ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2010年03月

堕落天使の役を再演した「聖職者」

 ローマ・カトリック教会聖職者の未成年者への性的虐待事件を追っていると、「待てよ、このような不祥事を読んことがある」と思い出した。そうだ、アダムとエバの時だ。人類始祖の時代まで戻るのだ。
 あの時、アダムとエバの教育を担当していたのは天使たちだった。彼らは未成年のアダムとエバに神が創造された世界について説明し、神の創造の美を称えていた。その天使たちの中で最高指導者はルシファー(Lucifer)と呼ばれていた天使長だった。そのルシファーがエバを誘惑し、そしてアダムにも罪を繁殖させていった。旧約聖書創世記の初めに記述されている失楽園の話だ。
 ちなみに、アダムとエバが「取って食べてはならない」という神の戒めを破った後、「下部を隠した」ということからみて、不祥事は性的犯罪だったことが分る。
 一方、聖職者が未成年者に対し性的虐待をした場所は、カトリック系学校や寄宿舎だ。聖職者は少年たちに教育を施す責任を担っていた。アダムとエバがそうであったように、少年たちは教師の聖職者を全面的に信頼していた。聖職者たちはその信頼を巧みに利用して少年たちを誘惑し、性的虐待を行ってきたわけだ。
 聖職者の未成年者への性犯罪について、「社会のどこでも見られる犯罪だ。例えば、家庭内でも頻繁に生じている」(オーストリアのカトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿)といった意見を聞く。未成年者への性的暴力は残念ながら教会内だけではなく、家庭でも学校でも生じている。
 しかし、エデンの園で展開された堕落プロセスと聖職者の性犯罪の経緯は酷似しているのだ。換言すれば、聖職者はエデンの園で行われた犯罪内容を繰り返しているのだ。
 神の教えを説く聖職者は未成年者に対し天使的な役割を担っていた。聖職者の未成年者への小児性愛やそれに基づく性的虐待はあくまでも結果であり、それを促したものは未熟な者への自身の“権力”顕示欲だったのではないか。
 いずれにしても、性犯罪を犯した聖職者たちは結果的には堕落天使の役割を再演してしまったことになる。逆にいえば、聖職者が未成年者を誘惑する経路を詳細に分析すれば、ルシファーがエバを誘惑し、アダムを堕落させた道筋とその動機を垣間見ることができるかもしれない。

北の芸術展示会、ウィーンで開催

 オーストリア応用美術博物館(MAK)で北朝鮮の芸術作品が展示される。同展示会は5月18日にゲストを招いてプレミアが開かれ、同月19日から9月5日まで一般公開される予定だ。1864年に創設された由緒ある博物館で北の工芸品、美術品が展示されるのは今回が初めて。同展示会は「平壌民族ギャラリー」とMAKが共催して開催するものだ。
 展示会の副題は「金日成主席への花」となっている。宣伝パンフレットを読むと、「博物館の訪問者は北朝鮮の芸術品をウィーンで堪能できる貴重な機会を享受できる」という。
 展示会では大絵画からフィルム、建築、ポスターまで広範囲の工芸品が見られるという。北朝鮮の芸術一般は欧米では依然、無名だ。それを音楽の都・ウィーン市で一斉に展示するわけだから、展示会に一度は足を向ける価値があるかもしれない。
 同展示会では、首都平壌が韓国動乱で破壊された後どのように再建されていったかを写真やオリジナルな設計案、文献を通じて紹介されるというから、興味深い。
 もちろん、北の芸術品展示会をMAKで開催することにウィーン市民から批判の声はある。「国民を蹂躙する独裁国家の芸術品をわざわざ展示する価値があるか」といった声だ。
 そこでMAKの報道官に電話して展示会開催の背景を聞いてみた。報道官は開口一番「展示会開催には政治的理由などまったくない。純粋な芸術展示会だ」と主張し、「この種の展示会は欧州で初めてだ。価値ある展示会だ」とその意義を強調した。
 「核問題や人権問題が欧米メディアでも大きく報道されいるこの時期に独裁国家として有名な国の芸術品を展示する理由は何か」と少し突っ込んで聞くと、「MAKは冷戦時代、ロシアの革命芸術作品を展示したことがある。国民にとって未知の国の芸術を紹介することはMAKの使命だ」と説明した。
 同展示会の開催は昨年秋の予定だったが、今年5月に延期になった。その理由については「展示会開催ではよくあることだ。準備に時間がかかったからだ」という。平壌から著名な芸術家が参加するかについては「現時点では何も答えられない。2週間後には分るだろう」という。

【短信】北、ウィーンの銀行に海外資金を
 欧州情報機関筋が明らかにしたところによると、北朝鮮は1990年代、オーストリアの首都ウィーンの「ライフアイゼンバンク」(Raiffeisen bank)に当時約30億シリング(約2億2000万ユーロ)の資金を保管し、「ヒポ・二ーダー・エストライヒ(Hypo Nieder Österreich)にも数千万シリング相当の預金口座を持っていたという。北の海外資金保管銀行名が明らかになったのは今回が初めて。
 同情報機関筋は「北の両口座の存在は当時、確認済みだが、両銀行の北口座が依然、存在するかどうかは不明」という。
 北消息筋は最近、同国の海外資金約40億ドルがスイス銀行からルクセンブルクの銀行に移動したと報じたばかりだが、欧州情報機関は「その情報は確認していない」という。




イランと米国は同盟国!

 米国とイランの関係といえば、テヘランの米大使館占領事件やイランの核問題を思い出す読者ならば、「険悪な関係」と考えるだろう。それは間違いではないが、両国関係が全面的に険悪かといえば、そうでもないのだ。例えば、麻薬対策の分野では両国は非常に近い関係だ。
 ウィーンの国連で8日から12日まで5日間、国連麻薬委員会の第53会期が開催された。1週間前、同じ国連建物で開催された国際原子力機関(IAEA)定例理事会では、国連安保理決議に反してウラン濃縮関連活動を継続するイランとそれを批判する米国代表が激しく論議したばかりだ。しかし、議題が「核問題」から「麻薬問題」へと変ると、イランと米国両国は結構、連携を深めて協調しているのだ。
 イランにとって、隣国アフガニスタンからの不法麻薬密輸入は社会の安定を脅かす深刻な問題だ。年報によれば、アフガン生産麻薬の30%がイラン経由で欧州市場へ運ばれていく。一方、オバマ米政権にとって、アフガンの政情安定は最重要外交課題に位置する。特に、タリバン勢力がその活動資金をアヘン生産で賄っているといわれるだけに、不法アヘン対策は単に同国の政情だけではなく、世界の安定にとっても看過できない課題だ。すなわち、アフガンの麻薬問題ではイランと米国両国の国益は完全に一致している。
 イランはアフガン、パキスタン両国と2000キロの国境線で対峙している。イランは軍を配置し、密輸入グループの根絶にあっているが、毎年、武装密輸グループとの戦闘で多くの犠牲者を出している。麻薬対策はイランにとって戦争を意味するわけだ。
 一方、米国にとってもメキシコからの不法麻薬対策は同じ様に戦争だ。サンパウロ発時事によると、米国境に近いメキシコ北部で激化する麻薬組織の抗争や治安・国境対策について協議するため、米国のクリントン国務長官やゲーツ国防長官ら軍・安全保障担当の要人が23日、メキシコ市を訪れている。クリントン長官は「麻薬カルテルは両国政府と市民社会に宣戦布告している」と非難しているほどだ。
 核問題だけに絞って両国関係をみれば、一触即発の緊迫関係を考えるが、舞台を麻薬対策に変えれば、上述のように両国ほど近い関係はないだろう。
 外交関係ひとつをとっても、敵味方がはっきりとしていた冷戦時代とは異なり、テーマと議題によって流動的とならざるを得ないわけだ。

日本から学んだバチカンの「謝罪」

 バチカン法王庁は目下、聖職者の未成年者への性的虐待に関して、ローマ法王ベネディクト16世の責任を追求する報道に対して神経質になってきた。米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が24日、「ベネディクト16世はバチカン教理省長官時代、通達された米聖職者の性犯罪を隠蔽していた」と報じると、バチカン法王庁のロンバルディ報道官は翌日の25日、「聖職者の性犯罪をバチカン教理省に通達する義務は2001年から施行された」と説明し、教理省長官であった当時のべネディクト16世は不祥事を隠蔽していないと反論したばかりだ。
 それに先立ち、ベネディクト16世の出身国ドイツでは、同法王がミュンヘン大司教時代(当時はラッツィンガー枢機卿)の1980年、性犯罪を犯した聖職者がエッセンからミュンヘン大司教区に人事され、そこで聖職に従事したが、後日、同じ不祥事を犯した事が発覚し、同16世の管理責任を追及する声が出てきた。それに対し、ミュンヘン大司教区は「当時の総代理人の聖職者が間違った決定を下したのだ。全ての責任は彼にある」という声明文を公表した。それを受け、ロンバルディ報道官は25日、「法王は当時、不祥事を犯した聖職者が再び教区の牧会に従事したという事実を知らなかった」と説明している。
 バチカンが法王の責任追及をかわすため必死に腐心するのは理解できるが、ロンバルディ報道官の説明を聞いていると、日本の政治家の顔が浮かび上がってくる。「政治とカネ」の癒着で追及された小沢一郎民主党幹事長、北海道教職員組合の政治資金規正法違反事件で批判された小林千代美同党議員の面々だ。彼らに共通している点は問題が発覚すると異口同音に「自分は知らなかった」「まったく感知していない」「秘書が全てを処理していた」と弁明してきたことだ。誰一人として、「秘書がしたことだが、秘書の責任は私の責任だ」といって辞任表明した政治家はいない。。
 日本の国会議員から謝罪方法を学んだわけではないだろうが、バチカンの謝罪は日本人議員のそれと酷似しているのだ。曰く「法王は全く関与していなかった」「まったく知らなかった」「教区の担当聖職者が決めたことで、法王は全く知らなかった」といった具合だ。
 世界11億人の信者のトップ、ローマ法王からは「弟子たちが犯した犯罪の責任は私にある」といった潔い発言は聞かれない。その代わり、報道官を通じて「当時、その責任分担ではなかった」と弁明する一方、謝罪要求が高まると司牧書簡の公表を早めただけだ。
 牧会経験に乏しい高齢の学者法王べネディクト16世に多くのことを要求するのは酷かもしれないが、犠牲者は法王の弟子たちによって生涯消えることが出来ない痛みを受けた当時の未成年者たちだ。その数は判明しただけでも数万人に達する。そして、バチカンはそれらの不祥事が発覚するまで沈黙してきたのだ。一部のメデイアが「バチカンをもはや組織犯罪グループと見なすべきだ」と書いていたが、残念ながら、決して大げさな表現とはいえなくなってきたのだ。

米紙報道へのバチカンの「反論」

 米ニューヨーク・タイムズ(電子版)は24日、ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世がバチカン教理省長官時代、米国教会の聖職者の性犯罪報告を受けながら、その事実を隠蔽していたと報じたが、バチカン側は25日、即反論を展開している。報道の公平という観点から、ここで読者にバチカン側の反論を紹介した。
 米紙によると、ウィスコンシン州のカトリック教会聖職者が1950年から74年の間、聴覚障害者の学校に勤務していた時、200人に及ぶ未成年者に性的虐待を行っていた。その聖職者の不祥事は管轄区大司教から1996年、バチカンに報告されたが、バチカンからは何の対応も処罰も下されなかったという。
 バチカンで当時、教理省庁長官を務めていたのは現法王べネディクト16世だ。そのため、ローマ法王自身が過去、聖職者の性犯罪を隠蔽していた、という批判に晒されているわけだ。
 ちなみに、べネディクト16世(当時、ヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガー枢機卿)は1981年、教理省長官に就任し、法王に選出される2005年4月まで24年間余り、カトリック教理の番人を務めてきた。
 それに対し、バチカン法王庁のロンバルディ報道官は「(不祥事を犯した)神父の件は1996年に教理省に通達された。同神父は懺悔の秘密違反にも問われていたが、既に高齢であり、健康に問題があったため、教会法に基づく処罰が行われなかった。バチカン側は適切な対応を管轄区に要請した。その直後、同神父は死去した。バチカン教理省への通達義務は2001年から実施されたものだ」と説明している。
 同報道官の反論をまとめるならば、べネディクト16世は同件では全く責任がなかったという。理由は、同件が96年にローマに通達されたこと、バチカン教理省への通達義務は2001年以降だったこと、の2点を挙げている。
 バチカンの反論はそれだけではない。ラッツィンガー長官の下で教理省で働いていたギロッティ司教はミラノ日刊紙コリエレ・デラ・セラ紙とのインタビューの中で「長官は全ての聖職者の性的不祥事について妥協することなく追及していた」と証言し、教理省長官が意図的に不祥事を隠蔽したという報道に対し、「馬鹿げている」と一蹴している。
 興味深いことは、アイルランド教会やドイツ教会で聖職者の不祥事が報じられた場合、バチカンはもっぱら沈黙してきたが、批判の先が法王に向けられた場合、バチカンは即反論を展開させていることだ。
 バチカンが法王擁護のため必死に反論するのはある意味で当然であり、理解できるが、バチカンが過去、聖職者から性的虐待を受けた犠牲者に対してそれだけ真剣に対応したことがあっただろうか。
 バチカン側の反論が空しく響くのは、神の教えを伝える聖職者が抵抗できない未成年者に性的虐待を繰り返し、生涯消えない痛みを与えているのにもかかわらず、その事実が発覚するまで沈黙してきた経緯があるからだ。

バチカンは「秘密の宝庫」

 世界に11億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の総本山、バチカン法王庁は「秘密の宝庫」だ、といった人がいた。叩けばホコリがでる古い絨毯のように、調べればこれまで隠蔽されてきた事実や文献が飛び出してくるという意味だ。
 聖職者の未成年者への性的虐待問題だけではない。例えば、バチカン直営の銀行が世界の組織犯罪マフィアの不法資金の洗浄(マネーロンダリング)に利用されてきたことが判明している。
 また、カトリック教義に反する学説を主張した反体制派神学者や聖職者への嫌がらせは徹底している。独身制の廃止を要求したり、妻帯したために聖職を失った聖職者の数は10万人を遥かに超える。バチカン法王庁は結婚のために聖職を失った聖職者の復帰の道を閉ざす一方、既婚聖職者に対しては「踏み外した」として無慈悲なまでに無関心を貫いてきた。これは教会の隠語で「白い殺人」と呼ばれている内容だ。
 米紙ニューヨーク・タイムズは24日、1人の聖職者が200人以上の未成年者に性犯罪を犯していた件で当時バチカン教理省長官だった現ローマ法王ベネディクト16世がその報告を受けながら対応しなかったと報道している。同16世は出身地、ドイツ・ミュンヘン大司教区時代でも聖職者の性犯罪に真摯に対応しなかった事実が報道されたばかりだ。すなわち、現ローマ法王べネディクト16世はミュンヘン大司教区時代からバチカン教理省長官時代まで性犯罪を犯した聖職者を終始保護し、その事実を隠蔽してきたのだ。
 ローマ法王は終身制だが、ベネディクト16世の辞任を要求する声が聞かれ出した。政治家ではない、精神的指導者のローマ法王に対し辞任要求が聞かれるということは、異常なことだ。
 聖職者の性犯罪を調査してきたオランダのカトリック教会シモ二ス枢機卿は「既に1100件の性犯罪事件が報告された」と述べ、予想以上に膨れ上がった件数にショックを受けている。約250件のドイツ教会の性犯罪件数を大きく上回ったのだ。調査が進めば、さらに性犯罪件数は増えていくだろう。
 カトリック教義の領域でも重要な内容が隠蔽されてきた。教会が外典として聖書編纂から除外した多くの文献の中にカトリック教義を覆すような驚くべき内容が記述されていたが、教会は意図的にその事実を隠してきた。特に、アダムとエバの堕落内容やイエスの生涯に関する文献が聖典から追放されてきた。これもバチカンの秘密の一つだ。
 久しく隠されてきた事実がここにきて明らかになりつつあるが、どうして隠蔽された事実がこの時期に集中的に暴露されるのか、という質問はもっともだ。新しい時代圏に入ったからかもしれない。太陽が真上にある時、人の影が消えるように、影のない生き方が要求されてきたからかもしれない。
 逆にいえば、「秘密の宝庫」と呼ばれるバチカンは久しく長い影を引きずりながら存在してきた、ということになる。その影にサタンが侵入してきたわけだ。
 ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中でイワンが自作の「大審問官」という題の叙事詩を説明する個所がある。当欄でも数回紹介したが、もう一度振り返る。イワンの叙事詩以上にバチカンの現状を描写した文を知らないからだ。
 舞台は16世紀のスペイン。恐ろしい異端審問が席巻していた時代だ。キリストが現れてきて多くの奇跡を行う。群集は彼に救いを求める。その状況を見ていた大審問官の枢機卿は顔を曇らして「キリストを捕らえよ」と命令する。牢獄に入れられたキリストの前に大審問官が来て、「お前はキリストだろう。お前にはもう昔言ったことを付け加える権利はない。何故今頃になってわれわれの邪魔をするのだ。われわれはもはやお前にではなく、彼(悪魔)についているのだ。これがわれわれの秘密だ」(新潮文庫「カラマーゾフの兄弟」より)という。
 バチカンは神に仕えてきたのではなく、悪魔に従ってきた、というのだ。厳しい内容だが、大きくは間違っていないだろう。

バチカンは「国連人権憲章」未加盟

 ローマ・カトリック教会聖職者の未成年者への性犯罪問題を討議するTV報道番組を見ていたら、1人の女性参加者が「バチカンは国連の人権憲章にすら加盟していない。そのような国が21世紀の今日、存在していること事態が不思議だ」と述べていた。
 バチカンとは、「バチカン市国」と呼ばれるが、正式には「聖座」(Holy See)という呼称の国家だ。国連の人権憲章とは、人権問題に関する普遍的憲章の一つで、国連加盟国はバチカン以外ほどんどが加盟している。
 そこで「どうしてバチカンは加盟を拒むのか」、駐オーストリアの聖座代表部報道担当者に電話で聞いてみたが、「加盟していないことは事実だが、どうしてかと聞かれても答えられない」と言うだけで埒が明かない。報道担当者の対応としては残念ながら落第といった印象を受けた。
 そこで当方はバチカンに代わって考えてみた。国連の人権憲章には「宗教の自由」から「児童、女性の人権」まで幅広く記述されている。バチカンが加盟を躊躇せざるを得ないとすれば、例えば、「女性の人権」問題かもしれない。女性の聖職者への登用を拒否している手前、「女性の権利蹂躙」と批判を受ける危険性が考えられる。
 それだけだろうか。聖書には「カイザルのものはカイザルへ、神のものは神に返す」というマタイ福音書22章の有名な聖句がある。人間が長い歴史を通じて構築してきた政治形態の民主主義は結局はカイザルの世界の秩序だ。その人権の尊重を明記した人権憲章は神の世界を標榜するバチカンと相容れない内容があるだろう。
 そもそも民主主義と宗教の組織形態は一致しない。宗教団体はどの宗派でも教祖が存在し、そこに権力と権威が集中する。多数決原理で動く民主主義とは異なる。
 バチカンにとって、人権の前に神の権利尊重がなければならない。だから、時には、人権を無視しても神の王国を優先するケースが出てくるわけだ。宗教に所属しない人間は宗教人のこの思考形態を極度に恐れているわけだ。
 このように考えていくと、バチカンが人権の尊重に関する憲章に加盟しないのは当然かもしれない。加盟すれば義務が伴う。神の権利と衝突する憲章内容を履行しなければならなくなる。だから、「加盟しない」という結論になるわけだ。
 参考までに、聖職者の未成年者への性犯罪はカイザルの世界でも凶悪犯罪に属する。その凶悪犯罪を聖職者が犯した場合、どうなるか。その刑罰は「神の審判」だけではなく、カイザルの世界からも刑罰を受けなければならない。
 オーストリア教会最高指導者シェーンボルン枢機卿は「通常の社会でも性犯罪が発生している」と主張していたが、聖職者の性犯罪は、人権と神権(神の権利)の両世界から刑罰を受けるという点で、通常の性犯罪より重罪といわざるを得ない。

ヒトラーは法王を脅迫していた!

 ローマ・カトリック教会の聖職者による未成年者への性犯罪は欧州教会の土台を大きく揺れ動かしている。問題点は、神の教えを宣教する聖職者が抵抗できない未成年者に性的暴力を振るったこと、その事実を教会側が隠蔽したこと、の2点が挙げられる。
 ここで考えたい点は後者の「事実の隠蔽」だ。ところで、バチカン消息筋から興味深い話を聞いた。それによると、「カトリック教会の聖職者の性犯罪をキャッチしたドイツ国家社会主義(ナチス)のヒトラー政権がバチカン法王庁の弱みを巧みに利用して圧力をかけ、反ユダヤ主義政策への批判の口を閉ざした」というのだ。
 そこで思い出すのはピウス12世(在位1939−58年)だ。同法王の評判は余り芳しくない。ナチスが推進した反ユダヤ主義政策を擁護した法王としてのイメージが強いからだ。もちろん、バチカン側は反論し、「ピウス12世はユダヤ人の擁護に努力していた」という。
 ウィーン市の「イスラエル文化センター」の1人のラビ(ユダヤ教法律学者)、シュロモ・ホーフマイスター師は「ローマ法王は当時、ナチス政権も干渉できない唯一の機関だった。法王がその見解を表明すれば、大きな影響を欧州諸国に与えることができたが、ピウス12世はその権限を行使しなかった。それによって、どれだけの多くのユダヤ人がナチス政権の犠牲となったことか。その意味で、彼は聖人に値しない」とはっきりと語っている。
 これまで不明だった点は、どうしてピウス12世がナチスの反ユダヤ主義政策に沈黙せざるを得なかったかだ。その意味で「カトリック教会内の聖職者の性犯罪が絡んでいた」という先の指摘は非常に興味深い。換言すれば、聖職者の性犯罪という不祥事を知ったヒトラーは、それを武器に法王を脅迫していたというわけだ。
 カトリック教会内の聖職者の性犯罪はピウス12世時代もあったことは疑いない。例えば、アイルランド教会では1950年から1990年代までに2500件以上の聖職者の性犯罪が生じたというが、1950年前にもあっただろう。そして欧州教会の指導者の多くがその事実を知りつつ、沈黙してきたという点も変らないだろう。
 先のバチカン消息筋の指摘が正しいとすれば、聖職者の性犯罪は犠牲者に癒えない傷を与えたばかりか、それを隠蔽することで悪魔の攻撃を許し、結局は歴史に大きい汚点を残すことになったわけだ。
 バチカン法王庁はピウス12世の聖人化を進める一方、同12世に関する歴史文献を2014年、ないしは15年には公開する予定という。同12世関連の歴史文献が公開されれば、ピウス12世の歴史的評価にも影響が考えられる。ただし、バチカンが当時の聖職者の性犯罪の事実も公表するか、甚だ疑わしいといわざる得ない。

法王の書簡公表後の動向

 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は20日、アイルランド教会の聖職者の未成年者への性犯罪問題で司牧的書簡を公表し、犠牲者に赦しを請う一方、性犯罪を犯した聖職者に対し「神の審判」にも言及し、教会と聖職の神聖を汚したとして厳しく批判した。
 週明けの22日、法王の書簡への論評が欧州メディアで溢れている。教会関係者は「法王は聖職者の性犯罪を厳しく批判し、教会の基本姿勢を明確にした」と評価する声が多い一方、「われわれは教会」などの教会刷新運動をする平信者たちからは失望の声が聞かれる。法王が聖職者の独身制について何も言及していないからだ。
 当方は14項目に渡るべネディクト16世の書簡を慎重に読んだ。法王としてはかなり突っ込んで言及している部分もあるが、最終的な評価は具体的な行動が伴うかどうかだろう。
 法王には失礼だが、言葉一つ一つにその内容に一致する重みが感じられないのだ。謝罪を含む言葉がもう一つ心に響かないのだ。
 アイルランド政府調査委員会が9年間の調査で明らかにしたところによると、聖職者の未成年者への性犯罪件数は2500件を越えている。米教会の1万件には及ばないが、小国教会としては異常な件数だ。政府調査委員会の報告によれば、「未成年者への性的暴力が教会やその関連施設で“組織的”に行われてきた」と指摘している。
 教会関係者は聖職者の性犯罪を知りながら、沈黙してきたのだ。教会指導者もその意味で共犯者だ。アイルランド教会ではないが、べネディクト16世もミュンヘン大司教区時代、性犯罪を犯した聖職者を再雇用し、その不祥事を隠蔽した事実が明らかになっている。ローマ・カトリック教会は上から下まで共犯者といわれても仕方がない現実がある。
 べネディクト16世は21日、日曜の慣例の礼拝で「ヨハネ福音書」第8章から姦淫の現場で逮捕された女の話を紹介し、「イエスが『あなたの中で罪のない者がまずこの女に石を投げつけるが良い』と述べるが、誰一人、女に石を投げる事が出来る者がいなかった」という個所を引用している。同16世が偶然、「イエスと姦淫の女」の話を引用したわけではないだろう。
 未成年者へ性的暴力を犯した聖職者に石を投げつけることができる「罪無き者」は誰一人としていないことは事実だ。イエスは罪を憎む一方、罪びとに対しては救いの手を差し伸べている。法王はわれわれにもイエスのようにあって欲しいと願っているのだろうか。
 それでは、未成年者へ性的暴力を犯した聖職者に対し石を投げず、刑罰は神の審判に委ねるべきか。それで聖職者の性犯罪が本当に減少するだろうか。「神に委ねる」という名目で聖職者の不祥事を隠蔽してきたのが教会ではなかったのか等、いろいろな思いが湧いてくる。
 いずれにしても、欧州のカトリック教会が存続の危機に直面していることは間違いない。100万人を超える信者の教会脱会が現実となろうとしている。
 教会は身内の聖職者の性犯罪問題に真摯に取り組むべきだ。法王の書簡公表がその第一歩であることを期待する。

「ガス室」と「北朝鮮」が選挙争点に

 オーストリアで来月25日、大統領選挙が実施される。これまでのところ2人が立候補している。1人は現職のハインツ・フィッシャー大統領(Heinz Fischer、72)、もう1人は野党第1党の自由党が支持するバーバラ・ローゼンクランツ女史(Barbara Rosenkranz、52)だ。
 誰が出馬してもフィッシャー大統領の優位は変らず、再選阻止は難しいと予測されている。そのため、政権パートナー、国民党は独自候補者の擁立を断念しているほどだ。
 ところで、同国の大統領は名誉職だ。その政治権限も小さい。だから国民経済の行方や国内問題は選挙争点とはならない。それに代わって、ナチスの「ガス室」と世界最大独裁国家「北朝鮮」が争点となってきた。オーストリア大統領選でどうして「ガス室」と「北朝鮮」が話題となるのか、と首を傾げる読者もいるだろう。そこで以下、説明する。
 自由党擁立のローゼンクランツ女史は過去、ナチスの「ガス室」の存在に疑いをかける発言をした“前科”がある。そのため与野党やメディアから厳しく追求されてきた。同国ローマ・カトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿も「同女史は支持出来ない」とあからさまに批判しているほどだ。
 それに対し、女史は「ガス室の存在を否定したことがない」と述べ、ガス室否定説を「意図的な偽情報」として一蹴している。ただし、女史は過去、ナチス賛美の言動を禁止した「禁止法」の撤廃を要求してきたことは事実だ。
 一方、フィッシャー大統領の場合、その親北朝鮮ロビー活動が問われている。オーストリア・北朝鮮友好協会の創設に関るなど、同大統領は過去、北朝鮮を積極的に支援してきた。そのため、政敵からは「日頃は民主主義の擁護者のように振る舞っているが、世界最大の独裁政権を支援してきたではないか」と追求されるわけだ。それに対し、大統領府は「大統領は1980年以降、北朝鮮友好協会とは関係がない」と反論している、といった有様だ。
 欧州唯一の北直営銀行「金星銀行」の営業許可が出た1982年の記憶を想起してほしい。ウィーン金融界が北朝鮮の銀行開業に強く反対していたにもかかわらず、北の銀行が開業できた背後には当時与党の社会党政治家の強い要請があったことは周知の事実だ。
 ちなみに、金星銀行が独裁者金日成主席の海外資金の保管銀行であり、不法武器取引きの拠点であったことは既に明らかになっている。フィッシャー大統領がここにきて必死に北朝鮮との友好関係を否定するのは当然だろう。北との密接な関係が暴露されれば、その政治生命が危機に瀕するからだ。
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