ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2009年08月

バチカン、イスラム金融を称賛

 米国発の金融危機が世界を席巻して以来、バチカン法王庁は「エゴ中心の資本主義経済の限界」を頻繁に指摘してきた。一方、旧ソ連・東欧諸国では市場経済システムへの失望と国家管理経済への復帰を求める声が一時高まったほどだ。
 そのような中、バチカンの日刊紙オッセルバトーレ・ロマーノは15日付の社説で、「イスラムの金融システムは世界で最も安定した金融体制だ」と指摘し、投機や先物取引に走る西欧金融界が大きな試練に直面している中、イスラム金融システムは拡大を続けていると称賛している。
 イスラム金融システムがグローバルな金融システムを網羅している、という評価は今日、定着しつつある。バチカンのイスラム金融システム評価はそのような流れから出てきたもので、決して特出したものではない。
 イスラム経済ではシャリーア(イスラム法)に基づき、リバー(利子)は禁止される一方、資金を有する富める者には喜捨が求められている。ただし、会社や銀行が利潤を追求することは認められ、それを投資家と企業側間で公平に配分する。その一方、実体経済とかけ離れたデリバティブ(金融派生商品)、ヘッジファンドや先物取引のようなマネーゲームは認められていない。
 ただし、イスラム金融システムが西側の資本主義金融システムより優れている、とは即断できない。バチカン日刊紙が指摘するように、「実際のイスラム社会では貧困とインフラの未整備などで国民経済は伸び悩んでいる」からだ。
 ローマ法王べネディクト16世は新年の礼拝の中で、「金融危機は現行の経済システムが改革を必要としていることを教えている」と述べ、経済活動での人間性の復帰を呼びかけている。

「歴史」が解決を強いる時

 韓国の金大中元大統領が18日午後、死去した。北朝鮮の金正日労働党総書記は金元大統領の遺族に哀悼の意を表明すると共に、弔問団を韓国に派遣する意向を明らかにしたという。
 その2日前、金総書記は訪朝中の玄貞恩・現代グループ会長と会談し、金剛山観光や開城観光の再開などで合意した。同時に、北朝鮮の開城工業団地で北体制を批判したとして逮捕されていた現代峨山社員が釈放された。それに先立ち、クリントン元米大統領は今月4日、訪朝し、3カ月前に拘束され、有罪判決を受けた米ケーブルテレビ局の2人の女性記者の解放をもたらした。
 上述した一連の出来事は関係者が事前に計算したり、仕組んだものではないことは明らかだ。ここに登場する人物は突然生じた出来事の解決の為に担ぎ出されただけだ。北朝鮮で「世紀の戦略家」と称えられる金正日総書記も例外ではないはずだ。
 確かに、金大中氏の死去は肺炎をこじらせて入院した段階で予想はできたが、それでも同氏の死去を事前に考慮し、何らかの対策を考える余裕があった人物はいただろうか。
 2人の米TV記者の拘束事件も現代峨山社員の逮捕も北側が仕組んだ事件ではない。北側がそれらの出来事を政治的に利用しただけだ。
 繰り返すが、クリントン元米大統領と玄貞恩・現代グループ会長の訪朝と人質解放、金大中氏の死去まで、全ては関係者が事前に予想できた出来事ではなかったのだ。そして、それらの予想外の出来事が契機となって、朝鮮半島が今、再び動き出そうとしている。
 「誰」が険悪化した南北関係の突破口を準備したのか、「誰」が朝鮮半島の問題解決を強いているのか。
 当方はその「誰か」を特定できない。抽象的な表現で申し訳ないが、「歴史」が朝鮮半島の平和実現をわれわれに強いている、としかいえないのだ。

金大中氏のブタペスト訪問

 太陽政策を提唱し、北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記との南北首脳会談を初めて実現した韓国の金大中元大統領が18日午後、死去した、という訃報が入ってきた。
 当方は野党指導者時代の金大中氏とハンガリーの首都ブタペスト市内のホテルで会い、話をする機会があった。正確な日時は残念ながら忘れてしまった。
 金大中氏は杖をつきながらホテルのロビーに入ってきた。同氏は、民主改革直後のハンガリーを訪問した当時初めての韓国政治家だった。そこで金大中氏にハンガリーの民主化の印象などを中心に聞いたことを思い出す。

 ここで読者には、「韓国」と「ハンガリー」の不思議な因縁を想起していただきたい。両国の「因縁」が分れば、金大中氏の初のハンガリー訪問の意義も一層、理解できると思うからだ。
 冷戦時代の最後の年、1988年にソウル夏季五輪大会が開催されたが、モスクワ夏季五輪大会(1980年)が西側諸国のボイコットを受けて規模の縮小を余儀なくされた報復として、旧ソ連圏がソウル大会のボイコットを検討していた矢先、ハンガリーはいち早くソウル大会の参加を表明したのだ。同国の参加表明は他の東欧諸国を大会参加に誘導。ソウル大会は当時史上最大の五輪大会となったことはまだ記憶に新しい。ハンガリーが当時、盟主・ソ連の圧力に屈してソウル大会の参加を断念していたならば、ソウル大会はモスクワ大会と同様、片肺大会とならざるを得なかったであろう。
 また、ハンガリーは脱北者を難民として受け入れることを欧州連合(EU)の中で先駆けて表明した国だ。ハンガリー内務省のクリスティナ・ベルタ次官補(国際関係担当)は2006年4月、「ハンガリー政府は脱北者に対してジュネーブ難民協定に基づいて判断する。わが政府は脱北者に対して難民公認する用意がある」と表明している。

 ハンガリー訪問後、韓国大統領に選出され、太陽政策に乗り出した金大中氏の「その後」の活躍は良く知られているが、野党指導者時代のブタペスト訪問は、ハンガリー・韓国両民族の繋がりを肌で感じる、忘れる事が出来ない旅となったのではないか、と思っている。ハンガリー人は欧州でも数少ないアジア系のマジャール民族だ。韓国民族と同様、蒙古班民族である。

半ズボン姿の北の外交官たち

 8月15日は日本では「終戦記念日」だが、欧州のキリスト教社会では「聖母マリアの被昇天」の祝日に当たり、休日だ。もっとも、今年は土曜日と重なったので、週休2日制の国民にはその有難さが半減したかもしれない。
 当方は当日午前、ウィーンの北朝鮮大使館に取材に出かけた。北側では15日は日本植民地から解放された「解放記念日」に当たる。
 北大使館では土曜日は通常、学習会が開催され、平壌から届いたビデオの鑑賞や主体思想の学習会が開かれる。オーストリアが祝日ということで、慣例の学習会が中止になるのでは、と密かに期待していたが、14区の北朝鮮大使館では外交官たちやその家族たちがいつものように集まっていた。
 ところで、中庭に姿を現した外交官たちの姿をみてビックリした。いつも背広を着ていかめしい表情をしている外交官たちが皆、一様に半ズボン姿なのだ。ある者はだぶだぶの半ズボンを、ある者は子供用半ズボンを、といった具合だ。
 大使館の主・金光燮大使が帰国中で規律が緩んだのではないかと、こちらが心配になってきた。その一方、李参事官を含む全ての外交官が同じように半ズボンを着ている姿をみて、「統合集団社会に生きている北朝鮮外交官らしいな」と、感動を覚えたほどだ。ちなみに、15日午前の温度は20度前後で、とりたてて暑い日ではなかった。
 半ズボン姿の李参事官はうまそうにタバコを吸いながら、同僚の、これまた半ズボン姿の外交官に話し掛けている。中庭はまるで学生たちが談笑しているような雰囲気だ。その間、金正日労働党総書記の健康問題、核問題、食糧危機などはどこか遠くに吹き飛んでいき、夏の風が半ズボン姿の外交官たちをそっと包んでいた。

日本は保障措置分野で最優等生

 オバマ米大統領の登場で核軍縮・核不拡散問題が再浮上してきた。核拡散防止条約(NPT)再検討会議が来年、開催されるが、核兵器のない世界実現に向け、国際社会がどれだけ前進できるか注目されるわけだ。
 NPT体制の重要な要を握る国際原子力機関(IAEA)は来月14日、ウィーンで第53回年次総会を開催する。そこで公表される「2008年度年報」から保障措置(セーフガード)の内容を読者に紹介する。
 核分裂物質を平和利用以外に転用していないかをチェックするためIAEAは加盟国との間で核保障措置協定(核査察協定)を締結し、査察を実行する。IAEAが加盟国との間で締結する核査察協定には、包括的保障措置協定(CSA)、追加議定書(AP)、それにCSAとAPを組み合わせた統合保障措置(IS)がある。
 163カ国の加盟国がIAEAと査察協定を結んでいる。例えば、CSAとAPに加盟し、発効させている国は昨年末現在、84カ国。70カ国はAPに加盟していない。IAEA査察員に広範囲の査察を容認するAPを発効させた加盟国は88カ国に留まっている。
 なお、5カ国の核兵器保有国はIAEAとの間で自発的に核査察の適用を受ける「自発的保障措置協定」を締結している。
 IAEAにとって、統合保障措置に基づく、査察を履行しない限り、「その国が核物質を平和目的以外に転用させていないことを実証できない」ということになる。例えば、イランだ。エルバラダイ事務局長のイラン報告書では、「これまでの査察履行では、イランが核物質を軍事目的に転用していないことを実証できない」という結論に留まっている。事務局長がテヘランにAPの早期加盟とその履行を強く要求するのは当然だ。
 ちなみに、IAEAは昨年度、日本を含む25カ国にISを履行している。在ウィーン国際機関日本政府代表部の天野之弥大使が次期事務局長に当選したが、日本はIAEAとの核保障措置では最優等生だ。

バチカンのウーマン・パワー

 ローマ・カトリック教会総本山、バチカン法王庁のあるバチカン市国は世界最小の独立国家。その国土は0・44平方キロに過ぎない。そこに勤務する職員数は約4600人だ。その内、女性職員数は全体の約19%という。過去5年間でバチカン内の女性職員数は約5%増加した。これはバチカン放送が9日、報じた内容だ。
 女性職員が増加するのに呼応して、バチカン市国の職員への家族手当、休暇手当など社会福祉関連の待遇は改善されてきたという。例えば、女性職員が出産した場合、出産手当が支給され、身体障害者を抱える家庭には特別手当、児童の教科書代支援や養子縁組のための有給休暇など、至れり尽せりだ。
 職員担当の事務所によれば、「バチカン職員への諸々の待遇はイタリアのそれと同水準だ」という。もちろん、聖職者の独身制を堅持するバチカンでは、父親の育児休暇はない。ちなみに、職員の給料体系は10段階に分かれ、同じ職務では男女の給料は同じだ。
 なお、バチカンでは定年年齢はこれまで男女とも65歳だったが、来年度から67歳に引き上げられる予定だ。社会の高齢化を反映した対応だろう。
 ウーマン・パワーは教会内でもその存在感を次第に増してきたが、プロテスタント教会のように女性聖職者はまだいない。カトリック教会では依然、アフリカ出身のローマ法王誕生のほうが女性聖職者の選出より“より現実的”と受け取られている。

イラン核計画、最終段階に到達か

 イランの国際原子力機関(IAEA)担当ソルタニエ大使は来月14日から開幕される第53回IAEA年次総会に追加議題案を提出した。議題案のタイトルは「操業中、建設中の核関連施設への武装攻撃や武装脅迫の禁止」だ。同書簡の日付は今月12日でエルバラダイ事務局長宛になっている。イランの議題案が正式に総会議題となるかどうかは目下、不明だが、「多くの加盟国が支持している」(イラン側)という。
 同書簡では「核関連施設への軍事攻撃はシリアスな結果をもたらす。国際社会はチェルノブイリ原発事故(1986年4月)で放出された放射能が国境線を越えて多くの人間に影響を与えたことを知っている」と説明し、「核関連施設への軍事攻撃は国連憲章にも明らかに反している」と強く警告を発している。
 同書簡の中ではイスラエルという国名は一切記述されていないが、イランの議題案がイスラエルを前提にしていることは明白だ。
 イスラエルは1981年、イラクのバグダッド南近郊の「オシラク原子力発電所」を空爆して破壊した。最近では2007年9月にシリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を空爆している。イスラエルは国連安保理決議を無視してウラン濃縮関連活動を継続・拡大するイランに対し、これまで数回、軍事攻撃を示唆している。
 イスラエル軍の空爆を恐れるイランは、年次総会で追加議題案を取り扱うことができれば、イスラエル側に外交圧力を強めることができる、という狙いがあるだろう。
 同時に、ソルタニエ大使の書簡は、テヘランの意図に反し、イランの核開発計画が最終段階(核兵器製造可能段階)に近づいていることを間接的に認める結果となっている。

ポストマンが犯人を追う日

 オーストリアのフェクター内相によると、来月初めにも郵便局職員が警察官として勤務を始める予定だという。同相はオーストリア日刊紙とのインタビューの中で「郵便局職員から転職の打診を受けている」と明らかにした。
 オーストリアでは財政赤字の郵政業務の再編成が始まっている。計画では2015年までに約9000人の郵便局職員を解雇し、約1300カ所の郵便局のうち、約1000カ所を閉鎖、ないしは民間企業に委ねることになっている。
 そのような時、解雇される郵便局職員を警察官に転職させたらどうか、という案が飛び出してきたのだ。
 オーストリアでは家宅侵入窃盗など犯罪が急増する一方、それに対処すべき警察官の数が不足している。首都ウィーン市だけでも1000人の警察官の増員が求められている。
 そこで解雇される郵便局職員を警察官として再教育する、という構想が浮上してきたわけだ。来月初めにも、ポストマン出身の第1号警察官が誕生するというのだ。
 郵便局職員と警察官の職務は公共性が高いという点で類似性はあるが、郵便物の配達に従事してきた職員が翌日、犯人を追いかけることができるか、といった素朴な疑問が出てくる。
 フェクター内相は「再教育を受け、警察官として事務職を担当してもらう方針だ」と述べ、犯行現場に直ぐに派遣されるのではない、と一応説明している。
 職員を解雇せざるを得ない郵便局側と、警察官不足で治安対策に苦慮する警察側の両者の利害が一致したわけだが、果たして、両者の思惑通りに進むだろうか。郵便通信業務労組(GPF)のゲルハルド・フリッツ議長は「内相の見通しは非現実的だ」と批判している。
 「ポストマンもポリスマンも同じ『P』から始まるから問題がない」と冗談をいっている時ではないかもしれない。

化学兵器原料をエジプトから入手

 「自分が訪れた化学工場は久しく操業を中断していた。工場労働者は工場内に設置された機械からモーターや部品を外して、小型漁船を造っていた。国際社会の制裁を受けている北朝鮮では労働者は非常に創造的だ。あらゆる処から代用品をかき集めて生活の糧に必要な用品を造っている」
 「国連の開発支援資金は通常、駐北京の北朝鮮大使館を通じて渡されている。北側はその資金で必要な機材を購入することになっているが、彼らは機材を購入せず、兵器開発資金に転用している。国連は北側に開発支援資金を現金で与えてはならない。彼らは絶対、悪用するからだ」
 「国際社会の制裁のため化学兵器に必要な原料を入手できないので、北は中東のエジプトから中国の同国企業を通じて化学原料を密かに入手している」
 モントリオール・プロジェクト(MP)担当の国連専門職員はこのように語ってくれた。同専門家は過去、数回、訪朝したことがある。昨年、平壌で環境保護問題に関するセミナーを主催した経験がある。
 北朝鮮が2006年10月、核実験を実施した直後、同専門家は「北朝鮮の核実験は事実ではない」と主張してメディアの関心を呼んだことがある。「目撃した北朝鮮の科学水準では絶対に核実験できない」という確信があるからだ、と説明してくれた。
 当方が「北朝鮮は今後、どのようになるだろうか」と聞くと、ドイツ出身の専門家は憂いを含んだ表情を一瞬見せ、「あの国は大変だな」と大きな溜息をついた。

サッカーを愛する「神様」

 「世界キリスト教情報」によると、国際サッカー連盟(FIFA)のジョセフ・ブラッター会長が6月に南アフリカで開催されたコンフェデレーション・カップで優勝したブラジル・チームが肩を寄せ合いながら祈った行動を「危険だ。サッカーに宗教が関わる場はない」として、2010年のワールド・カップ(W杯)では宗教的表現を禁止すると語ったという。FIFA会長の発言がカトリック教会から厳しい批判を呼んでいるというのだ。
 当方はこの件ではカトリック教会の立場を全面支持する。「宗教」を教会内の言動に限定し、それ以外の領域に宗教が関与することを嫌う傾向があるが、それは明らかに「宗教」への偏見だ。
 プロ野球の選手が熱心なキリスト者だったら、バッターボックスに立つ時、心の中で祈るだろう。米大統領が重要な政治決定を下す時、ホワイトハウス内の祈祷室で祈るという話をよく聞く。宗教、それに基づく言動はその人の全行動に影響を与えるものだ。それは至極当然だろう。ゴールすると神に感謝を捧げるサッカー選手を見るが、その姿を醜い、ましてや「危険だ」と感じるファンがいるだろうか。
 バチカンにはクレリクス・カップ(Clericus Cup)というサッカー・リーグが存在する。リーグ戦には71カ国出身の19歳から57歳までの神学生、神父たちが、出身国別ではなく、機関所属別に分かれて戦う。
 「クレリクス・カップ」の意義について、1人の司教は、「聖職者カップはキリストの教育原理を土台としている。選手が信仰者の場合、人間が神によって創造された存在であることを知っている。だから戦闘精神で戦う一方、他の選手への尊敬心を失ってはならない」と説明している。
 サッカー界だけではない。世界のスポーツ界は深刻なドーピング問題に直面している。派手なパフォーマンスの背後にさまざまな問題を抱え、苦渋する選手が少なくない。スポーツ記者時代、当方は「神に祈るボクサー」という小記事を書いたことがあるが、神はスポーツ界にも働きかけていると考えて間違いないだろう。サッカー選手が神様に感謝するように、神様もサッカーをこよなく愛しておられるはずだ。
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