をテンプル騎士団の騎士として、イスラム教に武装闘争を宣言しているわけだ。

 ただし、容疑者の言動は反イスラム教という視点だけでは十分説明し切れない。ノルウェーの歴史を振り返る必要性を感じる。同国は大国に絶えず支配されてきた。400年余りデンマークに支配され、その後スウェーデンに侵略されてきた。ノルウェーの民族的劇作家ヘンリック・イプセン(1828年ー1906年)は「わが国固有の文化がない」と嘆いたほどだ。オスロの容疑者は、自国に侵入する異分子、異教徒、異文化に対して、病的なほどの強い嫌悪感を持っている。イスラム教はその一対象に過ぎないのではないだろうか。

 われわれ一人ひとりが歴史の所産とすれば、その思考、言動にはその民族、国家の歴史が内包されているのは当然だろう。オスロの大量殺人テロ容疑者の場合も同様だ。容疑者の言動には、容疑者の個人史(家庭問題)だけではなく、ノルウェーという民族、国家の歴史が絡んでくるはずだ。歴史は、今を生きている人間を通じて、常に現代史として顕現するからだ。

 なお、裁判では容疑者の「責任能力」が焦点となる。容疑者の責任能力を認知した精神鑑定(今月)と、犯行当時、容疑者は偏執症精神分裂者(paranoider Schizophrenie)だった(昨年11月)として責任能力はなかったというまったく異なる2つの精神鑑定が提出されている。弁護士の説明によると、「容疑者は自身が責任能力のあることを裁判を通じて証明する」という。換言すれば、「大量殺人テロは精神病者の犯行ではなく、思想に基づいた行動であることを証明する」というのだ。
 容疑者は16日、公判で「犯行は認めるが、罪は認めない。自衛権を行使しただけだ」と述べている。

学者法王の「7年間」の成績表

 ドイツ出身のべネディクト16世は16日、85歳の誕生日を迎えた。19日には、第265代法王就任7年目の筋目を迎える。

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▲法王就任7年目を迎えるべネディクト16世(バチカン放送独語電子版のHPから)

 世界に約12億人の信者を抱える世界最大キリスト教宗派のローマ・カトリック教会最高指導者となったべネディクト16世は、コンクラーベ(法王選出会)で選出された時、既に78歳の高齢だったこと、バチカン高位聖職者たちが27年間続いたヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月16日〜2005年4月2日)の長期政権に少々疲れていたこともあって、ショート・リリーフ役の法王として選出され、本格的な法王はべネディクト16世後、というのが大方の予想だった。しかし、ドイツ人の法王は就任7年目を迎え、本格的なローマ法王の風格が漂いだした、という声も聞かれる。

 バチカン法王庁教理省(前身異端裁判所)長官を長く務めてきたべネディクト16世には就任当初から“教理の番人”というイメージが付きまとってきた。法王の選出時、教会内の改革派からは失望感が聞かれた。世界的神学者ハンス・キュンク教授はあからさまにその失望感を吐露しているほどだ。改革派には、超保守派の法王誕生で第2バチカン公会議から始まった「教会の近代化」が後退するのではないか、といった危機感があった。

 それでは過去7年間でその懸念はどうなっただろうか。ヨハネ23世(在位1958年10月28日〜63年6月3日)が主導し、パウロ6世(在位63年6月21日〜78年8月6日)が遂行した第2バチカン公会議(62〜65年)ではラテン語礼拝の廃止、他宗派との対話促進(エキュメニズム)などの教会の近代化が決定された。今年は同公会議が開幕して50年目を迎えた。
 ベネディクト16世は2009年1月、カトリック教会根本主義者故ルフェーブル大司教の聖職者グループ「兄弟ピウス10世会」の4人の司教の「破門宣言撤回」の教令を出した。それに先立ち、ラテン語ミサ=トリエント・ミサの復活を承認した法王答書を公表。その後、バチカンは「兄弟ピウス10世会」との関係正常化交渉を続けている。
 べネディクト16世には「第2バチカン公会議の教会近代化」に強い不信感がある。教会は近代化したが、その結果、社会はキリスト教化されず、世俗化しただけだ、といった疑問だ。同16世は「われわれは時代的要請に心を砕くのではなく、イエスの教えに戻るべきだ」と述べ、真理の絶対性を主張し、「価値の相対主義」には強い嫌悪感を持ってきたことは周知の事実だ。

 べネディクト16世は、前任者、ヨハネ・パウロ2世とは明らかに異なった道を歩んできた。優れた外交センスで直ぐに“メディアの寵児”となったパウロ2世とは違い、就任直後からさまざまな不祥事やハプニングを体験している。
 法王就任年の9月、訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学の講演で、イスラム教に対し「モハメットがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したため、世界のイスラム教徒から激しいブーイングを受けた。世界のエイズ感染者の67%を抱えるアフリカ訪問(09年3月)では、「コンドーム無用論」を発して、リベラルなメディアからバッシングにあった。
 また、法王は「兄弟ピウス10世会」の4人の司教の「破門宣言撤回」の教令を出したが、4人の司教の中にホロコーストを否定した発言をした聖職者(英国のリチャード・ウイリアムソン司教)が含まれていたことから、世界のユダヤ人から激しい非難を受ける羽目となった。
 10年に入ると、アイルランド教会を皮切りにドイツ、オーストリア、スイス、オランダ、ベルギーなど欧米各地の教会で聖職者の未成年者への性的虐待事件が発覚し、欧州キリスト教社会は大揺れとなったことはまだ記憶に生々しい。
 
 学者法王のべネディクト16世は「信仰と知性」の統合をライフワークに「信仰の危機」の克服に乗り出しているが、肝心の教会では聖職者不足、信者たちの教会離れが加速化し、悩める羊たちを教会に引き戻す解決策を見出せない状況だ。欧米社会では社会の世俗化が進み、公共施設の「十字架論争」が勃発するなど、キリスト教の信仰の要である「十字架信仰」も揺れだした。同16世を取り巻く状況は限りなく、厳しいわけだ。

 べネディクト16世の実兄ゲオルグ・ラッツィンガー氏(88)は今月4日、「弟はバイエル(独バイエルン州マルクトム・アム・イン生まれ)を再訪することはもはやないだろう。体力を消耗する訪問を制限しなければならないからだ」と弟の健康を心配している。実兄によれば、ベネディクト16世は過去3度、軽い脳卒中の発作に見舞われている。
 ラッツィンガー枢機卿が第265代法王に選出された時、実兄は「心労が重なる法王職を務めることは無理ではないか」と懸念を表明したほどだ。具体的に、2年前、訪問先のマルタのフロリアナで礼拝中、べネディクト16世は瞬間、前屈みとなり、眠り込んでしまった。驚いた周りの者が法王をそっと起こすというハプニングがあった。

 教会が直面している課題は山積する一方、高齢の法王に残された時間は限られている。聖職者の独身制見直しやキリスト教の統一などの抜本的な改革は、やはり、次期法王の選出まで待たなければならないだろう。

 

“ソーセージ”戦争の行方

 アルプスの小国オーストリアを訪問する旅行者は同国の伝統的な食事を食べようとするだろう。同国の代表的な料理はやはりヴィーナー・シュニッツェルだろう。日本のトンカツに似ているが、それよりも肉は薄く、食べやすい。それに野菜サラダがついてくる。飲み物代も含めて10ユーロもあればおつりが戻ってくる。子供も大人も大好き料理だ。イスラム系移住者が増えたこともあって、最近は豚肉ではなく、鶏肉をシュニッツェルに利用するところが増えた。

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▲ウィーンっ子が愛するケーゼ・クライナー(2012年4月14日、撮影)

 ところで、ウィーンっ子が仕事帰りに空腹を覚えたなら口に入れるものはソーセージだ。もちろん、ソーセージといっても、多種多様だ。しかし、ソーセージの王様といえば、ケーゼ・クライナーだろう。カラシと酢漬キューリを付けて焼き立てのクライナーを食べる姿はどこでも見られ、ウィーン市の風景に溶け込んでいる。リュックサック旅行者にとっても値段が安い上、ソーセージスタンドで手軽に食べられるから便利だ。
 ところが、ウィーンっ子が大好きなケーゼクライナー(Kasekrainer)を隣国スロベニアが先月、「製造発祥地はわが国だ」として、その商品名の専売特許を欧州連合(EU)の特許庁に申請したことが伝わると、オーストリアのファーストフード界やガストロノミー (Gastronomie) は大ショック。スロベニアの申請が承諾されれば、ケーゼクライナーと今後呼べなくなるからだ。ちなみに、クライナーはスロベニアのクライン(Krain)から由来するという。
 オーストリア日刊紙クリアは「ケーゼクライナーがなくなれば、売り上げにも大きな影響を及ぼす」というスタンド店主の声を紹介している。ウィーンの経済商工会議所では「スロベニアの申請を葬るべきだ」としてEU特許局に圧力を行使すべきだという声も聞かれる(EUは13日、スロベニアから先月申請があったことを認めた。ブリュッセルは通常、加盟国のこの種の申請に対しては半年以内にその是非を決定する)。
 「たかがソーセージではないか」といった声も一部にはあるが、ケーゼ・クライナーを愛するウィーンっ子は冷静ではいられない。スロベニアとオーストリア間でソーセージ戦争の様相を深めてきている。
 ところで、食文化や名産物では時たま、本家・老舗争いが生じるものだ。ウィーンでも有名なザッハトルテ(一種のチェコレートケーキ)の本家争いがあった。ザッハ・ホテル側と王宮専属洋菓子メーカー、デメル社がトルテの“知的所有権”で法的争いを展開した(「175年を迎えたザッハトルテ」2007年4月13日)。しかし、ケーキはあくまでデザートに過ぎないが、ケーゼ・クライナーは主食の一つだ。その国の食文化にも少なからず影響が出てくる。
 ケーゼ・クライナーを愛する一人として、ソーセージ戦争の平和的解決を願う。

なぜ、神父は愛人をもつか

 当方は先日、「枢機卿と同性愛者の教区評議会」(2012年4月3日)というコラムを書いたが、その後、予想外の急展開が出てきた。そこで書き手の義務として、その続報を読者に報告しなければならない。

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オーストリア・カトリック教会の精神的支柱、シュテファン大聖堂(2011年7月撮影)

 オーストリアのニーダーエストライヒ州のシュトッツェンホーフェンで3月18日、教区の評議員会選出が実施され、26歳の同性愛者の信者が選出されたことから、同国で大きな波紋を投じた。教区の神父は当時、「教会法では同性愛者の評議員入りは容認できない」と主張し、「罪の中で生活している」同性愛者の評議員会入りを容認できないと表明。同国カトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿もその段階では神父の見解を支持した。ところが、同枢機卿はその後、「自分は同性愛者の評議員会入りに反対の見解を明らかにしたが、考え直して、その青年に会ってみたくなった。青年を昼食に招き、語り合った。青年は人間的に立派であり、キリスト教の信仰を有していることが分かった。教区の信者たちが青年を支持した理由も理解できた」と述べ、「教会法では問題があるが、青年の評議員選出を受け入れる決意をした」と表明した。

 次はその後の続報だ。教区の神父は枢機卿が同性愛者の教区評議員を承認したことに不満を持ち、教区の神父職を辞任すると表明した。聖職者の中には同性愛者に対して同神父のような立場を取る者は少なくない、その意味で、神父の辞任表明はその信念に基づくものと受け取られた。問題はその数日後だ。12日付の同国日刊紙クリアは「神父の元愛人」とのインタビューを掲載し、そこで元愛人が神父と3カ月余り愛人関係だったことを告白したのだ。彼女は告白の動機を、「神父が同性愛者を罪の中にあると批判したことを聞いて、神父の偽善な態度が許せなくなったから」という。神父は前の教区(Pressbaum)でこの女性と知り合っている。

 一方、同性愛者を承認した枢機卿もその直前、神父に電話で「同性愛者を評議員選リストから削除せよ」を要求していた内容が暴露された。それだけではない。ザルツブルクでは同性愛者の教区評議員が既に存在していることも明らかになった。シュトッツェンホーフェンのケースが初めてではなかったのだ。教会側は教会法では認められないと公式表明する一方、同性愛者の評議員を久しく黙認してきた事実が浮上してきたわけだ。

 小さな教区が投じた波紋が今日、同国教会全体を震撼させるほどの大きな波紋となってきた。同国日刊紙エーストライヒは13日付のトップに「神父の3人に一人は愛人がいる」という記事を報じ、「オーストリアに約3300人の神父がいるが、少なくとも1000人の神父には愛人がいる」という教会関係者の発言を紹介している。
 カトリック教会の独身制は現実では久しく形骸化しているが、バチカン側は教会法の建前を繰り返し、問題が起きない限り、「聖職者の現実」を黙認してきたわけだ。オーストリア国営放送は先日、「教会の危機」というタイトルで討論番組を流したが、実際は「危機」ではなく、「崩壊」という言葉のほうが教会の現状を正しく表現しているだろう。

なぜ、人は故郷を目指すのか

P4120016 独週刊誌シュピーゲル最新号は「故郷とは何か」(Was ist Heimat)を特集している(写真)。ドイツでは「ハイマート」(故郷)という言葉を使う時、かなり神経質とならざるを得ない。ナチス・ドイツの国家社会主義の残滓を感じるからだ。誤解されることを極力回避しようとする自己制御が働く。それほど、ドイツ人にとって「故郷」は政治的概念として利用された時代があった。
 詩人の室生犀星の「ふるさとは遠くにありて思うもの、そして悲しく歌うもの」と詠われた時代には、ふるさとは生まれた地と密着していた。故郷は悲しく歌う人のものだった。それ以外は考えられなかった。

 グローバルな世界に生きているわれわれにとって、「故郷」という概念は次第に自分が生まれた地から離れ、拡大してきた。「故郷」は生まれた地域との密着度とは余り関係がなくなってきた。「地球はわたしたちの故郷」というキャッチフレーズすら聞く。それだけ、わたしたちの認識の世界が膨らんできたのかもしれない。

 欧州に住んで30年以上の時間が過ぎてしまったが、最近、自分が無国籍者(Staatenlose)のような気分に陥ることがある。欧州では何年住んでいても外観からみて外国人であり、異邦人である点で変わらない一方、故郷との繋がりは年々、薄くなってくる。だから、「故郷」は生まれた町、国というより、「地球村」という思いが強まってくる。
 「伝統的な『故郷』を失った人間にとって、『地球村』という概念は代償に過ぎず、その人の救済を意味するだけで実体のない概念だ」と指摘されれば、そうかもしれない。しかし、どのような立場、状況にあっても人は故郷を恋い慕うという点では変わらないだろう。

 俳優チャールトン・ヘストンが演じた米映画「十戒」(1956年)の主人公モーセをご存知だろう。彼は神の命を受けて奴隷生活を強いられていたイスラエルの民を引率してエジプトを脱出し、神の約束の地カナンを目指していく。幾多の苦行を乗り越え、夢にもみた約束の地を目前にしたが、カナンに入ることはできず荒野で倒れた。モーセにとって、カナンの地は神が約束した「故郷」だった。

 故郷から追放され、世界に散らばった選民イスラエルの民が1948年、再結集して国家を再建した。神学者の中には「この時から終末が始まった」と主張する者もいる。すなわち、失った「エデンの園」を回復する時代に入ってきたというのだ。例えば、ドイツでも1990年以降、映画や小説の世界で‘新しい郷土‘という概念が頻繁に使用されるようになってきた。

 最後に、わたしたちは「故郷」に何を願っているのか、という点を考えなければならない。なぜならば、「故郷」という概念はアイデンティティと密接に関連するからだ。「人は皆、故郷を目指す」が、「どの故郷か」で世界は依然、コンセンサスを見出せず、いがみあい、紛争している。地域、民族、国家に密着する一方、他の地域、民族、国家に対しても開かれた「故郷」は果たして存在するだろうか。ここまで考えていくと、どうしても「神」が登場し、両者を調停してくれない限り、難しいのだ。

なぜ、人は空を飛びたいのか

 中島みゆきさんの「この空を飛べたら」を聴いていたら、少々、感傷的になった。「人はむかし、むかし鳥だったのかもしれないね。こんなにも、こんなにも空が恋しい」という中島みゆきさんの詩が心に浸み込んできた。
 人は空を飛びたいために腐心し、飛行機を発明し、空の果てにある宇宙までその願望を拡大してきた。わたしたちは既に「月」に最初の足跡を刻み込んできた。今は「火星」が次の視野に入っている。空を飛びたいという人間の願望は限りがなく、さまざまな形態を通じて現実化してきた。
 しかし、月にしても火星にしても普通の人間は飛べない。宇宙に飛び立つためには、莫大な時間と訓練を投資しなければならない。ここ暫くは限られた飛行士しか空を飛べないだろう。もちろん、旅客機に乗れば、空を体験できるが、それは疑似体験に過ぎない。空の大気を肌で感じることはできないし、それは危険なことだ。
 ここまで考えて少々がっかりしたが、アルキメデスではないが、閃きがあった。ニュートリノだ。「幽霊粒子」とも呼ばれる素粒子だ。ニュートリノだったら宇宙戦艦「大和」よりも早く飛ぶことができる。速度だけではない。「幽霊粒子」は人間の体すら何の抵抗もなく通過できるという。漫画チックにいえば、一種の透明人間のような素粒子だ。
 当方は今、読者の体を通過したばかりだが、当方の存在を感知できた読者は誰もいないだろう。透明人間だからではない。時間と空間を自由に飛行できる「幽霊粒子」だからだ。
 前口上が長くなったが、いよいよここから本題に入る。人は本来、時間と空間を超越した存在ではないかというテーマだ。宗教的に表現すれば、霊だ。幽霊もその範疇に入るかもしれない。そして人間そのものが目に見える外形と不可視の霊から構成されている存在と分かると、人生や地上で生じているさまざまな不可思議な現象も少しは理解できるかもしれない。 
 米国プラグマティズムの創設者ウィリアム・ジェイムズを中心に、イギリス功利主義哲学パイオニア、ヘンリー・シジウィック、進化論の生みの親・イギリスの博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレス、ノーベル生理学・医学賞受賞者シャルル・リシェら第一線の科学者たちが霊的現象や「死後の世界」の存在について研究した話をこの欄で紹介したことがある(「心霊現象と科学者たち」2007年7月9日)。
 ゴースト・ハンターズの科学者の調査対象は当時、�仝諺�(死の間際のメッセージを受けとる)、�▲汽ぅ灰瓮肇蝓次癖�から情報を読みとる)、��テレパシー(他人の思考や感情を読みとる)、�ぅ謄譽�ネシス(空中浮揚、物に力を及ぼす)、�ゥ┘�トプラズム(物質化現象)、�Ω鮑皇命�(霊界からのメッセージ)などの現象だった。
 「幽霊粒子」の存在が明らかになれば、それらの霊現象は一層容易に解明できるかもしれない。結論を急ぐ。わたしたちは「幽霊粒子」から構成された存在だとすれば、地理的に遠く離れた家族の悲報が分かる、といった初歩的な段階から、月や火星にも飛ぶこともできるでのはないか。重力をコントロールするために長期間の訓練は必要ではない。思いだけで、その場に飛び、考えるだけでその対象を得ることができる世界を実体験できるわけだ。
 ここまで書いてくると、「当方氏はいよいよ可笑しくなった」と心配されるかもしれないが、当方は至極、まじめに考えている。人は空を飛べる存在だから、無性に空を飛びたいのだ、という結論になる(もちろん、時間と空間に制限されている肉体という衣を脱ぎ捨ててからだ)。
 もう一度、中島みゆきさんの「この空を飛べたら」を口ずさみながらこのコラムを終えたい。
 「人はむかし、むかし鳥だったのかもしれないね。こんなにも、こんなにも空が恋しい」。

なぜ、アハスヴェルスは彷徨うか

 ヨーロッパの中世時代、「彷徨えるユダヤ人アハスヴェルス」という民話が伝わっていた。イエスが十字架を背負いながら刑場に向かっていた時だ。イエスは疲れたので靴屋アハスヴェルスの家の前で止まり、水一杯を求めるが、アハスヴェルスは「あっちへ行ってくれ」といって断る。イエスは「あなたは私が来る時まで待たなければならない」という言葉を残して去っていく。その後、アハスヴェルスは故郷を去り、世界を彷徨う。
 イエスが十字架に掛かった時、左右に2人の強盗がいた。左の強盗が「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と罵声を浴びせたが、右の強盗は「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互いは自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしたのではない」とイエスを擁護した。するとイエスは「よくいっておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」と語っている(ルカによる福音書23章)。
 総督ピラトは「イエスと一人の囚人バラバの、どちらを許して欲しいか」と群集に聞くと、祭司長、長老たちに扇動された彼らは「バラバの方を」と叫んだ(マタイによる福音書27章)。その結果、イエスは十字架で処刑され、バラバは釈放された。
 キリスト信者ならばよく知っている「パウロの回心」もそうだ。使徒行伝によれば、敬虔なユダヤ教徒だったサウロはイエスを信じるグループを激しく迫害していた。ダマスコへの途上、復活したイエスと出合った。その後、キリスト教最大の宣教師パウロが誕生した。

 いずれも、イエスと出会うことでその人生が激変した人々だ。例えば、イエスに会わなかったならば、アハスヴェルスは世界を彷徨する人間とはならなかっただろう。靴屋を営みながら一生を終えたかもしれない。イエスが水を求めた時、与えていたら聖書の中でも称えられる人物として登場していたかもしれない。彼の人生を変えたイエスとの出会いは時間として数分にもならなかったはずだ。
 なぜ、アハスヴェルスは疲れたイエスが来た時、水一杯を与えなかったのか。多分、彼はイエスがユダヤ教社会から疎外された異端者だと聞いていたのかもしれない。ひょっとしたらイエスを憎んでいたのかもしれない。

 わたしたちの人生でも忘れることができない出会いがある。学生時代、素晴らしい友人や師と会ったことにより、その後の人生が大きく変わった、という話は良く聞く。
 救い主イエスとの出会いの場合、次元を異にしている。イエスと出合った人々は、例外なく、彼らの人生の決定的な瞬間を迎えている。イエスの同伴者となるか、批判者か、それとも単なる傍観者に留まるかでその後の人生が根底から変わる体験をしている。イエスが再臨する時も多分、同じだろう。
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