欧州での北朝鮮の動向をフォローしだしてから十数年になるが、北朝鮮関連の取材は一言でいえば、骨が折れる仕事だ。情報の確認がほぼ不可能だからだ。1980、90年代はそれだけではなく、生命の危険も考えなければならなかった。
北朝鮮の米ドル偽造問題や同国の欧州唯一の直営銀行「金星銀行」について記事を書いた時など、必ずといっていいほどさまざまな反応があった。1週間ほど毎朝7時に無言電話(「北のモーニング・コール」参照)がかかってきたし、チェコのプラハ取材に出かけ時は3人の北工作員につけられたこともある(「北朝鮮工作員」参照)。今となっては全てが懐かしい思い出だが、当時は緊張したものだ。
北朝鮮外交官や同国ビジネスマンとの接触は本当に難しい。電話で会見の約束を取ることはほぼ不可能だ。だから、国連会議に出席する北朝鮮外交官を見つけたならば、突撃して話し掛ける以外に方法はない。ラッキーな場合、少しは質問できるが、多くは逃げられる。この状況は今でも大きくは変わらない。
当方は白南淳外相(故人)とのインタビューのために駐オーストリアの北朝鮮大使館にビザを申請したことがあるが、あっさりと断られた。窓口の北朝鮮外交官曰く、「君の名前はわれわれのブラック・リストに載っている。査証発行は考えられない」と説明してくれたものだ。
駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(金正日労働党総書記の義弟)とは14年間の付き合いとなる。大使も他の外交官と同様に、当方を好ましくないジャーナリストと思っているが、欧州滞在歴が長い大使はジェントルマンだ。礼を尽くして質問すれば、答えは帰ってくる。大使の持病の心臓病について尋ねれば、大使も「ありがとう。だいぶ良くなったよ」という答えが返ってくるようになった。それまで、数年の年月がかかった。
最近、金正日総書記の海外資金の管理人、権栄緑氏のアパートを訪問した時だ。もちろん、アポイントは取っていない。戸のブザーを押すと、権氏が出てきた。74歳の高齢の同氏は当方の顔を見ると、「何しにきたのだ」と喧嘩腰だ。当方が「できましたら、少しお話をしたいのですが」というと、権氏は顔色を変え、「馬鹿野郎」と罵声を飛ばすと、戸を“バタン”と閉めてしまった。約束もなく訪問した当方が悪いのだが、きつい反応だ。もちろん、権氏にしてみれば、ウィーンの秘密のアジトに日本人記者が前触れもなく訪れれば、堪ったものではないだろう。
当方は深い溜息をつきながら歩き出す。北朝鮮取材は、「忍耐」とこの「溜息」の繰り返しである。
北朝鮮の米ドル偽造問題や同国の欧州唯一の直営銀行「金星銀行」について記事を書いた時など、必ずといっていいほどさまざまな反応があった。1週間ほど毎朝7時に無言電話(「北のモーニング・コール」参照)がかかってきたし、チェコのプラハ取材に出かけ時は3人の北工作員につけられたこともある(「北朝鮮工作員」参照)。今となっては全てが懐かしい思い出だが、当時は緊張したものだ。
北朝鮮外交官や同国ビジネスマンとの接触は本当に難しい。電話で会見の約束を取ることはほぼ不可能だ。だから、国連会議に出席する北朝鮮外交官を見つけたならば、突撃して話し掛ける以外に方法はない。ラッキーな場合、少しは質問できるが、多くは逃げられる。この状況は今でも大きくは変わらない。
当方は白南淳外相(故人)とのインタビューのために駐オーストリアの北朝鮮大使館にビザを申請したことがあるが、あっさりと断られた。窓口の北朝鮮外交官曰く、「君の名前はわれわれのブラック・リストに載っている。査証発行は考えられない」と説明してくれたものだ。
駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(金正日労働党総書記の義弟)とは14年間の付き合いとなる。大使も他の外交官と同様に、当方を好ましくないジャーナリストと思っているが、欧州滞在歴が長い大使はジェントルマンだ。礼を尽くして質問すれば、答えは帰ってくる。大使の持病の心臓病について尋ねれば、大使も「ありがとう。だいぶ良くなったよ」という答えが返ってくるようになった。それまで、数年の年月がかかった。
最近、金正日総書記の海外資金の管理人、権栄緑氏のアパートを訪問した時だ。もちろん、アポイントは取っていない。戸のブザーを押すと、権氏が出てきた。74歳の高齢の同氏は当方の顔を見ると、「何しにきたのだ」と喧嘩腰だ。当方が「できましたら、少しお話をしたいのですが」というと、権氏は顔色を変え、「馬鹿野郎」と罵声を飛ばすと、戸を“バタン”と閉めてしまった。約束もなく訪問した当方が悪いのだが、きつい反応だ。もちろん、権氏にしてみれば、ウィーンの秘密のアジトに日本人記者が前触れもなく訪れれば、堪ったものではないだろう。
当方は深い溜息をつきながら歩き出す。北朝鮮取材は、「忍耐」とこの「溜息」の繰り返しである。
