ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2011年07月

「ナイジェリアのタリバーン」

 アフリカの最大人口を誇るナイジェリアでイスラム過激派グループ「ボコ・ハラム」(西洋の教育は罪)の動向が大きな懸念となってきた。
 ナイジェリアは、1960年の独立後、クーデター、内戦を繰り返してきた。99年にキリスト教徒のオバサンジョ大統領が就任し、軍政から民政に移行した。同国は36州から構成された連邦国家だ。北部はイスラム教徒、南部はキリスト教徒、アニミズムを信仰する住民が住んでいる。人口的には約半分がイスラム教徒、約40%がキリスト教徒だ。
 北部を拠点とするボコ・ハラムはここにきて武装闘争を展開させ、宗教対立を激化させている。ボルノ州では今年に入り、警察署などを狙ったゲリラ攻撃により、150人以上が死亡。首都アブジャでは先月、警察本部で爆弾事件が勃発したばかりだ。いずれも「ナイジェリアのタリバーン」と呼ばれるボコ・ハラム派の仕業と受け取られている。同派は北部だけではなく、南部と中部にもその影響力を伸ばしてきている。
 AFP通信が今月21日報じたところによると、同国北部プラトー州の州都ジョスでキリスト教徒とイスラム教徒が衝突し、5人が殺害され、12人が重軽傷を負っている。
 バチカン放送(独語電子版)によると、ナイジェリアのカトリック司教会議はボコ・ハラム派の武力構成が深刻なボルノ州に緊急事態宣言を発して取締りを強化すべきだとグトラック・ジョナサン大統領に要請したが、同大統領はそれを拒否し、ボコ・ハラム派との対話を通じて解決を模索しているという。
 同国では国民の貧富の差が大きく、政治指導者の腐敗が国の発展の障害となっている。若者たちは将来への見通しを失い、失業者も多い。そのような社会的状況下でイスラム教国家の建設を標榜するイスラム過激派ボコ・ハラム派がその勢力を伸ばしてきたわけだ。
 ちなみに、世界基督教統一神霊協会(通称・統一協会)創設者文鮮明師は今月、ナイジェリアを訪問し、ジョナサン大統領と会見。その直後、アブジャで開催中の国際会議に出席し、90カ国から500人余りの各界指導者たちを含む約3000人の聴衆の前で5時間余り神の心情を訴え、「神のもとに一つの家族となるべきだ」と訴えるなど、宗派、民族の一体化を訴えている。

「天罰説」と「受難説」

 当方は中国反体制派のメディア「大紀元時報」を愛読している。ノルウェーの首都オスロで発生した爆弾テロと銃乱射事件について、中国メディアがどのように報じているかを知りたくて大紀元時報(日本語版)のHPを開けると、「ノルウェーの銃乱射事件は天罰」と述べた中国商務部研究員のブログを紹介していた。
 同商務部研究員は「この国(ノルウェー)はいつもダライ・ラマやラビア・カーディル(ウイグル人の人権運動家)、チェチェンのテロリストに肩入れしている。今回の銃乱射事件は恐らく天罰だ」と述べている。
 大震災や大事件が発生する度に「天罰」説が流れるが、オスロのテロ事件でも「天罰」説が飛び出したので、少々驚いた。
 最近では、東日本大震災の時、東京都の石原慎太郎知事が、「日本人の我欲を洗い落とすための天罰だ」という意味の発言をしている。また、ローマ・カトリック教会のオーストリア教会リンツ教区のワーグナー神父は、米国東部のルイジアナ州ニューオリンズ市を襲ったハリケーン・カトリーナ(2005年8月)について、「同市の5カ所の中絶病院とナイトクラブが破壊されたのは偶然ではない。神の天罰が下されたのだ」と発言し、大きな波紋を投じた。
 ちなみに、東日本大震災やハリケーン・カトリーナのような天災となると、人間の思考にも大きな影響を与える。欧州最大級の大震災、ポルトガルのリスボン大地震(1755年11月1日)の時もそうだった。ヴォルテール(Voltaire)、カント(Kant)、レッシング(Lessing)、ルソー(Rousseau)など当時の欧州の代表的啓蒙思想家たちは大きな思想的挑戦を受けた。彼らを悩ましたテーマは、「全欧州の文化、思想はこのカタストロフィーをどのように咀嚼し、解釈できるか」というものだったという。
 ところで、「天罰」説の前提は、被害を受ける側に過去、甚大な落ち度や罪状があったということだ。ノルウェーの場合、中国商務部研究員の目からみれば「ノルウェーの反中国路線」が「天罰」を受ける理由だ。一方、被害を受けた側は、第3者から「天罰だ」といわれれば、不愉快どころか怒りだしたくなる。実際、石原都知事もワーグナー神父も「天罰」発言後、各方面から批判を受ける羽目に陥っている。
 しかし、「天罰」説の是非は誰もが分らない、大震災やハリケーンを発生させたのは人間ではないからだ。
 ただし、現象は同じだが、「天罰」ではなく、「受難」の場合もある。例えば、キリスト教の歴史は「受難の歴史」といわれる。神を信じ、イエスを信奉する者が率先して犠牲となり、迫害されることで歴史を前進させてきた。彼らの受難は決して「天罰」ではない。
 ノルウェーの場合、同国を含む世界の人々が、若い青年たちの尊い犠牲を通じて、世界の行く末を真剣に考え出す契機とすれば、それは「受難」となりえる。
 大震災や天災で亡くなった人々を「天罰」の犠牲者とするか、歴史を前進させるための原動力でもある「受難」者とするかは、生きているわれわれの動向にかかっているわけだ。

なぜイスラム教徒は嫌われるか

 76人もの国民を殺害したオスロのアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)は自身をイスラム教徒の進出を阻止するテンプル騎士団の騎士と考え、「自分は今、戦争の最中にいる」と評している。
 ノルウェーでは移住者が近年増加傾向にあるが、イスラム教徒の数は人口の2%にもならない。しかし、容疑者の憎悪はイスラム教徒に向けられ、イスラム教の欧州進出に強い危機感を感じている。
 容疑者の反イスラム主義は今日的な社会テーマだ。特に、2001年9月11日の米国内多発テロ事件後、イスラムフォビア(イスラム教嫌悪)と呼ばれる社会現象が欧米社会で広がっている。
 自分とは違う世界観、外観、慣習を有する者に、人は違和感を持ち、ある時は嫌悪感、ひいては脅威を感じるものだ。
 キリスト教の起源は中東地域にある。そこに後発のイスラム教が進出していった。一方、欧州でキリスト教が定着するまで長い時間と多くの戦いがあった。中世に入り、プロテスタント運動が発生し、新旧両派の間で長い紛争が生じた。
 そして今、イスラム教が再度、欧州の入口までその勢力圏を広めてきた。オスマン・トルコの悪夢から解放されない欧州社会ではイスラム教の進出を不安な思いで見つめている、といったところかもしれない。
 信仰の祖・アブラハムから派生したユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3宗派は過去、さまざまな民族紛争を誘発し、衝突を繰り返してきたわけだ。
 一人の若いノルウェー人の容疑者が北上するイスラム教徒に憎悪を感じたとしても不思議ではない。しかし、容疑者の攻撃の牙はイスラム教徒に向かったのではなく、イスラム教徒の移住に寛大な政策を施行してきた与党・労働党の若い世代に向けられたのだ。
 容疑者が殺害したのはイスラム教徒ではなく、容疑者と同じノルウェーの青年たちだ(多くは福音ルーテル派教会信者)。爆発したのはイスラム寺院ではなく、政府庁舎の建物だ。米国社会のシンボル、世界貿易センターを破壊した国際テロ組織アルカイダやその後のイスラム過激派自爆テロとは明らかに異なる。
 容疑者は「イスラム教徒を輸入した政治家とその予備軍」としてその蛮行の動機を説明しているが、厳密にいえば、容疑者はイスラム教の進出から国民を守るテンプル騎士団の騎士ではなく、守るべき国民を殺害した大量殺人者に過ぎない。
 弁護士は容疑者との面接後、「容疑者は精神的病にかかっている。彼の言動を理解するのは非常に難しい」と吐露している。容疑者の犯行動機を反イスラム主義の観点から解釈していくと分りやすい半面、多くの矛盾点も見えてくる。容疑者の饒舌な言葉の谷間に落ち、出口が分らなくなる危険性がある。
 容疑者の「宣言表明」を読む限り、容疑者が最も嫌悪していたのは、ひょっとしたら自身の家庭を崩壊させる原因ともなった欧州社会に席巻するリベラルな道徳観、家族観ではなかったか、という思いがする。容疑者の父親と母親に向けられた言葉は辛辣であり、一種の“審判”ですらある。

北外交官「菅首相の訪朝を歓迎」

 与野党から辞任要求を受けている菅直人首相の訪朝計画が日本のメディアで報じられている。単なる噂か、それとも菅首相が練っている人気挽回の“ウルトラC”か、現時点では分らない。
 日本のメディア報道によると、与党民主党の中井洽元拉致問題担当相が今月21日から中国・長春を訪問し、日朝交渉担当大使の宋日昊氏と接触したというのだ。ただし、中井洽氏はその報道を否定したという。
 そこで欧州駐在の北朝鮮外交官に菅首相の訪朝について聞いてみた。

 ――菅直人首相の訪朝の噂が出ている。

 「日本のメディアが報じているのか。いずれにしても日本首相の訪朝は歓迎する」

 ――菅首相は与野党から辞任を要求されている。明日でも辞任するかもしれない首相だ。

 「そんなことはどうでもいいことだ。何といっても日本首相ではないか。わが国と日本は久しく外交関係がない。だから、あらゆる機会を利用して対話を模索することは両国にとってプラスだ」

 ――北朝鮮は菅首相をどのように評価しているのか。

 「わが国では訪朝した小泉元首相については良く聞くが、菅首相については知らない。とにかく、わが国を訪問したいという日本首相がいることはいいことだ。断わる理由などないだろう。ところで、『菅』という名前は典型的な日本人の名前ではない。多分、大陸から日本に渡った家族の後孫だろう」

 以上、

 理由はいろいろ考えられるが、北朝鮮は日本との対話を望んでいる事だけは確かだ。ただし、近い将来辞任する日本首相の訪朝を歓迎するということは、北側が拉致問題を含む日本との間の諸問題を真摯に協議する意思はなく、日本から何らかの経済支援を期待していることを示唆している。
 北朝鮮はここにきて米国との関係改善に乗り出すなど、対話路線を見せてきている(金桂冠第1外務次官が27日、ニューヨーク入りしたばかりだ)。日本首相の訪朝歓迎表明もその路線上にあるのだろう。
 ちなみに、北が使用する「対話」は不利益な状況が生じ、国際社会から一層孤立化した直後に使用する言葉だ、ということだ。すなわち、北にとって「対話」は「事後処理のための手段」であって、決して「紛争解決の手段」ではないということだ(「北朝鮮にとって、『対話』とは何か」2011年1月21日参照)。

“愛された経験のない人々”の逆襲

 当方はオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計76人を殺害(4人行方不明)したアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)のことを考えてきた。
 そこに英国の女性歌手エイミー・ワインハウスさん(27)が23日、ロンドンの自宅で亡くなった、というニュースが飛び込んできた。2008年にはグラミー賞で5冠を達成し、スーパースターの座を獲得、若者たちの間で人気があったが、薬物中毒とアルコール中毒に悩み、今年6月の公演をキャンセルするなど、その言動は不安定さを増していた矢先だ。
 オスロの犯罪を考えてきた当方の頭の中で、ワインハウスさんの死とブレイビク容疑者が次第に重なってくるのを感じた。後者は大量殺人犯であり、前者は薬物・アルコール中毒の犠牲者だが、両者に共通点があることに気付いたからだ。両者とも幼少時に両親が離婚し、親の愛を十分受けずに育ったこと、親の不在がその心の成長に深く影響を与えたことなどだ。
 ブレイビク容疑者の両親は離婚し、外交官だった父親はフランスに戻った。容疑者は少年時代、父親に会いたくてフランスに遊びに行ったが、ある時、父親と喧嘩して以来、両者は会っていないという。容疑者はオスロの郊外で母親と共に住み、農場を経営する独り者だ。
 一方、ワインハウスさんは両親が離婚後、精神が不安定となり、自身の手をナイフで傷つけるなど自傷行為に走る一方、次第に麻薬とアルコールへ傾斜していったという。
 両親の離婚後、ブレイビク容疑者は哲学書を読み、社会の矛盾などに敏感に反応する青年として成長していった。ワインハウスさんは歌を通じて自身の内的孤独を癒していったのだろう。
 ところで、両親の離婚はもはや大きなテーマではない、という声もある。特に、離婚が日常茶飯事の欧州社会では、両親ともいる家庭で幼少期を育った子供たちのほうが少数派だ。音楽の都ウィーンでは、3組に2組の夫婦が離婚する社会だ。
 「離婚、家庭の崩壊」は社会全般に及ぶ。政治を司る政治家も同様だ。健全な家庭で育った政治家は決して多くない。何度も結婚、離婚を繰り返したドイツのシュレーダー元首相は例外ではないのだ。
 当方は、ブレイビク容疑者のプロファイルを書いた昨日のコラム「オスロの容疑者の『思考世界』」の中で、「情感世界の欠陥」を指摘した。
 ウトヤ島の乱射事件から逃れた少女は、「犯人は非常に落ち着いていた。そして撃った人間がまだ死んでいないと分ると、何度も撃って死を確認していた」という。明らかに、「情感世界」の欠陥を感じさせるからだ。
 欧州社会は今日、“家庭で無条件に愛された経験の乏しい若者たち”で溢れている。愛を十分受けられなかった人間は後日、さまざまな方法でそれを補おうとする。ワインハウスさんは自身の欠如感を癒すために自身を傷つけ、麻薬とアルコールの世界に溺れ、オスロの容疑者は全ての欠如の原因を外の世界にあると考え、憎悪していった。反応は内外の違いこそあるが、両者は驚くほど似ているのだ。他者を愛するようになるためには、無条件の愛を受けたという幼年期の体験が不可欠なのだ。
 「家庭の崩壊」は社会の“時限爆弾”となる。それは暴発する危険性があるのだ。オスロの蛮行の再発防止のためにも「家庭の崩壊」を深刻に受け止める時だろう。

オスロの容疑者の「思考世界」

 オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計76人を殺害(4人行方不明)したアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)は弁護士に対して「行動は残虐だったが、必要だった」と述べ、その蛮行を後悔していないことを明らかにしている。
 容疑者は事件発覚当初から「信念がある1人の人間は自身の利益だけに動く10万人に匹敵するものだ」と豪語し、自身の行動を弁明している。その意味で、確信犯だ。
 犯行後、容疑者が書き記したとみられる1516頁に及ぶ「欧州の独立宣言」がインターネット上に掲載されたが、そこで容疑者は今回の犯行を2年前から計画(「殉教作戦」)し、爆弾原料となる農場用の化学肥料を密かに大量購入する一方、合法的に拳銃、ショートガンなどを購入し、戦争ビデオ・ゲームを愛し、ボディ・ビルで体を鍛えてきたことなどを明らかにしている(宣言表明の最後に「2011年7月22日午後12時51分、これが最後となる」と記述し、その2時間後、犯行に走った)。
 オスロからの情報によると、容疑者は極右民族主義者であり、反イスラム主義者だったという。そこで容疑者が書き残した宣言表明からそのプロファイル(Profile)を少し追ってみた。
 容疑者が尊敬する人物は、イマヌエル・カント(独哲学者)、ジョージ・オーウェン(英作家)、ウィンストン・チャーチル(英政治家)、フランツ・カフカ(チェコ作家)、ジョン・ロック(英哲学者)、プラトン(古代ギリシャ哲学者)たちだ。一方、嫌悪する人物はカール・マルクス(共産主義の提唱者)とイスラム教徒だったという。音楽ではクラシックを愛している。
 特に、宣言表明の中でオスマン・トルコの欧州北上の再現に強い警戒心を示している。その意味で、容疑者はオーストリアの手紙爆弾テロ事件(1993年)の犯人フランツ・フックス(Franz Fuchs)を想起させる面を有している、と指摘する声が挙がっている。フックスは数学を愛し、科学知識に精通していた孤独な民族主義者だった。11通の手紙爆弾で4人が死去、13人が重軽傷を負った(フックスは2000年、刑務所で自殺)。フックスはイスラム教徒に強い憎悪感を持っていた。
 オスロの容疑者は哲学を愛し、その世界に精通していた事が伺える。彼の発言は過去の哲学者の著作から引用したものがある。
 ウトヤ島の乱射事件から逃れた少女は「犯人は非常に落ち着いていた。そして撃った人間がまだ死んでいないと分ると、何度も撃って死を確認していた」という。乱射の時も容疑者はまるでその使命を果たすように冷静に蛮行を重ねていったわけだ。
 容疑者は「政府庁舎前の爆弾テロで時間を取り、計画が遅れてしまった。そうでなかったならば、もっと多くの人間を射殺できたはずだ」と語っている。
 
 以上から、容疑者のプロファイルをまとめるとすれば、(1)容疑者の知的レベルは平均より高く、哲学・文学の世界に精通、(2)多文化社会を嫌悪し、反イスラム主義を自身の使命と受け取る、(3)(今回の蛮行のために2年間に及ぶ準備時間があったというから)その行動は一時的な感情に基づくものではなく、強い信念に基づく、(4)(これ程の蛮行を犯しながら、これまで一度も感情を吐露していないことから)情感世界の欠陥が見られる、などだ(容疑者は母親のもとで農場を経営し、独り者だった)。

 ノルウェーは豊富な原油と天然ガスの資源を誇り、その一人当たりの国内総生産(GDP)は昨年度約8万4500ドルだ。失業率も3・6%と欧州の中でも最も低い。移住者(特に、パキスタン)が近年増えてきたが、外国人率は10%を超えてはいない(例・スイスは20%を越える)。北欧のノルウェーは欧州諸国の中でも最も裕福で安定した国と受け取られているのだ。
 すなわち、容疑者を取り巻く社会・経済的環境は決して緊迫し、爆発寸前といったものではなかったのだ。にもかかわらず、容疑者はイスラム教徒の増加に脅威を感じ、欧州のキリスト教文化を多文化社会から守るという使命感で今回の蛮行に走った。
 哲学を愛する容疑者の「思考世界」がどこかで狂ってしまった、としか表現できない哀しさを感じる。

CTBTの「暫定発効案」が浮上

 ウィーンに本部を置く包括的核実験禁止条約(CTBT)機関は9月、ニューヨークで条約発効促進会議(通称14条会議)を開く。そこで条約の早期発効をアピールした最終宣言が採択される予定だ。


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▲CTBT機関事務局のあるウィーンの国連(2011年7月、撮影)

 CTBTの署名開始から今年9月で15年目を迎えるが、条約の発効の見通しは暗い。「核兵器なき世界の実現」を提唱するオバマ大統領の米国で先日、「未臨界核実験」が、昨年と今年2月に実施されたことが明らかになったばかりだ。
 CTBT署名国数は7月現在、182カ国だが、条約発効に署名・批准が不可欠の、研究用、発電用の原子炉を保有する国44カ国の内、依然9カ国が署名・批准を終えていない。米国は1996年9月24日、署名したが、クリントン政権下の99年10月、米上院本会議が批准を否決した。その他、中国、インドネシア、パキスタン、インド、エジプト、イラン、イスラエル、そして北朝鮮の8カ国だ。条約14条を堅持する限り、上記の9カ国が署名・批准を完了しないと条約は発効しない。
 ところが、ここにきてCTBTの早期発効のために「条約の暫定発効」案が浮上してきている。米国が批准した場合という条件が付くが、例えば、国際社会の異端児、北朝鮮が最後までCTBTの署名・批准を拒否した場合、批准国が協議して、「14条を一時凍結し、条約を暫定発効させる」ことで合意できれば、条約が暫定発効するというものだ。この場合、北朝鮮の批准がなくてもいい。14条の束縛から解放されるのだ。
 暫定発効案は「14条の改正」より「現実的で合理的」と受け取られている。条約改正の場合、過去の15年間を再び繰り返す可能性も考えられ、時間がかかる。暫定発効案の場合、米国が批准すれば、条約の発効の道が開かれるのだ。現実的だ。
 米国が批准すれば、米国の出方を伺ってきた中国が批准するだろう。イスラム最大国インドネシアの批准は時間の問題だ。イラン、エジプトも動くだろう。インドとパキスタンは既に準オブザーバー国としてCTBT主催の会議には参加してきた。一方が批准すれば他方も批准するだろう。イスラエルも同様だ。問題は予測できない北朝鮮の出方だったが、この暫定発効案ならば平壌の動向に惑わされることはない。北朝鮮抜きで条約は発効できるのだ。
 CTBT関係者は、「条約暫定発効案は何カ国が批准しない時に施行できるかは、加盟国の政治的判断にかかっているから、現時点で何カ国までと答えられない」という。だから、北朝鮮とイラン2国が批准しない場合も暫定発効できる、というシナリオも排除できないわけだ。
 この暫定発効の前提は先述したように米国の批准だ。オバマ政権が未臨界核実験を通じて核兵器の安全度の検証が実現できれば、批准に反対の共和党も条約賛成にまわる可能性が出てくる。その意味で、未臨界核実験は条約批准にとってプラスの影響を与えるという声も聞かれる。なお、条約発効促進会議には、クリントン米国務長官の出席が期待されているという。


【データー】CTBT機関が公表した統計によると、米国が1945年広島に人類初の原爆を降下させから、1998年までに世界で2053回の核実験が行われた。国別にみると、米国が1032回、旧ソ連715回、フランス210回、英国45回、中国45回、インド4回、パキスタン2回だ。その後、北朝鮮が2回(2006年10月、09年5月)実施している(南アフリカとイスラエル両国の核実験が報告されているが、未確認)。CTBT機関広報部によれば、北の3回目の核実験に備え、地震観測網の他、放射性ガス(希ガス)をキャッチするため、26カ所の放射性ガス観測施設網が敷かれている。

バチカンが聖職者の犯罪を隠蔽!

 ローマ・カトリック教会聖職者による未成年者への性的虐待事件を調査してきたアイルランド議会は20日、「バチカン法王庁は聖職者の性犯罪調査を妨害してきた」と指摘、バチカンを非難する声明文を採択した。
 同国のエンダ・ケ二ー首相は「バチカンが妨害した聖職者の性犯罪は十数年前の事ではなく、3年前だ」と批判、「国家と教会の関係は今後、再考を余儀なくされるだろう」と警告。同時に、一週間前に公表されたコーク教区の聖職者性犯罪報告書(300頁以上)に言及し、「バチカンはエリート意識と自己愛の文化に支配されている」と述べている。
 教会聖職者の未成年者への性的虐待問題で欧州連合(EU)加盟国の首相がバチカン法王庁を名指しで非難し、議会が非難声明文を採択したのはアイルランドが初めてで、まったく異例のことだ(アイルランド国民の約89%はカトリック教徒)。
 世界に約12億人の信者を有するローマ・カトリック教会総本山、バチカン法王庁はこれまで聖職者の未成年者への性的虐待事件がバチカン法王庁やローマ法王ベネディクト16世にまで波及しないように細心の努力を払ってきた。
 ベネディクト16世が聖職者の性犯罪を熟知しながら、それを隠蔽してきた疑いがあると米紙が報道した時(「米紙報道へのバチカンの『反論』」2010年3月27日、「ヨハネ・パウロ2世の『問題』10年4月29日)、バチカンは総力を動員してその報道のもみ消しに腐心した。今回はアイルランド議会がバチカンを「性犯罪隠蔽」の共犯者と述べたわけだ。そのインパクトは大きい。
 それに対し、アイルランドのカトリック教会ダブリン教区のマルチン大司教は20日夜、「コーク教区ではバチカンによって提示され、2001年から発効してきた『聖職者の性犯罪に関する規約』が無視されてきた」と述べ、責任はバチカンではなく、性犯罪を犯した聖職者が所属する教区(マギー司教)にあると主張する一方、「聖職者の性犯罪解明をバチカンが妨害した事実はない」と反論している。
 コーク調査報告書は、「聖職者の性犯罪に対応するために、未成年者への性犯罪は警察当局に告訴することになっているが、それが実行されていない」と述べている。そこで政府は今後、聖職者の未成年者への性的虐待事件を隠蔽した場合、刑罰を与える法の改正を施行するという。
 ちなみに、同国の著名な神学者ヴィンセント・トゥーミー氏(Vincent Twomey)は20日付のアイリッシュ・タイムズ紙の中で「全司教たちは辞任すべきだ」と要求している。
 なお、バチカンのロムバルディ報道官は21日、「聖職者の性犯罪という重要なテーマについては客観的に話すべきだ」と述べ、ケ二ー首相らアイルランド議会関係者に冷静を呼びかける一方、「バチカンは最適な方法でアイルランド政府の質問に答える予定だ」と表明している。バチカンの反応が注目される。

殺人事件から「人間関係」を考える

 オーストリア内務省は21日、今年上半期の犯罪統計を公表した。それによると、今年上半期の殺人件数は33件、殺人未遂45件が生じている。殺人・殺人未遂を合わせた件数は前年同期比で13件増を記録した。
 殺人・殺人未遂の背景をみると、「家庭内や身近な人間関係」で生じたケースが全体の49%とほぼ半数を占めている。それについて「知り合い関係」間の殺人が35%だ。両者を合わせると約84%の殺人が「家庭、身近な知り合い」の間で起きていることになる。
 ちなみに、「偶然の知り合い」間の殺人が4%。被害者と加害者の間で「関係がない」殺人は12%に過ぎない。
 家庭や身内の間で殺人・殺人未遂が多く発生するのはアルプスの小国オーストリアに限られた現象ではない。程度の差こそあれ、状況はどこでも良く似ている。
 一般的にどの国でも殺人事件の検挙率は窃盗などの他の犯罪より高い(オーストリアの場合、今年上半期の殺人・殺人未遂事件の検挙率は91%)。殺人事件が起きると、警察当局は先ず、被害者の家族、身近な知り合い関係者の捜査を始める。殺人事件は「身近な人間関係の破綻」に起因した犯罪だからだ。
 ところで、文豪ゲーテの作品に「親和力」という小説がある。若い男女が惹き合う人間関係の力を描いた小説だ。デンマークの哲学者セーレン・キルケゴールは「人間は関係存在だ」と喝破している。殺人事件という最も巨悪な犯罪はそのことを裏付けている。関係がない処で「愛」は生じないが、殺人事件も起きないわけだ。
 そして「人間関係」が難しいのは決して喧騒な現代社会に限ったことではない。人類最初の殺人事件はアベルとカインの間で起きている(兄の弟殺人)。すなわち、人類歴史の最初の家庭、アダム家庭からその「人間関係」はスムーズではなかったわけだ。
 極端な表現をすれば、人間は生来、他の人間との関係が上手くいかない運命を背負っているといえる。キリスト教神学ではその運命を「罪」とみて、「罪は神との関係破綻の結果」と受け取っている。「人間関係」の破綻の前に、「神との関係」の破綻があったというわけだ。
 参考までに紹介すると、聖書の世界で「人間関係」を勝利した人物はイサクの息子ヤコブだ。兄エサウに憎まれていたヤコブは21年後、エサウを愛することでその恨みを解いていくシーンが創世記に記述されている。神は後日、ヤコブに対して勝利した者として「イスラエルと名のるように」と命令する。ヤコブが憎悪の「人間関係」を初めて克服したからだ。

墺太利と日本の外交の「類似点」

 リトアニアが戦争犯罪人として欧州の逮捕令状に基づき追跡してきたロシアの元KGBメンバー( Michail Golovatov )が14日、ウィーン国際空港で逮捕されたが、翌日(15日)釈放され、モスクワに帰国したことが明らかになり、リトアニアとオーストリア間の関係が険悪化している。
 リトアニア側は、「欧州司法が戦争犯罪人として探してきた人物をどうして釈放したのか。欧州連合(EU)の一員として加盟国への連帯感に欠ける行為だ」と指摘、不愉快を吐露。抗議の意思表示としてウィーン駐在自国大使を18日、帰国させたばかりだ。
 一方、オーストリア司法省は「リトアニアの逮捕令状の内容が曖昧だった。そこでリトアニアにも問い合わせ、身元を確認したが、明確な返答がなかった。それで釈放した。今回の決定は法律上、外交上、全ての規則に基づいて下されたものだ。非難を受ける理由はない」と弁明している。
 ソ連は1991年1月、独立宣言したリトアニアに武力侵入し、多数の死傷者を出した(通称「1991年血の日曜日事件」)。その事件の責任者がロシアの元KGBメンバーであり、リトアニアが戦争犯罪人としてこれまで追ってきた経緯がある。
 冷戦時代からソ連に弾圧されてきた他のバルト諸国、エストニアとラトビア両国はリトアニアに連帯を示し、欧州委員会の司法担当ヴィヴィアン・レディング委員宛てに抗議の書簡を送り、その中でオーストリア当局の非協力な姿勢を批判している。
 オーストリア国内でも今回の決定に対し批判の声が挙がってきた。野党「緑の党」のピルツ議員は、「ロシア政府から圧力があった」と指摘、オーストリアの外交がロシア外交の力に敗北したと非難している。ちなみに、ロシアでは元KGBを釈放したオーストリアの外交を評価する声が挙がっている、といった具合だ。
 ロシアのソチ冬季五輪大会(2014年)の施設建設分野などでオーストリア企業が多く進出している。プーチン首相の逆鱗に触れて商談を台無しにするより、小国リトアニアの批判を甘受したほうがいい、という判断がオーストリア関係者側にあったのだろう、という憶測まで流れている。
 オーストリアの今回の決定をみていると、当方などは2001年5月の北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記の長男、金正男氏の日本密入国事件を思い出してしまう。偽造旅券で入国しようとした正男氏は成田空港の入国管理局に拘束された。
 日本は金正男氏を調査したが、北朝鮮側に問い合わせることもせず、北朝鮮との関係悪化を回避するために(超法規的判断に基づき)、正男氏を釈放した。日本側の判断に対して、その弱腰外交に批判の声が挙がったことはまだ記憶に新しい。
 オーストリアの「元KGBメンバー釈放」と日本の「金正男氏国外追放処置」は、時期とその内容は異なるが、「煩わしいことにはできるだけ関与しない」といった官僚主義的な外交姿勢は驚くほど酷似している。
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