2008年04月 : ウィーン発『コンフィデンシャル』

2008年04月

2008年04月20日06:00

カテゴリ: キリスト教

２つの「世俗主義」のルーツ

　欧米のキリスト教社会では、「政治と宗教」の分離は久しく実施され、定着しているが、同じ「政教分離」でも欧米間では異なった「世俗主義」を生み出してきている、という興味深い見解を表明する学者がいる。
　ユダヤ人の法学者ジョセフ・ヴァイラー教授もその１人だ。同教授は「欧州では単に、神を信じない、というだけではなく、キリスト教信仰に対して攻撃的な敵意が潜んでいる」と述べ、欧州の世俗主義の特殊性を指摘している。ちなみに、フランスの教育学者Ｆ・Ｅ・ビュイソンは１８７１年、「教育の現場から宗教の追放」を主張し、政教分離、ライシテという概念を生み出した。
　欧州の世俗主義の最近の例を見てみよう。ローマ･カトリック教会最高指導者､ローマ法王ベネディクト１６世は１月１７日、イタリア国立サピエンツァ大学の始業式に出席し、そこで演説する予定だったが、同大学の６７人の物理学教授や学生たちが「ローマ法王は大学で何を演説したいのか」と抗議し、訪問反対のデモ集会を開く事態が生じた。この出来事の背景には、ローマ法王個人への反発というより、カトリック教会への憎悪がある。例えば、「聖母マリアの処女受胎」といったカトリック教独自の教義に対して、信仰を有さない知識人の嫌悪感がある。
　中世時代の教会支配に懲りた欧州では、教会の影響を回避するために「政教分離」が叫びだされたが、米国ではピューリタンの「神の国」建設が建国精神となり、教会に対する政治の関与を最小限度に抑えるために「政治と宗教」の分離が主張されていった歴史がある。すなわち、米国型「世俗主義」は、キリスト教への攻撃性を潜める欧州型世俗主義とは明らかに異なる出発点を抱えているわけだ。
　欧州知識人によく見られる反米主義の背景には、宗教との関係を断絶できない米国型世俗主義への「軽蔑」と「不満」が潜んでいるのかもしれない。

2008年04月19日06:00

カテゴリ: 北朝鮮

北の「経済自立路線」の挫折

　駐オーストリアの北朝鮮大使館で１０日夜、同国の故金日成主席の生誕日（４月１５日）を祝う祝賀会が開催された。約４０人のゲストを迎え、金大使が１０分余り挨拶をした後、故金主席が生前、子供たちをいかに愛していたかを描いたビデオの観賞が行われた。
　ところで、大使館前の写真展示場には故金主席に関連した１０枚余りの写真が掲示されていたが、その写真展のテーマは「国民経済の自立を目指して」というものだった。
　「われらの偉大な指導者・金主席は国民経済の自立基盤構築のために生涯を投入された。金主席は国民の英知と努力を総動員するために積極的に現地視察を行った」と説明し、自立経済路線の成果としては、１万トンの圧搾機、水力発動機、ＮＣ工作機などの開発を挙げている。
　しかし、北朝鮮の国民経済は目下、自立どころか、韓国を含む国際社会からの支援でかろうじて存続している状況だ。今年も１００万トンの食糧不足から多数の国民が飢餓に直面すると予想されているほどだ。国際支援に依存した国民経済……、これが北朝鮮の現実だ。そんなことを考えると、写真展の内容が白々しくなってくる。
　北朝鮮外交官は「現実と公約」の乖離をどのように受け止めているのだろうか。一度、聞いてみたことがある。その時の答えは、「米国が朝鮮半島を分断し、韓国を植民地化する一方、わが国の経済発展を常に妨害してきた。そのため、わが国の経済は発展できないのだ」というものだった。故金主席が標榜した「国民経済の自主路線」が失敗した、とは口が裂けてもいわない。
　故金主席の息子・金正日労働党総書記は訪中して中国経済の発展の凄さを自分の目で目撃し、２００２年７月には「経済管理措置」を実施して自主経営を導入するなどの具体的な改革に乗り出す一方、開城工業団地を設置するなど、経済特別区をオープンしてきた。しかし、抜本的な経済改革ではないため、その成果は常に限定付き、という宿命に甘んじなければならなかった。
　ここにきて、北朝鮮は韓国の李明博大統領が提案した「非核・解放３０００」構想を「米国の対北敵対政策を模倣したものに過ぎない」として拒否している。なにか、破れかぶれ、といった印象を受ける。

2008年04月18日06:00

カテゴリ: 日常雑感

故アンドロポフの出自問題

　ユーリ・ウラジーミロヴチ・アンドロポフといえば、旧ソ連国家保安委員会（ＫＧＢ)議長を務めた後、ソ連共産党書記長に上り詰めたが、病気の為に短命政権に終わった旧ソ連共産党指導者として知られている。ところで、同氏はスタヴロポリ地方出身で父親も母親も純粋なユダヤ人だったが、共産党に入党時には「孤児」となっていたという。
　この話を教えてくれたのは旧ソ連邦時代（ゴルバチョフ時代）に国家科学技術委員会副議長（次官）を務めた知人だ。ロシアの後継者大統領、メドベージェフ氏のユダヤ系説がロシアのメディアで囁かれていると聞いたので、知人の元次官に確認した時だ。
　元次官は「聞いているが、現時点ではメドベージェフ氏がユダヤ系かどうか断定できる資料はない。関心があるから、一度調べてみるつもりだ」といった後、「君は知らないかもしれないが、わが国には両親が１００％、ユダヤ人だったソ連共産党書記長がいた。その名前はアンドロポフ書記長だ。しかし、彼は生前、自分がユダヤ系であったことを絶対に公言しなかった。公式の党員リストでも両親の名前を記入する欄には『孤児』となっていたほどだ」と説明してくれた。
　そこで、「ロシア社会では孤児出身者の方がユダヤ系よりも受けがいいのか」と質問すると、知人は笑いながら「難しい問題だ」と即答を回避。そして自身が初めて訪日した時の体験を話してくれた。
　東京の会合で１人の日本人が知人にところにきて、「私はユダヤ系です」と自己紹介したという。その人物の外観はどうみても１００％､日本人だったが、本人は「ユダヤ系」という。「日本にもユダヤ系の血をひく国民がいるとは知らなかったから、少々驚いた」という。
　元次官は「ロシア人は自分がロシア人であることを常に誇る。だから、他の民族の血が流れているとか、ユダヤ系だということが話題となるのだろう」と語ってくれた。

2008年04月17日06:00

カテゴリ: 日常雑感

「わたしは日本人です」

　チベット人の人権擁護を訴えたり、署名を集める海外亡命チベット人やその支持者の姿がウィーン市内でも見られる。国会前では朝からチベット人の旗「雪山獅子旗」を掲げ、「チベット人に自由を」と訴えるオーストリア青年もいる。
　当方がその日の仕事を終え、国連建物から外に出た時だ。２人のチベット人らしい女性が署名集めをしていた。そこで「署名で役に立つならば」と思い、女性に近づくと、なんと逃げるような仕草を見せるのだ。署名をしてほしくないのだろうか、と一瞬考えたが、当方が過ぎ去ると別の国連職員に熱心に署名を求めているではないか。直ぐに、分かった。彼女たちは当方を中国人と思い、署名活動を妨害される、と恐れたのだ。
　当方は「百済人の夜」というタイトルのコラムの中で、「当方を初めて見る大多数の人間は『中国人ですか』と先ず聞く。違う、というと『韓国人ですか』と尋ねる。最後に、『日本人らしくないですね』といって終わるパターンが過去、あまりにも多かった」と書いた。外観的には、当方を中国人と思っても不思議ではない。だから、チベット人女性を非難できない。
　当方は２００５年６月、ウィーンを訪問した中国の代表的反体制派活動家、魏京生氏と会見し、反日暴動デモの背景、天安門広場事件１６周年目を迎えた同国の民主化問題などについて質問したが、魏京生氏を含む反体制派関係者は当初、「自称・日本人記者と名乗っているが、ひょっとしたら中国大使館から派遣された治安関係者ではないか」と疑心暗鬼に陥っていた。だから、当方は日本語で話しかけたり、わざと笑ったりして、彼らの根強い不安を払拭するために腐心したほどだ。オーストリアの法輪功メンバーが記者会見をした時もそうだった。記者会見場に現れた当方を見て、法輪功メンバーたちは「法輪功の活動を監視する中国当局の『６１０公室』メンバーではないか」と疑っていた。
　欧州の北朝鮮活動を取材し出した時も北朝鮮外交官から「あいつ韓国ＣＩＡのスパイに違いない」と言われ続けてきた経験がある。だから、チベット人女性から「中国人」と思われても、もはや怒りや失望を感じない。ただ、その度に、「わたしは日本人です」と、自分に言い聞かせるようになった。

2008年04月16日06:00

カテゴリ: 北朝鮮; オーストリア

オーストリアの対北貿易事情

　オーストリア商工会議所が公表した同国２００６年度対北朝鮮貿易総額は約２９２万ユーロ。輸出総額は１９２万ユーロ、輸入総額は９８万ユーロで、約９４万ユーロの貿易黒字であった。
　オーストリアの対北輸出は２００２年以後、北朝鮮からの輸入も１９９９年以後、減少傾向にあったが、２００６年に入って、低水準ながら北朝鮮からの輸入総額は５９万ユーロ（２００５年）から９８万ユーロと急増した。オーストリアにとって北朝鮮は１４７番目の貿易パートナーだ。同国企業にとって、北朝鮮市場はまだ未開拓地、といったところだろう。ちなみに、欧州連合（ＥＵ）加盟国の中ではドイツが北朝鮮最大の貿易国で、貿易総額は約８０００万ユーロだ。
　オーストリアの対北輸出品目は、トラクター、自動車、オートバイ、自転車、台所用品のなべ、電気製品、カメラ、測量機材などだ。一方、北朝鮮から輸入する製品としては、揮発性油、香水、衣服などが主要だ。
　エコノミスト・インテリジェンス･ユニット（ＥＩＵ）によると、北朝鮮の対西側諸国への借款総額は１９９７年度、４６億ドル。そのほか、対ロシア・中国に７４億ドルの借款を抱えている。北朝鮮は１９８０年代から借款の支払い不能状況下にある。同国の対オーストリア借款総額は推定、１億５０００万ユーロだ。
　２００６年１０月の北朝鮮の核実験を受け、国連安保理は対北制裁を実施。それを受け、西側主要金融機関は対北取引きを中止、ないしは縮小してきたが、ここにきて、取引きを再開する所が出てきた。例えば、北朝鮮外国貿易銀行が先日、オーストリアの商業銀行「ライフアイゼン中央銀行」（ＲＺＢ）に取引き口座を再開した、という情報が流れている。

2008年04月15日06:00

カテゴリ: ヨーロッパ

「犯罪急増」の悪夢は？

　欧州連合（ＥＵ）内の域外境界線を決めたシェンゲン協定の範囲の拡大に伴い、昨年１２月２１日零時から２４カ国、約４億人の欧州国民は出入国審査を受けずに域内を自由に往来できるようになったが、当方は当時、「域外境界線の撤回の光と影」というタイトルのコラムを書き、「太陽が出れば、影も出てくるように、境界線の往来が自由化すれば、それだけ治安問題や不法移住者問題が更に深刻化することが予想される。実際、オーストリア国民の過半数は治安の悪化を懸念している」と指摘した。
　ところで、その懸念はどうなったのだろうか。オーストリア内務省が公表した犯罪統計を見ると、本年度１、２月の犯罪総件数は８万８５３３件で前年同期（９万８６６０件）比で１０・３％急減したのだ。境界線が廃止されたブルゲンランド州では犯罪件数が１１６４件と前年同期（１４５２件）比で１９・８％も急減している。同州では昨年末、急増する犯罪に対応するために自衛用の武器を購入する住民が増えてきている、という情報すら流れていたのだ。また、首都ウィーン市でも今年１、２月の犯罪総件数は３万３７９７件で、前年同期（３万５３２７件）比で４・３％と減少している。それだけではない。本年度第１四半期の難民申請者数は２８１１件で前年同期（３０６４件）比で減少しているのだ。
　境界線が撤廃され、自由の享受できる範囲が拡大したことで、難民も犯罪も増加せず、逆に減少したとすれば、大げさに言うならば、「人類にとってこの上もない希望」といえるだろう。
　オーストリアのプラター内相は「経済難民の殺到や犯罪の急増という懸念は根拠のないことが明らかになった」と主張し、その背景として、①シェンゲン情報システムが機能し、犯罪者の動向は即時、全ての加盟国に通達できる体制となったこと、②難民問題ではダブリン条約の履行を挙げ、「ジュネーブの難民条項は今後とも堅持するが、難民権の乱用は容認しない」との姿勢を再度、強調している。
　最終的結論にはまだ時間が必要だろうが、シェンゲン協定の拡大に伴う「難民と犯罪の急増」といった“悪夢”は今のところ杞憂に過ぎない。

2008年04月14日18:53

カテゴリ: 日常雑感

Ｏ君の「憂鬱な金曜日」

　特定の曜日に一定の偏見を抱くことは好ましくないが、Ｏ君は一時期、金曜日が本当に嫌だった。多くの勤労者や学生たちが金曜日が近づくにつれて、週末の過ごし方などを考えで「心が躍る」ものだ。家族との時間が増えるし、好きな本を読むこともできる。
　一方、Ｏ君は既に木曜日午後になると、心は明日の金曜日のことを考え、憂鬱となったという。なぜならば、金曜日の早朝、病院で抗がん用の局部化学療法（注射）を受けなければならなかったからだ。注射を受けると、その影響で日曜日午前頃まで、トイレと寝室間を行き来する以外には何も出来なくなるという。Ｏ君は「戦闘能力を奪われた兵士のような心情だったよ」という。
　Ｏ君は１９９０年代後半、泌尿器系のがんになった。６回余り、大小の手術を受けた後、毎週、金曜日、その抗がん用化学療法を受けた。がん細胞の再発の兆候がなければ、注射は毎週１度から月１度、３カ月に１度と、その間隔が広がっていく。幸い、１０年が過ぎたが、再発の兆候はない。
　２０代に胆のう摘出手術を受け、４０代にガンを体験するなど、Ｏ君は結構、これまで医者にお世話になることが多かったが、「局部だったが、化学療法は少々辛かった」という。
　一方、病院が金曜日を治療の日とするのは、患者がその週末、自宅で回復するまで療養できるからだ。週明けになれば、職場のある患者は出かけることができる。患者の生活リズムを考えたうえでの対応だ。医者を恨むことはできない。
　人には好きな曜日があるように、Ｏ君のように、特定の曜日が「憂鬱」ということもあるものだ。Ｏ君は「幸い、金曜日はもはや憂鬱ではなくなったよ。『憂鬱だった思い出』だけが今もかすかに金曜日とリンクしているだけだ」と語ってくれた。

2008年04月13日06:00

カテゴリ: 日常雑感

詩作「光の中から」

　４月の午後、太陽が輝いている。冬の間、雲で妨げられることが多く、苦い思いをしてきた太陽が光を放つ。空には、２本の飛行機雲が悠々と描かれていく。
広場のベンチに座る。

　平和な瞬間だ。葛藤も紛争も消えうせ、悩みや苦痛も太陽の光を浴びて蒸発してしまった。幸せになる為に、本を読む必要はもはやない。思い切り光を吸収するだけでいいのだ。文句をいう人などいない。光を多く吸収したといって、誰が抗議できるだろうか。

　目を瞑る。虫が肌の上で戯れるように、光が肌の上を走る、走る。

　「一応、３０分間だけにしておこう」と、声が聞こえる。
　「余り、光を吸収し過ぎると、疲れるからね」と、別の声がいう。

　「あなたがわたしを知らなくても、わたしはあなたを強くする」

　光の中から声がした。

　なんと素敵な声だろう。するとまた、「陶器が陶器師と争うように、おのれを造った者と争う者はわざわいだ」という悲しい声が聞こえてきた。
　あなたは考えられないほど傷つきやすい。

　４月の午後、太陽が輝いている。
　平和な瞬間だ。葛藤も紛争も消えうせ、悩みや苦痛も太陽の光を浴びて蒸発してしまった。幸せになる為に、本を読む必要はもはやない。思い切り光を吸収すればいいのだ。文句をいう人などいない。光を多く吸収したといって、誰が抗議できるだろうか。

2008年04月12日06:00

カテゴリ: 日常雑感

北京五輪開催決定の責任は誰？

　中国チベット自治区の暴発を契機に、中国政権の人権蹂躪に抗議するデモ集会が世界的に拡大し、オリンピックの聖火リレーは人権擁護活動家たちに妨害され、実施が難しくなってきた。それに呼応するように、世界の主要政治家たちの北京五輪大会開催式ボイコットの動きが活発化してきた。
　事態の進展を注視してきた国際オリンピック委員会（ＩＯＣ）のロゲ会長は１０日、北京で開催されたＩＯＣ理事会で「事態は危機的」との認識を示し、中国当局に対し「人権尊重の義務を果たすべきだ」と苦言を初めて呈している。同会長はその数日前に「北京五輪開催は賢明な選択であった」と主張していた。
　それらの一連の動きを見ていて、不思議に思うことがある。北京が２００８年度夏季五輪大会開催地に決定する前から、チベット人への人権弾圧問題は存在したし、中国国内では「宗教の自由」はいつも蹂躪されてきた。米国務省が毎年公表する「国際人権報告書」では、中国は人権蹂躙国リストの常連であったし、今も変らない。にもかかわらず、北京はトロントやパリの対立候補地を破り、開催地に当選したのだ。
　誰が当時、北京五輪開催を支持したのだろうか。ＩＯＣ委員はモスクワの総会で北京開催を決定した（２００１年７月）。もちろん、その背後には加盟国の利害が強く反映していたことはいうまでもない。具体的には、驚異的な成長を遂げる中国の経済市場は巨大であり、その潜在性は計り知れない。多くの加盟国は中国共産党の人権蹂躪を知りながら“中国株”の買いに走った、というのが実情だろう。ＩＯＣ関係者筋によれば、サマランチ前ＩＯＣ会長が北京五輪開催に異常な意欲を示していたという。当時、「中国の人権問題」を理由に北京開催を反対するＩＯＣ委員や加盟国もあったが、ごく少数派に過ぎなかった。
　しかし、ここにきて、フランス、英国など先進諸国の政治家たちは中国当局の「チベット人への人権弾圧」を批判し、「開会式ボイコットをも辞さない」と言い出してきたのだ。もちろん、中国の人権蹂躪は批判されるべきだが、（それを知りながら）中国のロビー活動に屈した西側政治家、ＩＯＣ委員の責任も同様に追及されるべきだ。特に、「人権擁護」を錦の御旗のように掲げ、正義の使者役を演じる政治家たちこそ、過去の言動を冷静に振り返るべきだろう。

2008年04月11日09:52

カテゴリ: カトリック

ローマ法王の訪米時の課題

　ローマ法王ベネディクト１６世は今月１５日から２１日まで７日間の日程で訪米する。ハイライトはブッシュ米大統領（１５日）との首脳会談のほか、国連総会での演説（１８日）だ。
　法王の訪米を控え、バチカン法王庁のトップ、国務省長官タルチジオ・ベルトーネ枢機卿が米ＦＯＸ放送とのインタビューに応じ、その中で「法王は訪米時にニューヨークの聖パトリック大寺院で聖職者による性犯罪問題についても聖職者に話し掛ける予定だ」と述べ、注目されている。
　米カトリック教会では２００４年、ポートランド大司教区、アリゾナ州ツーソン教区、ワシントン州スポーケン教区が次々と破産宣言を強いられた。その破産原因は大司教や神父たちがショッピングで浪費したり、ギャンブルや投機に走ったからではない。聖職者たちが子供たちに性犯罪を犯したことが発覚し、被害者との和解で巨額な損害賠償を払うことになったからだ。
　最近では、ロサンゼルス大司教区は聖職者たちが信者の子供たちに犯した性犯罪に対する賠償訴訟で約６億６千万ドルの和解金の支払いを強いられている。被害者総数は約５７０人にも及ぶという。教区側は教会関連施設などを売却して和解金を捻出する、といった有様だ。
　ベルトーネ枢機卿は「大多数の聖職者は忠実に聖職に励んでいるが、ほんの一握りの聖職者の行動が米国教会だけではなく、世界のカトリック教会の威信を傷つけている」と述べ、性犯罪を犯す聖職者は「あくまで少数派聖職者に過ぎない」と弁明したが、聖職者の性犯罪は年々、増加してきているのだ。昨年１０月には、バチカン法王庁聖職者省の高位聖職者がテレビ番組で「自分は同性愛者である」と告白し、バチカンをパニックにさせたばかりだ。
　聖職者の性犯罪増加の背景には、カトリック教会聖職者の「独身制」がある、と久しく指摘されてきた。それに対し、ベネディクト１６世は２００６年１１月、幹部会会議を開催し、「聖職者の独身制」の堅持を再確認する一方、昨年３月１３日には世界のカトリック信者に向けて「愛のサクラメント」と呼ばれる法王文書を公表し、その中で「独身制は言い表せないほどの価値ある財産だ」と主張、独身制の意義を重ねて強調している。
　ちなみに、キリスト教史を振り返ると、１６５１年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。カトリック教会の現行の独身制は１１３９年の第２ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じるために、教会の財産保護という経済的理由が（聖職者の独身制の）背景にあったといわれている。
　ベネディクト１６世の米国訪問が「聖職者の独身制」の現場を知る“Fact finding（実情調査）の旅”となることを期待したい。