ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

欧州議会選で親EU派が過半数を維持へ

 今月6日から始まった欧州連合(EU)の欧州議会選挙(定数720、任期5年)は9日までに加盟国27カ国の投票が終了し、即日開票の結果(暫定)、欧州委員長の再選を狙うフォンデアライエン欧州委員長が所属する親EU派の会派「欧州人民党」(EPP)は最大会派の地位を維持する一方、極右政党の会派「アイデンティティと民主主義」(ID)と右派「欧州保守改革グループ」(ECR)が躍進し、両会派に属さない極右「ドイツのための選択肢」(AfD)や右派政党を加えると140議席を上回る勢いだ。なお、親EU派のEPPと「社会主義者・民主主義者進歩同盟」(S&D)の両会派で欧州議会の過半数を確保する見通しだ。

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▲欧州議会選で第1党に躍進したオーストリア自由党のキックル党首(2024年6月7日、FPO公式サイトから)

 9日深夜(現地時間)の暫定結果によると、フランスでは大統領候補のマリーヌ・ルペン氏の国家主義、ポピュリズムを標榜する極右「国民連合」(ジョルダン・バルデラ党首=RN)が得票率約32%を獲得し、マクロン大統領の与党連合の倍以上の票を獲得した。

 投票結果を受け、マクロン大統領は9日、「欧州議会選の結果を何もなかったようには扱えない」」として下院を解散し、今月30日と7月7日に議会選挙を実施すると決意を表明した(ちなみに、国民直接選挙であるフランス大統領選に2期目のマクロン大統領は次回出馬できない。そのため今回の欧州議会選で大きく勝利したRNのルペン氏が2027年に実施予定の大統領選で大統領に選出される可能性が一段と現実味を帯びてきた)。

 一方、イタリアのメロー二首相が率いる右派政党「イタリアの同胞(FDI)」は得票率で27〜31%を獲得して第1党となる可能性が高まった。オーストリアの極右「自由党」(キックル党首)も連邦レベルで初めて得票率で第1党に躍進した。

 ドイツのAfDは同党筆頭候補者の不祥事が選挙前にメディアで報道され、苦戦を強いられたが、得票率約15.9%を得て、得票率30%以上を獲得した「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に次いで第2党に。ショルツ首相の「社会民主党」(SPD)は約13.9%で第3党に甘んじた。

 ドイツの場合、SPD、「緑の党」、そして「自由民主党」(FDP)の3党連立政権の合計得票率がCDU/CSU1党のそれと同じ程度という惨敗を喫した。ドイツ国内で「ショルツ政権は国民の意思を反映していない」という声が高まり、来年実施予定の連邦議会選の早期実施を求める声が更に強まることが予想される。

 当方が住むオーストリアの欧州議会選(定数20議席)では、予想通り、極右政党「自由党」が得票率約25.5%で前回比で8.3%増で、与党「国民党」24.7%を抜いて全国レベルの選挙では初めて第1党になった。キックル党首は「国民の意思が初めて表明された選挙だ」と勝利宣言をし、今年9月末ないしは10月初めに実施予定の連邦議会選でも第1党となり、自由党初の連邦首相になると宣言した。国民党は得票率で前回比で約10%減を記録し、ネハンマー政権への風当たりの強いことが改めて明らかになった。

 各国の政治情勢や事情で多少は異なったが、選挙戦では移民・難民問題、物価の高騰、そしてロシア軍のウクライナ侵攻によって誘発された欧州の安全保障問題、そして環境問題等が争点となった。

 欧州議会選の結果、EUに批判的であり、ウクライナ支援に消極的な極右政党が躍進したことで、EUの今後のウクライナ支援に変化が出てくることも考えられる。オーストリア自由党の筆頭候補者ビリムスキー氏は「国民の利益に関連する問題をブリュッセルが決定し、それを加盟国に押し付ける体制ではなく、加盟国の意向を重視するEUに改革すべきだ」と主張、「加盟国ファースト」を強調している。

 欧州議会選の結果で興味深い点は、ドイツやオーストリアで環境保護政党「緑の党」が低迷したことだ。ドイツの「緑の党」は前回比でマイナス8.8%を記録、オーストリア「緑の党」も同様、マイナス3.2%で1議席を失った。

 ドイツの場合、脱原発を実施し、再生可能なエネルギーへの移行が推進中だが、エネルギーコストの急騰で、ドイツ製品の競争力が落ちてきたといわれる。また、中国製電気自動車(EV)が欧州市場を席捲しようとしていることに、ドイツの自動車産業は危機感を持っている。「緑の党」のイデオロギー主導の環境政策に欧州国民は批判的になってきている。

 欧州議会選が終わり、会派の勢力が明らかになれば、次は欧州委員会の選出に焦点が移る。フォンデアライエン現委員長の再選の可能性は高まってきているが、同委員長がメローニ首相と接触し、極右派の支持を得ようと腐心しているといった批判の声も聞かれる。同委員長は前回の選挙では6票の差で辛うじて選出された経緯がある。

 EUはこれまで「統合された欧州」をモットーに米国に対抗できる政治力、外交力を獲得しようとしてきたが、ウクライナ支援問題ではハンガリー、スロバキアなどはブリュッセルの政策を拒否するなど、27カ国のEU盟国の間で利害や政策の対立が浮き彫りになってきた。ロシアのプーチン大統領はEUの分断工作、偽情報の拡散に乗り出してきた。それだけに、EU27カ国の「結束」が先ず大きな課題だ。

精神科医フランクルと「モーセの十戒」

 ウィーン生まれのユダヤ人精神科医ヴィクトール・フランクル(1905〜1997年)についてこのコラム欄でも書いたばかりだが、一つ大切なエピソードを忘れていたので、ここで紹介することを許してほしい。以下のエピソードはオーストリア国営放送(ORF)がウィーンの3人のユダヤ人精神科医について放映した番組の中でフランクル自身が語ったものだ(「3人のユダヤ人精神科医の『話』」2024年6月7日参考)。

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▲花咲かすぺラルゴ二ウム(2024年4月13日、ウィーンで撮影)

 時代はナチス・ドイツ軍がオーストリアに迫っていた時だ。フランクルは医者だったので、ナチス・ドイツ軍は彼に対し他のユダヤ人とは異なり、少しは融和的な扱いをしていた。フランクルのもとには「早く米国に逃げたらいい」というアドバイスとビザも届いていた。フランクルは亡命するべきか否かで悩んだ。自分が医者だからドイツ軍も自分の家族、父、母、妹たちを強制収容所送りをしないことを知っていたから、もし自分が亡命したならば、家族はどうなるかを考えていた。

 フランクルが米国に亡命しない決意を固めたのには理由があった。家に置いてあった石について父に尋ねると、それは破壊されたウィーンのシナゴークの瓦礫から見つけた石の破片を父親が持ち帰ったものだった。そこにヘラブライ語の文字が刻まれていて、それはモーセの十戒の「あなたの父と母を敬え」の一節だった。強く心打たれたフランクルは両親を残してアメリカに亡命することを止めてウィーンに残ることを決意したという。老齢になったフランクルは列車の中でインタビューでこの話をしながら涙ぐんでいた。

 しかし、ドイツ軍は次第に、医者であろうと関係なく全てのユダヤ人を強制収容所に送り出した。その結果、フランクルは家族と共に強制収容所送りとなった。ドイツ軍が敗走し、収容所から解放されると、妻や両親の安否を尋ねたが、家族全員が殺されてしまったのを知った。

 精神科医としてフランクルはナチス・ドイツ軍が侵攻する前から、精神科医として悩む人々の相談相手として歩んでいた。そのフランクルも収容所から解放された直後は、家族全てを失い、生きる意味、価値、喜びを無くして鬱に陥った。しかし精神科医として再び人々を助ける道に戻っていった。暫くして、オーストリア人でカトリック教徒の女性と知り合い、再婚する。フランクルは死ぬまで妻と共に生きた。世界で多くの読者を感動させたフランクルの著書「それでも人生にイエスと言う」はフランクル自身の体験談に基づいた証だ。フランクルは「人は人生で意味、価値を見いだせない時、悩む。人は先ず『生きる意味、価値』を見出していくべきだ」と語っている。

 フリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900年)は「20世紀はニヒリズムが到来する」と予言したが、ローマ・カトリック教会の前教皇ベネディクト16世(在位2005〜2013年)は2011年、「若者たちの間にニヒリズムが広がっている」と指摘している。欧州社会では無神論と有神論の世界観の対立、不可知論の台頭の時代は過ぎ、全てに価値を見いだせないニヒリズムが若者たちを捉えていくという警鐘だ。簡単にいえば、価値喪失の社会が生まれてくるのだ(「“ニヒリズム”の台頭」2011年11月9日参考)。

 人は価値ある目標、人生の意味を追及する。そこに価値があると判断すれば、少々の困難も乗り越えていこうとする意欲、闘争心が湧いてくる。逆に、価値がないと分かれば、それに挑戦する力が湧いてこない、無気力状態に陥る。同16世によると、「今後、如何なる言動、目標、思想にも価値を感じなくなった無気力の若者たちが生まれてくる」というのだ。残念ながら、21世紀に入り、状況は次第にベネディクト16世が警告した世界に近づいてきている。

 バラの一片から‘神の善意’を感じた名探偵シャーロック・ホームズのように、私たちも自身の周囲にある数多くの‘神の善意’を見出し、生きていく意味を学ぶべきではないか(「バラの美は『神の善意』の表れ?」2024年4月12日参考)。

カフカ没後百年とユダヤ人の「運命」

 今年はプラハ生まれのユダヤ人作家フランツ・カフカ(1883〜1924年)の没後100年目だ。世界各地で様々な特集やイベントが行われている。カフカは40歳で結核で亡くなったが、3人の妹ら家族は後日、強制収容所送りになって、そこで全員が亡くなった。カフカはナチス・ドイツが侵攻する前に病死したので、ナチス・ドイツ軍の蛮行の直接の犠牲とはならなかった。カフカが強制収容所送りを体験しなかったことは、カフカ自身にとって幸せだったのかもしれない。

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▲没後100年を迎えたユダヤ人作家フランツ・カフカ(ウィキぺディアから)

 カフカの友人、ユダヤ人作家マックス・ブロート(1884〜1968年)はドイツ軍が西側行きの列車を閉鎖する直前、最後の列車に乗ることが出来て西側に亡命した。ブロートがナチス・ドイツ軍に拘束され、強制収容所送りになっていたならば、「審判」「変身」「城」といったカフカ作品は世に出ることがなかっただろう。カフカは生前、自身の作品をほとんど公表していない。カフカの作品の価値を理解していた友人ブロートはカフカの原文を鞄に詰めて国境を出ることが出来たわけだ。オーストリア国営放送(ORF)はカフカ没後100年を祝って6回のシリーズでTV映画を放映したが、ブロートがドイツの国境警察に鞄を開けさせられ尋問される場面があった。カフカ文学の運命の瞬間だったわけだ。

 第二次世界大戦中、杉原千畝氏は日本領事館領事代理として赴任していたリトアニアで、ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ人にビザを発給した話は有名だ。ドイツ軍の侵攻前に亡命で来たユダヤ人、亡命が遅れたたために強制収容所送りになったユダヤ人など、様々な運命があった。

 7日のコラムでも紹介したが、精神分析学のパイオニアのジークムント・フロイト(1856〜1939年)、アルフレット・アドラー(1870〜1937年)はナチス・ドイツがオーストリアに侵攻する前にロンドンや米国に亡命できた。一方、ヴィクトール・フランクル(1905〜1997年)は家族と共に強制収容所送りになった。収容所から解放された直後、妻や母、姉妹たちが全て殺されたことを知って絶望し、一時期生きる力を無くして鬱に陥ったといわれる。フランクルは鬱を乗り越え、「それでも人生にイエスと言う」という本を出している。

 興味深い例としては、ユダヤ系作家フランツ・ヴェルフェル(1890〜1945年)は非常に太っていたために、山を越えフランスへ亡命するのが大変だった。そこで「この山を無事超えて亡命出来たらルルドの聖人ベルナデットの話を小説にする」と神に約束したという。ヴェルフェルは最終的に米国に亡命した後、神との約束を果たし、小説「ベルナデットの歌」を書いている。

 ところで、ユダヤ人を亡命に強いた張本人アドルフ・ヒトラー(1889〜1945年)はウィーンで画家の道を歩むことが出来たならば、ユダヤ人大虐殺といった蛮行に駆り立たれなかったかもしれない。アドルフ・ヒトラーは1907年、08年、ウィーン美術アカデミーの入学を目指していたが、2度とも果たせなかった。ヒトラーの入学を認めなかった人物こそ、グリーケァル教授だ。

 もしヒトラーが美術学生となり、画家になっていれば、世界の歴史は違ったものとなっていたかもしれない。ウィーン美術学校入学に失敗したヒトラーはその後、ミュンヘンに移住し、そこで軍に入隊し、第1次世界大戦の敗北後は政治の表舞台に登場していく。

 歴史で「イフ」はタブーだが、グリーケァル教授がヒトラーを入学させていたならば、その後の歴史は変わっていただろうか。ナチス・ドイツ軍は存在せず、ユダヤ民族への大虐殺はなかったかもしれない(「画家ヒトラーの道を拒んだ『歴史』」2014年11月26日参考)、「ヒトラーを不合格にした教授」2008年2月15日参考)。

 米映画「オーロラの彼方へ」(原題 Frequency、2000年)は、人生をやり直し、失った家族や人間関係を回復していくストーリーのパイオニア的作品だ。米俳優ジェームズ・カヴィーゼルが警察官役で登場している。オーロラが出た日、警察官になった息子が無線機を通じて殉職した消防士の父親と話す場面は感動的だ。ストーリーは父親の殉職と殺害された母親の殺人事件を回避し、最後は父親、母親と再会する。同映画は人生の失敗、間違いに対してやり直しができたら、どれだけ幸せか、という人間の密かな願望を描いている(「人生をやり直しできたら・・・」2017年12月30日参考)。

 「運命」が存在するか否かは分からないが、選択が間違ったゆえに、全く予期しない人生を歩みだす人も少なくない。サクセスフルな人生を歩み、多くの富と名声を得た人でも、生まれて死ぬまで100%計画通りに歩んできた人間はいないだろう。程度の差こそあれ、さまざまな後悔や無念の思いを抱きながら生き続けている。「運命はわれわれを導き、かつまたわれわれを潮弄する」と述べたフランスの哲学者ヴォルテールの言葉を思い出す。
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