ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2010年12月

ロ、国後島訪問を中国に事前通達

 知人の駐国連機関のロシア外交官がポツリと語った。
 「日本大使(河野雅治駐ロシア大使)の更迭はロシア外務省にとっても予想外だったよ」という。
 ロシアのメドベージェフ大統領が11月1日、北方領土の国後島を訪問したことは日本外務省にとって「青天の霹靂」だったという。そのため、「なぜ、大統領の訪問計画を事前にキャッチできなかったか」というわけで、外務省内で喧喧諤諤の議論が行われた末、犯人探しが始まり、結局、モスクワ就任2年にもならない河野大使の更迭となった。
 メドベージェフ大統領は昨年9月下旬の段階で北方領土を訪問する意思を表明していたが、日本側は最後まで「両国関係を悪化させる北方領土訪問は考えられない」と判断していたというから、河野大使の「判断ミス」というより、「日本外務省のミス」といった方が事実に合致するかもしれない。

 このコラム欄ではロシア外交官から聞いた話の一部を紹介する。

 「メドベージェフ大統領は日本側の反応に少々驚いている。だから、『ロシアの北方領土政策に変更はまったくない。わが国の領土だ』と重ねて主張し、河野大使個人の情報収集能力不足云々は意味がないことを強く示唆している」

 「大統領は北方領土の訪問直前、中国政府に通達している。わが国と中国両国は戦略パートナーシップを締結している。その協定に基づき、わが国は領土問題で日本に圧力を行使することで中国側と合意済みだ。その意味で、大統領の北方領土訪問は中国との戦略工作の一環といえる」

 「もちろん、12年の大統領選を意識した大統領の政治的パフォーマンスという解釈も成り立つ。なぜならば、プーチン首相も北方領土を訪問した初のロシア政治家という名誉を密かに狙っていたからだ」

 以上、ロシア外交官の話を聞く限りでは、メドベージェフ大統領の国後島訪問は、河野大使の「情報収集能力不足」「外務省の判断ミス」という次元の問題ではなく、ロシアと中国両国の「対日戦略」に基づいた「軍事工作」という側面も浮上してくる。

イスラム過激派と極左の共同戦線

 欧州で極左過激派グループの動きが再び活発化してきた。クリスマス・シーズンにイスラム過激派テログループのテロを警戒してきた欧州で23日、小包爆弾がイタリア・ローマのスイスとチリ両大使館で爆発し、2人の負傷者が出たが、イタリアの極左過激派グループ「非公式な無政府主義者連盟」(FAI)が犯行声明を出し、そこで「今後も破壊活動を実施していく」と宣言している。FAIは昨年12月のミラノで起きた爆弾事件でも犯行声明を出している。イタリア警察当局は無差別テロ事件として警戒を強めている。
 それに先立ち、ギリシャで先月、アテネのスイス大使館などに爆発物入りの小包が届いた他、ギリシャからサルコジ仏大統領、ベルルスコーニ伊首相、メルケル独首相など宛てに同じ様な爆弾小包が届けられるという事件があったばかりだ。例えば、独連邦首相官邸に11月2日、爆発物の入った小包が見つかり、警察の爆発物処理班が処理している。
 また、独日刊紙ターゲスシュピーゲル紙(電子版12月19日)によると、極左過激派雑誌インテリム(Interim)の最新号は「アンチ観光業キャンペーン2011」計画を掲載し、外国人旅行者をターゲットとした過激な活動を呼びかけている。
 独連邦憲法保護局は極左過激主義について「その政治的言動は革命的マルクス主義か無政府主義的世界観に基づいている。彼らは現行の国家や社会秩序の代わりに社会主義的、共産主義的システムか、無支配者の無政府社会を追及している」と分析している。ちなみに、同国で極左過激派によると見られる暴力件数は09年度は1096件で、前年度の701件から急増した。
 欧州で極左過激派グループが再び活発化してきた背景について、イラク出身の中東テロ問題専門家アミア・ベアティ氏(Amir Bayati)は「欧州の極左過激派グループは旧ソ連邦の崩壊後、資金源を失い、急速に弱体化していったが、ここにきてイスラム・テログループから資金提供を受けて活動を活発化してきている。主要資金源はサウジアラビアのワッハープ派で、彼らはムスリム同胞団を支援し、そこから欧州の極左過激派にも資金が流れている。イスラム過激派と極左過激派は反帝国主義という名目で手を結んできたので、来年はテロ活動が拡大する危険性がある」と分析している。

朝鮮半島平和実現のための「祈り」

 北朝鮮軍の韓国・延坪島砲撃後、朝鮮半島で戦争勃発の危険が高まってきたが、ローマ・カトリック教会総本山のバチカン法王庁は朝鮮半島の戦争回避のため、南北両国の自制を求める一方、世界の信者たちに朝鮮半島の平和実現のための「祈り」を呼びかけている。
 ローマ法王べネディクト16世は25日、慣例のクリスマス・メッセージで世界の平和のために祈りを捧げたが、中東和平の実現と共に朝鮮半島の平和のために祈ったばかりだ。北の砲撃を受けた延坪島の聖堂でも24日、平和を祈るミサが開かれたという。
 韓国の李明博大統領は27日、ラジオ演説の中で「戦争を回避するためには戦争を恐れてはいけないない」と述べ、国民に団結を呼びかけたが、戦争回避の手段としては、政治、外交、軍事的な努力は当然だが、「祈り」もその中に入るだろう。
 ちなみに、トルクメニスタンで今年、「祈りが禁止された」という情報が流れたことがあったが、邪心のない素直な祈りは世界を動かすといわれる。逆に、独裁者は国民の「祈り」を極度に警戒しているものだ。
 メデイアでは報じられなかったが、世界基督教統一神霊協会(通称・統一教会)の創設者、文鮮明師は世界の信者たちに「朝鮮半島で戦争勃発の危険が高まっている。戦争回避するために祈祷を捧げよう」と述べ、韓国の麗水で祈祷集会を開き、世界から統一教会信者たちが集まったという。
 世界の全ての宗教人が朝鮮半島の平和と統一のために祈りを結集すれば、その力は核兵器をも凌ぐパワーとなるだろう。
 なお、ローマ法王ベネディクト16世は2011年度1月1日の「世界平和の日」のテーマを「信仰の自由、平和への道」と決定したが、朝鮮半島の平和実現は全ての宗教家たちの大きな課題でもある。

急変する欧州の王室

 欧州の王室では来年、2組の結婚式が予定されている。モナコの大公アルベール2世(52)は7月、南アフリカの元五輪水泳選手シャーリーン・ウィットストックさん(32)と結婚する。それに先立ち、英国で4月、ウィリアム王子(28)とケイト・ミドルトンさん(28)の結婚式がウェストミンスター寺院で挙行される。同国では既にロイヤル・ウェディング・ブームだ。気の早い経済学者はロイヤル・ウェディングの経済効果を算出しているほどだ。同時に、王位継承順位第2のウィリアム王子が父親のチャールズ皇太子に代わり、エリザベス女王の後継者(皇太子)に就任すべきだといった声も国民の間で聞かれる。
 スウェーデンでは今年6月に平民出身のダニエル・ウェストリング氏と結婚したヴィクトリア王女の国民的人気が高い一方、女性問題でスキャンダルが発覚し、人気を落としたカール16世グスタフ国王の退位を要求する声が高まっている。「ヴィクトリア王女が女王に就任すべきだ」という世論調査結果が公表されるなど、王室は揺れている。
 デンマークではフレデリック皇太子の后、オーストラリア出身のメアリー妃の“モード狂”が国民の間で批判を呼んでいる。また、女王マルグレーテ2世のご主人、ヘンリック殿下(フランス出身)は今なお、デンマーク語が流暢に話せないことから、国民の間では人気がもうひとつだ。
 スペインの国王フアン・カルロス1世は2007年11月、チリで開催されたイベロアメリカ首脳会談で自国の前首相を批判するベネズエラのチャべス大統領に対し「黙れ」と一括して男を上げた。一方、フェリベ皇太子夫婦の危機説が流れている。レティシア妃は離婚暦のある国営放送ニュースキャスターだったこともあって、結婚後もいろいろと噂が絶えない。
 オランダの王室は日本の皇室と関係が深い。4年前、皇太子様ご家族がベアトリックス女王のお招きでオランダで静養されたことがある。今年9月はアレキサンダー皇太子が日本を訪問、天皇・皇后両陛下と夕食を共にされた。なお、皇太子ご夫妻は目下、マキシマ皇太子妃の出身国アルゼンチンで休暇を過ごされている。
 ノルウェーのホーコン皇太子と2001年8月に結婚したメットマリット妃の場合、シングルマザーで麻薬摂取歴があるだけに、結婚前に批判があったが、不祥事を国民の前に告白したことから国民の間で人気が急上昇した話は有名だ。国民はメットマリット妃を「現代のシンデレラ」と呼んでいる。
 いずれにしても、日本の皇室とは異なり、欧州の王室には少々人間臭さが漂っている。ちなみに、欧州の王室に入った皇太子妃はいずれも平民出身で大学を卒業している。一昔前は多くの皇太子妃は高等教育を受ける機会もなく、20歳前に王室入りしていた。

北のウラン濃縮技術を侮るな

 米国の核専門家ジグフリード・ヘッカー博士(スタンフォード大国際安保協力センター所長)は先月訪朝し、北朝鮮でウラン濃縮施設を視察した。同博士によると、「遠心分離機は近代的な制御室を通じて統制されていた」と驚きをもって報告している。
 北朝鮮がウラン濃縮関連活動を密かに進めていることは米国も知っていたし、北側も以前、「ウラン濃縮関連活動を行っている」と表明したことがある。その意味で、北側が今回、ウラン濃縮活動を認めたとしても驚きに値しないが、問題はその水準だ。
 欧米核学者たちは「北朝鮮は高度な技術を必要とするウラン濃縮活動を実施できるか」という素朴な疑問を感じている。「世界から孤立し、その科学技術の水準も欧米諸国からみたら十分ではない国が先端技術の遠心分離機を操業しながらウランの濃縮活動を実施することは難しい」という判断があるからだ。例えば、音速の2倍近いスピードで回転する遠心分離機の電力を一定にするため高周波変換装置などが不可欠だ。核再処理施設を通じて核兵器用のプルトニウムを生産する工程よりもっと複雑な技術が要求されるから、当然の判断かもしれない。
 北朝鮮が最初の核実験(2006年10月)を行った直後の欧州の科学者の反応を紹介しよう。独物理学者は「北朝鮮の核実験は核実験ではなく、通常TNT爆弾を利用した偽装実験の可能性が高い」と主張する。なぜならば、「あの程度の規模はTNT爆弾でも可能だし、米国が後日測定したという大気中の放射性物質も意図的に放出することができる。北朝鮮の山脈には自然ウランが豊富だ」という。
 北朝鮮で2004年4月、龍川駅構内大爆発事件が起きたが、包括的核実験禁止機関(CTBTO)が公表した爆発規模はマグネチュード3・6だった。北の第1回目の核実験の規模はそれより小規模だったのだ。だから「北朝鮮の核実験は偽装爆発」という推測が出てくるわけだ。その背景には、「貧困と飢餓に直面している国で核実験は難しい。それだけの高度な核技術がないからだ」という考えがあるからだ。
 北朝鮮の核関連技術水準を考える上で、パキスタンのウラン濃縮活動と核実験成功は大きな教訓を与えている。欧米諸国は当時、「パキスタンではウラン濃縮活動を実施できる国力、技術力がない」と即断し、カーン博士がパキスタン当局の要請を受け、欧州からウラン濃縮関連技術や器材を密かに購入している事実を掴まえながらも、パキスタンの核計画を見逃してしまったのだ。「カーン博士と核の国際闇市場」を記述したダグラス・フランツ、キャスリン・コリンズ著の「核のジハード」(作品社)を一読すれば、その辺の状況が良く理解できる。
 北朝鮮がカーン博士からウラン濃縮関連技術を入手したことは知られている。北朝鮮のウラン濃縮関連技術を侮ってはならないだろう。遅かれ早かれ、北はプルトニウム爆弾ではなく、今度はウラン爆弾の核実験を行うだろうと考えられる。
 国際原子力機関(IAEA)の北朝鮮担当査察官が「北の核関連技術は西側で考えられている以上に進んでいる。機材や関連物質の不足を独自の技術で克服している」と語っていたことを思い出す。

素晴らしき遺伝子!

 人は年を取ると感動する機会が少なくなるという声も聞くが、本当だろうか。感動は年齢と関連しているとは思えない。年を取れば、経験を積む分、「新しい」という理由から感動することは確かに少なくなるかもしれない。しかし、感動は決して「新しい」とか「初めて」という理由だけで生じるものではないだろう。同じ様な状況下に同じ様な事が生じたとしても、人は感動するからだ。
 前口上はこれぐらいにしておいて、「人はどの時に最も感動するのだろうか」を考えてみた。
 はっきりしていることは、他者のために尽くす人を目撃したり、友人のためにその命をも捨てることができる人に出会った時、人は大きく感動する。
 当方が知り、学んだ範囲でもそのような人がいる。アウシュビッツで家族持ちの収容者を救うために、代わりに自ら死を申し出たマキシミリアノ・コルベ神父(当時46歳)の話はご存知だろう。同神父の話を何度も聞いたが、聞く度に感動を新たにする。「感動」は繰り返しで消耗するものではない。最近では、今年、生誕100年目を迎えた、貧者の救済のために生涯を歩んだカトリック教会修道女、マザー・テレサ(1910年〜97年)の生き方も感動を与える。
 聖人や宗教者の話だけではない。線路に落下した人を救うために自ら犠牲となった青年の話を聞いたことがある。その青年は瞬間の判断で他のために犠牲となった。その前、何を考えていたか、何かしたいことがあったか、知らない。しかし、その“時”他のために犠牲となったのだ。
 年末年始の宝くじに当たり、大金を獲得した人の話は、羨ましく思うことがあっても、感動はしない。健闘して逆転勝利するスポーツ選手の姿は感動を与えるが、他者のために犠牲となった人の話のように心を揺さぶられることは少ない。
 ひょっとしたら、人は、他のために生きるように創られているのではないか、と考える。他を軽蔑したり、批判したり、物を奪ったり、傷つけたりして感動できる人はいないだろう。人は自らを犠牲にしても他者のために尽くした時、最高の感動と喜びを覚える。なんと素晴らしい遺伝子をわれわれは持っているのだろうか。利己的遺伝子ではなく、他者のために生きようとする遺伝子を相続したいものだ。
 イエスは「人がその友のために自分の命を捨てること、これより大きな愛はない」(ヨハネによる福音書15章13節)と語っている。2000年前、33歳で十字架上で犠牲となったイエスの生涯が今日まで多くの人々に感動を与えているのは、イエスが敵をも愛し、万民のために犠牲となったからだ。

イエスはいつ生まれたか

 世界でイエスの生誕を祝うクリスマスの25日、「イエスはいつ生まれたか」というコラムを紹介することを悪く受け止めないでほしい。
 世界の出来事はイエス・キリストが生まれた日を境に、イエス生誕前を「紀元前」、その後を「紀元後」としてきた。それに基づき、「今年は(紀元後)2010年」ということになる。
 ところで、イエスは2010年前の12月25日にユダヤのベツレヘムで本当に生まれたのだろうか。歴史家たちは「確かではない」という。すなわち、正確な「イエスの誕生日」は分らないというのだ。
 しかし、聖書の記述や当時の歴史書、天体の星座の動きなどから判断して、「イエスは紀元前4年から紀元後6年の間に生まれたのではないか」といった推測が今日、もっと有力な説だ。
 オーストリアのカトリック通信が「イエスはいつ生まれたか」というタイトルで興味深い記事を報じていたので、以下、その概要を紹介したい。

 新約聖書「ルカによる福音書」によれば、イエスはヘロデ王の支配時代に生まれたという。ヘロデ王の治世は紀元前40年から4年の期間だ。ということは、イエスは遅くとも紀元前4年には生まれていなければならない。
 同福音書によると、「イエスはローマ皇帝アウグスト(Augustus)の治世時代に生まれたというが、同皇帝の治世は紀元前27年から紀元後14年の間だ。ただし、クレニオがシリアの総督だったのは紀元後6年だ。ヘロデ王の治世時代と一致しない。
 「ルカによる福音書」によると、ローマ帝国は人口調査を実施したと記述されているが、アウグスト時代にはそのような調査は実施されず、シリア地域の併合時の紀元後6年から7年の間にユダヤで行われたのだ。
 「ルカによる福音書」も「マタイによる福音書」も「イエスがヘロデ時代に生まれた」と記述している。マタイでは星座の話が出ている。その内容が実際起きた現象かは不明だが、その現象は紀元前7年から紀元前4年の間だ。この期間、3回、木星と土星の大接近があったというのだ。
 ちなみに、独天文学者のヨハネス・ケプラー(1571〜1630年)が「紀元前7〜6年の間で木星と土星の大接近があった」と報告している。中国の古文書によると、紀元後5年、やぎ座に一つの彗星が出現した、という報告もある。
 最近では、独天文学者のステファン・ポーラー氏が「イエスは紀元前2年か紀元前3年に生まれた」と主張している。その理由として、「イエスが誕生した当時のベツレヘムの星座の動向」を根拠としている。
 同氏は「紀元前3年8月12日、木星は金星と最接近し、両惑星は目で区別ができないほどになった」と説明、イエスの生誕に呼応するように、天対の動向に異変が目撃されたというのだ。古代時代から偉人の出現時には天体の異変があるという説があるが、その真偽は不明だ。

 いずれにしても、イエスの生誕年は「ヘロデ治世の後半」とみていいかもしれない。なお、生誕日では、イエスはユリウス暦4月7日生まれ、という説もあることを付け加えておく。

世界22億人がクリスマスを祝う

 世界で約22億人のキリスト教信者たちがイエスの生誕日の12月25日を祝う。ローマ・カトリック教会(旧教)、英国国教会、プロテスタント教会(新教)、そして多くの正教会がその日を祝うが、ユリウス暦を使用するエルサレム、モスクワ、グルジア、そしてセルビアの各正教会は来年7日にクリスマス祭を祝う。
 カトリック教会ではクリスマスの翌日の26日(聖シュテファンの日)は聖家族の祝日に当たり、休日の所が多い(ギリシャ正教では12月27日がそれに当たる)。
 オーストリアのカトリック通信(カトプレス)を参考に、クリスマスの歴史を少し振り返ってみる。
 12月25日がイエス・キリストの生誕日として祝われ出したのは4世紀以降だ。4世紀後半に入ると、クリスマス祭はローマから北アフリカ、スペイン、そして東洋に広がり、キリスト信者の最愛の祝日となっていった。
 クリスマス祭に欠かせられないクリスマス・ツリーやキリスト降臨を再現した「馬小屋の模型」(独語Krippe)などが飾られ出したのはかなり後になってからだ。聖アシジが西暦1223年、初めてクリスマス・ツリーやイエス降臨の模型を飾った、という記録がある。
 15世紀に入ると、イタリアではどこでもクリスマス祭にはキリスト降臨の模型が登場している。バロック時代には独自のキリスト降臨の模型が開発されていったという。
 プロテスタント教会では当初、キリスト降臨の模型を禁止していたが、19世紀半ばに入ると、それを認める教会もできて、模型彫刻家が人気を呼んでいった。
 一方、クリスマス・ツリー(もみの木)が今日のようにクリスマス祭の中心に置かれるようになったのは19世紀になってからだ。ちなみに、1606年にクリスマス・ツリーの関する最初の記述がある。
 プロテスタント教会では当初、神の言を無視するという理由から、クリスマス・ツリーに強く反対があったが、宗教改革後、次第に新教会でも広がっていったという。
 クリスマス・イブの24日夜、家族やゲストの間でプレゼントの交換が行われるが、イタリアの子供たちは昔、東方の3博士がイエスの生誕を祝うために贈物を持って訪問したという故事に倣って、贈物は1月6日の「東方の3博士の日」に受け取るのが慣わしだった(最近は12月24日夜にプレゼントを貰うようになった)。カトリック国家ポーランドではクリスマス祭の24時間前に断食する伝統が依然、一部で守られている。

欧州を舞台とした北の「調達」時代

 2010年もあと10日余りとなった。そこで欧州の北朝鮮動向をウオッチしてきた立場から、本年度の総括を書いてみた。
 北朝鮮は過去、欧州を舞台に核関連器材から金正日労働党総書記用の高級品(贅沢品)まで、さまざまな物品を調達してきたが、国連安保理の対北制裁決議の採択後、欧州を拠点とした北の調達が難しくなってきた。換言すれば、欧州での「北の調達時代」が終わりを迎えている、ということだ。
 「高級品の調達」といっても、それが金総書記の権力掌握用の武器として利用されてきたという事実を考える時、欧州での調達が難しくなってきたという状況は、金総書記の権力掌握にも影響が出てくるだろう。その意味で大きな出来事だ。
 欧州を舞台に北朝鮮は過去、核関連器材だけではなく、さまざまな高級品、贅沢品も調達してきた。例えば、独メルセデス・ベンツ車(Sクラス)、フォルクスワーゲン車、高級ワイン、高級ヨット、ピアノなどを平壌に送ってきた。国連の対北制裁決議が発効されてからは、北の調達工作は不法外国貿易と見なされ、欧州各国当局の監視下に置かれたため、次第に困難となってきた。
 ところで、欧州を舞台に過去、調達人として活躍してきた北の人物として、少なくとも3人の名前を挙げることが出来る(「北朝鮮の3人の男たち」2010年3月10日参照)。
yun 1人は尹浩鎮(ユン・ホジン)氏だ。核専門家(元国際原子力機関担当の北外交官)であり、核関連器材などを調達してきた人物だ。尹氏は現在、南川江貿易会社(ナムチョンガン、原子力総局の傘下企業で核関連機材の調達会社)の責任者だ。ドイツ企業からウラン濃縮施設で使用する遠心分離機用のアルミニウム管を密輸入しようとしたが、発覚して失敗したことがある。国連安保理の対北制裁(昨年7月)の個人制裁対象者の5人の中に入っている。
kwon 2人目は権栄録(Kwon Yong Rok)氏だ。同氏は昨年、オーストリアのヨット貿易会社を通じてイタリアのヨット製造会社から金総書記用の高級ヨット(1300万ユーロ相当)を密かに注文したが、オーストリア銀行の通達が契機となって発覚し、取引は水泡に帰した。その結果、権氏はオーストリアのヨット会社と共にオーストリアの検察庁から国連安保理の対北制裁1718号違反と外国貿易法違反で起訴された。
 ウィーン地裁は今月6日、対北朝鮮贅沢品禁輸などを明記した国連安保理対北制裁決議と外国貿易法の違反(無承認輸出)でオーストリアのヨット貿易会社の社長に対し、有罪判決を下したばかりだ(権氏は北に帰国し、不在裁判となった)。
kimjongyul 3人目は北朝鮮人民軍元大佐であった金正律氏だ。オーストリア、ドイツを中心に金ファミリーへの高級品や武器関係の機材などを調達してきたが、金日成主席が死去した1994年、脱北を決意しオーストリアに潜伏。今年3月、自身の歩みを告白した自叙伝を発表し、独裁者金父子を批判した(「脱北者・金正律氏の決意」(10年3月5日参照)。
 3人の調達人の内、一人は脱北し、一人は国連個人制裁対象者リストに入り、もう一人は不法貿易と国連対北制裁決議違反の容疑で起訴された身だ。3人とももはや海外に出国できなくなった。すなわち、3人の調達人はその使命をもはや果たす事ができなくなったわけだ。
 もちろん、北朝鮮は今後も核関連器材や金総書記用の高級品の調達工作を続けていくだろうが、中国企業との連携を深めていかざるを得ないだろう。それは同時に、北朝鮮の中国依存を一層、深める結果となる。

法王の「十字架擁護論」の問題点

 世界に11億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は17日、駐バチカン法王庁の新イタリア大使を迎えた席で「十字架擁護論」を展開させた。
 ドイツ出身のローマ法王は「十字架は誰をも排斥しない。十字架はキリスト教信仰の表現だけではなく、全ての人々に向けられた(神の)善意の表現だ」と強調する一方、「宗教的要素を公共生活の場から完全に追放した社会は発展しない」と警告を発している。
 べネディクト16世がわざわざ十字架問題に言及した背景には、ストラスブールの欧州人権裁判所(EGMR)が昨年11月3日、イタリア人女性の訴えを支持し、公共学校での十字架を違法と判決したことに対し、法王自身が立場を明確にしたかったからだろう(イタリア政府は当時、即上訴した。べネディクト16世は新イタリア大使に対し、同国の支援に感謝を表明している)。
 正直に言って、ローマ法王の「十字架擁護」は説得力に欠ける。EGMRは判決文の中で「公共学校内の十字架は両親の養育権と子供の宗教の自由を損う違法行為」と述べただけではなく、「十字架は原罪からの救済というキリスト教の教義を象徴したもので、単なる欧州文化のシンボルではない」と指摘している。すなわち、欧州人権裁判所は「十字架」の神学的意味まで踏み込んで、「公共学校内の十字架は欧州人権憲章とは一致しない」と判断したのだ。
 それに対し、法王を含む十字架擁護者は「キリスト教は欧州の歴史と文化に密接に関る」(バチカン法王庁のロンバルディ報道官)と説明し、キリスト教=十字架=欧州アイデンティティと主張し、十字架を擁護してきた。しかし、肝心の「十字架の救済論」については言及を避けてきた経緯がある。
 EGMRの主張に反論するためには十字架擁護者側も同じ土俵(神学的)に上がって戦わなければならない。「十字架は全てに人々に向けられた神の愛の表現だ。だから、十字架が不可欠だ」という説明では明らかに不十分だ。
 それでは、なぜ、法王を含む擁護者たちは神学的観点から十字架の擁護戦線を敷かないのだろうか。「十字架の救済論」が正しいのならば、堂々とそれを主張すべきだろう。それを意図的に回避し続けるならば、「十字架の救済」が事実と合致していないからだ、という指摘が一層、説得力を有してくる。
 「十字架の救済」はキリスト教の中心的教えだ。もし、それが間違いであったとすれば、十字架の擁護者がどのように抵抗しようとも、時間の経過と共に、十字架は公共場所から姿を消していくだろう。
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