ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2010年01月

アフリカの中国人、百万人突破

 知人の国営クウェート通信(KUNA)記者が久しぶりに国連記者室を訪ねてきた。同記者は昨年末、アンゴラの首都ルアンダで開催された石油輸出国機構(OPEC)臨時総会を取材して戻ってきたところだ。アフリカのアンゴラといえば、今月8日、サッカーのアフリカ選手権に参加予定のトーゴ選手らがテログループの襲撃を受け、死傷者を出す事件が発生したばかり。話は自然とアンゴラの治安問題になった。
 同記者は「市内には中国人労働者が多いのに驚かされた。当局の話では約30万人の中国人労働者がアンゴラで働いているという。彼らは原油産業だけではなく、アンゴラ解放人民運動(MPLA)とアンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)との27年間の内戦で破壊された道路、住宅などの社会インフラの建設に従事している」という。同記者によると、道路状況が整備されていないため、空港から市内のホテルまで数時間かかったという。
 ちなみに、アンゴラはポルトガルの植民地だったので、公用語はポルトガル語だ。同国には原油、ダイヤモンドなど天然資源が豊富だ。2007年にはOPECに加盟した。
 アフリカの中国人労働者といえば、スーダンの友人から「約50万人の中国人が主に原油産業に勤務している」と聞いたことがある。同国駐在の英国教会のダニエル・デンク大監督によると、中国は昨年度、63億ドル相当の原油をスーダンから輸入している。
 米紙ニューヨークタイムズは昨年7月18日、「アフリカで影響力を増やす中国」という記事を掲載し、「アフリカ在住の中国人は約75万人」と推定したが、スーダンとアンゴラ両国だけでも約80万人の中国人労働者が働いていることになる。両国以外でもナイジェリア、エチオピアで中国人労働者が資源開発、インフラ整備などに従事していることが明らかになっているから、アフリカ全土で100万人を越える中国人が働いているとみて間違いないだろう。それにしてもすごい数だ。
 中国の温家宝首相は昨年11月、エジプトで開かれた『中国・アフリカフォーラム」第4回閣僚会議に出席し、「わが国は今後3年間でアフリカに100億ドルの低利借款を実施する」と公約、アフリカ諸国との経済関係を深めていく意向を表明している。アフリカで働く中国人労働者の数はこれからも増え続けていくだろう。

北・イタリア国交樹立10周年

 北朝鮮とイタリアが国交を樹立して今月20日で10周年を迎えた。それを記念してイタリアから議員使節団が20日、平壌を訪問した一方、ローマでは同日、北朝鮮大使館で祝賀会が開催された。
 北朝鮮国営の朝鮮中央通信社(KCNA)によると、ローマの北大使館で開催された祝賀会ではイタリア上院外務委員会メンバー、外務省関係者、アジア研究所の学者らが参加したという。イタリアのステファ二ア・クラクシ外務政務次官は「北朝鮮との関係は過去10年間で多方面で発展してきた。将来はそれを更に高い段階へアップされることを期待する」と祝辞を述べている。
 イタリアが2000年1月、当時の先進7カ国(G7)の中で先駆けて北朝鮮と国交を樹立して以来、イタリア・北両国関係は急速に深まってきたことは、当ブログ欄でも度々紹介してきた。北朝鮮はローマに同国貿易関係企業の事務所を続々とオープンし、イタリア企業との貿易関係を強化している。例えば、イタリアの自動車メーカー、フィアット社は北朝鮮企業の自動車産業を支援している、といった具合だ。
 欧米諸国が国連決議に基づき北朝鮮への贅沢品の輸出を禁止しているため、金正日労働党総書記の誕生日プレゼント用の調達が難しくなってきた、と考えられてきたが、北側はベンツなど高級車や高速ボートなど贅沢品をローマ経由で調達していることが判明している。最近では、金正日総書記の高級品調達人、権栄緑氏がオーストリアの企業を通じてイタリアのヨット製造会社に金正日総書記用の高級ヨットを注文している(同取引きは昨年夏、発覚し、水泡に帰した)。
 ちなみに、金総書記は自国の優秀な学生たちを多数、ローマに留学させるなど、人的交流も忘れていない。
 また、イタリアの首都ローマは国連都市だ。国連食糧農業機関(FAO)、世界食糧計画(WFP)、国際農業開発基金(IFAD)の本部や事務局がある。食糧問題を抱えている北朝鮮にとって、これらの国際機関との接触は非常に重要だ。
 北朝鮮がイタリアとの関係を重視する背景について、オーストリア内務省の北朝鮮担当官は「イタリアの法治体制が依然、緩やかであり、国民総生産(GNP)の約10%がマフィア・グループの不法経済によって占められている国だ。北にとって、他の欧州諸国より付き合いやすいというメリットがあるからだろう」と説明してくれた。

金総書記の不満、暴発寸前?

 当方が北朝鮮最高指導者、金正日労働党総書記ならば、「不満が貯まっている」と思う。そして「不満」がこれ以上貯まると暴発するのではないかと危惧する。
 韓国の10年間の太陽政策のお陰で、北側は甘い汁を満喫できたが、李明博政権の登場でその甘みもカットされてきた。肝心の対米関係もオバマ政権が北の非核化を優先し、北側の提案(平和協定の締結)に乗ってこない。
 昨年11月末の貨幣改革は超インフレをもたらす危険性が次第に現実化してきた。国連の対北制裁のため、国際取引や商談はほぼ停滞し、唯一、対中貿易と経済支援で生きのびている。これが現実だろう。
 金総書記自身はといえば、来月16日で68歳を迎える。一昨年8月に脳卒中に見舞われた。西側医師団の治療のお陰で少しは回復し、昨年は200回余り、現場視察に飛び回ったが、大病前の健康状況からは程遠い。その上、いつ再発するか、といった懸念が付きまとう。爆弾を抱えて生きている日々だろう。
 金総書記は今、焦燥感と不安に苛まれているはずだ。ミサイルを数発打てば、北側の軍事冒険主義を恐れた韓国政府からさまざまなオファーが飛び出した時代は過ぎた。韓国は既に「金総書記後の北朝鮮」(韓国行動計画)を検討、さまざまな対応を考えている。それに対し、北側は「南北首脳会談で合意した6・15共同宣言と10・4宣言の遵守」を繰り返し要求するだけで、対応策に新味がない。
 韓国が「北に核攻撃の動きがあれば、先制攻撃も辞さない」と表明すると、北朝鮮軍総参謀部は24日、慌てて「戦争宣言に等しい」と叫んだが、挙げた拳を下ろす場所に苦心。27日になって、「人民軍部隊の実弾射撃訓練」という名目で南北境界水域で短距離ミサイルを約30発発射したわけだ。
 金総書記の気力は萎えてきたように感じる。気力を振り絞って号令をかけるが、事態好転の見通しはない。国内の経済問題(食糧不足など)を政治的な駆け引き(対米関係の改善など)でしか解決できない金総書記の統治能力は既に限界にきている。
 米韓両国から北が期待した返答が届かない場合、金総書記は軍総参謀部に第3の核実験の実施を指令するかもしれない。
 北朝鮮の軍事冒険を阻止するために、その要求の一部に応じる“ガス抜き”政策を実施するか、独裁政権の自壊から生じる被害を最小限度に抑える自衛政策に専心するか……、米国と韓国は決定しなければならない。それも早急にだ。

「アヴェ・マリア」の癒し

 イタリアの世界的テノール歌手、故ルチアーノ・パヴァロッチさんが歌うフランツ・シューベルトの「アヴェ・マリア」を繰り返し聴いた。聖母マリアを慕う切ないまでの心情が当方にも伝わってきた。
 当方はキリスト教の「聖母マリア信仰」に対し、「俗信仰」と一蹴し、カトリック教会の祝日「聖母マリアの被昇天」に対しても軽視してきた面があった。しかし、パヴァロッチさんの「アヴェ・マリア」を聞いて、「聖母マリアが素晴らしい女性であったかどうかは本来どうでもいいことだ」と思うようになった。
 明確な点は、欧州キリスト教会では「聖母マリア」を必要としたのだ。それが実存か、そうでないかはもはや大きな問題ではない。重要なことは、多くのキリスト者たちは日々の苦しい生活を乗り越えていくために「聖母マリアのような存在」を必要とした、という事実だろう。
 狩の社会、弱肉強食の社会で生きる人間にとって、その痛み、悲しみを慰労してくれる存在がどうしても不可欠だ。「こうあるべきだ」「こうすべきだ」といった命令する神ではない。人間の弱さを許し、抱擁してくれる存在だ。それがキリスト教社会では「聖母マリア」だった。「聖母マリアの存在」がなければ、キリスト教は世界宗教へ発展できなかったのではないか。
 ポーランドで聖母マリア信仰が強い背景には、外国勢力に過去3度、領土を分割された民族の歴史がある。民族の痛みを癒してくれる母親として聖母マリアを他の民族以上に崇拝してきたのだ。ある意味で、「必要は発明の母」だ。ピウス12世が1950年、「聖母マリアの肉身被昇天」を宣言して以来、聖母マリアの「第2キリスト論」が教会内で囁かれるようになったほどだ。
 作家の故遠藤周作氏が「父性の神」ではなく、「母性の神」を模索していったように、厳しい人生を生き抜くうえに「聖母マリア信仰」が大きな力となったことは間違いないだろう。
 キリスト教神学から「聖母マリア信仰」を議論する必要はないだろう。繰り返すが、われわれが「聖母マリア」を必要としているのだ。このように考えれば、当方は「聖母マリア信仰」と和解できるように感じる。
 付け加えるならば、「神の存在」云々もある意味で同様かもしれない。神がわれわれを必要としているかは不明だが、われわれが神を必要としていることは確かだ。公平で正義の神だ。「神は死んだ」というならば、われわれは何を差し置いても神を復活させなければならない。

「危険な兆候」

 ストラスブールの欧州議会は先日、エジプトとマレーシア両国の「少数宗派キリスト者への迫害」を批判し、その改善を強く要求した。
 エジプトの場合、コプト派正教徒への迫害だ。同国南部ケナ県ナグハマディで今月6日夜、3人のイスラム過激派がクリスマス準備中のコプト派正教徒に機関銃を乱射し、7人の信者たちが死亡、多数が重軽傷を負うという事件が発生したばかりだ(参照「コプト派正教の『6項目』要求」2010年1月15日)。
 独ベルリン市やウィーン市など欧州各地でコプト派正教徒の「信仰の自由」を要求するデモ集会が開かれた。
 一方、マレーシアではクアラルンプール上級裁判所が昨年12月31日、キリスト者にも神を意味する「アラー」の使用を認める判決を言い渡したが、それを不服とするイスラム教徒が抗議デモや同国内の少数宗派キリスト教会への襲撃を繰り返している。
 欧州議会が採択した決意書によると、「エジプトとマレーシア両国政府はコプト派正教徒や少数派宗教団体の信仰の自由とその安全を保証すべきだ」と要求。特に、マレーシア政府に対して、「政府の関与で、少数派宗派とイスラム教徒間の緊迫が高まっている」と指摘し、「宗派間の対話を促進すべきだ」と述べている。
 エジプトとマレーシア両国だけではない。イラクでも少数派キリスト者が迫害を受けている。バグダッドのスレイマン大司教は「イラクからキリスト者のエクソダス(大脱出)が始まっている」と警告している。バチカン放送(独語電子版)によると、イラク北部モスル市で先日、2人のキリスト者が何ものかによって射殺された。
 スイスで昨年11月29日、イスラム寺院のミナレット(塔)建設禁止を問う国民投票が実施され、建設禁止が可決された。欧州連合(EU)最大のイスラム教社会を抱えるフランスでは26日、国民議会(下院)調査委員会がイスラム女性の「ブルカ」着用を将来禁止する内容の報告書を提出した。
 欧州キリスト諸国の一連の動きに対抗するかのように、アラブ・イスラム諸国では少数宗派キリスト者への憎悪、敵対行為が不気味なほど高まっている。危険な兆候だ。

ユダヤ教ラビとの質疑応答

 ウィーン市にある「イスラエル文化センター」には2人のラビ(ユダヤ教宗教法律学者)が従事しているが、その1人のラビ、シュロモ・ホーフマイスター師と25日、30分間会見できる機会があった。「ホロコースト(大量虐殺)犠牲者を想起する国際デー」(International Holocaust Remembrance Day)の27日をまじかに控え、ユダヤ教で分らない問題や疑問について、単刀直入に聞いてみた。以下は、同師との30分間の会見内容の概要だ。


 ――明日はホロコーストの追悼日だが、ホロコーストはユダヤ人の信仰にどのような影響を与えたか。「神は死んだ」として無神論者になったユダヤ人もいたと聞く。
 「ホロコースト後、無神論者になったユダヤ人は数少ない。ホロコーストゆえに、神を捨てたと主張するユダヤ人の多くは、その前からその信仰は危機に直面していたはずだ。多くのユダヤ人はホロコースト後、その信仰を失うということはなかった」
 ――ホロコーストは単なるポグロム(ユダヤ人虐殺)ではない。600万人のユダヤ人が組織的に殺害されたのだ。その出来事がユダヤ人の信仰に何も影響を与えなかった、とは信じ難い。
 「ユダヤ人にとって信仰より重要なことは『知る』ことであり、『学ぶ』ことだ。ユダヤ人は過去3000年間、さまざまな理由から迫害されてきた。ローマ帝国時代には神殿が壊され、10万人以上のユダヤ人が殺された。全ての罪は神からではなく、人間によってもたらされたものだ。神は人間に自由意思を与えられた。それを人間は悪用し、多くの罪を犯してきた」
 「歴史的に説明するならば、ヤコブはユダヤ人の祖先だ。ヤコブにはエサウという兄がいた。エサウは弟ヤコブと完全には一体化できず、最後までヤコブを憎んでいた。そのエサウからバビロニア、ローマ、ギリシャなどの文明が生まれ、エサウの文化圏が広がっていった。その後もエサウの霊性は絶えることなく生き続け、ユダヤ人迫害となって現れていったのだ」
 ――ラビの話を聞くと、ユダヤ人の歴史的迫害はエサウから始まり、エサウの末裔であるローマ人らによって繰り返されてきた、ということになる。
 「簡単にいえば、その通りだ。ユダヤ世界とは異なり、エサウの文化は善か悪かの二元論の世界だ。自分たちが善とすれば、相手側は悪だ。ローマを拠点するカトリック教会はその流れを汲む。彼らは自分の教えを善とし、ユダヤ教徒を悪として迫害してきたのだ」
 ――キリスト教の一部では、選民ユダヤ人は救い主イエス殺害の罪を償うためにホロコーストの犠牲となった、と解釈している。
 「イエスの話はキリスト教が作り出したもので、ユダヤの聖典にはイエスという名前は一度も出てこない。先述したように、ユダヤ人への迫害はイエスの登場前からあった問題だ」
 ――ところで、ユダヤ教は宣教しない。
 「イエスの教えを伝道するキリスト教とは違う。ユダヤ教に関心があれば、経典を学べばいい。ちなみに、ユダヤ人と非ユダヤ人の婚礼は推薦できない。ユダヤ教にはきめ細かい日常生活の教えがある。非ユダヤ教の妻、夫はそれを理解でないだろう。結婚しても難しくなる婚姻には賛成できない」
 ――最後に、バチカン法王庁は現在、ローマ法王ピウス12世(在位1939〜58年)の聖人化への手続きを進めているが、ユダヤ世界から激しい批判が聞かれる。
 「難しい質問だ。ローマ法王は当時、ナチス政権がタッチできない唯一の機関だった。だから、法王がナチス政権でその見解を表明すれば、大きな影響を欧州諸国に与えたことは間違いない。しかし、ピウス12世はその権限を行使しなかった。それによって、どれだけの多くのユダヤ人がナチス政権の犠牲となったことか。その意味で、彼は聖人に値しない人物だ。カトリック教会には素晴らしい聖職者がまだ多くいる。彼らの聖人化を進めるべきだ。ピウス12世ではない」

神はその時、いずこに ?

 国連総会は2005年、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容者が解放された1月27日を「ホロコースト(大量虐殺)犠牲者を想起する国際デー」(International Holocaust Remembrance Day)と指定する決議を採択した。それに基づき、各国で毎年、追悼集会やさまざまな会議が開かれてきた。今年のホロコースト追悼集会のモットーは「生存の遺産」だ。ウィーンの国連でも今月27日、追悼行事が予定されている。
 ホロコーストを考える時、これまでは「ヒトラー政権がなぜ、ユダヤ人排斥主義を取っていったのか」「どうしてドイツ国民はナチス政権を支持したか」等に関心が集まってきた。換言すれば、「犯罪人の分析」が焦点となってきた。
 当方はここでは600万人を越えるユダヤ人たちが虐殺されたホロコーストがユダヤ人の信仰にどのような影響を与えたかを考えてみた。「犯罪人の分析」ではなく、「犠牲者の立場」からホロコーストの意味を模索した。


 ホロコースト後、生き残ったユダヤ人の中には、「どうして神はわれわれを見捨てたもうたのか」と「神の沈黙」について苦悩する信者たちが少なくなかった、といわれている。著名なユダヤ人学者リチャード・ルーベンシュタイン氏は「アウシュヴィッツで神は死んだ」と著書の中で述べている。
 「神の沈黙」については、「マザー・テレサ」と呼ばれ、世界に親しまれていたカトリック教会修道女テレサの書簡が有名だ(参照「マザー・テレサの苦悩」07年8月28日)。
 貧者の救済に一生を捧げ、ノーベル平和賞(1979年)を受賞したマザー・テレサは生前、「私はイエスを探すが見出せず、イエスの声を聞きたいが聞けない」「自分の中の神は空だ」「神は自分を望んでいない」といった苦悶を書簡の中で告白する一方、コルカタ(カラカッタ)で死に行く多くの貧者の姿に接し、「なぜ、神は彼らを見捨てるのか」「なぜ、全能な神は苦しむ人々を救わないのか」等、問い掛けている。それに対し、神、イエスは何も答えてくれない。修道女の心の中に神、イエスへのかすかな疑いの思いがで疼いていった。
 多くのユダヤ人もマザー・テレサと同じ苦しみの中にあったのではないだろうか。「あなたの息子、娘が悲惨な状況にある時、あなたはいずこに」と呟き、その「神の不在」の痛みから神への信仰を捨てたユダヤ人もいたという。
 一方、「ホロコーストはイスラエル建国のための供え物だった」と受け取るユダヤ人もいる。ホロコーストがディアスポラ(離散)だったユダヤ人を再び統合する契機となった、と考えるからだ(イスラエルは1948年、建国宣言した)。また、「選民ユダヤ人は人類の代表としてその罪を償った」と考えるユダヤ教徒もいる。
 少数派だが、「天罰説」もある。ハリケーン・カトリーナ(2005年8月)が米国東部のルイジアナ州ニューオーリンズ市を襲い、多くの犠牲者を出したことについて、「同市の5カ所の中絶病院とナイトクラブが破壊されたのは偶然ではない」と述べ、「神の天罰が下された」と表明したカトリック教会の聖職者がいたが、「ホロコーストはユダヤ人の罪に対する天罰だ」と受け取るユダヤ人がいる。ユダヤ教根本主義者と呼ばれる人々だ。ただし、この場合も「どの罪に対する天罰か」では一致した意見がない(ユダヤ教徒の多くは「救い主イエス殺害への天罰」という考え方を避ける)。
 「なぜに、多くのユダヤ人が犠牲とならざるを得なかったか」――。その問いに対し、ユダヤ人は必死に答えを探してきたはずだ。全てを1人の狂人ヒトラーの蛮行で済ませるにはあまりにも重い内容があるからだ。ホロコーストから半世紀以上過ぎた今日でもなお、多くのユダヤ人は問い続けている。
 ユダヤ人が「ホロコースト」の悲劇を繰り返し叫び続けることに不快を感じる知識人もいる。彼らは「ユダヤ人のホロコースト産業」と揶揄する。しかし、「なぜに、われわれは犠牲となったか」「神はいずこにおわしたもうたか」等に満足いく答えが見つかるまでは、ユダヤ人は絶対、ホロコーストを忘れないだろう。

航空会社の女性職員の「上訴」

 ブリティッシュ・エアウェイズ(British Airways)の女性職員は20日、職場で十字架をつけてはならないと言い渡した2008年11月の判決を不服として上訴した。
 裁判所は当時、「職場で十字架をつけてはいけないという社内規則は宗教差別を意味しない」と判断した。
 女性職員は06年9月、会社の上司から「十字架のネックレスをつけないか、見えないように隠しなさい」と要求された。そのため、職場を離れたが、1年後、航空会社の制服規範が変ったので職場に戻った。ちなみに、57歳の女性職員は13万8000ユーロの所得損失賠償金を会社側に要求している。
 BBC(英国放送協会)によると、女性職員は「イスラム教徒やシーク派教徒がその宗教的な服を着用できる一方、キリスト者はその信仰のシンボルを隠さなければならないということは明らかに差別だ」と不満を表明しているという。
 米国の同時多発テロ事件(01年9月11日)が発生して以来、キリスト教圏の欧米社会でイスラム・フォビア(イスラム嫌悪)が拡大する一方、他宗派を怒らせる事を控えるべきだとして、自身の宗教的言動を過度に抑制する傾向が見られ出した。英国航空会社職員の十字架ネックレス問題でも、「他宗派のゲストを不快にさせるかもしれない」というのが会社側の主張だった。
 イギリスのオックスフォードの町で08年、「今後は公にはクリスマスを挙行しないで、その代わりに『光の祭典』を行う」ことが決定された。その理由は「クリスチャンでない市民がいる。彼らの心情を傷つけてはならない」というものだった(参照2008年11月8日掲載「クリスマスを廃止すべし」)。
 他宗派の信者への配慮は大切だが、それが過剰な気配りとなった場合、滑稽な事態が生じるものだ。欧州キリスト教社会でみられる「クリスチャン・フォビア」と呼ばれる社会現象の中には、そのような例が少なくない。

「静かな事務局長」に不満の声も

 天野之弥氏が国際原子力機関(IAEA)事務局長に就任して50日余りが過ぎたが、新事務局長に対して「天野氏はメディアを嫌っている」「静かな事務局長」(extraordinarily quiet)といった評判がウィーンに拠点を置くメディア関係者で聞かれる。「新事務局長のアンチ・メディア政策」と呼ぶメディアもいるほどだ。
 それに対し、IAEA広報担当官は「新事務局長には時間を与えるべきだ。新事務局長はメディアとの付き合い方を知っている。3月開催の理事会が終われば、メディア関係者との懇談を重視していくのではないか」と説明し、それまでは新事務局長を見守ってほしいと語った。
 IAEAのHPをみると、天野事務局長は最初の外国訪問として昨年12月中旬、ナイジェリアを3日間訪問し、がん対策への核医療などで意見を交換し、今年に入ってからは8日、ニューヨークで潘基文事務総長と会談。15日にはカザフスタンのサウダバエフ外相の表敬訪問を受けるなど、多忙の日々だ。
 12年間のエルバラダイ事務局長時代に慣れてきたメディア関係者にとって、「新事務局長はメディア嫌い」と受け取るのは理解できる。前事務局長は1週間に1度、大手のメディア関係者との会見に応じるほどメディア好きだったからだ。
 しかし、国連の専門機関事務局長がメディア関係者と頻繁に会い、インタビューに応じ、情報を提供する必要はないだろう。ちなみに、エルバラダイ前事務局長はメディアを巧みに利用した政治発言が少なくなかった。会見好きな事務局長がメディア受けがいいのは、これまた当然だろう。
 当コラム欄で「エルバラダイ氏の功罪」(2009年11月27日)という記事を書いたが、過去12年間で政治機関化したIAEAを核専門機関に復帰するためには、加盟国間の利害を調整できる事務局長が重要だ。華やかなパフォーマンスではない。
 もちろん、これまで独占的に情報を入手してきた大手メディア関係者には「静かな事務局長」は面白くないだろう。当方はジャーナリストの1人として、公平で透明性のあるメデイア政策を新事務局長に期待する。

北当局はもはや変革を停止できず

 国際麻薬統制委員会(INCB)のコウアメ事務局長は先月上旬、一週間、北朝鮮の平壌を訪問し、同国政府主催の麻薬管理に関するワークショップに参加、国際社会の麻薬管理やその実態について講義を行ってきた。
 当方は20日、国連内で同事務局長と会見し、その訪朝結果などについて聞いた。以下はその要旨だ。


 ――平壌で開催された1週間のワークショップについて聞きたい。
 「参加者は100人を超えた。麻薬担当官だけではなく、税関の関係者から政府関係者まで、各分野から代表が出席した。彼らは非常に真剣に学ぼうとしていた。麻薬問題が将来、大きな社会問題に発展すると予想、その対策を考えようとしていた」
 ――北朝鮮は2007年3月、「麻薬一般に関する憲章」(1961年)、「同修正条約」(71年)、「麻薬および向精神薬の不正取引に関する国際条約」(88年)の3つの国際条約に加盟した。加盟国は国内麻薬関連犯罪統計をINCBに提出する義務がある。北朝鮮は昨年、国内の麻薬犯罪統計を提出したのか。
 「提出済みだ。北国内の不法乱用や取引きなど麻薬関連の犯罪件数は非常に少なかった。国民は麻薬を摂取できる資金も時間も有していないからだ。しかし、隣国・中国でも分るように、社会が開放されていくと、麻薬犯罪も増加する。北当局もそれを知っている」
 ――北側は具体的に何を学びたいのか。
 「税関関係者は麻薬の種類も知らないし、監視カメラやスキャナなどの機材すら設置されていないのが現実だ。麻薬類に関する基本知識がない当局がどうして麻薬犯罪に対応できるか。そこで国際社会から麻薬対策のノウハウを吸収しようというわけだ」
 ――中国との国境近い地域でアヘン栽培が行われている、という情報がある。
 「知っている。国内の医療目的のための小規模なアヘン栽培で、その面積も限られている。米国は北当局が不法麻薬取引きに直接関与していると主張するが、国際麻薬取引き網は一国の政府が簡単に関与できるネットワークではない。多国間に及ぶものであり、複雑な利害が絡んでいる。北当局の不法取引き関与説はその意味で不確かだ」
 ――事務局長は北朝鮮が開放に向かうと信じているのか。
 「私は1984年、中国を訪問した時、中国では麻薬犯罪は少なかったが、今日、大きな問題となっている。旧ソ連も冷戦時代には麻薬犯罪は皆無と主張していたが、冷戦後、ロシアでは麻薬犯罪が深刻だ。同じことが北朝鮮でもいえるだろう。北では現時点では麻薬問題は大きなテーマではないが、同国が解放されていくならば、麻薬問題は必ず拡大していく。北側当局もそのように予測しているはずだ。もちろん、北がどのように開放されていくか、自分は朝鮮半島の専門家ではないから予測できないが、開放は5年、10年以内に行われると確信している」
 ――事務局長が北の開放を確信する理由は何か
 「先述したように、私は開放前の中国やソ連を見てきた。北が例外とはいえないはずだ。平壌では一部、経済分野での民営化の動きがある。その動きをもはや止めることはできないだろう。また、韓国動乱や日本の植民地化時代を体験していない世代が増えてきた。彼らは国際社会の動きを知っている。若い世代の台頭は制止できない。首都平壌では多くの市民が携帯電話を利用し、路上にはベンツなど西側高級車の新車が多数目撃された。北当局が抵抗したとしても変革の波は既に到来している。今回の訪朝でそのことを強く感じた」
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