ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2007年07月

金正男氏の訪欧(続)

 北朝鮮問題をフォローする醍醐味は、可能な限り多くの情報(点)を集め、点と点の間の間隔を埋めていき、最終的にどのような線が浮上してくるかにある。このように説明すれば、松本清張の推理小説「点と線」を思い出す読者もいるはずだ。犯人を追い詰めていくためには、どれだけの情報(点)を集め、全体(線)を再構築していくかにかかっている。同じことが北朝鮮問題を考えていく場合にも当てはまる。
 当方は7月13日に「金正男氏の訪欧」というタイトルのコラムを書いたが、その時、正男氏の訪問国、時期、目的に関する情報は非常に限られていたことを認めざるを得ない。だから、その後も機会のある度に、関係者に聞いてみた。その結果、新しい点も少し集まってきたので、ここで途中報告として、「正男氏の訪欧」第2弾を紹介したいと思う。
 当方が描く線は以下の通りだ。北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記の長男、金正男氏(36歳)は6月25日頃、滞在地マカオから平壌に戻り、父親金正日総書記と会っている。そして6月末から7月初めにかけフランスを訪問した後、マカオに帰国した。
 欧州居住の故成恵琳夫人(金総書記の第1夫人、モスクワ療養中に死去)の親戚関係者が「7月の第1週、第2週に正男氏から電話があった」と証言していることから、正男氏が訪仏後、平壌に戻った可能性は非常に少ない。なぜならば、「平壌から欧州に直接通話をすることは難しい」(親戚関係者)からだ。正男氏が北朝鮮ではなく、北朝鮮の外から欧州に電話したと考えざるを得ない。
 正男氏の訪欧目的については、「金正男氏の訪欧」の第1弾で記述したが、「金正日総書記ファミリーの海外資金の管理と米国の金融政策解除の確認」と見ている。なぜならば、金総書記はマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)の北朝鮮資金の移動問題が解決した直後(6月25日)、正男氏を平壌に呼び、何らかの指令を出したと見られるからだ。ちなみに、金総書記は海外資金問題では親族関係者以外にもはや誰も信用していない。
 なお、今年1月のベルリンで開催された米朝会議で、北朝鮮の核関連施設の停止・封印、核の無力化の引き換えに、米国側が対北金融制裁を解除することで合意したと言われている。

教会が破産する時

 最近は「自己破産宣言」をする人が結構いると聞く。消費文化の今日、街でショッピングすれば、買いたい物、欲しい物は一杯あり、支払い能力を超えて買い過ぎると、最終的には借金が山積し、支払い不能となって「自己破産」へと追い込まれる。
 ところが、神の愛を唱え、為に生きることを主張するキリスト教会が運営できずに破産に追い込まれるくケースが増えてきた。世界最大の宗派、ローマ・カトリック教会の米教会では2004年、ポートランド大司教区、アリゾナ州ツーソン教区、ワシントン州スポーケン教区が次々と破産宣言を強いられている。
 しかし、破産原因は大司教や神父たちがショッピングで浪費したわけではないし、ギャンブル、投機に走って大借金したからではない。聖職者たちが子供たちに性犯罪を犯したことが発覚し、被害者との和解で巨額な損害賠償を払うことになったからだ。
 最近でも、ロサンゼルス大司教区は聖職者たちが信者の子供たちに犯した性犯罪に対する賠償訴訟で約6億6千万ドルの和解金の支払いを強いられている。被害者総数は約570人にも及ぶという。聖職者の性犯罪に対する和解金としては過去最高額だ。教区側は教会関連施設などを売却して和解金を捻出するというが、額が額だけに、ロサンゼルス大司教区がポートランド大司教区のように、近い将来、破産宣言をしなければならないかもしれない。
 なお、ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王のベネディクト16世は昨年11月、聖職者の独身制問題について緊急幹部会(法王庁聖省高位聖職者)を招集し、「カトリック教会では聖職者の独身制は意義と価値がある」として、「独身制の堅持」を確認しているが、結婚などを理由にバチカンから破門されたザンビア出身のエマニュエル・ミリンゴ大司教は「聖職者の結婚こそ、教会の性モラル回復の唯一の道だ」と表明し、聖職者の独身制の廃止を要求している。米CNN放送によると、過去50年間、全米で1万件を超える性的事件が教会聖職者らによって起こされているという。

北朝鮮と「禁煙」

  英紙フィナンシャル・タイムズが24日、「金正日労働党総書記の健康のために平壌市が禁煙措置を施行中」と報じた。英紙の報道を疑うわけではないが、当方は「少々、胡散臭いニュースだ」と感じた。そこで知人の北朝鮮外交官に電話して、英紙の報道内容の真偽を聞いてみた。
 北朝鮮外交官は笑い出した。「君、わが国では10年前から西側諸国と同じように公共施設などでは禁煙が施行されている。どうしてここにきて、更に追加の禁煙措置を施行する必要性があるのかね」という。
 英紙の報道は、金総書記が最近、ドイツの医者団によって心臓手術を受けたという情報と密接な関連があることは明らかだ。北朝鮮最高指導者の心臓を国民の喫煙から守る為に、当局が首都内の追加禁煙措置を実施したというわけだ。
 当方が英紙の報道に首を傾げたのは、「喫煙」が多くの北朝鮮国民にとって数少ない楽しみだということが分かるからだ。当方が会った北朝鮮外交官で喫煙の習慣のない外交官は、心臓病に悩む駐オーストリアの金光燮大使だけだった。多くの北外交官は相当のヘビー・スモーカーだ。ウィーンで音楽を学ぶ北朝鮮留学生もほとんど喫煙する。毎土曜日午前に開かれる学習会後、大使館からタバコをもらって帰宅する留学生の姿を良く見かける。
 当方は過去、旧チェコスロバキア時代の民主化活動家バツラフ・ハベル氏や中国の反体制活動家・魏京生氏の喫煙についてコラムを書いたが、長い刑務所生活を余儀なくされた彼らにとって、「喫煙」は唯一の慰めだった。北朝鮮国民が喫煙に走るのも同じ状況だろう。なぜならば、北朝鮮では実際、国民は独裁体制下の“囚人”のようなものだからだ。極端にいえば、喫煙管理は国民の不満を一層、駆り立てる危険性が出てくる。過度な禁煙令は北朝鮮当局にとってもマイナスのはずだ。
 先の北朝鮮外交官は「君がいうように、タバコは国民にとって数少ない嗜好品だ。その喫煙を一層厳しく禁止するとは考えられない」と主張し、英紙の報道は思い込みが先行した「誤報だ」と強調した。

中国の「5つの毒薬」

 ドイツ連邦憲法擁護局が先日公表した年次報告書を入手した。「極東国の情報活動」という項目では、中国と北朝鮮両国のドイツ国内での情報活動が報告されている。ここでは読者に「中国の項目」を紹介する。
 報告書は先ず、「中国が世界の経済大国の道を邁進、昨年度経済成長率は約10%を記録し、外貨準備金は世界最高の国となった」と指摘し、「中国は繊維製品から情報関連機材、携帯電話、デジタル・カメラまで世界最大の生産国だ。中国は西側企業を買収し、先端技術を吸収し、世界のシェアを拡大している」と紹介。その一方、「経済分野の開放政策とは異なり、中国は共産党と国家機関が国内を厳格に管理する警察監視国家である」と指摘することも忘れていない。
 「中国では共産党1党支配に抵抗することは許されておらず、インターネットは管理され、国民への情報流出を徹底的に制限されている」と記述し、5つの毒薬と呼ばれる反体制組織に対して厳しい弾圧が行われているという。中国共産党政権が「5つの毒薬」と呼ぶグループとは、〔閏膤萋芦函↓中国の気効集団「法輪功」メンバー、少数民族のイスラム系ウイグル人、ぅ船戰奪反諭↓テ販台湾の信奉者だ。例えば、中国の不法臓器摘出の実態を報告したカナダ元国会議員のディビッド・キルガー氏が昨年公表した「中国の不法臓器摘出疑惑調査報告書」によれば、法輪功信者たちは生きたままで臓器を摘出されている。
 中国共産党政権は多くの人材と資金を投入して国内の治安維持に当たっている。具体的には、国家安全省、公安省、「610公室」らの組織が担当。海外での情報活動は主に国家安全省と軍情報局がその責任を担っている。
 ドイツでは、中国はベルリンに大使館、そしてハンブルク、ミュンヘン、フランクフルトの3都市に領事部を開いている。同国情報員は外交官、ジャーナリストの身分でドイツの政治、経済関連の研究所、基金、機関に接近し、人脈を構築している。中国情報員はプレゼント、食事への招待などを繰り返し、相手のドイツ人が情報を提供しなければならないといった義務感を抱くようにもっていく。
 報告書は最後に、「ドイツと中国間の経済関係は年々拡大傾向にあり、ドイツ企業の先端技術が中国側に大量に移転されてきている。同時に、中国側の偽造製品、不法な先端技術の移転、知的所有権の侵害に対し、ドイツ国内でも議論を呼んでいる」と述べている。

フィレンツェ訪問記(4)

カプチーノとアイスの話
 友人からフィレンツェに招待された時、当方が直ぐに考えたことがある。カプチーノ(コーヒー)を午前10時前に飲まなければならない理由を現地でなんとか知りたいということだ。
 イタリアのジャーナリスト、ベッペ・セベルニニ氏が「イタリアで生きのびる方法」(ブレシング出版社)という本の中で「午前10時以降、カプチーノを飲むことは非道徳的であり、不法ですらある」と記述していたからだ。
 もう一つは、アイスクリームの発祥地フィレンツェ市でアイスクリームを食べたいという素朴な好奇心だ。
 そこで、フィレンツェ入りするなり、当方は喫茶店に入ると必ず、カプチーノを注文し、店主に聞いた。「既に昼を過ぎていますが、カプチーノを飲んでいいんですか」と。店主の多くは最初、当方の質問内容を理解できず、首を傾げたが、質問の意味が分かると笑い出した。「そんな事は聞いた事がない」「ひょとしたら、大昔そのような慣習があったかもしれないが、現在ではいつ飲んでも問題ないよ」という。
 物事をいつも斜めから見る友人は「どの店が客を失うようなことをいうか。昼過ぎにカプチーノを飲みにきた客に『午前10時過ぎたから、飲めない』というわけがないだろう」と強調。当方は友人の顔をみて頷いた。すると、カプチーノは午前10時前まで飲まなければならないが、商売上、客にはいわないのかもしれない。ひょとしたら、午前10時までにカプチーノを飲まないということは、怠慢な生活を意味し、間接的に早起きを奨励しているのかもしれない、等々、さまざまな考えが浮かんでは、消えていった。
 一方、アイスクリームは簡単に手に入った。第1印象は甘すぎず、さっぱりしている。もちろん、イチゴ、スイカ、チェコレートなどさまざまな味覚が付く。選ぶのに時間が掛かってしまい、後ろの客から「早くしろ」といわれてしまったほどだ。
 イタリア・アイスの歴史をみると、メディチ家はここでも大きな役割を果たしている。飲み物を凍らせる技術が発明されると、メディチ家は職人を養成する一方、娘カトリーヌとフランス皇帝アンリ2世の結婚が契機となって、イタリア製アイス(当時はシャーベット)はフランスに広がり、世界へと伝わっていったという。

 3日間のフィレンツェの旅は終わりにきた。友人が約束したように、当方の世界観が広がったかどうか、自信をもって答えることは出来ない。しかし、ルネッサンス時代のフィレンツェ市の歴史、メディチ家の役割、十字架の軍事的意義など、考えさせられることが多い旅となったことは確かだ。ただし、カプチーノの件では依然、すっきりとした答えを見出せずにいる。友人がまた招いてくれた時の課題に残して置くことにする。

フィレンツェ訪問記(3)

十字架の軍事的意味
 フィレンツェ市中央駅から数分歩くと、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会が視野に入る。ファサードは改築中だったが、教会内を見学することは出来た。同教会はドミニコ派修道会に属し、建築は1278年に始まり、1470年にはファサードが付け加えられた。
 外観は非常に質素だ。しかし、教会内に一歩、足を踏み入れるとイエスの「十字架」が余りにも多いのに驚かされた。教会に余り関心のない友人は十字架の数を数え始めた。「20以上の十字架がある」という。ウィーンのシュテファン大寺院でもペーター教会でも祭壇の十字架を入れてもせいぜい3つぐらいだ。20以上の十字架が教会内に所狭しと配置されているということは普通ではない。
 そこで当方に番が回ってきた。教会内にいた聖職者に質問をした。
 「あなたの教会には20以上の十字架があるが、どうしてそんなに多くの十字架を飾るのか」
 若い聖職者はアジア出身の当方の顔をまじまじと見ながら、「確かに、十字架の数は多い。ドミニコ派修道院の精神と関係がある」という。ドミニコ派は厳格主義で有名な修道会だ。異端に対しては厳しく対応してきた。同派修道僧サヴォナローラはメディチ家の腐敗を追及し、禁欲的な生活を訴えたことで有名だ(同修道僧は1498年、シニョリーア広場で絞首刑されている)。
 ドミニコ派は「戦う教会」というわけだ。すると、十字架は闘いの武器ということになる。エクソシストが悪魔に対して十字架をかざして祈祷する。十字架は悪魔に対する神側の武器というわけだ。
 当方はコラムの中で「イエスの十字架と救済」について問い続けてきたが、カトリック教会が十字架に拘る理由がサンタ・マリア・ノヴェッラ教会を訪れて少し理解できたような気がした。神を信じる者は神の兵士だ。その神の兵士が持つ唯一の武器は十字架だ。その武器を捨てるということは、敵に降参することを意味する。だから、神の兵士たちは十字架に拘るのではないか。
 日本でも江戸時代が終わり、明治維新を迎えた時、廃刀令が発令されたが、多くの武士たちは刀を捨てることに葛藤を経験している。映画「ラスト・サムライ」を観賞された読者ならば、刀を捨てることに抵抗するサムライの姿を思い出されるはずだ。
 十字架問題は神学的な論争も重要だが、十字架のもつ「軍事的な意義」を無視するわけにはいかないと感じさせられた。同教会に案内してくれた友人に感謝した次第だ。
 なお、フィレンツェ市のスカラ通りには世界最古の薬局があるが、その起源はドミニコ派修道院だ。

フィレンツェ訪問記(2)

芸術とスポンサー
 スポンサーはスポーツ界だけではなく、芸術、音楽界でも欠かせない存在となっている。ルネッサンス時代も芸術家、彫刻家、画家を支援し、活動を支えてきたスポンサーがいた。フィレンツェ市の歴史をみると、商人君主メディチ家の名前が直ぐに挙げられる。14世紀から銀行家として成功したコジモ・デ・メディチのファミリーは1743年衰退するまで、文字通りフィレンツェ市の政治、学術を振興させた最大のスポンサーだった。ウフィツィ美術館にはミケランジェロ、ラファエロ、ボッティチェッリなど、メディチ家の支援を受けた芸術家たちの作品が飾られている。メディチの宮廷で暮らしてきたボッティチェッリの作品「春」はメディチ家の結婚祝い用に描かれたものだ。
 コジモは1569年、トスカーナ大公国を設立し、メディチ家からは2人のローマ法王(レオ10世とクレメンス7世)を輩出するなど、メディチ家は18世紀までフィレンツェ市の守護神であった。ちなみに、ラファエロは死の直前、「レオ10世」の肖像画を描いている。
 メディチ家はまた、フィレンツェの商業の発展にも大きく寄与している。ヴェッキ橋の上には宝石店、着金属店が軒を並べている。どうして他の商売の店舗がないのか不思議に思った。そこでその訳を聞くと、メディチ家が貴金属業者を育成するために独占営業権を許可したからだという。ヴェッキ橋の貴金属店は今日、世界的に有名だ。
 ガイドブック(ベコッチ出版社)によると、ピサ出身のガリレオ・ガリレイはフィレンツェに移り住み、メディチ家の支援を受けて、研究に没頭、そこで革命的な地動説を考え出したといわれている。ここでも世紀のスポンサー、メディチ家の人を見る目の確かさが伺えて興味深い。当時のローマ・カトリック教会がガリレオ・ガリレイの地動説に憤慨し、異端審問にかけたことを想起すれば、メディチ家の伝統に囚われない、先見の明が一層光るわけだ。アカデミア美術館にあるミケランジェロの「ダヴィデ」像は芸術家の代表作であると共に、芸術家を愛し、支援してきたスポンサー、メディチ家の勲章でもあろう。

フィレンツェ訪問記(1)

 イタリアのトスカーナ州の州都フィレンツェ市に住む友人から招待状が届いた。友人曰く、「ルネッサンスの発祥地フィレンツェを一度見れば、お前の世界観は広くなる」という。自分の視野の狭さを薄々感じてきた当方は友人の招きを感謝、早速、ウィーン南駅から夜行に飛び乗って、ミケランジェロ、ラファエロの作品が息つくフェレンツェ市(「花の都」を意味する)に向かった。「天井のない博物館」と呼ばれるフィレンツェ市は“ウィーンの森”に親しんできた当方には確かに異なった世界だった。そこで、当方の独断と偏見に満ちた「花の都」訪問記をコラムの読者に紹介する。

天井のない博物館
 当方が旅人となってフィレンツェ市を訪れた時はイタリア、オーストリアから中東欧諸国にかけ熱風が吹き上げ、気温は40度に迫っていた。フィレンツェ市中央駅に早朝到着すると、人懐っこい南の快い風というより、肌を刺す熱風の歓迎を受けた。友人と再会した後、駅前のファースト・フード店で簡単な朝食を済ませると早速、市内観光に繰り出した。
 ガイドブックを見ると、人口約40万人のフィレンツェ市は「天井のない博物館」と呼ばれ、ルネッサンスの発祥地だ。確かに、到る所に歴史的建物、美術館、教会の建物が立っている。道路は狭く、車よりモーペットが市内を走り回っている。十字路にも信号がない所が多く、道路を渡るのにも一苦労する。
 ドミニコ派修道院のサンタ・マリア・ノヴェッラ教会からアルノ川に沿って貴金属店が軒を並べるヴェッキオ橋まで来て、そこからボッティチェッリの代表作「ヴィーナスの誕生」や「春」が飾られているウフィツィ美術館を訪れる。入り口には長い観光客の列が続いている。入館するまで2時間から3時間余りかかるが、多くの観光客はミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロの作品などルネッサンス美術の宝庫を一目見るために支払わなければならない汗として受け入れている(事前に予約している場合が短時間で入館できる)。
 フィレンツェ市の顔というべきサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、「神曲」で有名なダンテが洗礼を受けた洗礼堂(東側の戸は「天国の戸」と呼ばれている)、鍾楼の周辺には、真夏の太陽を直接受けながらも大聖堂に入るためにウフィツィ美術館の入り口を凌ぐ長い列が続いている。ウフィツィ美術館で2時間、入館するために立ち続けた当方は友人に「申し訳ないが、ここでまた2時間以上立ち続けることは難しい」と弱音を吐いてしまった。そこでネオ・ゴシック様式の「花の大聖堂」のファサード前で写真を取るだけにした。観光も命懸けだ。
 当方の目が市内の風景に慣れてくると、市内には高層ビルなど近代的建物が一つもないことに気が付いた。ミケランジェロ広場からアルノ川を眺望すると、赤レンガ色の屋根が街を包んでいるのが分かる。どこにも高層ビルは見えない。F.M.フォースターの原作を映画化した「眺めのいい部屋」(A room with a View)の中で「アルノ川を見渡せる部屋」という台詞がある。アルノ川の水は熱風で淀んでいたが、その水面に写る街景色は美しかった。

キリスト教会の「本家」争い

 当方はローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁教理省(前身、異端裁判所)が公表した「教会についての教義をめぐる質問への回答」と題された文書をかなり詳細に紹介したが、予想された通り、同文書に対して他のキリスト教派からざまざまな反応が出てきたので、公平を期するためにここで少し報告しておく。
 教理省の文書は「教会に関するカトリック教会の教義を明確し、承認できない解釈を拒否し、超教派の対話を継続していくための価値ある指示」と自負している。「教会論」と呼ばれる内容だ。簡単にいえば、「ローマ・カトリック教会はイエスの教えを継承する唯一、普遍的なキリスト教会だ」という主張だ。俗に言うと、「真理を独占している」という宣言だ。
 だから、他のキリスト宗派から批判や不満の声が挙がってきて当然といえるわけだ。ルーマニア正教総主教テオクティスト1世は「キリスト教派内の対話がこれでさらに難しくなった」と嘆き、「教理省の文書は世界のキリスト教派に驚きをもたらした」と述べている。また、スイスのルーテル教会世界連盟(LWB)は「バチカンの文書はわれわれを愕然と失望に陥らせた」と述べ、「われわれは自分の教会を普通のキリスト教会とみている」と表明する一方、「今回の文書は前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が公表した『ドミヌス・イエズス』(2000年)と同じだ。バチカンの教会論は何も新しいものではない」と指摘することを忘れていない。
 また、イタリア・バプテスト派協会は「第2バチカン公会議の後退だ」と強調し、「どのような教会も唯一のキリスト教会と宣言する権利はない」と不満を表明している。ヨハネ23世が主導し、パウロ6世が遂行した第2バチカン公会議(1962〜65年)ではラテン語礼拝の廃止、他宗派との対話促進(エキュメニズム)などが決定され、同公会議を契機に教会の近代化路線が始まったと一般的には受け取られている。教会論では、カトリック教会以外の教会にも真理が含まれていると認め、カトリック以外の他宗教も神と一体化できる等の内容を記述している。だから、今回の教理省の文書は第2バチカン公会議の教会論を否定するという批判が出てくるわけだ。
 ちなみに、カトリック教会の「真理独占」宣言に対し、バチカンと険悪な関係が続くロシア正教は「われわれ正教こそイエスの教えの真の継承者だ」と主張し、バチカンの「本家争い」に挑戦しているほどだ。
 バチカン教理省の文書は世界のキリスト教会に統一と和解をもたらすのではなく、不統一、不寛容な本家争いを誘発している。

元北人民軍将校の釈放を

 ワシントンに拠点を置く国際支援団体「殉教者教会」によると、元北朝鮮人民軍将校ソン・ジョンナム氏がキリスト教の信仰に転向した裏切り者として公開処刑される危険が高まってきた。同氏は1年以上、収容所に拘留されているが、北朝鮮当局は国民に「キリスト教信者となれば、処刑される」ことを示すために公開処刑にするという。
 北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記は3日、同国を訪れた中国外相と会い、「「韓半島情勢が一部緩和される兆しを見せている」と述べたというが、同国の人権、宗教、結社、言論の自由は依然、「緩和の兆し」すらなく、著しく蹂躙されている。
 平壌には昔、100以上のキリスト教会があり、“東洋のエルサレム”と呼ばれた。しかし、故金日成主席が実権を掌握して以来、宗教活動は禁止され、宗教人は政治収容所に送られていった。米宣教団体「オープン・ドアーズ」は毎年、宗教弾圧国の「ウォッチ・リスト」を公表してきたが、北朝鮮を最悪の宗教弾圧国に挙げている。
 北朝鮮の統治は恐怖に基づく政治だ。指導者の命令に従わない場合、殺されるという恐怖が国民全体に支配している。しかし、命を失うことを恐れない国民が出てきた時、恐怖政治はもはや機能しなくなる。北朝鮮当局が最も恐れているのは、死の恐怖をも乗り越える「信仰」だろう。
 実際、われわれは過去、数多くの「信仰」の証を目撃してきた。例えば、アウシュビッツの聖者コルベ神父の話は有名だ。神父は1941年、アウシュビッツ収容所で1人のユダヤ人が逃亡した代価として同収容所長が作成した「10人の死のリスト」に名前が載せられた家族の父親に同情して、代わりに自ら死の道を選び、独房で同年8月14日亡くなった聖職者だ。コルベ神父のようなキリスト者が北朝鮮で増えていけば、金総書記は国内を統治できなくなるはずだ。
 北朝鮮の核問題は「初期段階の措置」の履行へと入ってきたが、同国の人権、宗教の自由は蹂躪され続けている。国際社会は核問題と同様、平壌当局に「信仰の自由」を強く求め、ソン氏の早期釈放を要求すべきだろう。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ