ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2011年05月

キュウリと「細菌テロ」

 キュウリ、トマト、ナスなどの野菜が袋叩きにあっている。普段なら健康を考えて野菜を買う人々も野菜売り場を敬遠していく。それもこれも突然、腸管出血性大腸菌O−104の感染が拡大し、欧州全土に広がる様相を帯びてきたからだ。
 最初に感染者が発見されたドイツでは29日現在、10人が死亡したという。その感染源がキュウリだったというのだ。
 感染されたキュウリがスペイン産だったこともあって、ドイツやオーストリアではスペイン産の野菜を店舗から撤去する一方、オーストリアでは30日から小売店やスーパーで野菜のコントロールを実施したばかりだ。
 栄養学を学んだ人ならご存知と思うが、キュウリはサラダの常連であり、その栄養価は高い。このように書く当方も野菜の中ではキュウリが一番好きだ。トマトは敬遠するが、キュウリはウェルカムといったところだ。
 しかし、先週から当方の食卓からキュウリが姿を消したのだ。スペイン産でなくても、キュウリというだけで買い手は敬遠する。スーパーもキュウリ、トマトなどを店舗から撤去するから、腸管出血性大腸菌O−104の件が解決しない限り、ここ当分はキュウリを味わうことができないわけだ。
 当方の友人にはベジタリアンがいる。数年前から肉類を食べるのを止め、野菜中心の食事を取っている。その成果、彼はこれまでのところ健康だ。持病の高血圧も良くなったという。当方が肉類を食べていると、哀れな目で当方をみて「野菜は黄金の食材だ」と野菜を賛美することを忘れない。
 友人の食事はどうなっているだろうか、と思い電話して近況を聞いた。友人の声は冷静だ。「いつもの通り、野菜を食べているよ。もちろん、オーストリア産の野菜だけだがね。今のところ、問題がないよ」という。
 友人は「感染ルートが完全に解明されていないが、外部から大腸菌が野菜に挿入された可能性も排除できないよ」という。友人は“細菌テロ”の可能性を考えているのだ。
 スペインは過去、テロの襲撃を受けた。ドイツは昨年からテロの脅威を受けている等、さまざまな思いが湧いてくる。
 友人は最後に、「大腸菌汚染問題が鎮静化しなければ、『野菜は危険だ。肉類を食べよう』といった声が挙がってくるだろう。健康ブームで守勢に甘んじてきた肉類業者が活気を帯びてくるはずだ」と予言した。
 いずれにしても、感染ルートが判明するまでは野菜を水でよく洗うなどの予防策を取りながら、冷静に対応する以外にないだろう。キュウリが一刻も早く食卓に復帰することを願う。

マルタが離婚合法化に踏み出す

 音楽の都ウィーン市では夫婦の3組に2組が離婚するが、南欧の小国マルタは、欧州連合(EU)の中でもこれまで離婚を法的に認めない唯一の国だった。しかし、同国でも今後、離婚が合法的に認められる雲行きだ。
 マルタで28日、離婚を合法的に認めるか否かの国民投票が実施された。その結果、国民の過半数が離婚の合法化を支持したのだ。同国のローレンス・ゴンズィ首相は「投票結果は私の願いとは一致しないが、国民の意思を尊重する」と述べ、議会で離婚を容認する法案の作成に取り組む意向を明らかにしている。
 オーストリアのカトリック通信によれば、マルタの国民投票の質問は「夫婦が少なくとも4年間別居中で、近い将来和解の希望がなく、双方の生計に問題なく、子供の権利が保障されている場合、離婚を認めますか」といった少々、複雑な内容だ。
 マルタは人口約41万人の小国。国民の約90%がカトリック信者である。聖書や関連文献によると、使徒パウロはローマに行く予定だったが、船が壊れたため、途中のマルタの島で3カ月間、滞在した。その期間、パウロら使徒たちはイエスの福音を島の人々に伝えたという。ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は昨年4月17日から2日間、マルタを訪問したばかりだ。
 ちなみに、マルタのカトリック教会司教会議は離婚の合法化に強く反対してきた。そして「必要ならば、婚姻の概念を修正しても、離婚を合法化することは回避すべきだ」というのがカトリック教会の立場だったという。
 ところで、マルタでこれまで離婚は一切なかったのかというと、そうではない。「離婚のための抜け道」はあったのだ。例えば、教会による「婚姻無効」宣言だ。年間150組から200組の夫婦が教会から婚姻無効を受けてきた。もちろん、婚姻無効を認められるまでには長い時間がかかる。ただし、婚姻無効の場合、女性側が大きな負担を背負うケースが多いという。婚姻が元々なかったことになるため、生計の保証が得られないからだ。
 離婚の例外としてはまた、夫婦が海外で離婚した場合だ。夫婦の一方がその国の国籍、ないしは居住地を有している場合に限り、海外での離婚は認められることになっている。これに該当する離婚件数は年間約50ケースという。
 いずれにしても、離婚が日常茶飯事の今日、マルタも離婚合法化への道を歩みだすわけだ。

訪中した金総書記の意図は何か

 当方は4日間、ウィーンを留守にしていた。ギリシャに急遽出発する前、当方には2の心配事があった。一つは訪中の北朝鮮最高指導者、金正日労働党総書記の動向だ。ギリシャでもフォローできるが、旅先では少々勝手が違う。知人の北朝鮮外交官にも聞けないし、じっくりと分析する時間を見出せないだろうと考えたからだ。もう一つはウィーン国連の中東記者たちと会えないことだ。彼らは当方の友人であり、中東アラブの詳細な情報を知る上で貴重な情報源だからだ。
 留守中、金総書記は27日、7日間の訪中を終えて帰国した。北京で首脳会談が開催されたこと、北国営の朝鮮中央通信社(KCNA)を通じて、後継者・金正恩氏が訪中していなかったことが確認された。
 当方はこのコラム欄で「金正恩氏の訪中計画はない」と語った北の知人外交官の発言を紹介した(「金正恩氏の訪中計画は聞かない」2011年5月6日)。そして「金総書記、年齢相応の健康維持」(同年5月15日)の中では、「後継プロセスのテンポが緩やかになる」可能性を示唆した同外交官の発言を伝えたばかりだ。
 これまでの情報によると、北外交官の発言内容は正しかったことになる。もちろん、訪中内容はまだ明らかではないから、後日、サプライズがあるかもしれない。
 当方は金総書記の訪中が明らかになった直後、知人の北外交官に金総書記の訪問目的などを聞いた。過去1年間で3回目となる訪中について、知人は「自分も分からない」と繰り返していた。すなわち、かなり正しい情報を知る知人の北外交官も金総書記の訪中とその目的についてはまったく知らされていなかったことになる。とすれば、金総書記の訪中が「突然、決定した可能性」が排除できなくなる。中国当局から招請されていた正恩氏ではなく、父親の金総書記の訪中が短期間で決まったことが考えられるわけだ。それが事実とすれば、どうしてか。
 とにかく、当方は近いうちに知人の北外交官に会い、金総書記の7日間の訪中目的などについて聞くつもりだ。何か分かり次第、読者の皆様に報告したい。
 なお、当方が訪問したギリシャには北朝鮮と深い接触があった北大西洋条約機構(NATO)退位軍人がいた。北は彼を通じてNATO関連の軍事情報を入手していたことを付け足しておく。

ソクラテスの国の人々

P1000867 報告が遅れたが、当方はここ4日間、ギリシャを訪問していた。友人が招いてくれたこと、ギリシャが現在、欧州のユーロ経済の行方を握っていること、現地の国民の状況を肌で感じたいこと、などが理由で、突然だったが、飛んだ。
 南欧ギリシャの国民経済は財政危機で破産寸前に陥り、欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)などから緊急支援を受け、かろうじて破局を回避している。同国政府は先日、EUからの緊急支援を受ける前提条件、国有企業の民営化や増税などを発表したが、緊縮政策に対する与野党間のコンセンサスはまだ実現してない状況だ。
 一方、EUの他国からは「労働時間を増やし、休暇日数を短縮すべきだ」(メルケル独首相)といった激を受けるなど、ギリシャはユーロ経済圏の劣等生扱いを受けている。
P1000870 当方はアテネについてギリシャ第2の都市テサロニケ市にも足を運んだ。そこでは政府の緊縮政策に反対する市民のデモを目撃した。テサロニケ市の名所ホワイト・タワー(White Tower、 Lefkos Pyrgos)周辺で数千人の市民が政府の緊縮政策を批判していた。
 デモに参加していた一人の青年は「ホワイト・タワーは19世紀、刑務所として利用され、長期囚人が処刑された場所だ。反政府デモの集会場所をホワイト・タワーにしたのも意味がある」と説明してくれた。
 市内の Aristotelous 広場では朝早くから夜遅くまで多くのナイジェリア出身の移住者が物売りをしている。一人の公務員は「緊縮政策の為に犠牲となるのは公務員だ」と述べ、職場を失うのではなかいと心配していた。
 それでも、といっては可笑しいが、友人を含めギリシャ国民は当方が考えていた以上に活気があった。当方が住んでいる音楽の都ウィーンの市民よりテサロニケ人は陽気だ。国民経済が破産寸前にもかかわらず、決して意気消沈していない。
P1000862 「ギリシャ国民が明るいのは、南欧国民の気質だからだ」といわれればそれまでだが、それだけではないだろう。新約聖書の「テサロニケ人への手紙」を思い出したからだ。使徒パウロらがテサロニケ人に送った2通の手紙がある。その第一の手紙には「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい」(「テサロニケ人への第1の手紙」第5章16、17節)という有名な個所がある。
 友人を含めテサロニケ人の大多数はギリシャ正教徒だ。彼らは国難のこの時、この聖句を思い出して「感謝しながら、喜びを失わないように努力している」のではないだろうか。少々、一方的な解釈だが、そうあってほしい。白髪が増えてきた友人の顔をみながら、そう思った次第だ。
 以上、簡単だが、テサロニケからの報告だ。

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ホワイト・タワー(テサロニケ市のシンボル)

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デモを準備するテサロニケの青年たち

法王訪問を控えたクロアチア事情

 ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王ベネディクト16世は来月4日から2日間の日程でクロアチアを訪問(司牧)する。法王のクロアチア訪問は8年ぶり。ベネディクト16世にとっては初訪問だ。
 クロアチアは目下、欧州連合(EU)加盟を目前にその準備に専心している。同国は2004年6月以降、公式の加盟候補国だ。加盟交渉は今月中旬、難問の司法問題をクリアし、「クロアチアは必要な改革を実施した」(欧州委員会のレデイング司法担当委員)と評価されたばかりだ。
 コソル首相によると、EUとの加盟交渉が来月末に終われば、加盟国の批准を経て、2013年に加盟が実現されると予想されている。
 一方、同国の政情は、与党「クロアチア民主同盟」(HDZ)の前党首・首相のサナデル氏が昨年12月10日、公金汚職などの容疑でオーストリア国内で逮捕されたこともあって、国民の政治への不信感は一層深まっている。
 今年に入り、首都ザグレブでは数千人の若者たちが反政府デモを行ったばかりだ。彼らは政府の経済政策を批判し、政権交代を要求している。
 EU加盟の最大ハードルだった旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY)との協力では、戦争犯罪人アンテ・ゴトビナが05年に拘束されたことで大きく前進したが、国内で「EU加盟のための取引きだ」といった反発の声が強い。国内の反EU気運の高まりに同国のヤンドロコビッチ外相は懸念を表明しているほどだ。
 コソル政権は今秋に早期総選挙を実施、その前、ないしは12年初めにEU加盟を問う国民投票を行いたい意向だという。
 ちなみに、同国の世論調査によると、HDZ主導連立政権は国民の支持を失っている。政権交代が現実的だ。
 法王ベネディクト16世はクロアチア滞在中、同国の欧州統合促進とEU加盟を支持する意向だ。バチカン市国は旧ユーゴ連邦から独立宣言(1991年)したクロアチアを最初に公認した国の一つである。
 なお、同国カトリック教会司教会議議長のスラキッチ大司教は先月、ザグレブの記者会見で、「ローマ法王の訪問はわが国の教会に大きな足跡を残すものとなろう」と述べ、法王の訪問に大きな期待を表明している。

「フス事件の克服」問われるチェコ

 チェコのローマ・カトリック教会最高指導者、プラハ司教区のドミニク・ドュカ(Dominik Duka)大司教は19日、プラハのフス派教会を訪ねた。テーマは宗教改革者ヤン・フス死後600年を迎える2015年、カトリック教会とフス派教会が共同で慰霊祭を開催することだ。
 ヤン・フス(1370−1415年)はボヘミア出身の宗教改革者だ。免罪符などに反対したフスはコンスタンツ公会議で異端とされ、火刑に処された。同事件はチェコ民族に今日まで深く刻印されてきた。歴史家たちは「同国のアンチ・カトリック主義は改革者フスの異端裁判の影響だ」と説明しているほどだ(「ヤン・フスの名誉回復を要求」2009年9月29日参照)。
 今月1日に列福を受けた故ヨハネ・パウロ2世は西暦2000年の新ミレニウムを「新しい衣で迎えたい」という決意から、教会の過去の問題を次々と謝罪した。ユグノー派に対して犯したカトリック教会の罪(1572年)、イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイの異端裁判(1632年)と共に、異端として火刑に処せられたフスの名誉回復をも実施した。
 ところで、現ローマ法王べネディクト16世は09年26日、チェコを3日間訪問したが、国民からはポーランドのようなホットな歓迎は最後まで見られなかった。前法王の謝罪表明と「名誉回復」では十分ではなかったのだ。具体的には、チェコ民族のカトリック教会に対する根深い不信感だ。
 クラウス大統領を初めとしてチェコ知識人たちにみられる「野党精神」はフスの異端裁判の結果、生まれてきた国民性だと指摘する社会学者の意見を聞いたことがある。同大統領が欧州連合(EU)のリスボン条約に強く反発し、その批准書の署名を拒否し続けたことがあったが、クラウス大統領にはブリュッセルを中心としたEU機構に強い不信感があった。換言すれば、権威者に対する払拭できない不信感だ。
 東欧の民主改革から20年以上が経過したが、チェコは旧東欧諸国で旧東独地域と共に最も世俗的な国家だ。国民の約60%が無宗教と答えている。カトリック教徒は約27%に過ぎない。民主改革直後、カトリック教徒の割合はまだ39%だったから、多くの国民が毎年、教会から去っていったことになる。
 欧州の統合プロセスが進行する今日、「フス事件の克服」は単にカトリック教会の問題ではなく、チェコ民族の課題でもあるわけだ。フス死後600年目を迎える2015年は同国にとって歴史的な内省の年となるだろう。

「私は誰ですか」

 オーストリア日刊紙クリアの日曜日版(22日付)には読者に好評な「現代史」という歴史物記事がある。今回は家系を探索する家系研究家フェリクス・グンダッカー氏(Felix Gundacker)を紹介していた。同氏は「多くの人々が今日、自身のルーツをもっと知りたがっている。自身のアイデンティティを見つけたいという思いがその背後にある」という。
 同氏は22年間、さまざまな家系を探索してきた。洗礼証明書、婚姻証明書、過去帳などを手段に家系を追っていく。同氏によると、「16世紀までのルーツは既に調査済み」という。「家系を調べることは探偵が事件を追跡するようなスリリングな感覚を覚えることがある」と証言している。
 ところで、韓国の初代大統領、李承晩大統領の夫人がウィーン出身のフランチェスカ・ドナー夫人で、両者は1934年、ジュネーブで知り合い、同年、結婚したことはこのコラム欄でも紹介したことがある(「オーストリア・韓国、国交45周年」2008年6月25日)。グンダッカー氏によると「フランチェスカ夫人の家系を調査していくとなんとニーダーエスタライヒ州のプレル知事(Erwin Proll) が夫人の親戚に当たることが判明した」というのだ。
Proell-2-169
韓国初代大統領夫人と親戚関係のプレル知事=州政府のHPより


 オーストリア与党国民党の重鎮、エルヴィン・プレル州知事が韓国と深い繋がりがあったことになる。病気を理由に先月、突然政界から引退した同州知事の甥、ジョセフ・プレル前福首相財務相も同じように韓国ルーツを継承していることになるわけだ。
 プレル州知事はフランチェスカ夫人の親戚に当たることを知らされて驚くと共に、「親族が国際政治の舞台に関わっていたことが分かってうれしく思う」と感想をクリア紙に述べている。
 人間の歴史は長い。多くの家系が複雑に絡み合い、交差している。その家系を一つひとつ解き明かしていけばどのような繋がりが飛び出してくるだろうか。楽しみだが、半面、少々怖くもある。

マーク・トウェインの独語改革案

 ドイツやオーストリアでは移住者の社会統合を促進するためにドイツ語の習得を義務化し、移住希望者が滞在許可を習得するためには一定時間のドイツ語学習をクリアしなければならない。
 例えば、当方が住むウィーンでは10年以上、オーストリアに住みながらドイツ語を話せないトルコ系移住者が結構、多いが、それでもあまり支障がない。ウィーン市にはトルコ系社会が存在する。そこに行けば買物から食事まで全てトルコ語で用を済ませることができる。だから、ドイツ語を学ぶ必要性も出てこないというわけだ。
 一方、言語としてドイツ語が他の言語より少々、複雑だ、という事情もあるかもしれない。「トム・ソーヤの冒険」や「王子と乞食」などで有名な米国作家マーク・トウェイン(Mark Twain,1835-1910年)は「ドイツ語は改革しなければ、死語となってしまう」と主張し、ドイツ語の改革案を提示しているほどだ。
 「むかつくドイツ語」(The Awful German Language)というエッセイの中で、トウェインはドイツ語がそれを学ぶ外国人にとって如何にむかつく言語かを具体的な例を挙げて紹介している。例えば、独語の分離動詞や長い複合名詞を酷評。その一方、「全ての名詞を大文字で書くことはグット・アイデアだ」と評価する。そして「ドイツ語は改革が必要だ」と指摘し、3格の廃止、表現力に富む英語の導入、名詞の性別は神の創造に基づいて決定する、不必要に長い複合名詞や挿入句の廃止など、7項目の改革案を挙げている。ドイツ語を学んだ人ならば同感できる内容ではないだろうか。
 マーク・トウェインは「言語に長けた人間ならば英語は30時間でマスターできる。フランス語ならば30日間でOKだ。しかし、ドイツ語の場合、30年間が必要だ。ドイツ語が改革されなければ、死語の言語となるだろう。死者だけが(ドイツ語を学ぶ)十分な時間をもっているからだ」と皮肉を込めて警告を発している。
 トウェインの主張が正しいとすれば、ドイツやオーストリアに移住を希望する者はその前に30年間、“むかつくドイツ語”を学び続けなければならない。とすれば、両国に移住を希望する者はいなくなるのではないだろうか(実際は、年々、移住者は増えている)。

極右政党が支持率トップに躍進

 オーストリア日刊紙クリアは20日、世論調査を独自に実施し、その結果を掲載した。それによると、「次の日曜日が投票日とすれば、どの政党に投票するか」という問いに対し、シュトラーヒェ党首が率いる野党の極右政党「自由党」が29ポイントを得てトップ、それを追って連立政権の与党・社会民主党28ポイント、国民党23ポイントだった(緑の党13ポイント)。自由党が支持率で連立政権の2大政党を初めて上回ったのだ。
 外国人排斥運動を主導し、「オーストリア人、ファースト」を標榜、厳格な移住者政策を主張する自由党が国民の間で支持を広げてきていることが明らかになったわけだ。
 「次期首相として誰が相応しいか」との質問に対しては、ファイマン首相(社民党党首)が24ポイントでトップ、それについてシュビンデルエッガー外相(国民党党首)18ポイント、シュトラーヒェ党首が16ポイントで上位2人を追っている。
 昨年10月10日に実施された音楽の都・ウィーンの市議会選挙(定数100)では、ホイプル現市長が率いる与党・社会民主党が過半数の議席を失う一方、自由党が前回(2005年)のほぼ倍の得票率を獲得したばかりだ(「音楽の都ウィーンで極右、大躍進」2010年10月12日参照)。
 極右、民族派政党の台頭はオーストリアだけではない。先月17日実施されたフィンランド総選挙(1院制、議席定数200)でも、反移民、反欧州連合(EU)を掲げる民族派政党「真正フィン人党」が6議席から39議席に議席を大幅に飛躍している。
 ギリシャやポルトガルが金融危機に陥り、EUの他の加盟国が財政支援を強いられているが、「怠慢な財政政策を実施した加盟国の救済のためどうしてわれわれは巨額の資金を支援しなければならないのか」といった声が多くの加盟国の国民の間で高まってきている。その追い風を受け、極右・民族派政党は国民の支持を拡大してきた、と分析できるわけだ。
 ちなみに、オーストリアで2000年2月、シュッセル党首が率いる国民党はハイダー党首(2008年10月11日、交通事故で死去)の自由党と連立政権を発足させたことがある。その時、イスラエルや米国は抗議し、大使を召還、EUは極右政党参加のシュッセル政権に外交制裁を実施した。オーストリアは当時、国際社会から孤立してしまったのだ。
 あれから10年以上が過ぎた。ハイダー氏の後継者シュトラーヒェ党首の自由党が躍進し、政権掌握が現実味を帯びてくれば、欧米諸国は再び、警戒心を高めるだろう。

メルケル独首相の「実感」

 「南欧諸国の国民は休暇を減らし、もっと働くべきだ」
 メルケル独首相は遂にこのように言い切ってしまったのだ。欧州の盟主ドイツはユーロ経済圏を守るために金財政危機で財政破産寸前に追い込まれているポルトガルやギリシャを救済するため巨額の財政支援を実施しなければならない一方、財政支援を受ける側の国民はドイツ人より長い休暇を楽しみ、早い時期に年金生活に入っている。この現実に対して、メルケル首相は小言の一つでもいいたくなったのだろう。
 独首相に怠け者扱いされた南欧の政治家たちは「独首相の発言は事実に反している」と冷静に受け止める一方、独首相の傲慢さを日頃から苦々しく思ってきた南欧政治家たちは「またか」といった表情で不快感を示している。ポルトガルの労組議長などは「独首相は無知だ」(オーストリア日刊紙ザルツブルガー・ナハリヒテン)と反論している、といった有様だ。
 ドイツ人は昔から勤勉で規律を重視する国民と思われてきた一方、スペインやポルトガルの南欧の国民は陽気で明るいが勤勉からは程遠く、少々ルーズなところがある、と受け取られてきた。当方を含め多くの日本人もそのような印象をもっていたのではないだろうか。そしてメルケル首相もそのように考えてきたのだろう。
 しかし、事実は違う。少なくとも、OECD(経済協力開発機構)の統計によると、事実は逆なのだ。スペイン国民の年間労働時間数は1653時間、ドイツ人のそれは1389時間だ。労働時間数ではスペイン人はドイツ人より圧倒的に多い。平均退職年齢でもスペイン人は62歳8ヶ月である一方、ドイツ人は61歳5ヶ月だ。法的に認められている休暇日数はスペイン人22日間だが、ドイツ人は24日間だ。
 OECDの統計を見る限り、南欧の国民はドイツ人より長い時間、働き、少ない休暇で高齢まで働いている、という姿が浮かび上がってくる。メルケル首相の発言内容とは180度、違う。
 ところで、独首相を務めるメルケル首相がOECDの統計を知らないはずがないだろう。メルケル首相の小言は統計に基づくものではなく、実感に立脚したものと解釈すべきかもしれない。そして「実感」は「統計」より事実を正確に把握している場合が少なくない。
 最後に付け足す。ザルツブルガー・ナハリヒテンは20日、「南欧人、メルケルの小言に怒り」という記事の中でスペイン労組責任者の発言を載せていた。ドイツ人より長い時間働き、休暇も少ないのにどうしてスペイン経済がドイツ経済ように発展できないか、という問いに答えているのだ。曰く「われわれは生産性で問題点を抱えている」。労働時間や有給休暇の長短が問題ではなく、「生産性」の向上が問題というわけだ。
 メルケル首相は「もっと働け」と檄を飛ばすより、「もっと効率的に働くべきだ」と諭すべきだったかもしれない。
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