ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ガザ「病院爆発」40日後の「事実」

 国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)は26日、先月17日のパレスチナ自治区ガザのアルアハリ・アラブ病院爆発はイスラエル軍によるものではなく、「パレスチナ武装勢力が一般に使用しているロケット弾の誤射の可能性が高い」という調査結果を公表した。HRWの調査報告は民間機関によるものだが、「公開された写真、映像、衛星画像の分析、目撃者や専門家へのインタビュー」に基づいたものだけに信憑性は高い。

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▲ドイツのシュタインーマイヤー大統領と会談するイスラエルのネタニヤフ首相(2023年11月27日、イスラエル首相府公式サイトから)

 以下、HRWの調査結果の一部だ。

 The explosion that killed and injured many civilians at al-Ahli Arab Hospital in Gaza on October 17, 2023, resulted from an apparent rocket-propelled munition, such as those commonly used by Palestinian armed groups, that hit the hospital grounds、

 当方はこのコラム欄で「『病院空爆』はゲーム・チェンジャー?」(2023年10月19日)という見出しのコラムを書いた。それを参考に当時を少し振り返る。

 「パレスチナのガザ地区で17日、病院(Al-Ahli-Klinik)が空爆され、欧米メディアによると『300人から500人が死んだ』という。病院空爆が報じられると、パレスチナ自治政府のあるヨルダン西岸地区やレバノンのパレスチナ人が路上に出て、イスラエルを激しく批判するデモを行い、イランやイスラム諸国でもイスラエル批判の声が高まっている。バイデン米大統領を迎えてヨルダンでガザ戦争の停戦を協議する会議は延期されるなど、大きな波紋を呼んでいる」と、病院爆発直後の反応をまとめた。

 パレスチナ自治政府のアッバス議長は当時、「大虐殺だ。イスラエルは超えてはならないレッドラインを超えた」と批判。ガザ地区を実効支配するイスラム過激組織ハマスは、「病院には多数の患者、避難民の女性や子供たちがいた。イスラエル軍の空爆は非人道的な蛮行だ」と批判している。

 一方、国連のグテレス事務総長は、「多数のパレスチナ市民が殺害され、医療関係者も犠牲となった」と強調、「犯罪者は国際法に違反している」と非難、犯行が暗にイスラエル側であるかのような印象を与えた。それだけではない。欧州でもフランスのマクロン大統領は「病院空爆は絶対に容認されない」と、国連事務総長と同じスタンスを維持しながら、イスラエル側の空爆を批判していた。

 アッバス議長やハマスの反応は別として、グテレス事務総長やマクロン大統領らのコメントは当時、決して突飛な発言ではなく、多くの政治家や国際人権グループは同様の判断に傾いていた。

 イスラエルはガザ地区に軍事侵攻し、ハマス撲滅に乗り出す予定で、ガザ地区への境界線周辺に戦車や装甲車が待機中だったが、ガザ地区の病院が空爆され、多くの犠牲者が出たことを受け、国際社会ではイスラエルの軍事活動への批判が急速に高まっていった。

 オーストリア国営放送(ORF)のティム・クーパル・イスラエル特派員は、「病院が空爆され、多くのパレスチナ人が死亡したことで、ハマスのテロを批判してきた国際社会がイスラエル批判に急変する可能性が出てきた」と説明、病院空爆が“ゲーム・チェンジャー”となる可能性があると報じていたほどだ。

 ちなみに、朝日新聞は10月20日の社説で、「あってはならないことが起きた。イスラエル軍の空爆が続くパレスチナ自治区ガザで病院が爆発した。ガザの保健省は、患者や医療従事者、避難中の市民ら『471人が死亡した』と発表した。保健省は『イスラエル軍が大虐殺を行った』と非難した。イスラエル側は関与を否定し、ハマスとは別の武装組織がロケット弾を誤射したためだと主張している。実行者がだれであれ、病院への攻撃は国際人道法に違反する重大な戦争犯罪で、決して許されない」と報道していた。

 国際社会からの批判に対し、イスラエルのネタニヤフ首相は、「病院を空爆したのはイスラエルではない。イスラム過激派テロ組織『イスラム聖戦』が発射したロケットが誤って病院に当たった可能性が高い」と説明、イスラエル軍による空爆説を一蹴した。イスラエル軍は18日、パレスチナ側が発射したミサイルが病院に当たる瞬間を撮った空中ビデオを公開して身の潔白を証明してきた。

 そして「病院爆発」から40日後、HRWは調査結果を公表し、病院の爆発は「パレスチナ武装勢力が使用する武器」の誤射の可能性が高いことを明らかにしたわけだ。それまでイスラエル側は国際社会から「病院爆破」の実行者として戦争犯罪者の汚名を浴びせられてきた。

 当方はコラムの中で、「イスラエルはハマスへの報復を実施するために、ガザ地区を包囲、地上軍を侵攻させようとしていた矢先だ。その時、イスラエル側が恣意的にガザ地区の病院を空爆することは考えられない。イスラエル側にはガザ地区の病院を空爆する理由がない一方、ハマスやイスラム聖戦にはある」と書いた。HRWの調査結果はそれを裏付けたわけだ。

 「病院爆発」はイスラエル軍の仕業ではなかったとしても、結果として国際社会のイスラエル批判の声はその後、急速に高まっていった。その意味で、「病院爆発」はガザ情勢でゲーム・チェンジャーとなったともいえるわけだ。ただし、そのゲームチェンジャーは事実に基づいて生じたというより、偏見と誤報によって生じたといえるわけだ。換言すれば、戦況も政治情勢も時には誤報と偏見によって大きく動かされることがあるわけだ。事実が判明した後、「当時の情報は間違っていた」と謝罪しても、名誉回復には少しは貢献するかもしれないが、状況を元返しにすることはできない。

 もし10月17日の「病院爆発」の直後、パレスチナ人武装勢力が発射したロケット弾の誤射によるものだということが分かっていたならば、ガザ地区のパレスチナ人はどのように反応しただろうか。ひょっとしたら、ハマス批判の声が飛び出したかもしれない。そうなれば、ガザ紛争はまったく現在の状況とは異なった展開となったかもしれない……。

 国際社会の関心は人質交換に集中しているが、HRWの「事件の核心」に迫る調査活動を高く評価したい。

なぜ戦闘し、なぜ休戦するのか

 戦闘中の当事国とその国民には不謹慎なタイトルとなったかもしれない。イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマス間で24日から休戦に入っている。その間、双方で人質を解放し、人道的救援物質などがガザ地区に運び込まれている。

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▲ゼレンスキー大統領夫妻、ホロドモール(大飢餓)犠牲者への追悼(2023年11月25日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ガザ地区の1人の中年のパレスチナ人男性が、「どのような合意内容が締結されたかは知らないが、ミサイルの炸裂する爆音を聞かなくてもいいので嬉しい。できれば明日もそうあってほしいね」と吐露していたのが印象的だった。

 一方、テルアビブやエルサレムでは人質の全員解放を願ってイスラエル人が集まり、祈祷しているシーンがテレビで放映されていた。人質解放2日目に妻と娘さんを解放されたイスラエル人男性は、「嬉しいが、依然多くの人質が解放されていないので、まだ喜ぶことはできない」と述べていた。

 イスラエルのネタニヤフ首相はイスラエル現職首相として初めてガザ地区に入り、前線で戦うイスラエル軍を視察し、兵士たちを激励していた。同首相は、「人質全解放とハマスの壊滅という2つの大きな目標は変わらない」と強調する一方、「可能ならば休戦を延期して人質を全員解放したい」と述べていた。人質解放初日、2日目、そして3日目と休戦状況は継続し、人質も解放される度に、イスラエル国民は喜びを表す、その姿を見ているネタニヤフ首相は休戦を4日間で終え、再び戦闘を再開するとは言えなくなってきているかもしれない。

 一方、ハマスは人質解放の履行では少し遅れが出てきている。人質解放が遅れたために、イスラエル側から「零時前に履行しなかれば戦闘を再開する」という最後通告を受けたが、土壇場で人質解放は無事行われた。外電によると、10月7日のイスラエル奇襲テロを実行したハマス指導者4人のうち、3人がこれまでの戦闘で死亡したというから、ガザ地区のハマスは指導者不在の状態なのかもしれない。

 休戦での懸念はハマスのほか、イスラム過激テロ組織イスラム聖戦の動きだ。10月7日のテロはハマスと共に実行していた。彼らも人質を取っている。だから、ハマスがイスラエル側と休戦に合意しても、イスラム聖戦が納得しなければ、休戦合意が破棄される危険性が出てくる。ちなみに、人質解放初日にはイスラム聖戦が拘束していたイスラエル人の人質が1人含まれていたというから、現時点ではハマスの命令のもとに動いていることが確認されている。

 ハマスは10月7日、イスラエル側に侵入し、1300人のイスラエル人を殺害。それに対し、イスラエル側はハマス壊滅を掲げて報復攻撃を開始、連日ガザ地区のハマスの軍事拠点を空爆。そして地上軍を派遣し戦闘を展開、ハマスの地下トンネル網を破壊し続けてきた。そしてカタール、エジプト、米国らの仲介もあってイスラエルとハマスの間でまず4日間の休戦、人質の解放が合意された経緯がある。

 3日目の人質解放が無事履行された直後、4日目以降も休戦を続け、人質を解放すべきだという声が、バイデン米大統領から流れてきている。それを受け、欧米メディアでは「休戦はいつまで続くか」「戦闘はいつ再開されるか」という見出しの記事が見られてきた。その予測記事を読んで少し違和感が出てきた。

 戦闘はハマスの奇襲テロがきっかけだ。休戦はイスラエル軍の空爆などでガザ地区の住民の人道的危機が生まれてきたこと、人質解放へのイスラエル国民の声の高まりなどがあって実現した。それなりの理由は分かっているが、その間にイスラエル側に1400人余り、パレスチナ側に1万人以上の犠牲者が出た。どのような理由があるとしても、これまで余りにも多くの犠牲が払われてきた。そして今、4日間の休戦だ。ひょっとしたら、休戦期間は延長されるかもしれないという。ここまで考えていくと、それでは「なぜ戦闘が起き、なぜ今休戦か」といった上記の問いかけが飛び出すのだ。

 ロシア軍がウクライナに侵攻して、ロシアとウクライナ両国間で戦闘が始まった。その戦闘は既に2年目が過ぎ、2度目の冬を迎えている。その間、ウクライナとロシア両国で多くの犠牲者が出てきた。中東で戦闘が始まったこともあって、ウクライナ戦争への関心が減少してきたという。戦争が長期化することで、なぜ戦闘するのか、といった問いかけはもはや誰も口に出さないし、新鮮味もない。爆音と警報サイレンに慣れたのはキーウ市民だけではない。カラスでさえ近くで爆弾が破裂してももはや木から飛び立たないというのだ。

 だからというわけではないが、初心に帰って問いかけたいのだ。なぜ戦闘し、休戦するのか。

「宗教(団体)と宗教心は別だ」

 当方はこのコラム欄でロシアの「プーチン大統領と『ロシア国民』は別」(2022年10月8日)と主張し、同じように、「『中国共産党と『中国』は全く別だ!」(2018年9月9日)と書いたし、最近では「『ハマス』と『パレスチア人』は違う」(2023年10月11日)と書いてきた。要するに、国家、機関、グループと個々の国民、人間は別々の存在であり、両者が常に統合して一体化しているわけではないということを訴えてきた。もちろん、両者が統合し、調和している状況も考えられるが、非常に稀なことで、多くは分裂し、特には対立しているケースが多いのだ。

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▲ウィーン市16区の夕景(2023年11月5日、撮影)

 この「・・は別だ」に新たな例を加えたい。宗教組織(団体、教派)と個々の信者の宗教心は別だということだ。ドイツ国民の80%が宗教に無関心という調査結果をこのコラム欄でも紹介したが、それではドイツ国民は教会には関心がなく、非常に世俗的で資本主義的消費社会にどっぷりとつかっているか、というとそうとは言えない。ドイツは宗教改革の発祥地でもある。クリスマスには家族が集まって共に祝う国民だ。ただ、自身が所属する教区の教会には関心は薄く、年に数回しかミサには参加しない平信徒が多い。聖職者の未成年者への性的虐待問題がメディアに報じられるたびに、益々教会への足が遠ざかる、というのが現状ではないか。

 教会から足が遠ざかり日曜礼拝にもいかなくなった信者は世俗化したのか、というとそうとはいえない。ただ、自身が願う教会の姿ではないので、教会から離れていくだけで、その宗教心は変わらないばかりか、燃え上がっているケースもある。そこで「宗教(団体)と宗教心は別だ」ということになるわけだ。

 日本では世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題が契機となって「宗教2世」という表現がメディアで報じられ出したが、宗教は本来、世襲的なものではない。各自が人生の目的、何のために生きているか等々の疑問を模索していく中で、納得する宗教に出会う。ただ、親が特定の宗教に所属していたならば、その子供たちが自然に親の宗教を継承していくケースは十分に考えられることだ。

 もちろん、「宗教2世」も成長していく中で、新たな人生の目的を見出し、親の信仰から離れていくケースも見られる。その場合でも、親の宗教(団体)というより、親の宗教心(信仰姿勢)が決定的な影響を与えるのではないか。

 人類の歴史で数多くの宗教が生まれ、また消滅していったが、「世界宗教」と呼ばれるキリスト教やイスラム教は創設者の教えを世界に広げていった。ただ、キリスト教でも300以上のグループに分かれていったように、宗教(団体、教会、寺院)も時代の流れの中で変遷していった。そのようなプロセスの中でも人間が生来有する宗教心は続いてきたわけだ。極端にいえば、教会が消滅したとしても、人間が持つ宗教心は消滅することなく続いているのだ。

 人間の持つ宗教心を根絶しようとして唯物主義的共産主義が誕生し、「宗教はアヘン」として国民から宗教を撲滅しようとした歴史があった。その結果、宗教団体、組織は一部、解体され、消滅しても、国民の宗教心までは抹殺できなかったことは歴史が端的に示してきた。

 例を挙げる。アルバニアはバルカン半島の南西部に位置し、人口300万人弱の小国だ。冷戦時代、同国のエンヴェル・ホッジャ労働党政権(共産党政権)は1967年、世界で初めて「無神論国家宣言」を表明したことから、同国の名前は世界の近代史に刻印されることになった。ホッジャ政権下で収容所に25年間監禁されてきたローマ・カトリック教会のゼフ・プルミー神父と会見したことがあるが、同国では民主化後、多くの若者たちが宗教に強い関心を示してきているのだ。ホッジャ政権は教会を破壊し、聖職者を牢獄に入れることは出来たが、国民の中にある宗教心を完全に抹殺することはできなかったのだ。アルバニア国民はその宗教心を「アルバニア教」と呼んでいる(「『アルバニア教』の神髄語った大統領」2021年5月4日参考)。

 中国の習近平国家主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告している。具体的には、キリスト教、イスラム教など世界宗教に所属する信者たちには「同化政策による中国化」を進めている。にもかかわらず、中国人の宗教熱は冷えていない。非公式統計だが、中国人の宗教人口は中国共産党員をはるかに凌いでいる。

 1990年代後半に入ると、李洪志氏が創設した中国伝統修練法の気功集団「法輪功」の会員が中国国内で急増し、1999年の段階で1億人を超え、その数は共産党員数を上回っていった。それに危機感をもった中国第5代国家主席の江沢民氏(当時・在任1993年3月〜2003年3月)は1999年、法輪功を壊滅する目的で「610弁公室」を創設した。「610弁公室」は旧ソ連時代のKGB(国家保安委員会)のような組織で、共産党員が減少する一方、メンバー数が急増してきた法輪功の台頭を恐れた江主席の鶴の一声で作られた組織だ。

 最後に、宗教心とは何だろうか。明らかな点は程度の差こそあれ、誰でも宗教心を持っていることだ。その中には、人知を超えた存在(?)への畏敬心も含まれるだろう。人は誰でも幸せを願っている。そしてより良い人間になりたい、という消すことが出来ない願望がある。イエスの言葉を借りるならば、人はパンのみで生きているのではない。そして誰から言われなくても、何が善であり、何が悪いかを理解している。だから、世界宗教といわれる宗教の教えはよく似ている。人を殺すなかれ、姦淫するなかれ、といった戒めはどの高等宗教も教えていることだ。

 宗教団体が時の為政者から弾圧されたとしても、また、宗教団体が内部から腐敗・堕落していったとしても、人間の本来の宗教心は消えることがない。ローマ帝国の皇帝ネロ(在位54〜68年)はキリスト教を徹底的に弾圧したが、そのキリスト教が西暦392年、ローマ帝国の国教となることを防ぐことは出来なかった。宗教心は弾圧さればされるほど燃え上がることを多くの独裁者は理解していないのだ。
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