ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2011年08月

ラマダン明け後の世界はどこに

 30日は祝日だ。国連も休みだ。どのような祝日かというと、イスラム教のラマダン明けの祭り(イード・アル・ファトル)だ。犠牲祭(イード・アル・アドバー)と共にイスラム教の2大祝日に当たる。3日間ほど祝うのが通常だ。
 ラマダンはイスラム教徒が堅持しなければならない神聖な義務の1つだ。日の出から日沈まで飲食、喫煙、性生活はできない。日が沈めば、断食明けの食事(Iftar、イフタール)を友人や親戚関係者と一緒に取る。ラマダン期間の大きな楽しみだ。キリスト信者には分らない彼らの“至福の時”だろう。
 その断食が終わった。イスラム教徒によっては異なるが、ラマダンで体重が減って贅肉が取れた者もいる一方、イフタールを十分楽しんだ結果、ラマダン前より太ったイスラム教徒もいる。
 さて、明日から9月に入る。米国内多発テロ事件(9・11テロ事件)から10年目を迎える日が近付いてくる。北米イスラム・サークル(ICNA)は、「ラマダン明けの祝賀を開催する代わりに、米国民との接触を促進するオープン・デーを計画している」という。ICNA代表によると、9・11後、米国内でもイスラムフォビアが席巻し、イスラム教徒もさまざまな中傷や罵声などを受けてきたという。そこでテロ事件10年目の「9・11」をイスラム教を米国民に啓蒙する国民活動日としたいというのだ。
 一方、トルコのエルドアン首相は国内の非イスラム教の少数宗派代表を招いて夕食(イフタール)を開催し、そこで「宗派の所属に関係なく、全ての宗教は対等だ」と述べたという。トルコ首相がキリスト教とユダヤ教の代表を招いたのは今回が初めてだ。
 同国はキリスト教会やユダヤ教など非イスラム教の財産を返還、賠償する公布を下したばかりだ。招かれたユダヤ教の大ラビ、ハレヴァ師はユダヤ教に所属してきた財産の返還公布を「革命的な決定だ」と歓迎している。
 ラマダンの意義と価値について、スーダン出身の知人は、「日頃の物質的な思いから解放され、神と対面できる期間として非常に重要だ。普段だったら直ぐ怒りが飛び出すケースでもラマダン期間だと不思議と平静に対応できる。これもラマダンの影響ではないか」と述べたことを思い出した。ちなみに、ラマダン後、イスラム教国の中には、政治犯を恩赦する国もある。
 ラマダン明け直後のグットニュースを聞きながら、1カ月余り断食したイスラム教徒たちが今後、世界の平和のために積極的に貢献してほしい、と思った次第だ。特に、今年に入ってチュニジア、エジプト、リビア、シリアなど北アフリカ・中東諸国で民主化運動(アラブの春)が進行している時だ。ラマダン明け後のイスラム教徒の言動に注目したい。

「イエスはポーランド王ではない」

 ポーランドのローマ・カトリック教会司教会議は26日、ワルシャワで「イエスをポーランド王にする運動」を批判し、「そのような運動を支援する信者や聖職者は教会と関係がない」と表明。同会議書記長の司教補佐は「教会はそのような運動に対してもはや寛容であり続けることはできない。教会を分裂させる危険性がある」と警告を発している。
 例えば、クラクフ教区のスタニスラフ・ジヴィシ枢機卿は7月、「イエスを王に」運動のリーダーの神父に対し、礼拝を主礼したり、懺悔を聴くことも実施してはならないと命じるなど、制裁を下しているほどだ。
 カトリック教国ポーランドではイエスを王にする運動は決して新しくない。1990年代にイエズス会出身の聖職者が結社「薔薇」を創設し、イエスをポーランド王に戴冠する運動を始めている。昨年はワルシャワで1000人以上の信者たちが「イエスを王に」とデモ行進している。
 一方、ローマ・カトリック教会の立場は明確だ。ローマ法王ピウス11世(治世1922−39年)は1925年、「イエスは普遍的な王だ」と宣言し、イエスがこの世の王ではなく、「神の国の王」であると指摘、一部の民族主義派グループがイエスを個々の民族の王に奉ることを拒否している。
 ポーランドで「イエスを王」運動が活発な背景には、同国が1795年、プロイセン、ロシア、オーストリアの3国に国土を分割されて以来、イエスを民族の救済者と受け取って国難を凌いできた、という経緯があるからだろう。その意味で、「イエスを王に」運動はポーランド国民の一種の信仰告白だが、教会側が懸念するように、その民族の信仰を政治的に利用する動きも実際、存在する。
 ポーランドでは2006年、46人の国会議員が神の子イエスを「ポーランド王」に奉る動議を出したが、その動議を提出した議員は当時、民族主義的傾向の強い「法と正義」、農民党、「家族同盟」の所属議員たちだった。
 イエスが生きていた時、弟子たちの中にもイエスを「ユダヤ民族の王」と受け取っていた者がいた。例えば、イエスを銀貨30枚で裏切ったイスカリオテのユダはイエスをユダヤ民族の解放者と期待していたといわれている。しかし、イエスがユダヤ民族の王を目指していないことが分ると、ユダはイエスを裏切ってしまったというのだ。

中国と独の対リビア外交の“ツケ”

 世界第2の経済大国・中国と欧州連合(EU)の盟主ドイツの共通点は何か、と聞かれればいろいろな答えが可能だが、一つは対リビア外交で「先見の目がなかった」ということかもしれない。
 中国は、英仏の対リビア武装支援を拒否し、国連安保理決議でも反対してきた。その背後には、カダフィ大佐のリビアとの深い経済・外交関係があるからだ。例えば、中国はリビアから全原油輸入の3%を頼っている。その上、リビア国内でインフラ整備から原油開発まで50を超えるプロジェクトを推進してきた経緯があるからだ。
 カダフィ大佐が首都トリポリから離れたというニュースが流れた直後、中国経済産業省の文仲亮・外国貿易局副局長は23日、「リビアの新政府が中国の投資を保護することを求める」という声明を明らかにしている。
 それに先立ち、リビア反体制派関係者は、「カダフィ政権を支持した中国、ロシア、ブラジルは今後、新政権と難しい関係が生じるだろう」と警告を発している。
 一方、メルケル独政権は英仏の対リビア武力支援を拒否するなど、対リビア外交では慎重な姿勢を取ってきた。その背景にには、アフガニスタンに連邦軍を派遣するメルケル政権にとって、対リビア武力行使まで手が回らないこと、カダフィ政権の崩壊を予測していなかったことなどが理由として考えられる。
 ちなみに、メルケル政権の対リビア外交を静観してきたコール元首相は雑誌「国際政治」とのインタビューの中で愛弟子メルケル首相の名前こそ出さなかったが、「ドイツの現外交は明確な方向性に欠ける」と厳しく批判している。
 それに対し、メルケル首相は、「コール元首相の歴史的功績は認めるが、コール首相時代と現代では全ての政治課題が異なる」(南ドイツ新聞)と述べ、即反論している、といった具合だ。
 カダフィ政権の崩壊でもっとも元気のいいのは英国とフランス両国だろう。両国は新政権とリビアの原油資源開発問題について既に話し合いを持っている。中国とドイツ両国は、英仏の外交を見ながら、必死に巻き返し外交を模索しているところだ。


【短信】夏の日の国連の「停電」

wien009 福島原発事故とその結果、日本では「計画停電」が実施されているというが、ウィーンの国連でも今年、既に2回、停電が発生している。しかし、「計画停電」ではない。突然の停電だ。
 2回目の停電は今月3日午前。仕事が始まった直後だ。当方も突然の停電にぶつかってしまった。
 記者室の隣りの印刷事務所は真っ暗だ。職員が廊下に出て、なにやら囁いている。どうやら、国連建物全てが停電だという。
 後で分ったが、会議場のあるMビルでは停電直後、緊急用電力が作動して一部、停電を回避できた。具体的には、「Mビルの25%は緊急用電力でカバーし、4分の3は停電だった」という。
 原因は国連の電気回線が故障したのではなく、国連建物のあるウィーン市22区で何かが生じ、停電中という。道路工事などで電気回線が切れたのではないかという。
 出勤してきたばかりの国連職員はエレベーターが動かないのでオフィスに行けない。もちろん、コンピューターもダメだ。そこで多くの職員は中庭で座って新聞を読んだり、談笑する姿が見られた。
 1時間半後、電気は回復した。
 なお、韓国の朝鮮日報は23日付電子版で、「東京は今月に入ってから3日間を除いて最高気温が30度を超える猛暑が続いたにもかかわらず、電力供給予備率が10%以下となった日は1日もなかった」と指摘、日本国民の節電への努力に脱帽している。当方も同じだ。

「神」を失うドイツの若者たち

 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王ベネディクト16世の出身国ドイツで若者たちが「神への信仰」を失いつつという結果が明らかになった。
 独シェル社が定期的に実施している「青年たちの研究」によると、12歳から25歳のカトリック信者たちの56%が「神への信仰」を重要視せず、「信仰を大切」に考える若者たちは44%に過ぎなかった。ただし、プロテスタント信者では「神への信仰」を重要視する若者の割合は約39%で、旧教徒よりさらに少ない。調査は2604人の若者たちを対象に実施された。
 独教会司教会議議長のロベルト・ツォリチィ大司教は、「若者たちが神への信仰を失っていくのは心が痛い」と吐露している(バチカン放送独語電子版)。
 スペインの首都マドリードで今月16日から21日まで、若いカトリック信者たちの第26回「世界青年の日」(WYD)祭典が開催されたばかりだ。同祭典には192カ国から数十万人の青年たちが参加した。ベネディクト16世も18日から4日間、マドリード入りし、若者たちと交流し、野外礼拝などを開いた。
 ベネディクト16世は24日の一般謁見の際、スペイン訪問を振り返り、「若者たちの熱狂を感じた。それは神への信仰に基づく強固なものだった」と称賛している。
 その直後だ。「ドイツの若者たちは神への信仰を失いつつある」という調査結果が明らかになったわけだ。5000万ユーロを投資したWYD祭典の成功を誇示したいバチカン法王庁にとって、タイミングが悪い。
 現実はどうか。ドイツでも昨年、聖職者の未成年者への性的虐待事件が発覚。聖職者の性犯罪の隠蔽も明らかなった。ドイツ国民の教会を見る眼は一層厳しくなってきた。実際、同国で約18万人の信者が教会を去っていった。若者たちはその教会の実態を知っている。彼らは聖職者の性犯罪問題で他の世代よりもっと傷ついたはずだ。
 若者たちの周囲は神への信仰を高めるものより、世俗化なもので囲まれている。カトリック教会は“イベント宗教”から脱して、神の願いを真摯に伝える伝道と牧会を進めていくべきだろう。聖職者は「神の話」を若者たちにもっとすべきだ。
 
 
【短信】 増加するアルコール中毒
 オーストリアで約33万人がアルコール中毒患者だという。欧州フォーラム「アルプバッハ」に参加した医者たちが警告を発した。
 アルプスの小国オーストリアの人口は約850万人。中毒者の他に約70万人が潜在的中毒患者だというから、国民の約8人に1人がアルコール問題を抱えていることになる。
 グラーツ大学クリニックで昨年、260人の青年がアルコール中毒で運ばれてきたが、10年前に比べると、その数は70%急増している。
 また、アルコール中毒者の年齢は年々、若くなってきている。20年前はアルコール類を飲みだす平均年齢は15歳からだったが、今日、11歳から12歳でアルコール類を飲みだすという。ということは「小学校の段階でアルコール中毒防止の啓蒙教育をする必要がある」わけだ。
 医者たちは会社食堂やガソリン・スタンドではアルコール類の販売を禁止すべきだと要求。特に、運転手がガソリン・スタンドでビール、ワインなどを買って飲めば、飲酒事故を引き起こす危険性が高まるからだ。オーストリア放送電子版が伝えた。

オーストリアの「監禁暴行」事件簿

 オーストリアのオーバーエスタライヒ州ブラウナウ地区の小村で80歳になる父親が2人の娘(現在53歳と45歳)を41年間、監禁し、暴行を繰り返してきたことがこのほど明らかになった。
 オーストリア警察当局は25日、父親を逮捕。2人の娘は心身の健康チェックのために病院に運ばれたという。オーストリアのメディアによると、2人の娘は軽度の精神的障害者だという。母親は3年前に亡くなっている。
 事件が発覚したのは、父親が今年5月、娘を暴行しようとし、抵抗されて倒れ、立ち上がれなくなった隙に、娘が外部に連絡したことで41年間の監禁事件が判明した。
 同国では3年前、同じように父親に24年間、地下牢に監禁され、性虐待を受け、7人の子供を産んだ娘(現在42歳)の監禁事件が明らかになり、世界に衝撃を与えたばかりだ(「娘監禁事件への一考」2008年4月30日参照)。その2年前の06年8月には、18歳の女性が8年間の監禁生活から解放される、という事件があった。
 英国人ジャーナリストは、「小国オーストリアでどうしてこの種の犯罪が頻繁に起きるのだろうか」と首を傾げているほどだ。
 興味を引く事実は、「24年間監禁事件」は二ーダーエスタライヒ州のアムシュテッテン市で発生したが、そこからあまり遠くないマウトハウゼンには世界大戦時、ユダヤ人が監禁されていた強制収容所があった(同収容所では10万人以上のユダヤ人が殺害された)。今回の「41年間監禁事件」の犯行現場はブラウナウ地区(Braunau)だ。アドルフ・ヒトラーが生まれた処だ(ヒトラーは1889年4月20日、ブラウナウ生まれ)。これは単なる偶然だろうか。
 「わが国最悪の犯罪」といわれた「監禁事件」とオーストリアの暗い歴史(ヒトラーとそのナチス政権)との間には何らかの繋がりがあるのだろうか。
 オーストリアのメディアは26日現在、「41年監禁事件」が起きたブラウナウ地区からヒトラーの生誕地を想起した記事は見当たらない。
 同国のジャーナリストは、「外国人記者ならば当然、そのような関連を指摘する記事を書くかもしれないが、オーストリアのメディア関係者はその関連性を知っていても敢えて指摘しないだろう」という。

「コーヒー」は北の夜明けを告げる

 北朝鮮内部情報誌「デイリーNK」(8月12日)によると、北朝鮮の平壌や新義州で「カフェ」が急増し、若いカップルのデートコースとして人気を呼んでいるという。
 その記事を読んで、当方は冷戦時代の旧東欧諸国のことを思い出した。1980年後半に入ると、旧東欧の共産政権下の国民の間でもコーヒーが広がっていった。コーヒーは欧米諸国の文化の薫りを伝える飲み物だった。
 冷戦時代、旧東欧を取材で飛び回っていた。ルーマニアの首都ブカレストで取材相手から、「コーヒーを飲みませんか」と誘われた時、新鮮な驚きを感じたことを今でも思い出す。コーヒーでゲストをもてなすことは旧東欧では当時、最高級の接待を意味した。
 冷戦時代から西側文化に好奇心が強かったマジャール人(ハンガリー人)はウィーンのマリアヒルファー通りで洗剤と共に5キロ袋のコーヒーを大量に購入し、持ち帰っていったものだ。
 その直後、旧東欧諸国で民主化運動のドミノ現象が起きて共産政権は次々と崩壊し、民主化されていった。
 一連の経緯を目撃してきた当方は、「北でカフェが流行してきた」というニュースを読んだ時、「ああ、北の民主化も近いな」と感じた次第だ。具体的な情報があるわけではないが、コーヒーの薫りが国に広がれば、その国の民主化の夜明けは近い、という思いがあるのだ。
 デイリーNKは、「北朝鮮の大都市を中心にカフェが増え、若者を中心にコーヒーが飲まれるようになったのは、多様な外部の文化が流入したことによる変化だ」と分析。そして「昨年脱北した者は、『北朝鮮にカフェができたことに驚かされるが、一般の住民がコーヒーを飲むようになったのは、それだけ住民の意識に変化があることを意味しており、大きな発展だ』と述べた」と報告している。 
 最後に、コーヒーに纏わる話を紹介する。ウィーンのコーヒーは美味しい。コーヒー豆のせいではない。アルプス山脈から流れる水が美味しいからだ。欧州の都市で蛇口から生水を飲めるところはもはやウィーン市だけだろう。
 英国のエリザベス女王がウィーンを公式訪問した時だ。同国ではティータイムになれば、一杯のお茶を飲むのが久しい伝統だ。英王室では海外訪問に出る時、ティー用の水を持参するのが慣わしとなっていた。しかし、ウィーンでは水が美味しいということから、持参した英国の水ではなく、ウィーンの水でお茶を作ったという。

「悪魔」とその助っ人たち

 ノルウェーの大量殺人者、アンネシュ・ブレイビク容疑者の事件を知り、当方は「悪魔」の存在とその業について改めて考えている。
 「悪魔」なんて馬鹿げている、と笑われるかもしれないが、当方はかなり真剣だ。77人の生命を冷笑しながら殺害した容疑者の背後にその「悪魔」の存在を強く感じるからだ。
 考えてみてほしい。「神の存在」を問うのならば、当然「悪魔の存在」をも考えるべきだろう。神は人間を犯罪に誘惑しないだろうし、少なくとも人間が罪を犯すことを願わない。しかし、「悪魔」は人間に気付かれないようにその力を行使し、人間が罪を犯すのを手助けする。だから、「悪魔」の存在は「神の存在」以上に人間にとって深刻であり、死活的なテーマだ。
 多くの聖職者、神学者は「悪魔の存在」について、「神の存在」ほど真剣に考えていないようにみえる。例えば、旧約聖書研究者ヘルベルト・ハーク教授は、「サタンの存在は証明も否定もされていない。その存在は科学的認識外にある」と述べ、エクソシズムに対しても慎重な姿勢を取っている。
 聖書には「悪魔」について約300回、言及されているが、「悪魔」という言葉を口にすることすら躊躇する聖職者がいること自体、不思議だ。イスラム教の聖典コーランでも「悪魔」をAl Shaytaan、Abblisと呼び、その存在を記述しているのだ。
 バチカン法王庁が1999年、1614年の悪魔払い(エクソシズム)の儀式を修正し、新エクソシズム儀式を公表した時、教会内で大きな動揺が起きた。ちなみに、新儀式では、^絣悗篆翰学の知識を決して除外してはならない、⇔遒殆瓩れた人間が本当に病気ではないかをチェックする、H詭を厳守する、ざ偽荵紛気竜可を得る、などを条件としている(「悪魔(サタン)の存在」2006年10月31日参照)。
 繰り返すが、多くの犯罪や出来事の背後に、「悪魔」が暗躍しているケースが少なくない。ただし、「悪魔」はその存在を巧みに隠すから、「悪魔の存在」を確信する人間は「神の存在」を信じる人よりも当然、少ない。
 極論すれば、「神の存在」を知らなくても人間に直接の被害は少ないが、「悪魔の存在」への無知は致命的な結果をもたらす危険性がある。ただし、日本語で「魔が差す」という表現があるところをみれば、われわれは薄々、「悪魔」の存在を感じているのかもしれない。
 オスロの容疑者は全ての犯行を自身の計画に基づき履行したと豪語しているが、そうだろうか。海賊ヴァイキングの後孫、容疑者の背後に、恨みを抱く多くの悪霊が悪魔の助けを借りて彼の犯行を操作していたのではないか。
 「神」は傲慢な心には働けないが、「悪魔」はそれを巧みに利用して人間を犯行に走らせる。「悪魔の存在」が分れば、多くの事件や謎が別の観点、視点から見えてくるはずだ。
 われわれは「神の存在」を否定する人々を「無神論者」と呼ぶが、「悪魔の存在」を否定する人々は、「悪魔の助っ人たち」というべきかもしれない。

金正恩氏は“北の習近平副主席”

 北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記は20日、ロシア極東・シベリアの訪問を開始した。朝鮮中央通信が同日、使節団リストを公表したが、その中には後継者の金正恩氏の名前はなかったことから、同氏が同行していないとみられる。
 そこで欧州駐在の北外交官に今回の金総書記のロシア訪問の意義などについて聞いてみた。

 ――金総書記は特別列車でロシア極東の訪問地域を訪問中だ。メドべージェフ大統領との首脳会談に臨むものと思われる。訪ロの主要目的は何か。

 「わが国のメディアが報道しているように、ロシアとの経済関係が主要テーマだ。その中にはロシアのガス・パイプライン建設問題も含まれる」

 ――金総書記はどうして今回、訪ロに踏み切ったのか。中国とロシア両国を対北経済支援で競争させる意図がある、などの憶測も流れている。

 「わが国が経済支援の獲得のために中国とロシア両国を競争させているといった情報は間違いだ。ロシアと中国では関係も経済力も異なる。わが国には中国を牽制するといった考えはない」

 ――金総書記の6月末の訪ロ計画が延期された時、総書記の健康問題説や安全問題説が流れた。

 「金総書記は健康だ。健康悪化説は全く根拠がない。安全問題があったとは聞いていないが、その情報の真偽は分からない」

 ――ところで、後継者の金正恩氏が同伴リストになかった。

 「後継者だからといって、いつも総書記に同伴する必要はないだろう」

 ――金正恩氏が若すぎて大国との交渉に経験不足だからだ、という解説もある。

 「そんなことはない。考えてもみてほしい。胡錦涛国家主席の後継者に決定している習近平国家副主席が主席の外交にいつも同伴していることはないだろう。同じことだ」

 ――金正恩氏は“北朝鮮の習近平国家副主席”と同じだ、ということか。

 「立場では同じだ。今年5月の訪中時で金総書記と胡錦涛国家主席の首脳会談が開催された時も習近平副主席は同伴していなかったではないか」

 ――最後に、駐ワルシャワ大使の金平一氏はポーランドに戻ったのか。

 「聞いていない。まだ、平壌ではないか。君にも何度もいったが、金平一大使の自宅軟禁説は間違いだよ」

保守政党がその看板を下ろす時

 日本の与党・民主党は選挙前にマニフェストを作成し、政権獲得後の政策を有権者に発表したが、めでたく菅直人政権が発足すると、その公約は次々と放棄され、修正されていった経緯は日本の読者の皆さんは良くご存知だろう。
 菅政権を擁護するつもりはないが、公約を履行しなかった政党は民主党だけではない。そしてもっと深刻な政党はドイツのメルケル政権を支える与党「キリスト教民主同盟」(CDU)だ。保守政党としての看板を自ら下ろしてきたのだ。
 思い出して欲しい。メルケル独首相は過去、「世界で最も影響力のある女性」に選出された敏腕な女性宰相だったが、最近はどう贔屓目にみても陰りがみえてきた。年齢のせいだけではない。
 メルケル政権発足後、CDUはその党主要政策を修正、ないしは放棄し、今では同党の綱領は死文化してきたのだ。
 CDUはキリスト教の信仰を土台として創設された政党だ。信仰に基づく家庭観、世界観を標榜してきたが、社会の世俗化の流れに呼応するため、同党は同性愛者の公認・結婚認可などを認め、リベラルな家庭観を容認する政策に修正した。
 当方はこのコラム欄で「独CDUから『C』が消える日」(2008年7月2日)を紹介し、CDUが本来のキリスト教世界観、価値観から離脱してきたと示唆したが、その懸念が一段と現実味を帯びてきた。
 独カトリック教会ケルン大司教区のマイスナー枢機卿は、独連邦議会がヒト胚性幹細胞(ES細胞)の研究に関する規制を緩和する改正幹細胞法案を可決した直後、「CDUはもはやカトリック教徒にとって絶対支持しなければならない政党ではなくなりつつある」と指摘したほどだ。
 次は、福島第1原発事故が発生し、欧州の主要原発国ドイツは5月30日、2022年までに脱原発を決定した。同国の17基の原発のうち、安全点検中の7基と操業中止の1基を廃炉し、残りは遅くとも22年までに脱原発するという計画だ。
 シュレーダー社会民主党(SPD)政権時代の脱原発路線をひっくり返して原発再開を模索してきたメルケル政権にとっては苦渋の決断だったはずだ。CDUのエネルギー政策は原子力エネルギーの平和利用を大きな柱としてきたが、メルケル政権はその政策を放棄せざるを得なくなったわけだ。そして、メルケル政権下で義務兵役制の停止が決まった。
 独ヘッセン州のローラント・コッホ州首相(52)が昨年5月25日、突然、政界から引退し、経済界に入ると表明し、CDU内に大きな波紋を投じたことはまだ記憶に新しい。党内保守派の代表格だった同州首相の辞任は、CDUがもはや保守派政治家の政党でなくなってきたことを強く示唆している。
 独週刊誌シュピーゲルのクリストファ・シュヴェニッケ記者は、「遅くやってきた政党」というタイトルで「CDUは社会のリベラル化を『単なる流行』と受け止め、それに適応する努力が遅れた」と指摘しているが、当方は「CDUの問題はリベラル化への適応の遅れではなく、保守政党としての主要政策を放棄していったことにある」と受け取っている。
 いずれにしても、メルケル首相のCDUは次期総選挙では野党SPDや「同盟/緑の党」らの挑戦を受けて苦戦を余儀なくされるだろう。

脱北者金正律氏は「日本人」だった

kimjongyul オーストリア内務省は先日、最新の「憲法擁護報告書」(「Verfassungsschutzbericht」117頁)を公表した。その11章「情報活動と諜報防止」の項で、昨年潜伏先オーストリアで正式に亡命表明した北朝鮮の物品調達人・金正律氏(写真=2010年3月5日、ウィーンで撮影)の件をかなり詳細に報告している。
 当方は「脱北者・金正律氏の決意」(2010年3月5日)の中で同氏を紹介したが、「憲法擁護報告書」によると、金正律氏は潜伏先リンツ市(オーストリア第3の都市)では「日本人」として生活していたという。金氏は昨年3月の記者会見では、その事実を公表していない。
 
 元北朝鮮人民軍陸軍大佐の金正律(Kim Jong Ryul)氏は1935年2月2日生まれ。ドイツ、オーストリアなど欧州各地で故金日成主席、金正日労働党総書記ファミリーへの高級品や武器関連器材などを調達する工作員として働いてきたが、金主席が死去した直後、脱北を決意し、オーストリア国内で潜伏。そして昨年3月4日、欧州での歩みをまとめた著書「Im Dienst des Diktators」(独裁者への奉仕)を発表し、正式に亡命した経緯がある。
 
 金氏は日本語を話す。「NHK衛星放送を通じて学んだ」と答え、工作員としては日本を訪問した事はないと述べてきた。
 「憲法擁護報告書」は「中欧地域で調達活動をしながら資金の一部を貯金し、それでリンツ市内でアパートを借りた。亡命のチャンスが到来したのでスロバキアの首都ブラチスラバから電車でリンツに逃げた。そこでエミールという偽名を使い、隣人や周囲には日本人として生きてきた」と述べている。金氏がオーストリア当局の調査で明らかにしたものだ。
 
 なお、金氏が調達した品目の中には、「放射能測定器、警報装置、金属探知機、騒音測定器、金属遮断機、爆弾探知機、色彩測定器」などが含まれている。
 
 報告書は「金氏が唯一の北の調達人ではないはずだ。世界到る処で同じ様な方法で金ファミリーのために調達活動に暗躍する北工作員がいるはずだ」と指摘している。

訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ