ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2011年02月

イラク高官、レバノンに銀行口座

 オバマ米大統領は昨年8月31日、イラクでの戦闘終結を宣言する演説をし、今後はアフガンの対テロ戦略に重点を置くことを明らかにしたが、米軍のプレゼンスが縮小する中、イラクでは政府高官の腐敗と汚職が蔓延してきた。
 「マーリキー政権関係者の間で汚職、公金横領など腐敗が広がり、国際社会の対イラク支援資金が政府高官の海外銀行口座に振り込まれている」という。ウィーン在住のイラク人実業家が匿名を条件で語ったもの。
 同実業家は「マーリキー政権下では政府高官、事業請負業者などの汚職、横領が日常茶飯事だ。政府高官らは欧米諸国からの支援資金を着服し、レバノンの銀行口座などに移している。銀行の中にはヒズボラ系銀行も含まれている」という(ヒズボラは1982年、親イランのシーア派政党として設立された。イランから資金支援を受けて反米、反イスラエル活動を行っている)。
 その一方、「首都バクダッドでも1日数時間の電力しか供給されず、市民は政権への不満が溜まってきている。北部キルクークでも状況は変わらない」という。
 イラク国民運動(イラキヤ)の指導者イヤード・ アラウィ氏らは国民を動員してマーリキー政権の打倒に乗り出してきた。「イラクでもリビアやエジプトと同様、市民の民主化運動が起きるだろう」と予想する声も出てきた。
 実際、金曜日の25日、「怒りの日」と銘打った政府批判のデモがあり、北部モスルでは治安部隊の発砲で5人が死亡している。デモは、北はキルクークから南はバスラまで全土で行われた。首都バグダッドでは約2000人、バスラでは3000人がデモに参加したという。
 イラクでは昨年3月、議会選挙が実施され、同年12月20日になってやっと政党間で妥協が成立して第2次マーリキー政権が発足したばかりだが、国民からはもう退陣を要求されている有様だ。その主因は政権内の権力争い、政府高官の腐敗が挙げられている。もちろん、チュニジア、エジプト、リビアなど北アフリカのアラブ諸国で広がる民主化運動の影響も否定できないだろう。
 アフガニスタンのカルザイ政権内では腐敗が席巻、国際支援の多くが政府高官の個人の懐に流れていると指摘されてきたが、イラク政権内の高官の腐敗は「アフガンに似てきた」という。イラクが“第2のアフガン”の様相を深めてきたわけだ。

国の再生の鍵は「教育」だ

 このコラム欄で一度、言及したが、ウィーンにはアフガニスタンから難民として移住した元裁判官がいる。その裁判官は現在、市内のレストランで皿洗いをして家族を養っている。「戦争が続く故郷では家族を育てることができない」というのが欧州に移住してきた主要理由だ。その元裁判官に母国の現状をどのように感じてきたかを知合いを通じて聞いた。
 「わが国では60〜70%の国民が文字を読めない。新聞も本も読めない国民で溢れているのだ。だから、一部の人間が国民を騙し、管理することは非常に容易いことだ。政治家が腐敗していても大多数の国民は分らない」という。
 アフガンでは政府高官・官僚たちの汚職、腐敗は日常茶飯事といわれ、対アフガン国際支援の多くが政府高官や官僚たちの懐に流れている、というショッキングな報告書が公表されたばかりだ。独週刊誌シュピーゲルも「2007年以来、30億ドル以上の現金がカブール国際空港から国外に流れていった」という記事を掲載している。
 先日会見した駐オーストリアのパレスチナ自治政府代表のズヒェイル・エルワゼル大使も同じ様なことを語っていた。当方が「何がアラブ諸国の国民を民主化に目覚めさせ、犠牲をも厭わない反政府運動を引き起こさせているのか」と聞いた時、その代表は「中東のアラブ諸国では独裁政治が久しく続き、国民経済は一部の支配階級だけにその恩恵を与え、大多数の国民は貧困に陥り、失業し、未来への展望もない。特に、若いアラブ人たちは飢え、渇き切っている。彼らは西欧社会では当然の民主主義、公平な選挙システム、言論の自由、そして人権尊重する社会に飢えているのだ。その飢えがこれ以上忍耐できない点まできたのだ」という。教育を受ける機会も働く場所も無く、未来への展望もない日々だったのだ。
 また、パレスチナ自治政府内でも腐敗が絶えないという。富の独占だけではなく、教育も一部のエリート層だけが享受し、大多数は初等教育もままならない有様だ。
 独裁政権が崩壊したチュニジアから数千人の若者たちが今月9日以降、欧州での仕事を求めて地中海のペラージェ諸島にあるイタリアの最南端の島ランべドゥーザ(Lampedusa)に殺到したばかりだ。
 多くの難民が自国で教育を受け、雇用の場を開拓できるようになれば、他国へ生活の糧を求めて漂流する必要はない。国の建設にも参画できる。よく言われることだが、「国の再生は国民教育の向上にかかっている」と痛感せざるを得ない。

中東アラブの「動乱」と北外交官

 北朝鮮では、チュニジア、エジプト、リビアなど北アフリカ・中東アラブ諸国で進行中の国民による民主化運動は報じられていない。韓国がビラなどをまき、北の国民にそれらの情報を知らせようとしているため、北側は国民の監視を強めている。
 ところで、海外駐在する北外交官、ビジネスマンらは当然のことながらエジプトの政変もリビアの動乱も現地のメデイアなどを通じて知っている。目を閉じ、耳をふさいで生活するわけにはいかないから、彼らはわれわれと同様、中東アラブ諸国の独裁者の運命を知っている。情報が閉鎖された北で生活する国民とは明らかに異なる。
 それでは、海外駐在の北外交官やビジネスマンは現在、どのような思いを抱きながら生活しているのだろうか。その辺のことを知りたいと思い、知人の北外交官にそれとはなく聞いてみた。以下はその会話の概要だ。

 ――エジプトやリビアの情勢は北では報道されていない、ということは事実か。
 「国営メディアは報道していないね」

 ――中朝国境に近い北朝鮮新義州で18日、住民数百人と当局が衝突したと報じられています。
 「韓国のメディアだろう。しかし、その記事が事実かどうかは判断できない」

 ――エジプトやリビアのような国民の反政府デモは北でも起きる可能性があるのではないか。
 「理論的にいえば、どの国でも反政府デモは発生する可能性がある。ただし、わが国では考えられないことだ」

 ――食糧、電気不足で国民の不満は高まってきているのではないか。
 「国民の生活が厳しいことは事実だが、反政府デモは考えられない」

 ――チュニジアでは若い青年が自殺して政府に抗議しました。それが契機となって反政府デモが発生し、独裁者の追放につながったわけです。
 「わが国のシステムは中東アラブ諸国とは違う」

 ――国の統制がもっと厳しい、という意味ですか。
 「まあね」

 ――北朝鮮は過去、エジプトやリビアなどのアラブ諸国と良好な関係を構築してきたが、それらの独裁政権の崩壊は北にとって経済的ダメージはないか。北にとってどのアラブ諸国の崩壊が最もダメージがあるか。
 「どのアラブ諸国の崩壊がわが国にとってダメージが大きいかといった質問は意味がない。とにかく、わが国は目下、中東アラブ諸国の動向を注視しているという段階だ」

 ――ところで、北朝鮮は第3回目の核実験を準備しているといわれている。
 「どうして外部の人間や国が『わが国の核実権が近い』と予想できるのかね。自分は分らない」

 ――第1、第2の核実験後、国際社会の対北制裁は強化された。第3の核実験は北の経済復興にとってマイナスではないか。
 「対外貿易など経済関係からみれば、いかなる軍事行動もプラスとはいえないね」

 ――金正日労働党総書記はお元気ですか。
 「国営TV放送を見る限り、健康で活躍している」

 ――金総書記は軍部も主管しているか。
 「総書記は軍部を完全に掌握している」


 読者の中には「当方氏はどのようにして北外交官と接触し、話しているのか」と不信を抱かれる人がいるかもしれない。海外駐在の北外交官が日本人ジャーナリストと頻繁に会い、会話することは不可能だ、という疑問だ。答えは「その不信はもっともだ。北外交官がジャーナリストと接触し、それが当局に発覚した場合、生命にもかかわる危険が出てくる」からだ。
 そのため、当方はその知人との会談内容を紹介する場合、名前はもちろんのこと、会話内容も必要に応じて省略したり、一部訂正していることを報告しておきたい。
 ちなみに、昨年、アジア地域の北外交官や欧州経済担当幹部が韓国に亡命したが、海外駐在の北外交官、ビジネスマンたちは現在、心の落ち着かない日々を過ごしている。

「国の宗教」はそのGDPにも匹敵

 英国のトニー・ブレア元首相は「一国の信仰(宗教)はその国の国内総生産(GDP)と同様、重要だ」と述べた。バチカン日刊紙オッセルパトーレ・ロマーノは22日付で、メキシコのモンテレイ市の技術研究所で語った元首相の講演内容を伝えた。
 ブレア氏は「政治と経済の関連を理解する上で宗教的要素は重要だ」と指摘、実例として中東諸国を挙げ、「そこでは宗教が政治・社会改革で決定的な影響を与えている」と主張、その上で「欧州でもユダヤ教・キリスト教文化は大きな比重を占めている」と強調している。
 ブレア氏の発言内容を読んだ時、内村鑑三の言葉を思い出した。内村はその著書「代表的日本人」の中で「人間の最大関心事は宗教であります。正確に言うならば、宗教のない人間は考えられません」と語っているのだ。
 当方は内村の自信溢れる言葉に驚きを感じたが、「一国の宗教(信仰)がGDPと同様、重要だ」と指摘し、「宗教が文化の鍵を握っている」と強調したブレア発言にも新鮮な感動を覚えた。
 ところで、欧州連合(EU)外相理事会は21日、ブリュッセルで開催され、激動するリビア情勢とその対応について協議された。理事会の内容はメディアで既に報じられたが、メディアが報じなかった別の重要な議案があった。「世界各地で迫害されるキリスト者の『信仰の自由』を擁護する共同声明文」の採決問題だ。
 同協議は3週間前にも話し合われたが、草案に「迫害されるキリスト信者の信仰の自由」を明記するか、「宗教の自由の擁護」といった表現に留めるかで加盟国間で意見がまとまらなかった。しかし、今回、「キリスト信者の信仰の自由擁護」も記述された声明文が採択されたのだ。欧州がキリスト教文化に属し、その「信仰の自由」を擁護することが義務であると内外に改めて表明したわけだ。その意味で、ブレア発言に通じるものがある。
 さて、日本はどうだろうか。政治家が「信仰の自由」擁護のために立ち上がった、ということは久しく聞かない。「宗教は個人の生活領域に属するもので、国家はそれに干渉しない」という基本方針があるからだろう。
 しかし、欧州諸国でも「宗教と政治」は分離されている。それでも、「宗教の自由」の重要性は認識されている。だから、外相理事会で「信仰の自由」を擁護する共同声明文が採択されたのだ。
 「一国の信仰はそのGDPと同様、重要だ」というブレア発言を日本の政治家から聞くことができる日はくるだろうか。

【短信】

カダフィ大佐の化学兵器使用と暗殺計画

 西側情報機関筋によると、米国は現在、リビアのカダフィ大佐が反体制グループに追い込まれた場合、起死回生のために化学兵器を使用する可能性があると深刻に懸念している。
 リビアは2003年12月、米英両国との間で大量破壊兵器(WMD)の全廃で合意したが、化学兵器の破棄に関してはこれまでその合意を履行していないという。そのため、米国は、カダフィ大佐が反体制派の攻撃を受け守勢を余儀なくされた場合、化学兵器を使用する危険性があると予想している。
 ちなみに、過去、イラクのフセイン大統領が国内のクルド人に対して化学兵器を使用して大量虐殺を行ったことがある。
 西側情報機関筋は「化学兵器の使用を防止するため、米国は精鋭の特殊部隊を送り、カダフィ大佐を暗殺するシナリオも検討している」という。

パレスチナ人代表の「主張」

thumbDi_620090116152005 在ウィーンのパレスチナ自治政府代表、ズヒェイル・エルワゼル大使(Zuheir Elwazer)と23日、駐オーストリアのパレスチナ代表部内で会見した。主要テーマは米オバマ政権の中東和平政策と中東アラブ諸国の民主運動の動向だ。
 以下は一問一答の要旨だ。
 (写真はパレスチナ代表部提供)

 ――米オバマ政権は18日、パレスチナ領域でイスラエルの入植活動の即停止を要求した国連安保理決議案に拒否権を行使した。

 「そのニュースが流れると、パレスチナ人社会で大きな失望が飛び出した。パレスチナ人はオバマ大統領の中東和平政策に大きな期待と信頼を置いてきた。だから、その失望も深い。安保理決議案の否決が伝わった日、パレスチナでデモが起き、イスラエルで国民たちが踊り出した。米国の拒否権発動はパレスチナ人にとって痛みとして今後も残るだろう。米国の中東政策は決して中立ではなく、イスラエルを支持していることが端的に示されたからだ。繰り返すが、イスラエルは入植政策を即中止すべきだ。さもなければ、パレスチナの和平プロセスは死んでしまう。オバマ政権はイスラエルの入植政策を中止させるか、和平プロセスを中断するかの二者択一を迫られているのだ。両者にいい顔をすることはできない」

 ――テーマを中東アラブ諸国で拡大してきた民主化運動に移す。チュニジア、エジプト、そして現在、リビアで国民の民主化運動が展開している。何がアラブ諸国の国民を民主化に目覚めさせ、犠牲をも厭わない反政府運動を引き起こさせているのか。

 「中東のアラブ諸国では独裁政治が久しく続き、国民経済は一部の支配階級だけにその恩恵を与え、大多数の国民は貧困に陥り、失業し、未来への展望もない日々を送ってきた。特に、若いアラブ人たちは飢え、渇き切っている。彼らは西欧社会では当然の民主主義、公平な選挙システム、言論の自由、そして人権尊重する社会に飢えているのだ。その飢えがこれ以上忍耐できない点まできたのだ」

 ――アラブの盟主エジプトではムバラク政権が崩壊した。近い将来、民主的な選挙が実施される予定だが、イスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」が政党として旗揚げしたばかりだ。欧米諸国では「ムスリム同胞団」が政権を掌握するのではないかと懸念している。

 「『ムスリム同砲団』が政党として登録したことはいいことだ。同胞団が次期選挙で第一党となるかどうかはエジプト国民が決定することで、われわれは干渉できない。『ムスリム同胞団』がイスラム過激派グループとは受け取っていない」

 ――「ムスリム同胞団」はパレスチナ過激派勢力「ハマス」の母体だ。ハマスが今後、エジプトの同胞団の言動に鼓舞されて、その活動を活発化することが予想される。

 「われわれは今年7月、議会選挙を行う。ハマスも政党として参加し、合法的な政治システムに統合すべきだ。パレスチナ自治政府とハマスの間ではさまざまな対立があることは事実だが、ハマスが合法的な政党として活動する限り、われわれは話し合う用意がある」

 ――日本を含む国際社会への要望は。

 「特に、日本政府に対しては感謝している。今後は財政支援だけではなく、世界の主要国として政治的貢献をも期待している。現在、パレスチナ国家の認知、1967年の国境線の尊重、等を主張している。いずれにしても、われわれは国連総会に主権国家承認に関する決議案の提出を検討中だ」


【エルワゼル大使の略歴】1947年、パレスチナのアルラムラハ(Alramlah)生まれ。1965年にガザ地区のファタハ運動に参加。80年から95年までパレスチナ民族評議会(PNC)メンバー、95年から2005年までヘルシンキのパレスチナ総使節団責任者などを歴任した後、05年から駐オーストリアのパレスチナ代表部責任者(大使)兼在ウィーン国際機関代表責任者

ウィーンとカダフィ大佐の息子

 リビア情勢が緊迫の度を深めてきた。40年以上の長期独裁政権を堅持してきた最高指導者カダフィ大佐は退陣を拒否しているが、同大佐の退陣と民主化を求める国民の声は日増しに高まっている。
 ところで、音楽の都ウィーン市がリビアの独裁者ファミリーと深い関係を維持してきたことは案外、知られていない。カダフィ大佐というより息子、セイフ・アル・イスラム・カダフィ氏(Saif al-Islam Qadhāfī)との関係は長い。
 セイフ氏(38)は1998年から2000年までウィーン大学で経済学を学んでいる。同氏はトリポリからホワイトタイガー2頭を留学先のオーストリアまで運んできたため、オーストリア側はその対処に苦慮した。また、ウクライナの若い女性が07年、セイフ氏の別荘の窓から墜落するという事件が発生している。セイフ氏のオーストリア滞在中にはいろいろな難事が生じたが、深刻な外交問題まで発展しなかった。背景にはオーストリア極右政党「自由党」党首だった故イエルク・ハイダー氏(08年10月、交通事故死)との人脈があったからだ、といわれている。

 当方は02年と04年の2回、ウィーンでセイフ氏と単独会見をしたことがある。04年10月の時は、ハイダー氏主催の歓迎会に姿を見せたセイフ氏と15分余り、会見した。知人の中東テロ問題専門家、アミール・ベアティ氏が仲介してくれたので会見はスムーズにいった。
 当方は当時、大量破壊兵器(WMD)全廃宣言をした直後のリビア外交を中心に質問した。興味深かった点は、セイフ氏が北朝鮮の核問題について懸念を表明したことだ。取材ノートからその部分を紹介する。

 ――リビアは03年12月、WMD全廃宣言後、欧州諸国との関係改善に乗り出している。リビアの友邦国・北朝鮮の核問題をどのように見ているのか。
「かなり昔だが、父に随伴して北朝鮮を訪問し、故金日成主席と会見したことがあるが、わが国と北朝鮮は久しく良好な関係を堅持してきた。同国の核問題については懸念している。北朝鮮が米国などから体制維持への具体的な保証を得るなら、同国は核開発計画を断念すると確信している。安全が保障されるならば、平壌は核問題でもっと柔軟に対応できるはずだ」 

 セイフ氏はポップ・スターのように取り巻きや関係者から大歓迎されていた。同氏との会見は英語だったが、セイフ氏の声が聞き取れないほど、歓迎会場は騒々しかったことを思い出す。

 さて、そのセイフ氏は20日、リビア国営テレビを通じて「反体制運動に対しては最後まで戦う」と表明、武力鎮圧の方針を強調したという。
 政府側の武力行使で数百人の犠牲者が出ている。これ以上の犠牲者を出すべきではない。セイフ氏の勇断を期待する。

「シスター・インターネット」の蹉跌

 以下の話は、オーストリア国営放送が英日刊紙テレグラフの記事として紹介したものだ。

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 スペインのローマ・カトリック教会修道院に35年間、奉仕してきた修道女がこのほと修道院から追放されたという。その理由はフェースブック(Facebook)だ。
 54歳のマリア・イエズス・ガラン修道女は、サント・ドミンゴ・エル・リアル修道院で10年前、コンピューターの使用が許可されて以来、修道院の古文書や関連文書をデジタル化し、会計もオンラインバンク・システムを利用するなど、IT技術を駆使して奉仕してきた。
 その結果、2008年には「シスター・インターネット」とまで呼ばれるようになったが、修道女の名声が修道院を越えて広がっていった結果、同修道女のフェースブックには多数の人々からメールが入り、他の修道女の怒りを買うなど、通常の修道院生活が難しくなってきた。
 そのため、同修道女は修道院から出て行き、現在、実母の家に住んでいるという。しかし、これで話は終わらない。
 同修道女が修道院から追放されたことが伝わると、修道女の人気はさらに沸騰し、同修道女のフェースブックは破裂寸前だというのだ。
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 今年に入ってチュニジア、エジプトを皮切りに北アフリカ・中東諸国で民主化運動が拡大しているが、「フェースブック」などソーシャルネットワークが独裁政権下で弾圧されてきた国民を鼓舞し、運動に動員させているとして、欧米メディアは「フェースブック」の威力を高く評価したばかりだ。
 確かに、IT技術は全ての壁や境界線を乗り越え、未知の人々を繋いでいく力を有していることは間違いない。
 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世も「IT技術を良き目的のために積極的に利用すべきだ」と語ってきた。修道院から追われたスペインの修道女はその模範例だったわけだ。
 しかし、同修道女の場合、社会から隔離された場所で冥想し、神に奉仕する修道院生活にフェースブックが侵入し、閉鎖された空間が破れ、喧騒した外の世界が広がっていったわけだ。
 どのような「宗教」にも一定の閉ざされた世界(空間)がある。ローマ・カトリック教会のサクラメント(秘跡)は聖職者と信者間の信頼の上で成り立つ宗教行事だ。それをIT技術を駆使して能率化することは難しいだろう。
 最近では、米国の一部メディアが「カトリック教会はiPhoneによる告解を認める方針だ」と報じたが、バチカン法王庁のロンバルディ報道官が「iPhoneによる告解は認められない」と即否定する、といった騒動が起きたばかりだ。
 「シスター・インターネット」と呼ばれたスペインの修道女の蹉跌は、「宗教の有する閉鎖性」と「IT技術」の共存の難しさを教えている。

「エデンの東」の住民たち

 北アフリカ・中東諸国の民主改革の先頭を切ったチュニジアから3000人以上の若者たちが今月9日以降、欧州での仕事を求めて地中海のペラージェ諸島にあるイタリアの最南端の島ランべドゥーザ(Lampedusa)に殺到している。
 それに対し、イタリア政府は12日、非常事態を宣言する一方、「一国で解決できる問題ではない」として、北アフリカ難民の対応について他の欧州諸国の連帯を求めている。
 イタリアの海岸にボートで到着した一人のチュニジア人青年は「わが国には仕事がない。家族を養うためには欧州で仕事を見つけたい」と悲壮な表情でイタリアのジャーナリストに語っていた画面がTVのニュースに流れていた。
 アラブ諸国の民主化運動は独裁政権に終止符を打ったが、同時に大量の経済難民も生み出す切っ掛けとなっている。その懸念が既にイタリアでは現実問題となっているわけだ。考えてもみてほしい。人口約5500人のランべドゥーザ島に数千人の北アフリカ難民が殺到しているのだ。
 当方が住むオーストリアも冷戦時代、「難民収容所国家」と呼ばれ、旧ソ連・東欧諸国から200万人余りの難民が殺到してきた。彼らの一部はそのままオーストリアに留まり続けた。当時の難民は多くは政治難民だったが、最近は経済難民が主流となってきた。
 ウィーンの日本レストランにアフガニスタンから来た難民が皿洗いをしている。彼はカブールで裁判官を務めていたインテリだ。だから、職場のレストラン仲間からは「Herr Doktor」と呼ばれているという。元裁判官氏いわく「戦争が続く国で家族を養うことはできないと考え、7年前、ウィーンに逃げてきた」というのだ。
 ところで、難民の発生は決して新しい社会現象ではない。昔から「難民の街々」と呼ばれていた地域があった。現在のヨルダン地域に当たる。神から追放されたカインの末裔が住む地域だ。
 アダムとエバの間に2人の息子がいたが、兄カインが弟アベルを殺害したことが明らかになると、神はカインに「エデンの東に行け」と追放したという話が旧約聖書の創世記に記されている。それ以来、「エデンの東」は神から追われた難民が住む地域となったのだ。
 「エデンの東」といえば、エリア・カザン監督、ジェームズ・ディーン主演の映画(1955年)を思い出す人が多いだろう。米作家ジョン・スタインベックの同名小説を映画化したものだ。カインとアベルの話を現代風に描いたストーリーだ。
 いずれにしても、カインの末裔であるわれわれはチュニジアの青年やアフガニスタンの元裁判官と同様、「エデンの園」に戻ることを夢見る難民なのだ。

迫害されるキリスト者の保護問題

 イラクから30人のキリスト教徒が17日、同国内のシーア派イスラム教徒の迫害から逃れれるためにウィーンに避難してきた。
 イラクのキリスト者救済計画はオーストリア内務省のマリア・フェクター内相のイニシアティブに基づく。30人はヨルダンのアンマン、シリアのダマスカス経由でバグダッドからウィーンに到着した。彼らは今後、オーストリア国内で教育や統合するための訓練を受けることになる。
 オーストリアのシュビンデルエッガー外相 (Spindelegger)は「迫害されてきたキリスト信者たちに安全な将来の戸が開かれたことは喜ばしい」と述べる一方、「長期的には、キリスト教徒だけではなく、全ての宗教人が迫害なく自由にその信仰を実践できるようにすることがわれわれの目標だ」と語り、第3国が迫害される宗教者を受け入れることは決して真の解決策とはならないと強調、「イラクのキリスト者も自国内でその信仰を実践できるように、オーストリア政府も今後、欧州連合(EU)のレベルで努力していくたい」と述べた。
 同外相は昨年11月、イラク政府に対し「自国内の少数宗派キリスト教徒への迫害に目を瞑っている」として批判したばかりだ。
 戦争前に約85万人いたイラクのキリスト教信者(同国人口約3%に相当)は今日、半分以上が国外に避難し、同国南部ではもはやキリスト教のプレゼンスはなく、首都バグダッドと同国北部にかろうじてキリスト教社会が生きのびているだけだ。
 イラク北部モスルでは2008年3月13日、武装集団に殺害されたカルデア典礼カトリック教会のパウロス・ファライ・ラホ大司教の遺体が見つかっている。
 同国北部キルクークのルイス・サコ大司教は「イラク国内の少数宗派への迫害が継続する今日、キリスト者にとって希望がない。キリスト者は最も容易に犯罪グループの襲撃の対象となる。イラク治安関係者はキリスト者の安全にあまり関心がない。国際社会はイラク政府に圧力を行使して、キリスト者の保護を要求すべきだ」と語っている。
 なお、EU外相会議は21日、ブリュッセルで「宗教の自由」に関する声明文作成について協議するが、それに先立ち、欧州カトリック司教会議(CCEE)は17日、「世界でキリスト者が最も迫害されている。だから、“迫害されるキリスト者”と明記した『宗教の自由』声明文を作成してほしい」と要求している。

ウィーン国連職員の“ひげ争い”

 チュニジアから始まった北アフリカ・中東アラブ諸国の民主化運動はアラブの盟主を誇示してきたエジプトのムバラク大統領が辞任したことで大きな成果を挙げたばかりだ。そして今日、その民主化の嵐はリビア、イエメン、アルジェリアなどの他のアラブ諸国にも波及してきたが、音楽の都ウィーンでも民主化運動が起きているのだ。
 誤解を避けるために説明すると、ファイマン政権への国民のデモではない。ウィーンの国連職員の抗議デモが進行中なのだ。
 もう少し説明する必要があるだろう。国連警備担当の職員が上司の命令に異議を唱えて抗議しているのだ。
 そこで警備担当職員の抗議の経緯を掻い摘んで説明する。一人の警備職員がひげを生やして職務についていた時、上司が「ひげを剃りなさい」と要求。職員は「剃りたくない」と反論。上司は「剃らなければ処罰だ」と強調し、「ひげ剃り」を強要したのだ。
 そのことを聞いた他の警備担当の男性職員が「個人の権利を否定する上司の姿勢は受け入れられない」ということから、十数人の男性職員が朝、ひげを剃らずに出社し、勤務につき、上司に抗議中なのだ。
 国連職員の間で「ひげの抗議」と呼ばれる運動は既に1週間が過ぎだ。「上司は今、抗議の強さに驚いている。あと1週間もすれば、上司は『ひげ剃り』の命令を撤回するだろう」(警備担当国連職員)という。
 300人以上の犠牲者を出したエジプトの民主化運動とは次元が異なるが、警備担当の国連職員にとって上司の「独裁的態度」は絶対に甘受できないのだ。
 ウィーンの国連内でひげぼうぼうの警備職員をみたら「不精ひげ」といって批判しないでほしい。彼らにはそれなりの事情があるのだから。
 ちなみに、独語の日常会話で「Das ist ein Streit um des Kaisers Bart」というのがある、直訳すれば、「それは皇帝のひげをめぐって争うこと」だが、「それは下らない争い」という意味が含まれている。


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