ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

独の「クジラ救助物語」はベストエンドか

 ハッピーエンドかどうかは依然分からない。多分、将来もはっきりとしたことは分からないだろう。バルト海のポエル島近くの浅瀬で保護されたザトウクジラの一挙手一投足を約60日間、TVの画面でフォローしてきた多くのドイツ人は2日早朝(現地時間)、ザトウクジラが北海に無事戻された、というニュースを聞いてホッとしただろう。

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▲北海に放流されたザトウクジラ(写真News5から)

 ザトウクジラは世界の海に生息する体長12〜14m、体重30〜40tの大型のひげクジラの仲間の哺乳類だ。4歳から6歳とみられるこのオスのクジラは、3月初旬にバルト海で初めて目撃された。移送までの約60日間、その時間の約3分の2を浅瀬で過ごした。4月28日、クジラはポエル島沖のバージ船まで曳航され、その後タグボートに連結されて北海に向けて出航した。ドイツのバルト海沿岸で何度か座礁したザトウクジラを乗せたはしけは、数日間の航海を経て1日、北海に到達したのだ。

 ザトウクジラの60日間余りの動向をドイツ民間放送ニュース専門局NTVの報道記事から再現する。

「体長約12メートルのザトウクジラは、3月3日にメクレンブルク=フォアポンメルン州のヴィスマール港で目撃された。救助隊はクジラから漁網の一部を取り除いた。3月23日、クジラはシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州ティメンドルファー・シュトランド沖の砂州でさらに西へ移動しているのが発見された。救助活動は数日間続き、掘削機を使って水路を掘るなどの試みが行われた」

「3月27日の夜、クジラは海岸から姿を消したが、3月28日には浅瀬に戻り、ヴァルフィッシュ島の南にあるヴィスマール湾の砂州に姿を現した。3月29日、水位の上昇に伴い、クジラは一時的に移動したが、数メートル進んだところで再びヴィスマール湾で停止した。専門家たちは音を出してクジラを誘い出そうとした。3月30日、クジラは再び移動したが、3月31日には別の浅瀬を探し求め、今度はポエル島沖のヴィスマール湾の一部であるキルヒゼーに姿を現した。専門家の診断の結果、衰弱した動物はそのまま放置されることになった」

「4月中旬、メクレンブルク=フォアポンメルン州のティル・バックハウス環境相は、民間主導の輸送計画を容認すると発表し、周囲を驚かせた。このプロジェクトは、馬術界で知られる実業家カリン・ヴァルター=モメルト氏と、メディアマルクト創業者ヴァルター・グンツ氏によって資金提供されている」

「北海、あるいは大西洋への輸送計画の準備が進む中、約3週間休眠状態にあったクジラが早朝に泳ぎ去ったことで、再び大きな騒ぎとなった。活動チームのメンバーはボートから、クジラをバルト海へ誘導しようと試みた。何度も往復を繰り返した後、2時間後、クジラは再び浅瀬へと泳ぎ込んだ。少なくとも5回目の浅瀬への移動だった。救助チームは、クジラが時折、完全にパニック状態に陥っていたと報告した」

「新たな場所では、作業台からの騒音など、さらなる騒音にもかかわらず、クジラはほとんど動かずに横たわっていた。動物愛護団体、クジラ研究者、そしてドイツ海洋博物館などの機関は、衰弱したクジラには休息が最善であるという見解を維持した。『クジラが休息のため、あるいは死を覚悟して浅瀬に入った可能性は十分考えられる』と、クジラ・イルカ保護団体は述べた。多くの野生動物が負傷した際に、身を隠して静かな場所を求めるのは典型的な行動である」

 バルト海の少し奥まった穏やかな海域で、午後にははしけの船尾に設置されていた防波ネットが取り外された。出口が開いたにもかかわらず、クジラは何時間も船から離れようとしなかった。放流前に、クジラの今後の位置を追跡するためにGPS発信機が取り付けられたと報じられている。これが成功したかどうか、また発信機がデータを提供しているかどうかは不明。そして2日早朝、クジラは船から出ていったという。

 クジラの健康状態は良好とは言えない。長期間の拘束の後、クジラが正常に泳いだり潜ったりできるかどうかは疑問だと、クジラ研究者で海洋生物学者のファビアン・リッター氏は説明する。

 動物福祉団体「鯨類・イルカ保護協会(WDC)」は、「救助が成功したとみなされるのは、クジラが北大西洋に戻り、そこで長期生存し、皮膚が完全に回復し、再び自力で餌を探し、体重が増加し、自然な行動を示すようになった時のみである」と強調した。いずれにせよ、一般の人々はクジラの行動を追跡することはできない。

 専門家によると、弱ったクジラは岸に戻る可能性があるという。「世界各地で、大型クジラは極度に疲弊すると、海底が柔らかい浅瀬の沿岸海域を求めるようになることが確認されている」という。デンマーク環境省は、この件に関して、原則として座礁した海洋哺乳類の救助は行わないと表明した。座礁は「自然現象」であり、クジラは一般的に「人間の介入によって救助されたり、妨害されたりするべきではない」としている。


【一口論評】
 ザトウクジラの救助活動はドイツでは大きな話題となった。NTV放送はウクライナ戦争やイラン戦争の動向をこまめに報道する一方、ザトウクジラの近況も報道した。現場には取材記者が逐次、クジラの動き、救助活動の現状を視聴者に伝えた。その報道の熱心さには正直言って驚かされた。

 ドイツ国民が特にクジラ・ファンとは聞かない。にもかかわらず、2か月余り、衰弱して自力で動けないクジラの動向をフォローしてきた。クジラが自力で泳ぐ姿を見せた時など、普段は笑顔を見せたことがなかった女性アナウンサーが嬉しそうに報じていた。

 戦争、犯罪、テロといった暗いニュースが多い中、クジラを救助しようとする人々の懸命な活動姿は多くの視聴者にはやはり新鮮に映ったのだろう。連日、クジラの近況がお茶の間に届けられた。メディアでは一部、クジラに愛称を付けて呼んでいた。

 クジラは北海まで運ばれ、そこで解放された。「クジラ救済物語」は終わった。救済活動してきた人々、それをTVでフォローしてきた多くの視聴者にとって、物語はハッピーエンドだったろう。しかし、浅瀬の沿岸海域で静かに最後の時を迎えようとした衰弱したクジラにとってベストエンドだったか否かは分からない。

 中国の古典「荘子」には「魚の楽しみ」(知魚之楽)という話が出てくるが、魚ではない人間は「魚の楽しみ」が分からないように、「クジラの幸せ」を人間は分からないのだ。

トランプ氏は典型的なカウボーイ気質だ

 トランプ米大統領は自分への批判や中傷に対して静観するとか、忍耐して甘受するといったことはなく、必ず叩き返す。ドイツのボン大学の安全問題専門家ヨアヒム・ウェ―バー氏は独ニュース専門局NTVとのインタビューの中で「トランプ氏は典型的なカウボーイ気質だ」と述べている。

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▲ホワイトハウスでトランプ大統領と会談するメルツ首相、2025年6月5日、ホワイトハウスから

 ドイツのメルツ首相が先月27日、民間の学校イベントで米イスラエル軍のイラン攻撃を批判し、「イラン指導部によって米国は国家全体が屈辱を受けている」と述べ、「トランプ氏にははっきりとした出口戦略がない」と批判した。

 そのことがワシントンに伝わると、トランプ大統領は28日、自身のプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」に投稿し、「ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は、イランが核兵器を保有しても構わないと考えている。彼は自分が何を言っているのか全く分かっていない!」とやり返したけだけではなく、「米国がドイツ駐留米軍の削減を検討している」と述べ、間もなく決定される見込みだと書き込んだ。その直前、トランプ大統領はメルツ首相を激しく非難し、「ドイツが経済的にもその他の面でも、これほどひどい状況にあるのは当然だ!」と書き込んでいる。

 トランプ大統領は、最初の任期(2017年〜2021年)中にも、ドイツ駐留米軍の削減を示唆したことがあるが、実行されなかった。米国防総省のデータによると、2025年12月時点で、約6万8000人の米兵が欧州の基地に常駐していた。その半数以上にあたる約3万6400人がドイツに駐留している。

 トランプ氏の独駐留米軍の削減発言についてのドイツ側の反応を紹介する。

 ヴァーデフール外相はトランプ大統領の米軍撤退の脅威に冷静な反応を示している。同外相はRTLの番組「ナハトジャーナル・スペツィアル」で、「米国はバラク・オバマ政権下で既に太平洋地域への注力を明確にしていた。今、それが実現するかもしれない。我々は冷静に検討していく」と述べた。そして「ドイツ連邦軍は起こりうる変化に備えている。我々はより多くの責任を担い、より強固な体制を構築しなければならない」と語った。

 メルツ首相の発言については、ヴァーデフール外相は「首相はイランに対し、真剣に交渉するよう明確な警告を発したのは全く正当だ。私はその発言を支持する」と述べ、ドイツ連邦政府はこの問題に関しては「完全に一致している」と付け加えた。

 一方、独連邦議会で最大野党の極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の外交政策専門家マルクス・フローンマイヤー氏は、「メルツ首相は当然、国内で同盟国を批判することはできるが、公の場で非難したり侮辱的な発言はドイツの外交的地位を損なうだけだ」と指摘、「首相がトランプ大統領の反応を誘発したのだ」と非難し、「ドイツは軍事的に自衛する能力がないにもかかわらず、長年米国の安全保障を当然のことと考えてきた者は、ワシントンからの圧力の高まりに驚くべきではない。ドイツは現在、安全保障政策において米国の抑止力に依存しており、中期的にこれらの能力を自力で代替することはできない」と強調した。

 また、「緑の党」議会会派副代表のアグニエシュカ・ブルッガー氏は、「メルツ首相がトランプ米大統領のイランとの戦争を公然と批判していることは基本的に正しい」と認め、「真実をはっきりと述べ、トランプ氏のような人物の前でひるむべきではない」と述べた。しかし、現在のような深刻な状況下においては、「連邦政府による明確で、賢明かつ戦略的なコミュニケーションが必要だ。それにもかかわらず、メルツ首相は、軽率で、衝動的で、矛盾した発言を繰り返している。これは彼の最大の弱点の一つであり、国内外で繰り返し大きな問題を引き起こしている」と付け加えた。

 米軍の一部撤退問題の再燃について、メルツ首相はニーダーザクセン州ミュンスターの軍事訓練場を訪問した際、「NATOの枠組みの中で、ドイツ連邦軍はドイツ国内の戦略的に重要な拠点において、米国、そしてNATO加盟国全体と肩を並べて任務を遂行している」と述べた。

 ところで、トランプ大統領は、新たな関税措置をちらつかせる代わりに、政府との関係が悪化すると、米軍撤退をちらつかせるようになった。標的はドイツだけではない。トランプ大統領は30日、イタリアとスペインに対しても同様の措置を講じる可能性について、「おそらくそうするだろう。イタリアは米国にとって何の役にも立っていない」と切り捨て、スペインに対しては「ひどい、本当にひどい」と述べている。米国は、イラン戦争では軍事基地の使用をめぐり、スペインとイタリアの両国から拒否されるなどの抵抗に遭ってきた。

 明確な点は、欧州の米軍基地はドイツにとってだけでなく、米国にとっても非常に重要だということだ。中でも軍事的に最も重要なのは、ドイツ・ラインラント=プファルツ州のラムシュタイン空軍基地で、ここは米国の欧州および中東における空軍拠点だ。米国最大の海外軍事病院はラインラント=プファルツ州のラントシュトゥールにあり、米国最大の海外軍事訓練場はバイエルン州グラーフェンヴェーア近郊にある、といった具合だ。

 なお、国防専門家のニコ・ランゲ氏は、「部隊の再配置には多額の費用がかかるため、トランプ氏が実際に実行に移す可能性は低い」と考えている。「2020年には、トランプはすでにドイツから1万1900人の米兵を撤退させる計画を発表していた。これは実現しなかった。その理由の一つは、議会が必要な資金を提供しなかったことと、撤退には他の分野への莫大な投資が必要だったからだ」という。

 独週刊誌シュピーゲルは30日電子版で、「ワシントンからの新たなシグナルにもかかわらず、ドイツ政府は米軍の大幅な撤退はあり得ないと考えている。ドイツ側は米軍の駐留の重要性を強調し、欧州の責任強化を訴えた」と報じている。オーストリア代表紙プレッセは「ドイツからの米軍撤退はどれほど現実的なのか?」と問いかけ、米軍の撤退は自らの首を絞める行為になると受け取っている。いずれにしても、トランプ氏の独駐留米軍削減発言に対し、ドイツ側は冷静な対応の姿勢を崩していないが、それなりの理由はあるわけだ。

チャールズ3世の洗練されたユーモア

 米国を国賓訪問中の英国王チャールズ3世は28日、米連邦議会議事堂の上下院合同会議で演説したが、議会で傾聴していた民主党と共和党の両党議員から大喝采を呼んだ。チャールズ3世は演説の最初にアイルランド出身の作家オスカー・ワイルド(1854〜1900年)の有名な言葉を引用した。

 We have really everything in common with America nowadays, except, of course, language."
 (私たちは今日、アメリカと、言葉を除いて、本当にあらゆるものを共有している)

 同言葉はワイルドの短編小説「カンタヴィルの幽霊」に登場する一節だ。イギリス人とアメリカ人が同じ「英語」を話しながらも、実際には表現や文化的なニュアンスが異なることを皮肉ったワイルド特有の冷笑的なユーモアとして良く知られている。

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▲英国王チャールズ3世とカミラ王妃を歓迎するトランプ米大統領夫妻、ホワイトハウス公式サイトから、2026年4月27日

 チャールズ3世のユーモアを理解するためには、米英両国の現状を理解する必要があるだろう。米英両国は価値観や歴史で同質性があり、文化的、社会的に類似面が少なくないが、米イスラエル軍のイラン攻撃を始めてから両国で様々な不協和音が生じている。トランプ米大統領はイラン戦争に批判的で、軍事的連帯を拒否するスターマー英首相を名指しで批判するなど、米首脳関係はここにきて少なくとも政治・外交レベルで急速に冷却してきている。
 
 米国人と英国人は同じ「英語」を話す国民だが、現実の両国(首脳)は相互に不信感に陥っている、ということをワイルドの言葉を引用することでやんわりと語ったわけだ。チャールズ3世のユーモアは議会の雰囲気を一挙に和らげた。同3世のユーモアは文字通り、アイスブレークの役割を果たしたのだ。

 チャールズ3世は米国建国250年への祝賀、民主主義の意義、北大西洋条約機構(NATO)の重要性、そして国際社会でのパートナーショップの役割などについてユーモアを含めて語った。特に会場を沸かせたのは、国王が自身の先祖と歴史に触れた自虐的なユーモアを発した時だ。

 国王は、米英の複雑な歴史をチャールズ・ディケンズの名作『二都物語』にかけて、「この街(ワシントンD.C.)は、私たちの共有する歴史の一時期、あるいはチャールズ・ディケンズなら『2人のジョージの物語』(A Tale of Two Georges)と呼んだであろう時代を象徴している」と説明。ここでいう2人のジョージとは、アメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンと、独立戦争時の英国王であり国王の5代前の祖先であるジョージ3世を指す。国王はかつて敵対した歴史を振り返りつつ、「ジョージ3世は一度もアメリカの地に足を踏み入れませんでした。どうぞご安心ください。私は今回、(独立を覆そうとするような)狡猾な後方支援(cunning rearguard action)のためにここへ来たわけではありません」と付け加え、会場の爆笑を誘った。

 28日の国王の演説とそのユーモアの場面を再現したが、英国王のユーモア溢れるスピーチを聞きながら、戦争と紛争、批判と中傷に溢れる喧騒な世界で改めて私たちが口から出す「言葉」が如何に大きな影響を与えているかを考えさせられた次第だ。国益の違い、見解や立場の相違ゆえに、私たちは相手(国)を激しくののしったり、批判する。討論でも相手の欠点、失敗をこき落すことに躍起となる。

 イエスは「人の口に入るものは人を汚さないが、人の口から出るものが人を汚す」(「マタイによる福音書」第15章)と述べた。「言葉」はナイフより鋭利であり、相手の心を傷つける場合がある。普通の怪我ならば数日で癒されるが、相手が発した「言葉」が心の中に深傷として残ることがある。「言葉」が憎悪、敵意、嫉妬から誘発されていた場合、その「言葉」は非常に危険な武器となる。

 「言葉」は人を殺すこともあるが、人を鼓舞して再生させる力も有している。どちらを選択するかはその人の責任だ。新約聖書「ヨハネによる福音書」の最初の書き出しに、「初めに言(ことば)があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった」と記述されている。「言葉」、ロゴスは本来、新しいものを生み出す原動力だった。それがいつの間にか、人を傷つける武器となってきたわけだ。言葉の‘非武装化‘が求められる所以だ。

 ユーモアは厳しい状況下でも聞き手に笑みを生み出す力を有している。米民主党と共和党の党派間では現在、様々なテーマで激しいやり取りが行われている。そのような中、チャールズ3世のユーモアは上下院合同会議の議事堂を駆け巡った。国王の演説が終わると、両党議員たちが立ち上がって拍手を送った。最近では珍しいシーンだった。
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