ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2007年08月

バチカン市国解体論

 英週刊誌ザ・エコノミストが「バチカンは国家としての外交権を放棄し、非政府機関(NGO)となるべきだ」と要求したばかりだが、国連加盟国の一部からもバチカン市国解体論が再浮上してきている。
 世界に約11億人の信者を有する世界最大宗派、ローマ・カトリック教会のバチカン小国は1929年、当時のムソリー二政権との間でラテラノ条約を締結して誕生した。国連には常駐オブザーバーを派遣し、世界の政治にも深く関与してきた。
 バチカン市国解体論の背景には、「真理の独占」を主張し、他のキリスト教会を「真のイエスの教会ではない」と宣言するバチカンに対して、プロテスタント教会を中心に根強い反発がある。バチカン法王庁教理省は先月10日、「教会についての教義をめぐる質問への回答」と題された文書を発表し、そこで、イエスの教えを直接継続した弟子ペテロを継承するカトリック教会こそが唯一、普遍の「イエスの教会」であると宣言したばかりだ。この教会論は前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世時代の「ドミヌス・イエズス」(2000年)を再確認したものだ。
 それに対し、プロテスタント教会からは「キリスト教会の再統一を妨げる最大要因は真理の独占を主張し続けるバチカンの頑迷さにある」という声が高まってきているわけだ。
 バチカン側は必死に反論を展開している。バチカン放送によると、イタリアの神学者ブルーノ・フォルテ氏は「バチカン解体論者にはイデオロギー的偏見がある。バチカン小国を単なる社会機関とできない深い根拠がある。教会は神の愛を体験できる共同体だからだ」と指摘し、バチカン小国が神の愛によって創設されたと弁明している、といった具合だ。
 当方のコラムの読者ならば既にご存知と思うが、神の愛を提供すべきカトリック教会は今日、子供たちへの性犯罪の賠償問題で破産に追い込まれている。例えば、米教会では2004年、ポートランド大司教区、アリゾナ州ツーソン教区、ワシントン州スポーケン教区が次々と破産宣言をしたばかりだ。米CNN放送によれば、過去50年間、全米で1万件を超える性的事件が教会聖職者らによって起こされているという。米教会だけではない。欧州のエリート教会でもオーストリア教会最高指導者グロア枢機卿が自分の教え子に性的犯罪を犯したため辞任に追い込まれるなど、カトリック教会聖職者の性犯罪は世界的な現象だ。バチカン解体論の根底には、「神の愛」と「真理の独占」を主張するカトリック教会の「現実」に対し、キリスト者を含む多くの有識者たちの「失望と怒り」があるはずだ。

プリーズ、プリーズ

 韓国の盧武鉉大統領と北朝鮮の金正日労働党総書記の南北首脳会談が最初の8月28日開催から10月2日開催となった。北朝鮮側が水害の復旧を理由に首脳会談の延期を申し出たためだ。そこでいつものように、欧州駐在の北朝鮮外交官に首脳会談の延期理由などを再確認してみた。以下はその1問1答だ。

 ――南北首脳会談が10月2日に延期された。北朝鮮は水害の影響を延期理由に挙げている。
 「その通りだ。わが国を襲った集中豪雨は未曾有の被害をもたらしている。首都平壌でも大きな被害が出ている。自分も平壌のテレビを見て驚いたほどだ」
 ――韓国メディアの一部では「韓国政府の支援に不満の金総書記がそれを吊り上げるために延期を要求した」との情報も聞く。
 「それは根拠のない憶測だ。今回の洪水の被害はわが国全土に多大の被害をもたらしている。実際、数百人の国民が犠牲となっている。それが首脳会談の延期の理由だ。それ以外の理由は考えられない」
 ――首脳会談は韓国側からの強い要請に基づくと聞く。
 「韓国側からは、なんとか南北首脳会談を開催してほしいと、わが国に泣きついてきたのだ。だから、わが国側は応じることにした。その点を誤解しないでほしい。ここだけの話だが、韓国側は『プリーズ、プリーズ』と懇願してきたのだ。それほど、韓国側は首脳会談の開催に拘っている」
 ――韓国では12月19日に大統領選がある。盧武鉉大統領は是非とも自身の対北融和政策を支持する候補者を勝たせたいと願っているからだ。ところで、韓国野党のハンナラ党は20日、全党大会で前ソウル市長の李明博氏を大統領候補者に選出した。李前ソウル市長をどのように見ているか。
 「韓国では著名な政治家かもしれないが、わが国では李前市長のことを報道したことがないから、無名の政治家だ。だから、前ソウル市長の政治姿勢云々を聞かれても返答に困る」

 以上だ。

 いずれにしても、南北首脳会談の開催は韓国の盧武鉉大統領陣営が金総書記に懇願した結果、ということがほぼ確認できた。だから、第2回南北首脳会談も完全に金総書記の管理下で展開されるとみて間違いないだろう。興味を引く点は、ハンナラ党の李明博大統領候補者の政治姿勢に対し、北朝鮮側がまだその立場を明確にしていない、ということだ。

朝鮮中央通信社の広報活動

 北朝鮮を襲った集中豪雨について、同国国営の朝鮮中央通信社(KCNA)は連日、その被害状況を迅速に世界に流している。例えば、15日、「平壌市と黄海南道、黄海北道、平安南道、江原道、咸境南道で連日大雨が降り、住宅や公共建物、鉄道、道路、橋、堤防、揚水場などが破壊し、電力と通信網が断たれ、多くの人命被害があった」と報じ、「大同江と普通江の水位が急激に高まって多くの地区が水に浸り、交通がまひし、農耕地が浸水するなど、首都でも少なくない被害が発生した」と伝えた。
 朝鮮中央放送も負けていない。「現在、被害地域は拡大している。決定的な対策を打ち出さなければ被害はさらに拡大し、農業、電力、石炭工業、交通運輸、逓信、都市経営などさまざまな部門と人民生活に大きな影響を及ぼす恐れがある」(いずれも、韓国日刊紙「中央日報」日本語版)と憂慮している、といった具合だ。
 KCNAは19日に入ると、「北朝鮮・大同江中流・上流の降水量は524ミリだった。万景台区域、中区域など平壌一部の道路が2メートルも浸水し、普通江ホテルの1階と綾羅島5・1競技場が水に浸った。最悪の洪水だった1967年8月25〜29日の472ミリより52ミリも多い量」(同上)と、降水量を数字を挙げて克明に伝えている。
 朝鮮中央通信社が過去、今回の被害報道のように、迅速、詳細に情報を世界に流したことがあっただろうか。思い出してほしい。同国平安北道の竜川駅で2004年4月22日、半径1キロ内が完全に廃虚と化すほどの大爆発事故が起きたことがあった。朝鮮中央通信社は当時、「爆発規模はTNT100トン規模だった」と報じた。実際は、同爆発事故を探知した包括的核実験禁止条約(CTBT)機関の国際監視システム(IMS)によれば、爆発規模はマグニチュード3・6、TNT規模で800トンだった。すなわち、朝鮮中央通信社は爆発事故を意図的に過小評価して報道したわけだ。
 しかし、朝鮮中央通信社は今回、迅速に、それも降水量まで詳細に伝えている。同通信社のこの“変身”は何を意味するのだろうか。報道機関としての意識に突然目覚めたのだろうか。最も合理的な説明は、水害への国際支援をより多く獲得する為に、平壌当局の指令に基づいて被害状況を迅速、詳細に、時には過大報道し、世界に流している、とみて間違いがないだろう。

北朝鮮外交官の私見

 北朝鮮最高指導者の金正日労働党総書記と韓国の盧武鉉大統領の南北首脳会談が今月28日から開催されることになった(その後、北の「水害復旧」のため、10月に延期)。大多数の韓国国民は両国首脳会談の開催を歓迎しているという。一方、北朝鮮朝鮮中央通信は南北首脳会談の開催を報道したが、国民の反応は伝えていない。そこで、北朝鮮国民の代表として、欧州駐在の同国外交官に南北首脳会談について、「私見」を聞いてみた。以下、1問1答だ。

 ――南北首脳会談への期待は。
 「首脳会談の成果は前もって予想できないが、南北両国の指導者が会って、話し合うということはよい事だ。南北双方の理解を深めるよい機会であることには間違いない」
 ――どのような成果が考えられるか。
 「開城工業地帯の拡大など、両国間の経済関係の促進は十分、予想される。それ以外の分野は分からない。正直に言って、南北間では緊急の政治課題はない」
 ――今回の首脳会談開催は金総書記の願いに基づくものか。
 「首脳会談の開催は韓国側の強い要請に基づくと聞いた。サミット会談の開催はわが国より韓国側がもっと必要としているのだろう」
 ――韓国の年末の大統領選への効果を意味するのか。
 「多分、そうだ」
 ――金総書記は10月末、11月初めには済州道に答礼訪問するという情報が流れている。
 「現時点では考えられない。完全には排除できないが、数多くある憶測の一つだろう」
 ――金総書記は今回、包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名を表明するのではないか、という情報がある。CTBT条約の署名宣言は6カ国協議にも大きな影響を与えるだろうし、国際社会からも歓迎されることは間違いない。もちろん、盧武鉉大統領の政治ポイントにもなる。
 「考えられるアイデアだ。非常に面白い」

 予想されたことだが、北朝鮮外交官の「私見」は優等生の返答の域を越えるものではない。しかし、南北首脳会談の開催を「わが国より韓国側が強く要請していた」と主張し、盧武鉉大統領が年末の大統領選への影響を期待している、と冷静に受け取っている点は注目される。金総書記が「CTBT条約の署名を表明する」という情報に対しては、「非常に面白い」と述べるだけにとどめた。

慰安婦問題と拉致問題

 北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記は「日本軍の慰安婦問題」を追求することで、「自国の日本人拉致問題」を巧みに埋没させようとしている――そんな疑いがここにきて一層、深まってきた。
 北朝鮮外務省は7月1日、「日本の朝鮮総連弾圧は6カ国協議の障害になっている」と主張し、同月19日には「日本の拉致問題は6カ国協議を危機に陥れる」と警告を発する一方、駐北京の北朝鮮大使館で6月26日、日本に拉致された北朝鮮女性の記者会見が開催されるなど、手を変え品を変えながら、日本憎しのキャンパーンを展開してきた。
 このことは逆にいえば、北朝鮮が日本との関係正常化を「日本以上に願っている」ことを伺わせるものだ。金総書記が日本との関係を正常化し、日本から数億ドルと推定される賠償金を得ようとしていることは周知の事実だ。
 しかし、「拉致問題の解決がなくして、国交の正常化はない」と強調する安倍政権に対して、金総書記も少々、手を焼いている。そこで、日本の慰安婦問題を国際化し、安倍政権の政治基盤を弱体化することで、日本側の拉致追求トーンを弱めていく政策に乗り出してきたわけだ。この策は既に実践段階に入っている。もちろん、6カ国協議のホスト国・中国も金総書記の秘策を支援していることはいうまでもない。
  米国下院は7月30日、日本軍慰安婦に対する謝罪を要求する「慰安婦決議案」を可決。フィリピンの左翼下院議員たちも今月13日、日本政府が約200人のフィリピン女性たちを慰安婦として強制労働させたとして、謝罪要求決議案を下院外交委に再提出するなど、慰安婦問題の国際化は着実に進展してきている。朝鮮中央通信は今月16日、「 日本軍が慰安婦犯罪に直接介入した事実を立証する資料が発掘された」(韓国・中央日報)と報道し、日本に圧力を強めている。安倍首相の与党・自由党が先の参議院選で大敗北をしたことも、金総書記を勢いつかせる理由となっている。
 日本人拉致問題を埋葬するために、金総書記は暫定的に「慰安婦問題」を「拉致問題」と相殺することも辞さないはずだ。北側の戦略に対し、日本は慰安婦問題の歴史的検証を要求する一方、拉致問題を犯罪問題として国際社会に倦むことなくアピールし続けるべきだ。

カトリック教会とロシア正教会

 ローマ・カトリック教会総本山のバチカン法王庁所属のロジェ・エチガライ枢機卿は今月7日、モスクワでロシア正教会最高指導者アレクシー2世総主教と会談したことから、一部のメディアでは「ローマ法王ベネディクト16世とアレクシー2世の首脳会談の開催が近いのではないか」といった憶測が流れた。
 しかし、実際はアレクシー2世から「カトリック教会のロシア国内の宣教活動を自粛せよ」という抗議が出ただけで、ベネディクト16世との首脳会談云々は会議の話題にもならなかったという。
 バチカン放送によると、エチガライ枢機卿は「ベネディクト16世とアレクシー2世の首脳会談の早期開催を願うが、会談の日程、場所はまったく決まっていない。アレクシー2世とは対話継続で合意しただけだ」という。
 アレクシー2世は過去、「バチカンは旧ソ連連邦圏内で宣教活動を拡大し、ウクライナ西部では正教徒にカトリックの洗礼を授けるなど、正教に対して差別的な行動をしている」と激しく批判している。
 ローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁教理省は先月10日、「教会についての教義をめぐる質問への回答」と題された文書を発表し、そこで「カトリック教会が唯一、イエスの教えを継承したキリスト教会である」と宣言したばかりだ。それに対し、「教理省の文書はキリスト教会内の対話の大きな障害だ」と最も激しく批判したのがロシア正教だった。
 ロシア正教会は共産党政権との癒着問題もあって、冷戦終焉直後は教会の基盤も非常に脆弱だったが、ここにきて再び力を回復してきた。同時に、自信を回復してきている。ロシア正教会は今年5月16日、在外教会との80年ぶりの和解を実現したばかりだ(在外教会は世界約40カ国、約50万人の信者がいる)。それに先立ち、アレクシー2世は4月、中国共産党政権に正教会の公認を要求するなど、外交面でも攻勢に出てきている(中国正教会は1957年、ロシア正教から独立)。
 ロシアのプーチン大統領は3月、バチカンを訪問してベネディクト16世と会談し、アレクシー二世からの書簡を伝えたが、ベネディクト16世をロシアに招請はしなかった。前法王ヨハネ・パウロ二世は、ゴルバチョフ大統領やエリツィン大統領からロシア訪問の招待を受けたが、アレクシー2世の反対で訪問は実現できなかった経緯がある。プーチン大統領といえども、ロシア正教会の意向を無視してローマ法王をモスクワに招請できないのだ。

「40度」の恐怖

 日本の新聞社のサイトを開けて見ていると、熊谷市で16日午後、国内観測史上最高の40・9度を記録したという。熱中症で死者も出たという。
 当方は過去、2度、40度の灼熱を経験した。イラクや中東地域に駐在する人にとっては、「40度」といっても「ああ、そう」ということで済むかもしれないが、1年間の半分が冬で、夏も30度を越えることが少ないウィーンに住んでいると、「40度」という気温は灼熱以外の何ものでもない。
 当方は昨年夏、チェコのプラハで40度を初体験した。太陽が頼みもしないのに当方の行く先々に一緒に付いてきているような錯覚を覚えたほどだ。カレル橋を渡る時など「なんという暑さだろう」とぼやき、川に飛び込みたい衝動すら感じたほどだ。唯一、幸いなことは、熱いが湿気がない。カラーンとした暑さだけだ。これで湿気があったならば、外出はできない。カラーンとした熱風が肌に直接襲い掛かってくるだけだ。
 2度目の体験は今夏のイタリアのフィレンツェでだ。日中の外気温は40度を超えていた。友人とフィレンツエの博物館や美術館などを見学したが、暑かった。博物館に入れば、それなりに冷房が効いているからいいが、博物館に入館するまでは外で待たなければならない。10分、20分ではない。1時間、2時間だ。その間、ミネラル水を体に補給し続けなければならない。コーラやジュースではダメだ。40度の灼熱下では砂糖入りのジュースでは渇きを癒さないのだ。外で待っている間、何本のミネラル水ボトルを買ったことだろうか。入館するまで2時間半余り、40度の外で立ち続けることができた事自体、今から考えると「奇跡」以外の何ものでもない。
 ただし、当方が経験した「40度の恐怖」は日本の国民が今、体験されている40度の日々と比較すれば、些細なことかもしれない。日本の場合、40度の高温のうえに多湿だ。息をするのも苦しい。シャワーを浴びたように汗が流れる。生きている事がいやになるほどの熱さだろう。
 欧州に住んで30年余りとなる当方は、次第に日本の夏の記憶が薄れてきているのかもしれない。

金総書記と心臓核医学

 北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記はこのほど医療関係者に心臓核医学(Nuclear Cardiology)の促進を指令したといわれる。それを受け、関係者は米国心臓核医学ジャーナルなどの専門誌を入手し、研究に乗り出しているという。
 前後の脈略もなく、とんでもない指令が飛び出すのが独裁者の気質の一つ、といえばそれまでのことだが、金総書記の心臓核医学研究強化指令には、どうやらそれなりの理由があるらしい。
 金総書記の高英姫夫人が2004年、乳がんで亡くなると、同総書記は病院関係者に「乳がん治療に力を入れ」という指令を発したという。同国最大の産婦人科病院、平壌産院では金総書記の指令を受けて、乳腺がんなど乳房の病気を診断するためにデジタル乳腺撮影機を導入するなど、最新の医療設備を整えている。最愛の妻を乳がんで失った金総書記としては、乳がん対策に心が動くのは十分考えられることだ。
 それでは、金総書記が今回、心臓核医学の強化を指令した理由は何だろうか。直ぐに思い出すことは、同総書記が今年5月、ドイツの医師団に心臓病手術を受けたという情報だ。ひょっとしたら、ドイツ・ベルリン心臓センターの医者から心臓病の診断には核医学検査が欠かせられない、という知恵を授けられたのかもしれない。ただし、7月に入り、訪朝した中国の楊外相と会談し、8月に入ると軍施設への視察報道が頻繁に流れていることから、同総書記の心臓病はそれほど深刻ではないと推測できる。
 ところで、心臓核医学の検査とは、患者にラジオアイソトープを投与して、放射能を体外から計測することで、心筋血流、心筋エネルギー代謝、心収縮拡張能などを診断できる。使用する放射性同位元素を変えることで、心臓のさまざまな機能をイメージングできるという。核医学は心臓病の治療に大きな前進をもたらしているわけだ。
 核兵器開発問題で揺れる北朝鮮で、核の平和利用として核医学が促進されることは歓迎されることだ。残念なことは、同国では、最新の医学成果が限られた特権階級にしか提供されず、大多数の国民はその恩恵を受けることはできない現実があることだ。

聖母マリアの被昇天日

 8月15日は日本人にとって盆中日であり、同時に終戦記念日だ。しかし、当方が住むオーストリアでは同日は「聖母マリアの被昇天」日であり、カトリック教国の同国では祝日に当る。だから、事務所も商店も閉まる。パン屋さんだけが、半日、店を開いて、出来たてのパンを売ってくれるが、同日は概して静かな祝日だ。ただし、国連報道室で働く当方は同日も国連に出かける。国連カレンダーでは同日は平日であり、祝日ではないからだ。
 さて、「聖母マリアの被昇天」とは、聖母マリアが霊肉と共に天に昇天したという教義だ。ローマ法王ピウス12世(在位1939〜58年)が1950年、世界に宣布した内容だ。もちろん、聖書にはそのようなことは一切記述されていない。その意味で、キリスト教会の伝承に基づいた教義といえるわけだ。
 キリスト者でない者にとって、「マリアの処女受胎」と共に、霊肉と共に天に昇天したという「霊肉被昇天」という教義は信じることが難しいだろう。キリスト教会の中でも、東方正教会はマリアの肉身昇天ではなく、霊の昇天と受け取り、マリアの昇天を教義とは受け取っていない。
 もちろん、ピウス12世が聖母マリアの霊肉被昇天の教義を突然言い出したのではなく、第1バチカン公会議(1869〜1870年)から高位聖職者の間で教義化への動きはあったことを付け加えておく。
 問題は、カトリック教会がマリアをどうしてキリストのように奉るのか、ということだ。救い主イエスを生んだ母親であるから、マリアもイエスと同様に原罪がないとして、マリアの無原罪の受胎という教義まで生まれてくるわけだ。
 当方は「聖母マリアの第2キリスト論」というコラムの中で、「キリスト教社会で長い間、神は父性であり、義と裁きの神であったが、慰めと癒しを求める信者たちが、母性の神を模索しだした。その意味で、聖母マリアは第2のキリストとして母性の神を代行してきた」と指摘し、「イエスが結婚して妻をめとっていたならば、イエスの家庭で神の父性と母性の両方の格位が完成していたはずだ」という見解を紹介した。
 聖母マリアの被昇天の教義も「聖母マリアの第2キリスト論」の背景と同様、イエスが結婚できなかった悲劇が隠されているというべきだろう。

敬虔なサッカー選手は注意を

  欧州のサッカー・リーグが開始された。サッカー・ファンにとっては、待ち焦がれたシーズンの到来だ。来年は欧州サッカー選手権(ユーロ2008)がスイスとオーストリア両国主催で開催されることもあって、今シーズンは一層、熱の入った試合が展開されることだろう。
 それに先立ち、世界サッカーの元締め・国際サッカー連盟(FIFA)は新シーズンから選手が試合中にユニフォームの下のシャツに書いた「神は愛なり」「イエスはお前を愛する」などといった宗教的なメッセージを観衆に見せれば処罰することを決めた。
 試合中だけではない、試合後のインタビュー中でも選手がその宗教的なメッセージをカメラに向かってデモンストレーションすれば、ペナルティーが課せられるという。
 処罰は選手だけではなく、チーム全体に課せられることから、1選手が規則を破れば、チーム全体にマイナスとなる。だから、コーチたちも選手たちに宗教的な言動を慎むように要求しているという。
 欧州のサッカー・リーグにはブラジル出身やアルゼンチン出身の選手が活躍している。彼らの中には敬虔なキリスト信者が多い。ゴールが決まれば、「神は愛なり」「イエスは主なり」などの聖句を書いたシャツをユニホームを脱いでファンに見せながらグランドを走る選手が少なくない。ゴールすれば、天に向かって感謝の祈りを捧げる選手もいる。FIFAはこのような選手の宗教的行動をグランドから追放しようというのだ。
 FIFAの規則に対して、カトリック教会関係者は「FIFAは規則を作る権利はあるが、選手のささやかな宗教的な行動までも禁止するというやり方はどうだろうか」とやんわりと不満を表明している。
 FIFAの決定の背後には、選手の宗教的な言動が他宗派を信じる者に不快感を与えるのではないか、といった、これまた過剰な配慮があるのだろうか。明らかなことは、敬虔な選手がそのような行動をしたとしても、それを見たファンたちが不快な思いになったり、偏見を抱くことは先ずないということだ。サッカー・ファンの1人として、敬虔な選手たちの喜びのシーンがグランドから消えるのは少々、寂しい。
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