ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2010年10月

テロ対策で欧米間に大きな溝?

 「欧州では統一したテロ警戒システムを確立する必要はない。なぜならば、欧州諸国の治安状況は国によって大きく違うからだ」
 ルクセンブルクで今月7日に開催された欧米治安担当相会議でドイツのトーマス・デメジエール内相はこのように主張し、「わが国にテロが差し迫っているとの情報を入手していない」と述べ、米国のテロ警告を「ワシントンの警告主義」「パニック・メーカー」と批判している。
 それに先立ち、米英両国は拘束中のドイツのイスラム過激派からの情報として、英国、フランス、ドイツでテロが発生する危険が高まっているとして、国民に欧州旅行を注意している。
 記憶力のいい読者ならば、昨年も同じ頃、同じようなテロ警戒の警告が米国から通達されたことがあった、と思い出すだろう。当時は、ドイツでは連邦議会選挙(2009年9月27日)を控え、テロの危険は現実的に高いと受け取られていた。具体的には、国境警備が強化され、全ての空港、主要鉄道駅で警備が強められた、警察官は防弾チョッキを着用し、機関銃で武装したほどだ。
 しかし、シュタインマイヤー外相(当時)は、米国政府が同月23日、テロの危険性が高いとしてドイツ旅行を控えるように国民に呼びかけた時、「旅行制限する理由を見出せない」と、米国政府のテロ警告を退けたほどだ。
 米紙ワシントン・ポストは10月4日、「民主党は過去、ブッシュ政権が頻繁にテロ警告を発す、国民の間に不安を拡大させ、政情を有利の操作してきた、と批判してきた」と指摘する一方、11月2日に中間選挙を控えたオバマ政権が今度は同じようにテロ警告を発し、世論操作している可能性がある、と示唆する記事を掲載している。
 中東テロ専門家のアミア・バヤティ氏も「どの国でも与党政権は国民にテロの危険を警告することで何らかの得点を稼ごうとする。米国の場合も例外ではないだろう」と冷静に判断している。
 例えば、欧米間では「テロ警戒システム」が異なる。赤(高度の危険)、オレンジ(高い)黄(高まっている)などカラーコードで危険度を表示する米国に対し、英国では低い、中程度、高いなど、かなり高い、といった5段階のコートで示す。ドイツの場合、「カラーコード」も「数字コード」も導入していない、といった具合だ。
 しかし、テロ問題は、欧米間の立場の相違とか、「テロ警戒システム」の相違といって済ませられるテーマではない。テロが起きれば、多くの国民が犠牲となる。欧米間の緊密な協調がどうしても重要だ。
 テロ関連情報は基本的には各国の情報機関が入手したものだ。それだけに、情報を開示し、他国と交換することは容易ではないが、テロ対策上、不可欠だ。

「ヒラリー」と「セイジ」の関係は

 ホノルル発時事の「前原誠司外相は27日夕(日本時間28日午後)、米ハワイ・ホノルル市内のホテルでクリントン国務長官と約2時間会談した」という記事を読んでいた時、「前原外相はクリントン長官に誕生日プレゼントを持っていっただろうか」と心配になってきた。
 なぜならば、オーストリアのシュビンデルエッガー外相 (Spindelegger)が前日(26日)、ニューヨークの国連でクリントン長官にザッハートルテ(一種のチョコレート・ケーキ)を誕生日のプレゼントに手渡したばかりだからだ。世界的に有名なザッハートルテを受け取ったクリントン長官は「どうしてあなたは私の誕生日を知っているの」と驚きながら、嬉しそうに笑った。その写真を偶々観たばかりだったからだ。
 ちなみに、オーストリア外務省によると、シュビンデルエッガー外相とクリントン長官はそれぞれ「ねー、ミヒャエル(Michael) 」「ヒラリー(Hillary)」と呼び合う緊密な仲だという。
 その話を聞いていたから、前原外相もクリントン長官に日本の名産を誕生日祝いに準備していたならば、「ヒラリー」「セイジ」といった親密な関係を構築できる絶好の機会となったはずだ(人間は政治家でなくても自分の誕生日を忘れず、プレゼントをする者を絶対に忘れない)。
 しかし、時事のホノルル発記事を詳細に読んでみても、前原外相が誕生日プレゼントを持参したとは報じていないところから、多分、外相は手ぶらでクリントン長官と会合したのだろう(前原外相は歴史的な機会を逸した)。
 両外相は中国が世界の生産量の9割以上を占めるレアアース(希土類)について、「中国一国に依存すべきではない」との認識で一致。多角的な確保を目指して連携していくことで合意したという。
 前原外相はプレゼントなしでこれだけの政治的成果を挙げたのだから、誕生日プレゼントを持参していたならば……、とついつい考えてしまう。
 それにしても、小国オーストリアの外交はなかなかやる。流石に結婚政策で領土を拡大していったハプスブルク王朝の流れを継ぐだけはある。
 同国外務省のHP(http://www.bmeia.gv.at/)を開くと、国連安保理事会でミヒャエルとヒラリーが並んで座っている写真が載っていた。読者も時間があればHPを開けて写真をみて欲しい。誕生日プレゼントの価値を再認識されることだろう。

変りゆく欧州の「埋葬文化」

 当方は昨年、「墓場がなくなる日」(2009年4月12日)というタイトルのコラムを書き、そこでオーストリアで将来、遺体を土に埋葬してお墓をたてる、といった習慣がなくなるかもしれないという内容を紹介したが、オーストリアの「埋葬文化」の変化は今日、欧州全土で目撃される現象なのだ。
 バチカン放送(独語電子版)によると、欧州連合(EU)の盟主ドイツでも伝統的な公共墓地での埋葬件数が減少してきたという。「公共墓地」の株が急下降してきたのだ。
 独の大手世論調査研究所「TNS Emnid」が実施した結果によると、ドイツ人の3分の2は家族の遺体を公共墓地ではなく、家族所有の土地で埋蔵したいと希望しているという。具体的には、58%が「公共墓地に家族を埋葬するのはもはや時代に合致していない」と考えている。同時に、昨年は火葬が32%から48%に増加したという。
 ちなみに、ドイツ、オーストリア、イタリアなどでは遺体を墓場で埋葬する義務がある。ドイツの場合、墓地と埋葬権は連邦が管理せず、州が責任を担っている。
 オーストリアの場合も遺体を墓場に埋葬する伝統的な埋葬が減少する一方、遺体を火葬する件数が増加。ウィーン市では1990年と比べ、火葬件数が25%増加した。
 自分の庭に親族の遺骨を埋葬するには一定の許可と条件をクリアしなければならないが、不可能ではない。法的には禁止されているが、ドナウ河や川に遺体の灰を流すことを希望する家族もいるという。
 人生最後の休息地が「墓場」というのがこれまでの考えだったが、時代の変遷や文化の多様性もあって、「墓場で埋葬する」といった伝統的な埋葬文化も次第に消滅していくのかもしれない。
 昨年のコラムの中でも書いたが、当方はウィーン郊外の中央墓地(Zentralfriedhof)が大好きだ。そこに楽聖ベートーベンからシューベルト、ブラームス、ヨハン・シュトラウスなど著名な音楽家が一堂に埋葬されているからだけではない。中央墓地が欧州のキリスト教社会を強く映し出しているからだ。
 だから、日本から友人がウィーンを尋ねてきたら、国立歌劇場だけではなく、中央墓地まで必ず足を運んでもらってきた。そして多くの友人たちは中央墓地を訪ねた後、「墓地のイメージが変った。墓石やそこに彫られたさまざまな天使や人物像は芸術品だ」と感動していくのを見てきた。
 中央墓地が将来、消滅するとすれば、欧州のキリスト教文化が一つ、消えていくことになる。

金正恩氏の後継者公式化の第2弾

 北朝鮮の平壌で先月28日開催された朝鮮労働党代表者会で党中央軍事委員会副委員長などに就任し、党序列で6位に登場した金正日労働党総書記の三男・金正恩氏の動向はここにきて頻繁に朝鮮中央通信社(KCNA)などを通じて報じられている。一方、金正日労働党総書記の長男として一時は後継者の最有力者であった金正男氏は次第に厳しい状況下に置かれている、といった情報が流れてくる。
 金正男氏は2001年5月、日本へ密入国し、拘束されて以来、後継者レースから脱落したと受け取られてきたが、それ以後もマカオやモスクワ、パリ、ウィーンなどをかなり自由に旅行してきた。
 父親・金総書記が08年の夏、脳卒中で倒れた直後は平壌にも顔を見せたことが判明している。その後もマカオと平壌間を行き来してきた。
 ところが、正男氏が日本のTV放送のインタビューの中で北朝鮮の世襲制を間接的ながら批判する一方、自国を「北韓」と呼ぶなど、その言動は北朝鮮の新指導部体制に対し批判的と受け取られているのだ。
 北朝鮮の歴史を振り返ると、権力を掌握した人物は政敵を含むライバルを悉く粛清していく。父親の金総書記もそのようにして権力を固めていった。
 とすれば、正恩氏は当然、義理の兄、正男氏を近い将来粛清するだろうし、政治に関心がないという実兄、正哲氏も中央政界から追放されるだろう。このように考えるのが歴史に基づいた最も現実的な予測だ。
 その意味から、正男氏の立場はいよいよ不安定となっていく、と予想される。正男氏が選択できるシナリオは、中国当局の庇護のもとマカオに定住して静かな生活を送るか、韓国に政治亡命するか、など、かなり限られてくる。もちろん、身の危険もある。実際、過去2度、反正男派の暗殺計画が報じられてきた。昨年6月と04年11月の2回だ。
 ところで、金正男氏は金総書記と故成恵琳夫人との間の長男だが、欧州には母親の実姉関係者がいる。その実姉の娘婿が今月10日から16日の1週間、平壌入りしたのだ。
 娘婿の平壌入りが正恩氏の後継者公式化の直後だけに、西側情報機関も欧州に戻った娘婿に強い関心を示している。韓国情報機関筋は既に娘婿と接触している。
 正恩氏の後継者公式化の第2弾、政敵の追放が始まろうとしている。最大のターゲット・正男氏の動向はいよいよクライマックスを迎えるわけだ。

スイスのホットな「十字架論争」

 アルプスの小国スイスで、公共施設内の十字架について、その是非で激しい論争が展開されている。
 ヴァレー州(カントン)の学校に勤務する教師が今月、自分の教室内に十字架を掛けることに反対したため、無期限の解雇命令を受けたばかりだ。
 同国のメディアによると、解雇された教師はヴァレー州「自由思想家会」会長だ。スイス連邦裁判所が1990年、公共施設で十字架を掲げることは「信仰と良心の自由」を侵すと判決したが、同教師はそれを理由に学校内の十字架を撤去するように要請。学校側はヴァレー州学校法3条「学校は生徒達をキリスト者として成熟させる責任を持つ」を提示し、十字架排除を拒否してきた経緯がある。
 スイス連邦の「自由思想家会」は24日、「スイス国内のアルプス山頂にある十字架を撤去すべきだ」と主張、「国家を代表する場所では全ての宗教的対象や象徴物を撤去すべきだ」と述べている。同思想会は約1700人の会員を有し、公共病院内の十字架も排除すべきだと主張している。
 一方、ルツェルン州のトリィーンゲン(Triengen)では2人の生徒を通わせている両親が子供の教室から十字架を撤去してほしいと要請。学校当局はその要求を退けてきたが、ルツェルン州当局が公共施設では十字架を違法とした連邦裁の判決を示したため、学校側は生徒の両親の要請に応じたという。
 ちなみに、フランスのストラスブールにある欧州人権裁判所(EGMR)は昨年11月、イタリア人女性の訴えを支持し、彼女の息子が通う公共学校内で十字架をかけてはならないと言い渡し、イタリア政府に「道徳的損傷の賠償として女性に5000ユーロを支払うように」と命じた。
 裁判所判決文によると、学校の教室内で十字架をかけることは両親の養育権と子供の宗教の自由を蹂躪するという。換言すれば、学校内で十字架をかけることは「欧州人権憲章」(EMRK)とは一致せず、国家は公共学校では宗教中立の立場を維持しなければならないというわけだ(ただし、イタリア政府の上訴を受け、EGMRは公共学校での十字架を違法として判決を再審議することになった)。
 なお、スイス司教会議議長のブルナー司教は「公共施設内から十字架を撤去することは、信仰を有する人々の『信仰と良心の自由』を阻害することになる」と強く反論している。

オーストリアのナショナルデー

 10月26日(火曜日)はオーストリアのナショナルデー(建国記念日)だ。商店も学校も休みとなる。それだけではない。ウィーンの国連機関もホスト国の建国記念日に尊敬を払うという意味でかどうかは知らないが、とにかく休みだ。
 学校では、月曜日を休みにして週末の土・日曜を入れて4日間休む学校がある。子供にとってはクリスマス休暇前の大型連休となるわけだ。
 ナチス・ドイツ軍に併合されて敗戦を味わい、10年間、連合国軍(米英ロ仏)4カ国の占領時代を経た後、1955年、当時のレオボルト・フィグル外相がベルヴェデーレ宮殿内で「オーストリア イスト フライ(オーストリアが自由に)」と叫び、再び独立国となった。あれから今年で55年目を迎えたわけだ。
 同国は冷戦時代、永世中立国家として東西両欧州の掛け橋的な役割を果たし、東欧諸国から約200万人の政治亡命者を受け入れ、難民収容所国としての名を残す一方、ホフブルク宮殿で全欧安保協力会議(CSCE、現在は欧州安保協力機構=OSCEと改名))のホスト国として冷戦の終焉に大きな足跡を残してきたことは周知の事実だ。
 また、音楽の都ウィーンには国際原子力機関(IAEA)や国連薬物犯罪事務所(UNODC)、国連工業開発機関(UNIDO)などの国連機関や石油輸出国機構(OPEC)など30を越える国際機関の本部がある。
 ウィーン市の英雄広場では毎年、建国記念日の26日には連邦軍が戦車やヘリコプターを披露してウィーン市民に国防の実態を紹介している。天気が良ければ、多くの親子連れが見学にやってくる。
 ちなみに、オーストリアが国連の平和維持活動に参加して今年で50周年目を迎えた。そこで前日の25日、ダラボス国防相やウィーンの国連広報担当官らを迎え、記者会見が開かれた。
 同国は1960年から今日まで総数約9万人の兵士を平和維持軍に派遣し、今日も1177人の兵士が外国の地で駐留している。これまでコソボ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ゴラン高原などでその使命を果たしてきたという。
 なお、永世中立国の同国では兵役義務(6カ月間)が施行されているが、ここ数年、兵役義務の廃止、職業軍人の育成について活発な議論が行われてきている。
 ダラボス国防相は「中立主義と国際連帯は矛盾しない」と強調し、中立国家として国連平和維持活動に今後とも積極的に取り組んでいく姿勢を示している。

バチカンと統一教会

 世界に11億人以上の信者を抱える世界最大のキリスト教派ローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は21日、新しい駐バチカン大使として就任した韓国のHan Hong-soon大使から信任の挨拶を受けた。
 バチカン放送(独語電子版)によれば、ドイツ出身の法王は「韓国はグローバルな演出者である」と述べ、同国の世界的な役割に大きな期待を表明したという。
 ノーベル賞授賞シーズンになれば、受賞者を頻繁に輩出する隣国(日本)とどうしても比較し、「欝に陥る」といわれている韓国社会だが、ローマ法王の“韓国評価”はその痛みを少しは柔らげるかもしれない。
 もちろん、ローマ法王の評価がなくても韓国は既に世界経済の重要な柱の一つであり、国際社会でも一定の役割を果たしてきた。来月には20カ国・地域(G20)首脳会談がソウルで初めて開催される。全ての事実は韓国が世界の主要国の一員であることを物語っている。
 ところで、ローマ法王は評価だけではなく、注文もつけている。「社会の公平と福祉」の実現だ。学者法王は国民経済の急速な発展がもたらす「光と影」をよく知っているからだ。
 ローマ法王が韓国に期待する理由の一つは、韓国内のカトリック教会の発展がある。アジア地域ではフィリピンと共に韓国はカトリック教会の宣教が成功した国だ。だから、バチカンは韓国教会の発展に熱い眼差しを注いできた。
 あまり知られていないが、バチカンが韓国に関心を注ぐ「別の理由」があるという。世界基督教統一神霊協会(通称統一教会)の出身国だからだ。バチカンは久しく統一教会の創設者文鮮明師の言動を注視してきた。
 バチカン関係者が韓国の政治家や有識者と会えば、必ず飛び出す質問があるという。それは「文鮮明師はどうですか」という内容だ。
 バチカン内超教派担当書記は数年前、インタビューの中で「われわれは統一教会と対話する用意がある。文師の『再臨主宣言』も知っている」と証言したことがあるほどだ。
 しかし、バチカンと統一教会間の公式の対話はこれれまで実現していない。その理由は、「韓国カトリック教会指導部が強く反対したからだ」という。バチカンでも地元教会指導部の反対を押し切ってまで統一教会と対話はできないわけだ。
 「預言者は故郷では歓迎されない」(「ルカによる福音書」4章24節)といったイエスの嘆きは現代でも通じるわけだ。

法王、24人の新枢機卿を任命へ

 バチカン放送(独語電子版)が報じたところによると、ローマ法王べネディクト16世は20日、11月20日に枢機卿会議を招集し、そこで新たに24人の枢機卿を任命すると発表した。当方は今年始め「法王、年内に枢機卿を大量任命か」(2010年1月12日)を報告したが、予測通りとなったわけだ。
 24人の枢機卿のうち、コンクラーベ(法王選挙会)で選挙権を有する80歳以下の聖職者は20人だ。これでコンクラーベ参加有資格者の枢機卿数は121人となる。枢機卿総数は203人だ。
 新枢機卿としては、バチカン列聖省長官のアンジェロ・アマート大司教、文化評議会議長のジャンフランコ・ラヴァージ大司教、法王出身ドイツ教会からミュンヘン大司教区のラインハルド・マルクス大司教らが含まれている。
 今年4月16日で83歳を迎えたべネディクト16世は目下、深刻な健康問題を抱えてはいないが、高齢だけにいつどうなるかは不明だ。その意味で次期法王の選挙権を有する枢機卿の動向は無視できない。
 今年4月のマルタ訪問では記念礼拝中に瞬間、前屈みとなり、眠り込んでしまい、周りの者が慌てて法王をそっと起こす、といったハプニングがあったばかりだ(「礼拝中に眠り込んだローマ法王」2010年4月22日)べネディクト16世は外遊先で疲労困憊、といった状況だったのだ。
 教理省長官のラッツィンガー枢機卿がコンクラーベで法王に選出された背景には、同枢機卿が高齢(当時78)で長期政権が難しいからだ、といわれてきた。すなわち、べネディクト16世はショートリリーフの法王として登場したわけだ。あれから5年が経過した。
 ちなみに、コンクラーベに所属する枢機卿は欧州出身者が最大勢力を誇っているが、過半数からは程遠い。そして、北米出身、南米出身と続く。
 ヨハネ・パウロ2世の死の直後、アフリカ出身のローマ法王誕生が噂になったが、アフリカ出身の枢機卿数はコンクラーベではまだ最小勢力に過ぎない。

好評なバチカン日刊紙文化欄

 バチカン日刊紙オッセルパトーレ・ロマーノの文化欄が面白い。同紙は今月17日、米国の長寿人気アニメ「ザ・シンプソンズ」の主人公、ホーマー・シンプソンとその息子バートが「カトリック信者だ」という内容の記事を掲載し、注目されたばかりだ。
 同紙は過去、シンプソンに関する論評では肯定的な記事が多かったが、この度フランシスコ・オッチェタ神父が2005年度シリーズを分析した結果を紹介し、「ホーマーとバートに信仰への道が提示されている。番組はユーモアの他に、人生の価値などが常に問い掛けられている」と評価している。
 同紙は昨年12月22日にも「ザ・シンプソンズ」20周年を祝う記事を掲載するなど、同紙の編集局にはかなりのシンプソン・ファンがいるらしい。
 当方も時々、シンプソンの番組を観るが、シンプソンと息子バートがカトリック信者とは思わなかった。苦しい時、「神様、助けてください」と祈るシンプソンの姿を観ただけだ。シンプソンズ親子がカトリック信者かどうかに拘っているのは、多分、書き手でも視聴者でもなく、バチカンだけだろう。
 バチカン日刊紙の映画評もかなり水準が高い。アーサー・コナン・ドイルの探偵シリーズ「シャーロック・ホームズ」をガリ・リッチー監督が映画化したが、バチカン日刊紙は「近代的過ぎる」と、映画を酷評していた。
 シャーロック・ホームズ役を演じたロバート・ダウニー・ジュニアがシャーロック・ホームズのイメージに合致しないからだろう。もっと渋みのある顔で、もっと陰のある俳優の方が良かったというわけだ。
 当方はテレビで「シャーロック・ホームズ」を観たが、アクションが主体でホームズの知的なやり取りや仕草が欠けていたことは事実だ。その意味で、バチカン日刊紙が「あまりにもモダン過ぎたホームズ」という批判は妥当かもしれない。
 いずれにしても、バチカン日刊紙の文化欄記事は退屈な教会関連記事よりも数段、個性的であり、視点が面白いという評判だ。

二コラス・ケイジ氏の“新しい役”

 21日の朝、どちらに行くべきかで少し頭を悩ましていた。同日午前9時、オーストリアのシュビンデルエッガー外相とフェクター内相を迎えた朝食記者会見が開催される一方、午前10時には「あの二コラス・ケイジ氏」がウィーンの国連を訪ね、話をする。
 結局、ハムレットの悩みは後者のケイジ氏の国連訪問を選んで終わった。当方は「ケイジ氏とは縁がある」と、勝手に考えた次第だ(「甘エビと二コラス・ケイジ」2008年12月2日参照)
 さて、21日午前10時(現地時間)、米俳優ニコラス・ケイジ氏が国連薬物犯罪事務所(UNODC)の国際組織犯罪防止条約10周年締結国会議第5会期の場でメッセージをする日だ。同氏はUNODCの親善大使に任命され、さまざまな場所で組織犯罪の対策で貢献してきた。
 「あのニコラス・ケイジが来る」というので会議場は一杯。普段は会議に滅多に顔を出さない外交官までニコニコ顔で入ってきた。それだけではない。女性ファンが多いケイジ氏だけのことはある。国連の女性職員が会議場に紛れ込んできたのだ(仕事は大丈夫だろうか……)。
 ケイジ氏が会議場に入ってくると一斉に拍手が沸いた。同氏は拍手の方向をチラッと向くだけで、笑顔をみせずに舞台の席に着くと、会議場を見回した。「自分の話を聞く聴衆は今日は外交官だ」といった思いが強かったのだろう。終始、真剣な顔で組織犯罪の現状や残虐性について、自身の体験を踏まえて約15分間、語った。
 「自分は組織犯罪の犠牲となった多くの子供たちと会ってきた。そして彼らのストーリーに耳を傾けてきた。彼らは性産業の犠牲者であり、元兵士だった。彼らのストーリーは心が潰れるような痛みが伴うものだった」という。
 ケイジ氏は昨年、UNODC職員と共にケニア、ウガンダを訪ね、子供たちがどのようにリクルートされ、兵士となるかを視察してきた(同氏は元兵士だった子供たちの救済基金を設置している)。
 同氏は「自分は俳優として過去、さまざまな役割を演じてきた。英雄、卑劣な人間、愛人、敗北者、そして犯罪人から犯罪と戦う人物まで演じてきた。しかし、UNODCの親善大使は自分にとって最も挑戦的であり、有意義な役だ」と述べている(1995年の「リービング・ラスベガス」でアカデミー主演男優賞受賞)。
 当方は、著名な米俳優がどれだけ多くの人々の注意と関心をひくかを目のあたりにした。ケイジ氏だけではない。多くの俳優が慈善活動に参加しているという。その著名度を困窮下にある人々の救済の為に大いに役立てていただきたい。
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