ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2010年06月

CTBTの運命を握る9カ国

 5年ぶりに開催された核拡散防止条約(NPT)再検討会議は終了し、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効の重要性が明記された最終文書が採択された。いよいよ、CTBT条約発効への具体的な動きの番だ。
 ジュネーブの軍縮会議でCTBTが作成され、96年9月の国連総会で署名が開始された。6月末現在で、署名国182国、批准国153カ国、条約発効に署名・批准が不可欠の、研究用、発電用の原子炉を保有する国44カ国では35カ国が批准完了。未批准国は米国、中国、インドネシア、イラン、エジプト、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の9カ国だ。インド、パキスタン、北朝鮮の3国は未署名。
 そこで以下、CTBTの運命を握る9カ国の近況を報告する。

 (1)インドネシア……マルティ・ナタレガワ外相は先月、CTBT条約に近い将来、批准すると表明した。具体的な批准日は未定だが、9カ国の中で最も批准が早い国とみられている。同国は1996年9月24日に条約に署名済み。

 (2)エジプト……条約には反対していないが、中東地域の非核化構想と関連しイスラエルの批准待ち。96年10月14日に署名済み。

 (3)中国……数年前から人民会議で批准問題を協議中と表明してきたが、本音は米国の批准待ち。米国が批准すれば、即批准予定だ。

 (4)イスラエル……中東の非核化構想とも関連。目立った動きはない。96年9月25日に署名済み。

 (5)イラン……イスラエルやエジプトの批准動向を注視する一方、米国の批准を見守っている。同国の核開発計画が平和目的であることを実証する最大の近道はCTBT条約の批准、といわれる。同国は96年9月24日に署名済み。

 (6)インド……パキスタンの動向と密接に連係。CTBTの会議にはオブザーバーとして参加。未署名・批准国。

 (7)パキスタン……インド次第。CTBT会議にはこれまで積極的に参加してきた。インドと同様、未署名・批准国だ。

 (8)北朝鮮……インド、パキスタンと同様、未署名・未批准国。6カ国協議の再開とも関連。他の8カ国が批准した後、CTBT条約発効問題を外交武器に利用する可能性有り。

 (9)米国……オバマ大統領はCTBT条約の早期批准を願っているが、共和党との関係もあって上院で批准が採決されるか不確か。明確な点は米国の批准は中国など他の未批准国に批准のドミノ現象をもたらす可能性が期待される。96年9月24日、署名完了したが、クリントン政権下の99年10月、米上院本会議が批准を否決した。

スポーツと「神様」

 当コラムの貴重な読者の1人がコメントを寄せられ、そこで「私はワールド・カップもオリンピックも興味がないので見ません」と書かれていたのを読んで、少々、ショックを受けた。
 読者は聖書に精通され、当方もコメントをもらう度にいろいろと教えられてきた。その読者が「ワールド・カップもオリンピックも興味がない」といわれ、「スポーツでも、戦場でも、自分たちの側に勝利がもたらされるように人々は祈りますが、私の神は、そのような祈りを決して聞かれない方です」という。
 当方は35年前、スポーツの取材記者だった。ボクシングから野球、大相撲、ラクビーからアイスホッケーまで取材した経験があるし、巨人入団前の江川卓投手や世界ミドル級チャンピオンの輪島功一選手、世界フライ級チャンピオンの具志堅用高選手らと会見したことがある。巨人の長島選手には田園調布の自宅前で会見を断れた苦い経験もある。
 選手が勝利するまでのプロセスや、大記録を樹立した選手の伝記や、その証を聞く度に、野口英世博士や湯川秀樹氏の伝記と同様、大きな感動を覚える。野茂英雄投手が引退した後、当方は毎日、イチロー選手の記録を追っている。
 毎朝、スポーツ紙を読むのが朝食よりも好きな人もいる一方、当方の読者のように、スポーツにはまったく関心がない人がいても不思議ではない。分っているが、理解していただきたこともある。スポーツを楽しみ、その勝敗に一喜一憂することは神様の心を傷つけることではない。むしろ、神様はわれわれ以上にスポーツ好きではないだろうか。神様は負けず嫌いで、負けたら次は勝つためにこれまで以上に汗を流して特訓される神様ではないだろうか(もちろん、聖書の中でそれに該当する聖句を引用できないが……)。
 友人から聞いた話だが、世界基督教統一神霊協会(通称・統一教会)の創設者・文鮮明師はオリンピックが始まれれば、オリンピックを見るために生まれてきた人間のようにテレビの前で観戦するという。文師はサッカーのピース・カップを創設し、サッカー・クラブのオーナーとしても有名だ。なぜ、同師はサッカーに強い関心があるのだろうか。文師はある日、それに答え「サッカーはボール一つあれば、誰でも楽しめるスポーツだ。サッカー人口が世界最大スポーツなのはそのためだ。私はサッカーを通じて多くの人々の心を神に繋げたいのだ」と語られたという。
 スポーツは頑な心も溶かし、一つにする力を持っている。サッカーは一つのボールを追って、全ての選手が右に左にと動く。
 日本のカトリック作家・遠藤周作はその著書の中で「神が存在するかどうかといった討議には関心がない。神は行動を通じて顕現される」といった内容のことを語っている。
 神は聖書の中だけに縮小される神ではなく、行動の神であり、スポーツの神でもある。当方の大切な読者がその点を理解され、今後とも付き合って下されれば幸いだ。

IAEAのHPが変った

 職業柄、毎日、国際原子力機関(IAEA)のHPを開け、新しいニュースがないかチェックしている。そして気がついたことだが、「IAEAのHPが変った」ということだ。「HPは定期的に変るものだ」と指摘されればそれまでだが、IAEAの場合、大袈裟に表現すれば、HPのフィロソフィーの変更にも繋がっていると感じるのだ。
 それでは、何が変ったのか。先ず、核エネルギーの平和利用の一環として、がん治療への核医療の促進が大きく扱われだしたことだ。
 エルバラダイ前事務局長時代、イランや北朝鮮の核保障措置協定の履行問題を中心にHPが構成されていた。それが天野之弥事務局長時代がスタートして以来、イランや北朝鮮、シリアのセーフガード履行問題は依然、重要テーマだが、それらと並列して、核医療を含む核エネルギーの平和利用が大きく紹介されてきたのだ。天野事務局長自身、昨年12月、事務局長就任最初の外国訪問先ナイジェリアでは、主にがん対策への核医療問題で意見を交換している。
 核の医療利用は昔からIAEAの課題であったが、メディアの関心が核査察問題に集まることもあって、IAEAのHPはそれに関連したテーマで埋まってきたが、ここにきて核の医療利用に大きなスペースが割かれてきたわけだ。
 例えば、「ガン治療のためのIAEA行動計画」(PACT)は「胸部健康グローバル・イ二シャティヴ」(BHGI)と共同で開発途上国のガン医療を促進していく、といった記事がトップで紹介されている。
 天野事務局長は「IAEAの職務をイランや北朝鮮の核問題にだけに縮小しないで頂きたい」と語ったことがある。その意味で、HPの変更はIAEAの新しいフィロソフィの反映と解釈できる。
 6月定例理事会では「イスラエルの核能力」が19年ぶりに理事会議題となり、35カ国の理事国間でホットな議論が交わされたばかりだ。「イスラエル問題の議題化はIAEAの政治化を促す危険性がある」といった懸念の声がある。そういう中で、がん治療への核医療の利用促進問題はIAEAの「核エネルギーの平和利用」の原点の一つだ。IAEAのHPを評価する。

IAEAのHP www.iaea.org

ドイツ・チームが優勝する理由

 南アフリカで開催中のサッカーのワールド・カップ(W杯)でドイツ・チームが初戦の対オーストラリア戦で4−0と快勝した直後から、同国メディアでは早くも「今大会でドイツは優勝する」といった楽天的な予測が飛び交っている。
 メディアというものは無責任なものだ。大会前まで「ミヒャエル・バラック選手の負傷で中心選手を失ったわがチームは苦戦が予想される」「リーグでも活躍しなかったミロスラフ・クローゼ選手とルーカス・ポドルスキ選手をあえて起用するヨアヒム・レーヴ監督の作戦は成功しない」と苦言を呈してきた。それが初戦で活躍した選手はメディアが批判してきた両選手だったのだ。レーヴ監督の作戦が評価される一方、メディアの報道が如何に場当たりなものかを暴露してしまった。
 しかし、同国メディアだけではなさそうだ。メルケル連立政権のパートナー政党、自由民主党(FDP)のディルク・二ーベル経済協力相は「わが党が政権に参画している時はドイツ・チームはW杯で優勝する」と主張したのだ。1954年、74年、そして90年の過去3回の優勝は確かにFDPが政権に参加していた時だ。54年と90年はキリスト教民主同盟(CDU)との連立政権、74年は社会民主党(SPD)との連立政権だ。
 経済協力相の論理に従えば、FDPがメルケルCDU政権に参加している今回もドイツ・チームは優勝できるというわけだ。FDPはチャンピオン・メーカーというわけだ。同国有権者が昨年9月の総選挙で、6月の南ア大会のW杯を考えて同党を支持したわけではないだろうが、事実はその通りだ。
 しかし、事実は決して一つだけではない。94年と98年のW杯の時、FDPは政権に参画していたが、いずれも準決勝止まりだった。すなわち、同党が政権に参加していた時のW杯で優勝できなかったことがあったのだ。
 しかし、FDP政治家にとって、そんな事実はどうでもいいのだろう。過去3回のW杯優勝の時、たまたま、政権に参加していたという事実が全てなのだ。
 ドイツは18日、セルビアと対戦する。二ーベル経済協力相の予言によれば、ドイツ・チームは楽勝だが、果たしてどうだろうか。

何故、ブブゼラを擁護するか

 いつものようにバチカン放送の独語電子版を読んでいた時、「フランス司教会議、ブブゼラを擁護」という題の記事を見つけた。ブブゼラの音に頭を悩まされてきた当方は早速、読んでみた。
 仏カトリック教会司教会議副事務局長は旧約聖書ヨシュア記6章で記述されている「エリコの壁」を例に挙げ、「憎悪、偏見、民族主義の残滓を崩壊させることができれば、いいではないか。殺人武器の轟音のほうがもっと人間には耐えられない」と述べ、ブブゼラを擁護している。
 その上で、「ブブゼラの音は確かに許容可能な限界まで達しているが、絶え間ない街の騒音にすら、われわれの耳は慣れてしまったではないか」という。南アフリカの大統領や国民が聞いたら、涙を流して感動するだろう。
 しかし、当方はワールドカップ(W杯)の開催中はブブゼラの演奏中止を願っている。4年に1度開催されるサッカーの祭典をブブゼラの騒音で悩まされたくない、と考える無数のサッカー・ファンがいるのだ。
 念のために強調するが、ブブゼラの禁止は決して南アの文化否定や軽視を意味しない。純粋に生理的に耐えられないだけだ。仏聖職者のように、ブブゼラの音をエリコの壁を崩壊させた角笛の音と比較して満足できるようなアカデミックなテーマでもないのだ。
 実際、W杯の試合を実況中継する独公営放送やオーストリア放送は目下、ブブゼラの騒音を可能な限り抑制するためフィルター装置を設置した。耳鼻科の医者からは「ブブゼラの音は耳が耐えられる許容限度に近い」というデーターが公表されているのだ。
 例を挙げてみよう。電車がガード下を通過した時のデシベル(騒音の単位)は90だ。ブブゼラは120を越える。最大可聴域の130に近い。強度の難聴を引き起こす危険性があるのだ。米軍嘉手納基地の飛行機発着時でも110デシベル以下だ。
 にもかかわらず、国際サッカー連盟(FIFA)はブブゼラの禁止を考えていないという。ひょっとしたら、FIFA幹部たちは既にブブゼラのため強度の難聴を患い、サッカー・ファンの声が聞こえなくなったのかもしれない。

「ブブゼラ」と「神に祈る選手」

 南アフリカでサッカーのワールド・カップ(W杯)が開幕して以来、国連記者室で仕事をしていても午後3時(現地時間)になると、落ち着かなくなる。第1試合目が始まる時刻だからだ。昔の記者室には古いが、テレビがあったので、同僚記者と共に試合を堪能できたが、新しい記者室にはテレビがない。インターネットでも試合観戦できるが、どうしても消化不良な気分になってしまう。だから、記者室を早めに脱出し、帰宅することになる。日本チームが国外W杯で初勝利した試合も自宅で見た。試合内容はもうひとつだったが、「勝利は勝利」と喜んでいる。
 ところで、アフリカ大陸で初の国際イベント開催といわれた南ア大会をみていて、以下の2点を感じている。一つは、あの耳に突き刺さる南アの民族楽器「ブブゼラ」の音だ。蜂の大群に襲われているような不安感を煽る。当方だけではないらしい。多くのファン、選手まで「あの楽器を止めさせて欲しい」と、国際サッカー連盟(FIFA)に嘆願しているという。ドイツ公営放送はブブゼラの音を抑える消音対策を取っているという。
 「アレは南アの文化だ。ホスト国の文化を尊重すべきだ」と、寛大な人もいる。しかし、「自国文化の尊重を求めるならば、その受け手の反応や感情をも尊重すべきではないか」と思う。もしブブゼラの音が相手に不快感を誘発させるとすれが、中止しても「固有文化を放棄」とはならないはずだ。
 もう一つ、FIFAのジョセフ・ブラッター会長は昨年6月、南アで開催されたコンフェデレーション・カップで優勝したブラジル・チームが肩を寄せ合いながら祈った行動を「危険だ。サッカーに宗教が関わる場はない」として、今回の南ア大会では宗教的表現を禁止した。
 当方はFIFAの決定を支持しない。プロ野球の選手が熱心なキリスト者だったら、バッターボックスに立つ時、心の中で祈るだろう。米大統領が重要な政治決定を下す時、ホワイトハウス内の祈祷室で祈る。宗教、それに基づく言動はその人の全人格の発露だ。ブラジル代表のスーパー・スター、カカ選手(レアル・マドリード所属)はゴールすると神に感謝を捧げるが、その姿を醜い、ましてや「危険だ」と感じるファンが果たしているだろうか。
 「世界のスポーツ界は深刻なドーピング問題に直面している。派手なパフォーマンスの背後にさまざまな問題を抱え、苦渋するプロ選手が少なくない。神はスポーツ界にも働きかけていると考えて間違いないだろう。サッカー選手が神様に感謝するように、神様もサッカーを愛しておられるはずだ」(「サッカーを愛する『神様』」2009年8月12日参照)。
 「君はブブゼラには反対する一方、選手の祈りには非常に寛大だ。自分勝手な論理ではないか」と指摘されるかもしれない。
 読者の皆さん、どうお考えですか。

イランの日本外交批判は正論か

 国連安保理で追加制裁決議を受けたイランは目下、どういうわけか日本バッシングに汗を流している。
 安保理は9日、安保理決議と国際原子力機関(IAEA)理事会決議を無視し、ウラン濃縮関連活動を継続、拡大するイランに対して追加制裁を明記した決議を採択した。対イラン決議としては4回目だ。
 同制裁決議がイランに核開発計画を断念させるとは米国もさすがに考えていないだろう。3国が反対、棄権という採択結果からみて、安保理の結束とは程遠いが、ロシアと中国が賛成に回ったという事実は大きい。
 ところで、制裁決議の採択前後、イランの日本バッシングが始まった。その激しさは対米批判を凌ぐ勢いすら感じさせる。
 「どうして今、日本を」といった声が聞かれる。イランと日本両国の良好関係を知っている者にとって、なお更だ。
 イランのIAEA代表、ソルタニエ大使は9日、理事会内で「日本は大量のプルトニウムを保有している」と指摘し、日本の核武装容疑を示唆する発言をした。
 ソルタニエ大使は職業外交官ではなく、核専門家だ。その大使ならば、「日本が保有するトン単位のプルトニウムが安全管理されていること」「日本が核保障協定締結国の模範国であること」を熟知しているはずだ。にもかかわらず、理事会の席で日本批判を行ったのだ。
 それだけではない。イランのアハマディネジャド大統領は13日、国連安保理の対イラン制裁決議に賛成した日本について「安保理で自主的な行動を取ったことがない。米国に追随するだけだ」と批判。日本の追加制裁決議賛成は「価値がまったくない」と一蹴したのだ。
 「イスラエルを地図から抹殺してしまえ」といった暴言を吐くことがトレード・マークとなった感があるイラン大統領の発言だ。余りカッカする「価値はない」かもしれない。
 しかし、イランの日本人外交批判はまったく見当外れだろうか。ソルタニエ大使は2年前、IAEA事務局長選で当方とのインタビューに応じ、日本人外交をこっぴどく批判している(「イラン大使、日本へ厳しい注文」2008年11月1日)。
 「日本の天野大使(当時)は優秀な外交官だが、日本政府の外交政策には満足できない。原爆被爆国にもかかわらず、核軍縮問題で努力が足りない上、米国の核拡散防止条約(NPT)違反に対しては沈黙してきた」
 すなわち、日本外交は米追随一辺倒であり、日本独自の外交イニシャティブがないという。ソルタニエ大使は2年前に大統領と同じことを指摘しているのだ。
 その批判に対し、日本人外交官が「そうではない」と堂々と反論を展開したとは聞かないところをみると、テヘランの対日批判は大きくは間違っていないのだろう。
 いずれにしても、追加制裁決議に激怒したイラン指導者がその怒りの矛先を日本人外交に向けたのは賢明な選択だった、といえるかもしれない。

「神父(司祭)の年」が終了

 ローマ法王べネディクト16世は今月11日、バチカン法王庁にあるサンピエトロ広場で世界97カ国から集まった約1万5000人の神父を前に「神父の年」を閉じる最後の記念礼拝を行った。「神父の年」はべネディクト16世が昨年6月19日に制定したものだ。聖ヨハネ・マリア・ビアンネ神父の死去150年を機に、同神父の生き方を模範として神父たちの向上を図るのがその狙いだ。
 法王は1年間の「神父の年」が無事終わったことを神に感謝し、神父たちには「聖職者となった日を忘れることなく、汚れのない心で献身するように」と要請。その上で、「兄弟たちよ、一匹狼になってはならない。われわれ全ては神の名で連結された存在だ。結束した時、われわれは強いのだ。その時、愛と神の真理の証人となることができる」と述べた。
 法王は聖職者の未成年者への性的虐待問題にも言及し、「聖職者を憎む悪なる敵は、神父の年に未成年者に対して性的虐待を繰り返し、神の願いを蹂躙してきた聖職者の実態を暴露したのだ。われわれは犠牲者に心から謝罪し、神に許しを請い、2度と同じ過ちを犯さないことを誓わなければならない」と強調、懺悔と悔い改めを表明した。
 べネディクト16世は自身が呼びかけた「神父の年」に聖職者のスキャンダルが暴露されたことを恨むのではなく、「教会の純化の機会として受け止め、感謝していこう」と述べている。さすがに、世界11億人の信者の最高指導者だ。マイナスをプラスの機会に転じようというわけだ。
 9日から11日の3日間、バチカンでは世界から集まった神父たちとの礼拝や記念行事が挙行されたが、そこでは「聖職者の性犯罪」問題の他、「聖職者の独身制」や「宣教活動の強化」などがテーマとして報じられてきた。
 バチカン国務省長官のタルチジオ・ベルトーネ枢機卿は「教会にとって聖職者の独身制は不可欠だ」と強調し、神父たちに「独身制の維持」を求める発言をしている。同じベルトーネ枢機卿は4月、スペインのTVとのインタビューの中で「聖職者の独身制は有意義であり、実り豊かな教会の伝統だ」と独身制を評価する一方、「独身制も決してタブー・テーマではない」と述べ、独身制の再考の余地を示唆していた。
 なお、バチカンの年報によると、世界の神父数は2000年から08年の間で約1%増加し、約40万9000人だ。ただし、大陸によって、その増減は大きく異なっている。アジア大陸ではこの期間、約25%増加し、アフリカ大陸では約33%と急増している。一方、世界カトリック教会のエリート教会である欧州教会では約7%減少している。同時に、神父の高齢化が大きな問題となってきた。フランス教会では約1万4000人の神父の半数以上が75歳以上という調査結果が明らかになったばかりだ。

イスラエルよ、イスラエルよ

 国際原子力機関(IAEA)6月定例理事会が7日から5日間、ウィーン本部で開催された。夏期休暇前の最後の理事会(理事国35カ国)では、「イスラエルの核能力」問題が19年ぶりに議題として協議された。
 IAEAではここ数年、「イスラエルの核能力」は9月開催の年次総会の議題として扱われてきた。そこで毎回、イスラエルとアラブ・イスラム諸国は激しい議論のやり取りを行ってきた。
 それが今回、ニューヨークで開催された核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、中東非核化構想の枠組みの中でイスラエルの核政策が議論されたこともあって、中東理事国が「IAEA理事会でも議題に」と提案した経緯がある。
 親イスラエルの米国代表は理事会初日(7日)、「わが国はイスラエルの核能力問題を理事会議題とすることには反対だ。理事会を政治化させる危険があるからだ」と主張する一方、「理事国は議題を提案する権利を有している。だから、米国はIAEAの規約を尊重する」として、議題のボイコットは避けた。
 さて、理事会では10日午後(現地時間)、議題7の「イスラエルの核能力」に関する協議が開始された。米国や欧州連合(EU)議長国のスペイン代表は「イスラエルの核能力を議題化することは、技術専門機関のIAEAの議題としては相応しくない」と発言。それに対し、駐IAEAのイラン代表、ソルタニエ大使は「イスラエルの核は中東地域の平和と安全を脅かしてきた。イスラエルは過去、国際機関の決議を悉く無視してきた」と批判し、「イスラエルは早期、NPTに加盟すべきだ」と要求した。
 最後に、オブザーバーとして理事会に参加したイスラエル代表の反論を紹介する。
 「IAEA理事会はわが国の核能力を議題とする如何なる法的権利も権限も有していない。議題化の狙いは、NPT体制とIAEA決議を違反するイランへの関心を逸らすことだ。イランこそ中東地域の平和と安全への最大の脅威だ。わが国を批判する国はイスラエルの国家を容認しないばかりか、絶滅させると主張している。イスラエルはNPT体制の重要性を認識している。同時に、明確な点は、NPT体制が中東地域のユニークな平和と安全問題を取り扱うには難しいということだ」。
 なお、イスラエルは核兵器の保有については否定も肯定もしない。西側情報機関筋によれば、同国は約200基の核兵器を保有している。ちなみに、イスラエルは過去、核兵器を破棄する前の南アフリカと連係して大西洋上で核実験を実施したことがある。

「司教殺人犯」の犯行動機は何か?

 トルコのローマ・カトリック教会司教会議議長、ルイジ・パドヴェーゼ司教は6月3日、トルコ南東部のイスケンデルンの自宅で専属運転手兼護衛のムラト・アルトゥン(26)に殺害されるという事件が生じた。
 事件当初、「犯人は精神病に悩まされてきた」といった噂が流れたが、イタリアやスペインのメディアからは、「犯人はイスラム根本主義グループと関係していた」という説が飛び出してきた。
 それによると、バチカン法王庁は当初から「司教殺人」の背景にイスラム根本主義勢力の関与を裏付ける情報を得ていたが、ローマ法王べネディクト16世のキプロス訪問(6月4日〜6日)が直前だったこともあって「トルコ政府を刺激しない方が得策」という政治判断から、これまで沈黙してきたという。
 スペイン全国紙パイスはさらに一歩、突っ込んでいる。「司教はキプロス行きの飛行機便を直前にキャンセルしている。その理由は、司教がトルコ当局から『運転手がイスラム根本主義勢力と手を結んだ可能性がある』との警告を受け取ったからだ。『法王の暗殺』の危険を感じた司教は法王と接近できる機会のキプロス行きを急遽取り止めた」というわけだ。すなわち、法王のキプロス訪問ではイスラム過激派の「法王暗殺計画」があったというのだ。
 それに対し、バチカン法王庁のロンバルディ報道官は「バチカンは報道内容の真偽を判断できる情報をもっていない」と述べるだけで、「法王暗殺説」に対しては肯定も否定もしていない。
 ちなみに、べネディクト16世はキプロス途上の機内で記者団に「この事件は政治的、宗教的な背景はなく、犯人の個人的な事情が反映した事件だろう。ただし、事件についてはまだ十分な情報を受け取っていないから断言できない。今回の事件でイスラム教との対話を損ってはならない」と述べている。
 参考までに、トルコのメディアでは「司教殺人犯」の動機について、5つの説が目下、流れている。(1)精神病説、(2)イスラム根本主義説、(3)極右過激派説、(4)ホモ説、(5)PKKテロ説だ。
 いずれにしても、「司教殺人犯」の犯行動機が判明するまでには、まだまだ時間がかかるだろう。
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