ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2010年09月

朝日の大量殺人事件報道から学ぶ

 8月31日の朝日新聞13版は国際面で「スロバキア首都郊外で男が銃乱射、6人死亡」という記事を掲載した。それによると、「犯人は15歳の少年で麻薬とアルコールの常習者……」という。
 しかし、実際は「犯人は48歳の元兵士。機関銃などで隣室のロマ人家族(6人)を射殺した後、屋外に出て乱射を繰り返し、合わせて7人を殺した後、自殺した」ということだ。すなわち、朝日の事件報道は「スロバキア首都郊外で……」という触りの部分だけが正しく、後は全て間違っていたわけだ。
 天下の朝日記者がどうしてこのような誤報を東京に送信したのか。理由ははっきりしている。朝日の記事はウィーン発であり、AFP発の記事を土台としてまとめられたものだからだ。その肝心の情報源が間違っていたのだから、記事は誤報とならざるを得ないわけだ。朝日のウィーン特派員の責任ではないが、速報を優先し、情報の確認作業が十分でなかったのだろう。
 考えていただきたい。「15歳の少年の銃乱射事件」と「48歳の元兵士の事件」では事件の衝撃はまったく異なる。スロバキアの殺人事件報道では、犯人のプロファイルが時間の経過と共に大きく変っていった。最初の速報で「麻薬とアルコールに溺れた15歳の蛮行」(朝日の記事)が報じられ、その直後「50歳台の元兵士像」に訂正され、犯行動機として「ロマ人家庭と隣人の少数民族憎悪感」が浮上してきた、といった具合だ。読者も戸惑ったことだろう(犯人が自殺したので、犯行動機の詳細な解明は難しいかもしれない)。
 メディアは速報性が要求されるが、その際も事実確認が不可欠だ。読者はメディアの報道内容を信じ、そこから事件を評価するからだ。第一報が間違っていた場合、メディア側は即訂正記事を掲載しなければならない(朝日新聞がスロバキアの大量殺人事件で修正記事を掲載したと信じる)。
 ちなみに、朝日新聞は昨年6月16日と18日の2度にわたり、金正日労働党総書記の有力後継者・金正銀氏が胡錦涛中国国家主席と会談したと詳細に報じたことがある。中国外務省はその直後、「小説のような作り話」と一蹴したが、朝日新聞はこれまで訂正記事を掲載していない。
 朝日新聞が主張するように、正銀氏が既に昨年、中国指導者と会合していたのであれば、金総書記の再訪中で正銀氏の同行云々は新鮮味に欠けたテーマとなるが、実際はそうではなかった。日韓メディアは正銀氏が同行したか否かに強い関心を示した。多くのメディアは「正銀氏がまだ中国指導者と会合していない」ことを知っていたからだ。蚊帳の外に置かれていたのは、朝日新聞の1面トップ記事を読んだ読者だけだ。「朝日は読者を馬鹿にしている」と批判されても仕方がないところだ。

金総書記訪中で北外交官と激論!

 当方は昨日の当欄で、金正日労働党総書記の訪中目的が中国からの緊急大量経済支援の獲得にあったこと、それを実現するために北側は対南戦争の危機を意図的に煽った、といった内容を記述した。
 知人の北朝鮮外交官に当方のシナリオの感想を聞く機会があった。すると、知人は笑い出しながら、「君、論理に矛盾があるよ」というではないか。感動しなくてもいいが、笑い出すとは……。当方は少し不快に感じ、「何が矛盾していますか」と聞いた。
 知人は「金総書記は戦争を開始すれば、『自国の崩壊を意味すると知っている』といったね。戦争の危機を煽るのはあくまで中国側から譲歩を得るための戦略に過ぎず、戦争を開始する気は元々ないという論理だね。中国側もひょっとしたらそのように考えているかもしれないよ。金総書記が戦争宣言をしたとしても中国側はニヤニヤするだけで、真剣に受け取らない事もあり得るわけだ」と説明すると、「君のシナリオはその意味で無理があるよ」と主張した。
 当方は反論を開始した。「確かに、中国側も北側が戦争など願っていないと知っているでしょう。しかし、韓国哨戒艦『天安』爆破事件は基本的には北の軍事攻撃ですよ。戦争は局地的だが既に始まっていると受け取っていいわけです。その上、金総書記が現在の北の政情を完全に掌握しているとは考えません。総書記の権力喪失プロセスは一昨年夏から始まったとみています。北の戦争カードは基本的には非現実的ですが、完全には100%消去できない部分があります。大病に倒れた金総書記の世界を中国側も完全には掌握できないはずです。中国側も結局、北のこの政情の不確実性に戸惑っているはずです。その意味で北側の戦争カードは依然、有効と考えます」
 知人は少し考え込みながら、「わが国には軍事クーデターや政権転覆を狙う野党勢力は存在しない。軍部は完全に金総書記の主管下にある。わが国の支配構造は金総書記をトップに完全な秩序体制が構築されている。金総書記の実権の喪失などみられないね」といった上で、「忘れてはならない事実は、金総書記の訪中は胡錦涛中国国家主席の招待に応じたものだ。わが国が強制したり、要請したものではない」と指摘した。
 話題を後継者問題に移した。「今回の訪中に金正銀氏(金総書記の3男)が同行していたか、分りますか」と聞くと、外交官は「訪中使節団のリストにはなかったね。それ以外のことは分らない」と答えた。
 当方は「後継者の正銀氏を中国指導部に顔見せするといった憶測情報もありましたが、後継者問題は基本的には北の国内問題ですよね。まだ正式に後継者でもない人物を中国側に紹介するといった必要性を感じません」というと、知人は「そうだね」といって、当方の意見に珍しく理解を示した。
 6カ国協議問題では両国首脳は「早期再開」で一致したという。当方は「ホスト国中国の面子を立てたわけですが、北側は核兵器を解体(非核化)する気など元々ないはずですから、6カ国協議の早期再開云々は余り意味を感じませんがね」と主張し、知人を少し煽ってみた。しかし、知人は何も返答しない。
 最後に、「北朝鮮は本当に中国を信頼しているのですか」と聞くと、「君はどう思う」と逆に質問してきた。そこで「北朝鮮は中国を決して完全には信頼していないと思います。現在の中朝関係は利害が一致する範囲で歩調を合わしている、といった感じがします」と答えた。知人は小さく頷いた。
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