ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2007年09月

韓国のもう1つの挑戦

 韓国は2014年度冬季五輪大会開催候補地争いで平昌市を擁立して戦ったが、グアテマラ市で行われた国際オリンピック委員会(IOC)の総会(7月4日)で、ロシアのソチ市に惜敗したばかりだ。敗北の無念さがまだ癒えていない中、韓国は現在、もう1つの挑戦に臨んでいる。2012年の万国博覧会(万博)開催地の誘致戦だ。
 パリに本部を置く万国博覧会国際事務局(BIE)が公式認定した候補地は、モロッコのタンジール市、ポーランドのウロツワフ市、そして韓国の麗水市の3都市だ。韓国側は昨年5月22日、立候補を表明した。今年6月にはパリのBIE総会でIT技術を駆使して海洋観光都市のイメージをアピールするプレゼンテーションをしたばかりだ。
 韓国の外交は今日、南北外交以外では麗水市の万博候補地の獲得を優先課題として掲げているという。同国の金雨植副首相兼科学技術相は国際原子力機関(IAEA)年次総会に参加するためにウィーン入りし、総会初日の17日午後に一般演説を終えたが、その前後のスケジュールは超多忙だった。オーストリアのフィッシャー大統領を表敬訪問したほか、19日にはグーゼンバウアー首相とも会談している。総会に参加した副首相の日程としてはかなり異例だ。知人の同国外交官に聞くと、12年度国際万博開催地問題で麗水市を売り込む目的があったからだという。
 金副首相は18日夜、ウィーン市内の日本レストランで夕食をしたが、1時間半で食事を切り上げると次の日程をこなす為に出て行ったほどだ。夕食もゆっくりとして取れない、といった感じだ。これもIAEA年次総会の為というより、12年度万博開催地の誘致外交のため、というわけだ。
 前回(2005年)の愛知万博には、121カ国4国際機関が参加して開催された。万博開催期間の185日間で2200万人を超える入場者があり、経済波及効果は数兆円にもなると見積もられた。万博開催は開催国の経済発展に大きな影響を及ぼすのだ。
 タンジール市はアフリカ初の万博開催を掲げて健闘し、ポーランドのウロツワフ市は麗水市と同様、2010年度の開催地争いで上海に苦杯をなめている。それだけに再挑戦にかける意気込みは凄い。麗水市も油断できない。
 なお、BIEは11月26、27日に第142次総会を開催し、12年度の開催地を決定する予定だ。

CTBTO広報部のC君の努力

 是非は別として、米国が積極的に関与しない国際機関は余り活気がない。国連機関も然りだ。米国が脱会した国連工業開発機関(UNIDO)を思い出してもらえばいいだろう。日本が財政的に支えているとはいえ、その活動が国際メディアを通じて伝えられることはほどんどない。特に、米国メディアは米国政府が参加していない国連機関の動向など元々関心を払わない。
 同じことが、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)にもいえる。米国は1996年9月に署名したが、同国上院本会議が99年10月、批准を否決して以来、米国のCTBTOへの関与は中途半端だ。だからというわけではないが、朝食付き記者会見を中止して以来、CTBTO開催の定例記者会見は文字通り、閑古鳥が鳴くように寂しいものとなった。
 CTBTO広報部に勤務するC君の役割は記者会見にジャーナリストを呼び集めることだ。記者会見の数日前には会見を告げるパンフレットを国連Cbビル3階記者室の掲示板に貼る。メール・アドレスをもらっているジャーナリストにはメールで連絡する。これだけすれば、IAEA関連の記者会見ならば、プレス室に入れないほどの記者たちが殺到する。しかし、CTBTOの場合、記者会見は数人の記者だけということが過去、あった。
 2年に1度開催されるCTBT発効促進会議が17日から2日間の日程でホフブルク宮殿で開催されたが、同時期に国際会議場でIAEA年次総会(17日〜21日)が開催中だ。大多数のジャーナリストたちは華やかなIAEA年次総会に流れる。
 会議の開催直前、C君は「どうしたらいいだろうか」と頭を抱えていた。当方が「C君、大丈夫だよ。IAEA年次総会の取材するジャーナリストたちの関心は初日に集中している。総会2日目の18日にはホフブルク宮殿の記者会見に足を伸ばしてくれるよ」と説明し、慰めたほどどだ。
 幸いにも、ホフブルク宮殿の記者会見には、決して多くはないが、会見室が埋まるほどのジャーナリストたちが駆けつけてきた。C君は記者会見に来たジャーナリストたちを見る度に笑顔で迎えていた。
 ドイツ人の父親とフランス人の母親を両親とするC君とは、仕事以外のことで良く話す。条約が発効していない国連機関の広報員として働くことに一時期、悩んでいた。「CTBTOの条約発効の見通しは依然、暗いしね。明日どうなるかも分からない」と呟いていた。C君が広報員として自信をもって働くことができるためにも、CTBT条約の早期発効は急務だな、と思わされた次第だ。

ラテン語ミサを学ぶ聖職者たち

 ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王ベネディクト16世は7月7日、ラテン語礼拝の復活を承認した法王答書を公表したが、同答書内容は今月14日、正式に発効された。
 それを受けて、各国のカトリック教会聖職者たちはラテン語礼拝に取り組む準備に入っているが、若い聖職者たちはラテン語礼拝廃止を決定した第2バチカン公会議(1962〜65年)以降の生まれが多く、「どのようにラテン語礼拝をしていいのか」と戸惑うケースが見られる。なにせ40年前の礼拝形式だ。ラテン語ミサを実際体験した聖職者たちは多くいない。
 そこで各教区でラテン語礼拝を学ぶ学習会が開かれているが、「日曜日のミサをラテン語で実施できるまでには訓練が必要だ」(ドイツ聖職者)といわれ、ラテン語ミサが実際行われるまで暫く時間がかかるだろうという。
 その一方、「教会の近代化を決めた第2バチカン公会議の精神を忘れ、公会議前に回帰することになる」として、聖職者の中にはラテン語礼拝の復帰に反対の聖職者たちがいる。例えば、バチカン法王庁のお膝元、イタリア南部のカセルタのノガロ司教は「ベネデイクト16世が承認した公会議前の礼拝の再現は認められるべきではない」と主張し、「ラテン語礼拝を復活する十分な理由はない。1962年前の礼拝形式は神と真の関係を構築するのに相応しくない」と強調しているほどだ。
 ベネディクト16世が7月、ラテン語ミサ=トリエント・ミサの復活を承認する法王自発教令を明らかにした時、バチカン内や教会内では、「ラテン語ミサの復活は時代錯誤で、信者離れが加速するだけだ」といった懸念の声も聞かれた。それに対し、同16世は当時、「ラテン語ミサに回帰するというより、カトリック教会の精神的糧となってきたラテン語ミサの素晴らしさを生かしたいだけだ」と説明している。すなわち、現行の礼拝ミサ形式を継続する一方、ラテン語ミサを承認するというわけだ。だから、ラテン語礼拝は義務ではなく、聖職者の自主的な判断に基づく、というのがバチカン側の説明だ。
 ちなみに、ラテン語ミサ復活の背景には、教会から破門された故ルフェーブル大司教らカトリック教会内の伝統主義者との関係修復の狙いがあるからだ、といわれている。カトリック教会の根本主義者、フランスのマルセル・ルフェーブル枢機卿が創設した聖職者グループ「兄弟ピウス10世会」はラテン語の礼拝を主張し、第2バチカン公会議の決定事項への署名を拒否する一方、教会の改革を主張する聖職者を「裏切り者」「教会を売る者」として激しく糾弾してきた。ルフェーブル枢機卿は当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世の強い説得を無視して4人の聖職者を任命したため、破門された。
 ベネディクト16世は法王に就任後、「兄弟ピウス10世会」の現リーダー、ベルナール・フェレイ司教と会談するなど、ラテン語ミサの復活に向け水面下で交渉を進めてきた経緯がある。

韓国、IAEA総会に最大使節団

 ウィーンの国際会議場で17日から21日まで5日間、国際原子力機関(IAEA)の第51回年次総会が開催中だ。理事会は35カ国代表だけが参加して協議するが、年次総会は加盟国144カ国が出席するIAEA最大規模の会議だ。意思決定機関の理事会とは異なり、年次総会は加盟国全てが参加して過去1年間の問題点などを話し合う。その意味で年次総会は理事会とは違い、加盟国の意見の交流の場ともいえる。
 さて、加盟国はその国力、財力、関心度に基づいて年次総会に使節団を派遣する。当方が入手した参加者リストから代表的な国の使節団の規模を紹介すると、なんと最大規模の使節団を派遣した国は韓国だった。金雨植副首相兼科学技術相を筆頭に43人の名前が連なる。それに次いで米国が35人、日本34人、ナイジェリア33人、ロシア32人、オーストリア31人、南アフリカ30人となっている。欧州連合(EU)の主要国では、英国は21人、フランス25人、ドイツ26人だ。参考までに、中国は20人に留まっている。韓国の派遣規模は大国・中国の2倍以上ということになる。
 日本は過去、50人を越える大規模使節団を年次総会に派遣したことがあるが、大多数のメンバーは総会初日だけ会議に顔を出し、後は市内見物や買物で時間を費やすケースが少なくなかった。そのため一部メディアから税金の無駄使い、といった批判の声が聞かれた。そのためかどうか知らないが、今回は韓国、米国に次いで第3番の規模だ。ちなみに、EU主要国よりも多くの使節団を派遣したオーストリアはウィーン国連のホスト国だ。だから、使節団の数が自然に膨らむのだろう。大多数の加盟国は駐オーストリアの自国外交官を含め3人から5人程度の参加だ。
 韓国が今回、大使節団の派遣となった背景について同国関係者に聞くと、「金副首相が会議に参加したため、その付き添い関係者が含まれたこと、技術関係者が多く出席したため」という。
 当方が韓国外交官に「貴国が今回の年次総会では最大規模の使節団をウィーンに派遣しましたね」というと、何事でも第1位が好きな国柄というわけでもないだろうが、「それには気が付かなかったね」といいながら、満更ではない、といった笑みをこぼした。

金総書記の濡れた手

 オーストリア・北朝鮮友好協会の副会長エデュアルト・クナップ氏と先日、会見する機会があった。会長のアドルフ・ピルツ氏が今月初めに亡くなったこともあって、友好協会は現在、活動停止状況にある。そこで副会長から今後の活動方針を聞き出そうと考えたのだ。
 クナップ氏は「ピルツ会長と私は今秋、平壌を再訪する予定だったが、会長が突然死去したので、この計画は無期延長となる」と述べると共に、同氏が初めて訪朝した時の体験を話してくれた。
 クナップ氏は1998年、友好協会のメンバー数人と共に訪朝した。駐オーストリアの金光燮大使の敬淑夫人(故金日成主席の娘)が金総書記との会見を取り持ってくれたこともあって、クナップ氏らは金総書記とわずかな時間だが会見することが出来たという。
 長テーブルだったこともあって、金総書記の顔がよく見えなかったが、会見が終わると金総書記が近づいてきて手を伸ばしてきたので、クナップ氏が握手に応じた時だ。同総書記の手は水が滴り落ちるほど汗で濡れていたのだ。クナップ氏は「正直言って、少々気持ちが悪かったが、随伴の北朝鮮人から『金総書記と握手した人はその手の温もりを失わないために、暫く手を洗わないものだ』と聞かされていた手前もあって、手を直ぐには拭くことができずに困った」と笑いながら語ってくれた。
 そして「金総書記がドイツ・ベルリン心臓センターの医者から手術を受けたと聞いたが、総書記は心臓以外にもどこか悪いのかもしれないね。手の発汗は異常だった」と説明した。
 同氏の話で興味をひいた点は、金夫人が友好協会の願いに応じて、金総書記に会見を求め、同総書記がそれに応じたという件だ。金夫人と金総書記は異母兄妹の関係だ。金総書記が金夫人の実弟、金平日氏(現駐ポーランド大使)の帰国を認めず、冷遇していることを考えると、金夫人への処遇の違いは面白い。ちなみに、金夫人は膝を悪くし、一時期は車椅子を利用していた。現在は治療の為に帰国中だ。
 クナップ氏によると、金大使は来月1日にはウィーンに戻ってくるという。「大使が戻ってくれば、友好協会の今後の方針のほか、新会長の選出問題などを話し合う考えだ」という。

懐かしい名前

 インターネットでニュースを追っていた時、国連開発計画(UNDP)が北朝鮮不正資金流出疑惑を解明するため外務監査を補佐する新たな外部調査団を発足したという記事が目に入った。そしてその責任者になんと「ハンガリーのネーメト元首相が就任する」というではないか。当方は驚きと共に懐かしさが込み上げてきた。
 東欧記者として共産諸国の取材で飛び歩いていた時、当方はミクローシュ・ネーメト首相と会見できる機会を与えられた。ハンガリー社会主義労働者党(共産党)は当時、東欧諸国の中でも民主化路線を先行していた。ネーメト首相は当時、東欧で最も若い首相として党改革派の旗手だった。改革派と保守派内で対立していた同党は1989年10月、党大会を開催して党路線を決定することになっていたのだ。
 当方は駐オーストリアのハンガリー大使館の知人を通じて首相府にインタビューを申し込んだ。ハンガリー党大会は単に同国の行くばかりか、東欧全般の民主化路線に大きな影響を及ぼす可能性を秘めていたからだ。だから、世界のメディアはハンガリー党大会の行方を追っていた。
 当方はネーメト首相にインタビューを申し込んだものの、「難しいだろうな」と考えていた。すると「直ぐにブタペストの首相府に来るように」という連絡が入ってきたのだ。当方は暫くこの朗報を信じる事ができなかったほどだ。
 歴史的な党大会の直前、当方はブタペストの首相府で改革派のトップ、ネーメト首相との単独会見が実現できたのだ。首相は「ハンガリーの民主化を継続する為に保守派とは決別をも辞さない」と決意を表明した。同首相の発言は世界の通信社を通じて流された。当方が住むオーストリアの代表紙「プレッセ」も1面で「ネーメト首相、日本の新聞社との会見で民主化の決意を表明した」と引用したほどだ。ネーメト首相の発言は当時、それほどインパクトがあったのだ。その後、ハンガリーを含む東欧の民主化は読者の皆さんもご存知のように、予想を越えた急テンプで進展していったのだ。
 首相を辞任したネーメト首相は一時、同国の有力な大統領候補者であったが、最終的には欧州復興開発銀行(EBRD)の副総裁に就任した。そこまでは知っていたが、ここ数年、同氏の名前をまったく聞かなかった。
 そのネーメト首相の名前が突然、現れたのだ。UNDPの北朝鮮事業費の不正流出疑惑解明の調査団長に就任したというニュースを見て、所在が分からなかった友人の居所を突然、聞いたような喜びと驚きを受けたのだ。
 それにしても、あのネーメト首相が今度は北朝鮮問題に関与するのだ。欧州の北朝鮮問題に強い関心を有する当方にとって、二重の喜びとなった。

子供部屋のテロリストたち

 アルプスの小国オーストリアで12日、同国国籍を有するアラブ系の3人(男2人、女1人)のテロ容疑者が逮捕された。彼らは今年3月、ドイツと共にオーストリアを名指しで「アフガニスタン駐留の同国軍を撤退させよ」と要求し、「応じない場合、オーストリアをテロの対象とする」という脅迫ビデオを流した容疑だ。同国内務省の調査によれば、少なくとも、主犯はアルカイダのドイツ語圏スポークスマンであった可能性があるという。彼らの2人が海外に出国する計画であったため、同国テロ対策部隊(通称「コブラ」と呼ぶ)が容疑者の自宅を襲撃して逮捕したという。
 脅迫ビデオ内容が報じられると、国民は少なからず衝撃を受けた。なぜならば、「わが国は対テロ戦争の舞台ではない」という変な確信が大多数の国民の中にあったからだ。しかし今度は、アルカイダのメンバーが国内に潜伏していたと知って、大げさに表現するならば、「国民は腰を抜かしている」といった状況だ。
 調査が進むうちに、テロリストたちのプロフィールが明らかになった。主犯のモハメット・M(22)は両親のアパートで妻(20、逮捕)と2人の弟たちと共に住んでいる。コブラがMの家に突入した時、マオハメット・Mと妻は子供部屋で休んでいた。だから、オーストリアの大衆紙「オーストライヒ」は14日、「テロ対策特別部隊、子供部屋に突入」と報じたほどだ。
 22歳のモハメット・Mは童顔だ。隣人たちは異口同音に、「あのような人の良い青年がテロリストとは」と答え、呆然としている。同国日刊紙は14日付で主犯の顔写真を掲載したが、写真を見る限りでは確かに童顔の青年であり、彼が欧州ドイツ語圏のアルカイダのスポークスマンとは直ぐには信じられないぐらいだ。
 内務省発表の情報によれば、3人は具体的なテロ計画を考えていなかった。モハメット・Mは「オーストリア・イスラム青年」(会員・約100人)のリーダーだ。内務省は同グループを過激なイスラム・グループとして監視してきた経緯がある。
 明確な点は、逮捕された3人はアラブ出身のイスラム系移民者の2世ということだ。英国、ドイツでも既に明らかになったが、オーストリアでもイスラム系移住者の2世が過激なイスラム教に接して、テロ信奉者となっていったことが明らかになったわけだ。
 当方は過去、当コラム欄で「ユーロ・イスラム」の重要性を指摘し、「狙われるユーロ・イスラム」と述べてきた。約1300万人と推定されるユーロ・イスラムは現在、インターネットなどを通じて過激なイスラム系テログループの思想攻勢にさらされているのだ。

金総書記の肖像画と殉教者たち

 北朝鮮の国営朝鮮中央通信社(KCNA)は先日、「洪水で流された家族が金正日労働党総書記の肖像画を守るために必死となり、溺れる娘の命を失った」とか、「洪水で亡くなった犠牲者の懐にはビニールで保管された金総書記の肖像画が見つかった」を報じ、金総書記の肖像画を自分の命より大切に扱ったと、その行為を称える記事を発信した。
 KCNAの記事を読んで心が重たくなった。もし、この報道が事実とすれば、金総書記の肖像画のために娘を失った家族が存在し、金総書記の肖像画を守るために、自分を犠牲にした国民がいたわけだ。犠牲となった北朝鮮国民には申し訳ないが、このようなことは、北朝鮮以外の国で可能とはどうしても思えないのだ。それが心を重くする理由である。
 逆にいうならば、北朝鮮ではどうしてこのような事が可能なのだろうか。情報管理された社会で政府当局の一方的な情報だけを聞き続けるならば、その人間は当局の話を無条件で信じるようになるだろう。なぜならば、判断できる他の情報がないからだ。その意味で、金総書記の情報管理がいかに凄いかを物語っているといえる。
 それだけだろうか。米国宗教専門サイトが5月、「世界主要宗教の信者数」を発表したが、そこで北朝鮮の国是、主体思想を「宗教」と見なし、主体思想信者数を1900万人と推定、信者数で「世界第10位の宗教団体」と位置付けている。その数はユダヤ教徒(1400万人)よりも遥かに多い。共産主義イデオロギーが一種の偽宗教といわれて久しいが、主体思想が宗教体系を内包した思想というわけだ。
 それが正しいとすれば、教祖(金総書記)の肖像画は信者たち(国民)にとって聖画であり、尊いものとなる。必要ならば、自分の命を捨ててもそれを守ろうとするだろう。信者たちには、聖画のために命を犠牲にする殉教精神があるはずだ。
 そして殉教した信者の証は他の信者たちの信仰を鼓舞する上での絶好の教材となる。洪水で犠牲となった国民が金総書記の肖像画をビニールに入れて守っていた、というKCNAの記事は、同じような脈絡の中で理解すべきなのだろうか。

イラン外交官の不安

 国連安保保障理事会決議にもかかわらず、イランがウラン濃縮関連活動を停止しないため、欧米を中心に安保理で追加制裁の声が高まっている。にもかかわらず、イランのアハマディネジャド大統領は今月2日、「ウラン濃縮用の遠心分離機3000基以上が既に稼働している」と表明したばかりだ。この声明が正しいとすれば、イランは1年間で1個分の核兵器用の濃縮ウランを入手できることになる。ハメネイ師、同大統領ら強硬派指導者たちは「イランの核計画は平和利用を目的としたものであり、主権国家の権利だ」と主張して譲らない。
 そこで知人のイラン外交官に「イラン指導者は本当に国際社会から孤立しても大丈夫と考えているのか」と聞いてみた。外交官は少し考えた後、「指導者たちは大丈夫と考えているようだが、大多数の国民はそうではない。安保理の制裁がこれ以上、拡大すれば、国民の生活は一層、厳しくなるだろう」と述べた後、「国民だけではない。本音をいえば外交官も不安で一杯だ」という。すなわち、追加制裁で外交官の数が制限された場合、「帰国を強いられる外交官が出てくる」といった不安があるという。帰国対象となるのは公使、参事官、書記官といった外交官たちだ。
 知人によれば、駐オーストリアには約60人のイラン外交官が登録されている。ちなみに、イランにとってオーストリアは欧州の中でもドイツ、スイス、英国と共に外交上、「非常に重要な国」に指定されているという。なぜならば、国際原子力機関(IAEA)など国連機関のほかに、石油輸出国機構(OPEC)の本部があるからだ。
 外交官、その家族を入れて約260人の運命が追加制裁の有無にかかっているわけだ。帰国を強いられた場合、「外交官の特権を失う一方、外交官として国内の数倍の給料を受けていたが、その経済的恩恵も同時に無くなる」というわけだ。
 石油輸出国イランは6月27日から国内でのガソリン販売を配給制に切り替えたばかりだ。同国内ではガソリン不足で国民の不満が高まっている。
 ハメネイ師やアハマディネジャド大統領らイラン指導者にとっては、国民ばかりか、海外代表部の自国外交官も将来に不安を抱いていることなど、余り重要なことではないのかもしれない。指導者層と外交官を含む大多数の国民間の亀裂は益々深まってきている。

豊かな国・日本?

 ウィーンで10日から2週間、国際原子力機関(IAEA)関連の会議が続く。今週は定例理事会が、来週は第51回年次総会がそれぞれ開催される。
 北朝鮮とイラン両国の核問題から、中東地域の非核化構想まで取り扱うだけに、国際メディアの関心は高い。しかし、厳密にいえば、北朝鮮、イラン両国問題はニューヨークの国連安保保障理事会に上程されて以来、ウィーンのIAEA理事会では技術的な協議が中心だ。制裁など政治的決定は安保理の権限に属する。それにもかかわらず、IAEA会議が注目される背景には、核拡散防止条約(NPT)体制が現在、危機に直面しているという一般的な認識があるからだろうか。
 だから、というわけではないだろうが、理事会を取材する日本メディア関係者の数が多いことには驚かされる。その数は理事会を取材するジャーナリストの3割から多い時には4割を占める。理事国関係者が「日本はイランの核問題にどうしてこれほど関心があるのかね」と当方に聞いてきたことがあったほどだ。
 日本の主要メディア約10社が駐在する特派員を送る。それだけではない。数が多くなる理由は、各社が複数の現地雇いの助手を抱えているからだ。多くの助手たちは前線で理事国の外交官に接触して情報集めをする。ちなみに、助手の中には、元AP通信社記者だった敏腕記者もいるし、流暢な日本語を話す助手も多い。肝心の日本人ジャーナリストたちは日本人外交官のブリーフィングまでは余り仕事がない。しかし、他社の動向を知るため、ということもあって、理事会の会議場周辺に屯する。だから、理事会周辺に集まったジャーナリストの3割から4割が日本メディア関係者で占められる、といった“珍奇な現象”が生じるわけだ。
 欧州のメディア機関の場合、解説記事は自社記者が担当するが、通常の流し記事はAP、ロイター、AFPなどの通信社の記事を利用する。それに対し、日本のメディア機関は「社の名誉と威信」を重視するため、自社記者の記事を要求する。そのため、特派員を派遣するわけだが、各社の「自社の記事」を見る限り、大きな差はない。いや、ほぼ同じだ。
 それはそうであろう。情報源が同じだからだ。日本人外交官から得た情報を中心に、助手からの情報、AP、ロイターなどの通信社の記事を参考にしてまとめるからだ。このプロセスを経て日本に発信される記事が「結局ほぼ同じ」という結果になるのは、至極当然なわけだ。
 しかし、日本のメディア機関は自社記者の記事重視傾向が強いため、取材経費など余り問題にしない。理事国関係者が「日本は本当に豊かな国なんだね」と溜息混じりにいうのも、これまた当然だ。
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