ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2011年04月

UNODC親善大使の「脱線」

 人を選ぶ、という作業は本当に難しい。その能力、個性から家庭環境までさまざまな条件を多様な角度から判断しなければならないからだ。
 指導者や政治家は人を見る目がなければならない。正しい時、適任者を選ぶことは指導者の不可欠な条件だからだ。逆にいうと、「人を見る目」をもたない政治家や指導者は最終的には自ら墓穴を掘ってしまう。
 最近では、政界から引退を表明したオーストリアのヨゼフ・プレル財務相(副首相兼任、「国民党」党首)がその実例に当たるだろう。彼自身が選んだ閣僚(法相や家族問題担当次官)や欧州議会議員が悉く裏目に出、腐敗、不法ロビー活動、職務能力の不足などが明らかになったのだ。政敵から叩かれ、自身の面子を失う、といった具合だ。最後は、42歳という若さながら肺塞栓症で政界から引退を余儀なくされたばかりだ。
 ここではプレル氏のことを再度、言及するつもりはない。ウィーンに本部を置く国連薬物犯罪事務所(UNODC)のロシア出身フェドトブ事務局長が選んだ親善大使についてだ。
 同事務局長は昨年10月、ハリウッドの映画俳優ニコラス・ケイジ氏(47)をUNIODC親善大使に任命したが、肝心のケイジ氏が今月16日、韓国系の夫人との喧嘩の末、警察に捕まってしまったのだ。
  米ルイジアナ州ニューオリンズ警察によれば、ケイジ氏は妻のアリス・キムと喧嘩した後、駐車していた自動車を足で蹴っ飛ばして破損させた。警察がくると、タクシーで逃げようとしたが逮捕されたという。ケイジ氏は当時、泥酔状態だった。
 ケイジ氏の脱線は報道済みだから、これ以上書く必要がないが、欧米メディアはケイジ氏が犯罪対策の国連機関UNODCの親善大使という事実を忘れている。
 ケイジ氏は昨年10月21日、 ウィーンを訪問し、UNODC国際組織犯罪防止条約10周年締結国会議第5会期の場でメッセージをした。同氏は終始、真剣な顔で組織犯罪の現状や残虐性について、自身の体験を踏まえて約15分間、語った。そして「自分は俳優として過去、さまざまな役割を演じてきた。英雄、卑劣な人間、愛人、敗北者、そして犯罪人から犯罪と戦う人物まで演じてきた。しかし、UNODCの親善大使は自分にとって最も挑戦的であり、有意義な役だ」と述べている。
 あれから半年後、UNODCの親善大使は愛妻との喧嘩の末、器物損傷で逮捕されてしまったわけだ(UNODCのプレス・リリース2010年10月21日参照)。
 ケイジ氏の逮捕で面目を潰したのは本人と同氏を親善大使に任命したフェドトブ事務局長だろう。特に、メディアの関心を惹くためにハリウッドの有名な俳優を親善大使に選んだフェドトブ事務局長は「先見の明がなかった」「人を見る目がなかった」といわれても致し方がないところだ。

エルバラダイ氏が嫌われる理由

 知人のエジプト人は「あの顔は好かれない」という。誰のことか、というと国際原子力機関(IAEA)事務局長を12年間務め、ノーベル平和賞を受賞(2005年度)したモハメド・エルバラダイ氏(69)のことだ。
 「顔」の作りだけで人を批判したり、中傷することは好ましくない。「顔」の作りが好ましくなかったとしても、人柄がいい人はいるものだ。
 「そんなことは知っているよ」といわれるかもしれない。ここでは国際社会では知名度が高いエルバラダイ氏がエジプト大統領選に当選できない理由を紹介したいのだ。
 知人は「彼はエジプトを愛していない。国を売り、米国の意向を重視してきた人物だ」という。
 具体的には、同氏がIAEA事務局長を務めていた04年、エジプトで未申告の核関連物質が検出されたことがあった。それをきかっけに『エジプトは核兵器を製造する意思を有している』という疑いが浮上した。例えば、05年2月の理事会テーマともなり、エルバラダイ事務局長は当時、エジプトの核保障措置協定の履行に関する報告書を提出している、通称“エジプト・ファイル”と呼ばれるものだ。
 エルバラダイ氏は母国エジプトを擁護するどころか、イスラエルや米国の主張を受け入れ、エジプトの核問題を議題として扱った。彼自身はエジプトを一切擁護しなかったのだ。「エジプトが核兵器製造能力が無いことを誰よりも熟知していたが、何も説明しなかった」という。
 「母国の威信より、大国米国の意向を重視して外交的に振るまわってきた人物だ」と強調し、「イラク問題でも結局、米国側の主張を受け入れた」と指摘した。
 エルバラダイ氏は近日、自身の歩みを書いた本を出版する。大統領選に向けて、国民にまだ浸透していない自身のプロフィールを紹介するのが狙いだ。
 知人は「彼は一部の知識人や青年たちに支持されているが、国を愛さない人物が大統領に選出されることは危険だ」と主張する。 
 エルバラダイ氏は大統領選ではIAEA事務局長時代のエジプト・ファイル問題には絶対触れない意向といわれる。しかし、対抗候補者たちがそれを争点として「売国奴」と批判した場合、同氏は返答に苦慮するだろう、というのだ。
 以上、エルバラダイ氏の大統領当選が難しい理由の一つだ。
 最後に、エルバラダイ氏の12年間の事務局長時代をウィーンのIAEAから目撃してきた一人としていえば、「同氏は核専門機関のIAEAを政治機関にした張本人だ」ということだ。

どの国が英国の分担金を負うか

 英国はウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)から来年末、脱退することが明らかになった。それに先駆け、英国はUNIDOとの間の協議で、2011年、12年分の加盟国分担金、約1440万ユーロを支払うことを約束したという。
 約1億ドルの未払い金を残したまま、UNIDOから去った米国とは違い、立つ鳥跡を濁さずではないが、英国は分担金を払った後に脱退する意向だ。さすがに、ジェントルマンの国だ。
 UNIDOは冷戦時代の産物といわれてきた。中央計画経済と市場経済という経済イデオロギーの対立がUNIDOを機能させてきたわけだが、冷戦が終焉し、市場経済原則が勝利したことが明らかになると、欧米諸国からUNIDO廃止論の声が高まっていったのは至極当然だ。具体的には、米国、オーストラリア、カナダといった主要国がUNIDOから出て行った。
 英国でもUNIDO脱退論は燻り続けてきた。ブレア労働党政権時代に入ってそれが一時、後退したが、キャメロン保守党・自由民主党連立政権が発足してから脱退論が再び強まってきた。そして今回、脱退決定となったわけだ。
 英国は脱退理由として、「UNIDOは国連の専門機関としては最悪の状況だ」と指摘している。それに対し、UNIDOの改革を促進してきたカンデ・ユムケラー事務局長は「UNIDOの実態が正しく伝えられていない」と失望している。
 UNIDO通常予算の8%を占めている英国が脱会した場合、財政が厳しいUNIDOにとって大きなダメージとなることは明らかだ。
 英国の脱退が確実となった今日、「どの国が英国の抜けた分を負担するか」という議題が出てきた。フランスやロシアは不足分を支払う意思のないことを早々と表明している。外交筋によると、最大分担金を背負う日本側は「名目ゼロ成長の予算を要求している」という。いずれにしても、日本が英国の不足分を背負わない場合、予算案の成立が難しくなることは必至だ。
 来年になると、多くの幹部職員が退職する。UNIDOは創設以来の危機を迎えている。
 「UNIDOは近い将来、ニューヨークに本部を置く国連開発計画(UNDP)に吸収されるのではないか」という声が益々現実味を帯びてきたわけだ。

イエスが十字架から降りる時

 オーストリアのケルンテン州の小村で先日、教会内のイエスの十字架像からイエスだけが無くなり、十字架がそのまま残されていた、という事件が発生した。
 中央墓地の墓からローソク立てや彫刻品などが盗まれることは頻繁に生じているが、イエスだけが十字架から外されて盗まれた、といったケースはこれまで聞いたことがなかった。
 その記事を読んだ時、「なぜ犯人はイエスの十字架像をそのまま盗んでいかなかったのか」「十字架を壁から外せないから、イエスだけを外して盗んだのだろうか」等、さまざまな考えが出てきた。
 犯人が捕まっていないので何も断言できないが、「犯人はイエスを十字架から外したかったのではないか」という考えが浮かび上がってきたのだ。
 数年前、学校内で十字架論争があった。一人の生徒が「十字架に掛けられたイエスさまが可哀想だ。どうしてイエスさまを十字架から降ろしてあげないの」と聞いてきたというのだ。
 当時、十字架は極刑だった。犯人を十字架に固定するために釘で打つ。血は流れ、時間の経過と共に出血多量で死ぬ。人によっては時間は異なる。直ぐに死ぬ者とイエスのように長時間、苦しみを体験した後、死ぬケースがある。いずれにしても、十字架上の本人だけではなく、それを見ている家族や友人にとっても辛かったはずだ。
 復活祭が来る。キリスト教最大の祝日だ。キリスト教はイエスの生誕から始まったのではなく、復活したイエスからスタートした。そして2000年後、世界を席巻する宗教となって今日に到っている。
 世界最大のキリスト教宗派、ローマ・カトリック教会はイエスはわれわれの罪を清算するために自ら十字架の道を選ばれたという。そして死の世界を克服して復活したと信じている。十字架はその信仰のシンボルとして信者たちに崇められてきた(ちなみに、ローマ法王ベネディクト16世は先日、「イエスの復活を信じられない多くのキリスト教徒がいる」と証言している)。
 イエスが自ら十字架の道を選択せざるを得なかったとしても、血を流しながら苦しむ主・イエスを十字架から降ろそうとする運動がどうしてカトリック教会内からこれまで現れてこなかったのだろうか、当方は久しく不思議だった。
 ひょっとしたら、ケルンテン州の犯人はイエスを十字架の苦しみから解放したいという思いから、イエスを十字架から降ろしたのではないか。そんな思いが日毎、強まってきている。
 新聞の記事にはイエスがいなくなった十字架が写っていた。「イエスは十字架から降りられた」ーその写真を初めて見た時、熱い感動が湧き上がったことを付け加えておく。

福島原発を知る元査察官が語る

 福島原発事故の発生後、原発設計から東電会社側の管理体制まで批判に晒されてきたが、原発の安全性を監視する国際原子力機関(IAEA)はこれまで福島第1原発を含む55基の日本原発の安全性に関する査察を履行してきた。
 日本の原発の査察を担当してきたIAEA元査察官はこのほど当方とのインタビューに応じ、「福島第1原発には過去、5回以上、査察を履行した経験があるが、旧式の原発とは思えないほど、その管理、運営は良好だった。原発の安全性では問題点が無かった」と証言した。
 IAEAが履行する査察には、1)核保障措置協定(セーフガード)に基づくもの、2)「原発の安全性」(Security concern)をチェックするもの―の2通りがある。元査察官が実施した査察は後者に当たる。
 元査察官は「2001年、事前通告無く福島第1原発を査察したことがある。原発作業員も突然、現れた2人の査察官に少し驚いていたが、査察結果は問題なしだった。あれからも数回、福島原発の安全性に関する査察を担当したが、事故に繋がる問題点は見つからなかった」と強調した。
 元査察官によれば、「福島原発はマグニチュード9の巨大な地震でも崩壊しなかったが、それに伴う津波で冷却用の電源などがやられた。福島原発事故は人災というより、自然災害の結果と判断すべきだ」と主張した。
 経済産業省原子力安全・保安院が12日、福島原発事故を「国際原子力事象評価尺度(INES)」の暫定評価で「レベル7」に引き上げたことについて、「同じレベル7でも福島原発事故とチェルノブイリ原発事故とは基本的に異なる。後者では原子炉が爆発して大量の放射能が大気中に放出されたが、前者では水素爆発だけであり、地震発生直後、原子炉は自動停止した」と指摘、「放出された放射線量ではレベル7に該当するが、その被害規模からみても後者では多数の人間が放射能を受けて死亡したが、福島原発事故ではこれまで皆無だ」と述べた。
 福島原発事故後の対応について、「例えば、原発大国のフランスの原発はほぼ全て加圧水型原子炉(PWR)だが、福島第1原発は旧式の沸騰水型原子炉(BWR)だ。日本では55基のうち、約30基の原子炉がBWR、ないしはその改良型であり、残り25基はPWRだと記憶している。事故が発生した時、BWRに精通している米国やドイツの原発関係者に直ぐその対応を聞くべきだったろう。そうすれば、ひょっとしたら水素爆発を回避できたかもしれない。対応の遅れが問題を拡大した面は否定できない」という。
 最後に、「日本の原発水準は高く、その安全性には問題がない。今回の福島原発事故は自然災害によって引き起こされたものだ。事故を教訓として不足な点や問題点を改善していけばいい」と述べた。

「希望の星」が健康理由に政界引退

 オーストリアのヨゼフ・プレル財務相(副首相兼任、「国民党」党首)は13日、自身の健康問題(肺塞栓症)を理由に政界から引退を表明した。
 42歳の同財務相は引退表明の記者会見で「現在の政界は重要な問題を討議することより、些細な人気取りが支配し、政治家としての規律も弛んでいる」と失望を表明する一方、過去8年間の政治家としての歩みには満足を表明した。特に、金融危機に端を発した欧州連合(EU)の経済危機に対して、「わが国は他の加盟国と比べてダメージを余り受けることなく克服した」と財務相としての実績を挙げている。
 同財務相は先月、スキー休暇中に肺塞栓症を再発して、インスブルックに緊急入院中だった。イースター明けには政界に復帰すると予想されていただけに、国民党だけではなく、連立政権パートナー、社会民主党にも衝撃を与えた。
 同財務相はシュッセル政権下で農林・環境相に就任したのを皮切りに、副首相、財務相などを歴任、国民党の「希望の星」と受け取られてきた。それだけに、同財務相の突然の政界引退表明に国民も驚いている。
 ファイマン首相(社民党党首)は同日、財務相の政界引退が健康問題であることを確認し、後任の国民党の新党首とも良き関係を維持していきたい意向を明らかにしている。
 同国のメディアは14日、プレル財務相の政界引退表明をトップで大きく報道したが、多くは健康を優先して政界から引退決意した財務相を評価している。メディアによると、同財務相は政界引退後、オーストリアの主要銀行のポストに就任するという。
 一方、国民党は14日、党幹部会を招集し、ミヒャエル・シュビンデルエッガー外相をプレル党首の後任に全会一致で選出した。同外相は5月20日に招集される党大会で正式に党首に就任する。
 なお、同国の世論調査によると、国民党は同党出身の欧州議会議員の不法ロビー活動や腐敗問題などが表面化し、国民の支持率は急落、野党の極右政党自由党にも抜かれ第3党に後退している。2013年に実施予定の総選挙までに同党の立ち直しが新党首の急務の課題となる。

大震災後、日本で「宗教の覚醒」

 「東日本大震災後、日本の社会で宗教的覚醒が観察できる」
 これは東京に住むブラジル出身宣教師がカトリック宣教通信社Fidesdienstに対して答えた内容だ。バチカン放送(独語電子版)が12日、「日本で宗教の回帰」というタイトルで報じた。
 同宣教師は「日本の社会は通常、物質主義、生産と利益によって動かされてきたが、大震災後、祈りの価値や精神的価値を見直す動きがみられる」と報告している。
 バチカン放送は「世論調査によれば86%の国民が特定の宗教をもっていないと答える国で大震災後、精神的な価値への欲求が出てきたのだろう」と分析している。
 確かに、大震災後、日本人は被災者に対して黙祷を捧げる機会が増えた。例えば、サッカー試合前には選手たちは被災者のため黙祷する。また、政府の会議前に閣僚たちが黙祷を捧げた、という記事を読んだことがある。
 大震災の結果、「日本人は祈りを再発見した」といえるかもしれない。人知を越えた大震災に直面し、その犠牲となった国民に同情を寄せる一方、何かに向かって祈らざるを得なくなった。頭を下げて黙祷する一方、天に向かって祈らざるを得なくなった国民も出てきたのだろう。
 ブラジル出身の宣教師が指摘したように、日本人は戦後、がむしゃらに経済活動に専心してきた。その結果、世界有数の経済大国となったが、同時に、精神的な価値や宗教一般に対して軽視する風潮が出てきた。「宗教は弱い人間が信じるもの」といった思いすらあったことは事実だろう。
 石原慎太郎東京都知事は先月14日、今回の大惨事に関して「日本人の我欲を洗い落とすための天罰だ」と述べ、批判を受けたが、都知事の発言が「精神的価値への回帰」をアピールしたものと受け取るならば、正鵠を射た発言と評価できるわけだ。
 いずれにしても、大震災が忘れかかっていた宗教的世界を日本人に思い出させたとするならば、それは「日本が近い将来、再生できる」と確信もって断言できる保証となるはずだ。


【短信】

故金日成主席誕生祝賀会が開催

 駐オーストリアの北朝鮮大使館(金光燮大使、金正日労働党総書記の義弟)で12日夜、故金日成主席誕生祝賀会が開催された(誕生日は4月15日)。
 当日は典型的な4月気候(Aprilwetter)。雨が降ったり、晴れたりする変わりやすい天候だった。祝賀会には北・オーストリア友好協会関係者、実業者、国連関係者が参加した。オーストリア内務省からも一人、派遣されていた。
 大使館前の写真展示のタイトルは「民族文化遺産の堅持」で、高句麗時代の文書や壷、博物館を訪問する故金主席など19枚の写真が掲載されていた。

“健忘症”に悩むカトリック教会

 バチカン放送(独語電子版)は11日、「欧州は健忘症に悩まされている」というショッキングなタイトルの記事を掲載した。
 見出しに惹かれて記事を読むと、駐バチカン法王庁のクロアチア新大使の信任状を受けたローマ法王ベネディクト16世が「欧州社会はそのルーツであるキリスト教を忘れてきた」と不満を表明し、その際に「健忘症」という言葉を使用した。
 世俗化が急速に進む欧州社会ではキリスト教の教えを捨てる人々が増えてきている。その意味で、記事の内容は新しいことではないが、法王の「健忘症」という表現には参ってしまった。
 法王の発言をもう少し追って見よう。
 「欧州のキリスト教のルーツを否定する者は酸素と食べ物を摂取することなく生きている人間のようだ」
 新任のクロアチア大使に向かって、「クロアチアが欧州連合(EU)に加盟すれば、クロアチア国民の宗教性が良き影響を与えると期待する」と外交辞令を発し、最後に、「欧州は単なる経済的、法的システムで成り立っているのではない」と強調し、欧州のアイデンティティを否定し、別のものを拠り所に生きることを「妄想に過ぎない」ときっぱりと否定した。
 学者法王の発言内容はそれ自体正しいが、「ちょっと待てよ」と言いたくなった。
 昨年の今頃、欧米のカトリック教会は聖職者の未成年者への性的虐待問題で大揺れだった。アイルランド教会から始まり、ドイツ、オーストリア、ベルギー、スイスなど欧州各地で聖職者の蛮行が発覚していった。
 当ブログの読者なら良くご存知だろう。教会はその信頼性を失う一方、多数の信者たちが教会に失望して背を向けて行ったのだ。法王出身のドイツ教会だけでも昨年、約20万人の信者が教会を脱会した。
 健忘症に罹っているのは欧州人だけではなく、ローマ法王を含むカトリック教会側ではないだろうか。年が明けると昨年表面化した聖職者の性犯罪問題を忘れてしまったのだろうか。そうならば、文字通り、カトリック教会は健忘症に陥っていると診断せざるを得なくなる。
 欧州社会がキリスト教のルーツを拒否し、世俗化に流れていく大きな原因の一つは、教会側にもある、という事実を想起すべきだろう。
 ところで、「健忘症に悩む欧州社会」というバチカン放送の記事を12日、再度読むと、記事のタイトルから「Amnesie」(健忘症)という医学用語が消えていた。バチカン放送が健忘症に悩む人々への配慮からか、記憶喪失という意味の「Erinnerungsverlust」に置き換えられていた。
 放送側のきめ細かい配慮は評価できるが、カトリック教会側の「健忘症」について、もう少し突っ込んで分析して頂きたかった。

世界に「感謝」と「希望」の発信を

 日本の歴史上、最大の自然災害といわれる東日本大震災から今月11日で1カ月が過ぎた。多くの被災者は仮住まいを余儀なくされ、不明となった家族の行方を必死に探す被災者の姿は痛々しい。
 ところで、世界からの救援支援に対し、菅直人首相は「世界の絆に感謝します」(「Thank you for the Kizuna」)という内容のメッセージを韓国の朝鮮日報や英紙フィナンシャル・タイムズなど世界の主要メディアに掲載したという。
 日本赤十字社と中央共同募金会に集められたこれまでの義援金は計約1300億円にもなる。世界からの被災者への支援金だ。それに対し、日本政府代表が感謝を表明することは至極当然だろう。外務省出身の著名な評論家・佐藤優氏がブログで「日本政府は主要メディアを通じて感謝の意を表明すべき時だ」と提案していたが、それが実現されたわけだ。
 被災者を支援する人々は感謝を期待しているとは思わないが、感謝されれば、やはり嬉しいものだ。その人情を大切にすべきだろう。感謝は支援者に喜びを返す行為だ。その意味で、ギブ・アンド・テイクだ。
 日本は過去、世界に情報を発信することが得意ではなかった。湾岸危機でイラクからクウェートを解放した際、多くの財政支援を行ってきた日本の名前はクウェート政府の「感謝リスト」の中にはなかった、という苦い思い出を想起する人も少なくないはずだ。
 ルーマニアの民主革命時、フランスなど欧州諸国は医療団を派遣した。その支援活動は世界に即、流された。同時期、日本からも医療団がブカレストに派遣され、救援活動を実施していたが、その活動は世界に最後まで知られなかった。日本側が発信しなかったからだ。
 東日本大震災は多くの犠牲を生み出したが、また学ぶことも少なくないはずだ。福島原発の危機で冷却用電源の確保や津波対策など多くの課題が明らかになったことで、今後の原発の安全対策に生かされる。今回の菅首相の感謝表明も「情報の発信」という点で画期的なステップだ。
 欧米の夫婦は日に何度も「アイ・ラブ・ユー」という。日本人からみたら少々滑稽かもしれないが、欧米社会では当然のことだ。相手のことを思って情報を発信することが重要だ。
 東日本大震災から1カ月が過ぎた。今後の復興の道も決して平坦ではないだろう。しかし、復興の一歩、一歩を世界に知らせていく努力が大切だ。それは支援を受けた者の義務だ。そして、復興プロセスを通じて「どのような事態でも負けず、乗り越えていく」という「希望」を世界に発信したいものだ。

天野IAEA事務局長の「口癖」

 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長には口癖がある。「全ての国際機関がそうであるように、IAEAも加盟国の意向に依存している」という発言だ。例えば、原子力の安全条約の強化問題でもそうだ。IAEAが原発の安全強化を一方的に加盟国に強制できない。順序が逆だ。加盟国からの要請を受けて、IAEA側が規約作成を主導し、加盟国の承認を受けるか、加盟国が提出した草案を理事会にかけて協議するしか選択肢はない。後者の場合、IAEAは文字通り、会議の場を提供するだけで発言権は加盟国にある。多くのケースはそれに当たる。
 天野氏の口癖は決して「敗北宣言」ではない。国際機関の現実だ。IAEAは単独で何もできない。だから、原子力安全条約の強化にしても、原発国の加盟国が経済負担を理由に難色を示した場合、実現が難しくなるわけだ。
 それだけではない。「原子力エネルギーの平和利用の促進」を掲げているIAEAに勤務する職員の問題だ。機関のソフト面だ。2000名を超える職員を有している花形機関だが、原発危機に対応できる能力を有しているだろうか。最近では、福島県飯舘村で検出された高濃度の放射性物質について、国際原子力機関(IAEA)と内閣府・原子力安全委員会との間で測量値の評価で対立が生じたばかりだ。
 優秀な人材は2、3年、キャリアを積んだ後、民間の原発機関に移るケースが多い。例えば、イラン、北朝鮮の核問題に精通していたハイノーネン前査察局長(事務次長)は希望すれば退職後も数年勤務できるが、高給料で米国の研究機関にスカウトされている。
 また、天野事務局長時代に入って職員との雇用契約で支障が出てきている。すなわち、「相対的に短期間の雇用契約が多くなった」からだ。そのため、職員の中には将来に不安を感じ、仕事に集中できないケースも出てきたという。
 職員の中には、アルコール中毒、上司との対立、セクハラ問題までさまざまな問題が生じている。もちろん、IAEAだけの問題ではない。高尚な国連憲章を掲げる国連の機関は程度の差こそあれ、その実態は生々しい人間集団だ(「国連は生々しい人間集団」2009年5月20日参照)。
 福島原発の危機を契機に、世界はIAEAに原発の安全監視を期待しているが、天野事務局長の口癖が証明するように、IAEAは国際機関としての限界を抱えているのだ。
 天野事務局長は先日、6月20日に原発安全性問題の閣僚級会議をウィーンで開催すると発表したが、原発大国フランスのサルコシ大統領は訪日時、「5月のG8(サミット主要国首脳会議)で原発の安全問題を議題とする」と発表し、先手を打っている。同大統領は「IAEAは加盟国の意向に答える下請け機関に過ぎない」ことを熟知しているわけだ。
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