ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

大変動期に突入した独自動車産業界

 このコラム欄で数回報告済みだが、「輸出大国ドイツ」の看板を長い間支えてきた自動車産業界は今、大揺れだ。国民経済は昨年からリセッション(景気後退)でマイナス成長を記録してきた。今年第3四半期は0.2%と微増だがプラス成長になったが、ドイツの国民経済がリセッションのトンネルを抜け出したわけではない。第3四半期がプラス成長だったと聞いたドイツ産業界関係者ばかりか、メディアも驚いた。なぜならば、「プラス成長といわれても、実質の国民経済は青息吐息の状況に変化ないばかりか、危機感はここにきて一層深刻化してきた」と感じているからだ。

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▲経営危機に陥っているドイツの代表的自動車メーカー、フォルクスワーゲン社(VW)(フォルクスワーゲングループジャパンの公式サイドから)

 英国の週刊誌エコノミストは昨年、ドイツの国民経済の現状を分析し、「ドイツは欧州の病人だ」と診断を下したが、ドイツの国民経済は今年第2四半期までマイナス成長が続いてきた。当方は「『メイド・イン・ジャーマニーの落日』?」(2023年9月8日参考)を書いたが、あれから1年以上が経過した今も、国民経済の状況は改善の兆しが見られないのだ。

 ロシア産天然ガスの輸入に依存してきた欧州諸国、その中でも70%以上がロシア産エネルギーに依存してきたドイツの産業界は脱原発、再生可能なエネルギーへの転換を強いられるなど大きな試練に直面してきた。ショルツ政権が推進するグリーン政策に伴うコストアップと競争力の低下は無視できない。外国からの需要は低迷し、商品とサービスの輸出は減少し、輸入も停滞している。ドイツの産業界は専門職の労働力不足で生産性にも影響が出てきている。高いインフレ率とそれに伴う国民の消費・購買力の低下、失業率と労働市場の悪化がみられる、といった状況だ。

 ちなみに、ドイツでは2023年4月15日を期して脱原発時代が始まったが、国民の80%が脱原発、それに伴なうエネルギーコストの急騰に懸念を感じているというデータが報じられた。

 ここではドイツの輸出大国を支えてきた自動車産業が停滞してきた要因を人工知能(AI)のChatGPTの手助けを受けて6項目にまとめた。

 1.電動化シフトへの遅れ
 ドイツの自動車産業、特にフォルクスワーゲンやBMW、ダイムラーなどは長らく内燃機関車を主力としてきたが、近年の気候変動に対する懸念から、世界的に電動車(EV)へのシフトが加速している。特にヨーロッパでは、EUが厳しい排出基準を課し、2035年までに新車の内燃機関車販売を禁止する方向に進んできた。この変化に対し、テスラなどのアメリカ企業や、中国のBYDといった電動車に特化した新興メーカーに先行を許し、ドイツの自動車メーカーは電動化シフトで遅れた。

 2.中国市場の変動
 ドイツ車の最大の購買先は中国市場だが、中国政府が国内の電動車メーカーを保護する政策を強化してきた。中国の自動車メーカーも技術と品質を急速に向上させているため、ドイツの自動車メーカーにとって中国市場の競争が一段と厳しくなってきている。特に電動車の分野で中国勢が急速に成長していることから、ドイツのメーカーはシェアを失い始めている。

 16年間続いたメルケル政権時代、メルケル首相(当時)は12回、ドイツの経済界、特に、自動車メーカーのトップを引き連れて訪中している。中国はドイツにとって最大の貿易相手国だ。例えば、ドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売した(「輸出大国ドイツの『対中政策』の行方」2021年11月11日参考)

 3.半導体不足とサプライチェーンの問題
 世界的な半導体不足もドイツの自動車産業に大きな影響を与えた。多くの部品に半導体が必要とされる現代の自動車において、半導体の供給が滞ることは生産の遅れを招く。加えて、新型コロナウイルスの影響や地政学的リスクにより、部品調達や輸送が不安定になっており、これが生産や販売に悪影響を及ぼしている。

 4.人材と技術の転換
 電動化とデジタル化の進展に伴い、新たな技術やデジタルスキルを持つ人材の需要が急増してきたが、従来の内燃機関を中心とした製造工程や技術に特化していたドイツの自動車産業では、スキルセットの転換が必要となったきた。具体的には、技術者の再教育や新たな人材の採用が急務となり、企業は大規模な再編を迫られている。

 5.脱炭素化と環境規制
 ドイツ国内では環境問題への関心が高く、政府も再生可能エネルギーの利用拡大や、排出削減に向けた政策を進めている。これに伴い、自動車産業には脱炭素化の圧力がかかっており、電動車以外にも水素燃料車など新しいエネルギー技術の開発が求められている。しかし、このような新技術への移行には多大な投資と時間が必要であり、自動車メーカーにとっては大きな負担となっている。

 6.EUからの規制強化
 ドイツはEUの一員として、EUが定める厳しい排出基準やエネルギー政策に従う必要がある。EUは気候変動対策を積極的に推進しており、二酸化炭素排出削減目標を設けている。これにより、自動車メーカーは一層の電動化を求められる一方で、技術開発や生産設備の更新に多額のコストがかかる。この規制強化も、ドイツの自動車産業が試練に直面する要因の一つだ。

 欧州最大の自動車展示会「ミュンヘンIAAモビリティ」が昨年9月開催され、世界のトップメーカーが最新の電気自動車(EV)を展示した。展示場では中国のEV大手、BYDが新たな2車種を展示し、欧州のEV市場に本格的に進出してきた。EVの最新の技術ではアジア系メーカーが目立った。具体的には、充電時間の短縮や価格争いでメイド・イン・ジャーマニーのEVは激しい競争にさらされている。

 なお、低迷が続くフォルクスワーゲン(VW)グループは、現在進行中の賃金交渉で、長年勤続している社員に対するボーナス支給の廃止も検討している。その一環として、勤続記念の報奨金が廃止される見込みだ。VWは賃金交渉において10%の賃下げを含むコスト削減策を進めたい考えで、経営陣は自動車メーカーとしての競争力の低下を懸念している。

オルバン首相のウィーン訪問の波紋

 ハンガリーのオルバン首相は10月31日、隣国のオーストリアの首都ウィーンを短時間訪問した。隣国の首相を迎え入れたのはオーストリアのネハンマー首相ではなく、極右党「自由党」所属のローゼンクランツ国会議長だった。オーストリアでは国会議長は連邦大統領に次いでプロトコール上、ナンバー2の立場だ。大統領に代わって外国の政治首脳を迎えることはある。オルバン首相のウィーン訪問は野党から批判の声はあったが、問題はなかった。

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▲「ウィーン宣言」に署名したオルバン首相とキックル党首(2024年10月31日、オーストリア自由党の公式サイトから)

 会合は議会内の歓迎ホールで行われ、自由党のキックル党首も同席した。議会の広報によると、オルバン首相の訪問は公式訪問とされ、相応の安全対策が取られたという。事前情報によれば、ネハンマー首相(国民党党首)との会見は予定されていなかった。

 ところが、自由党のキッケル党首とオルバン首相が「ウィーン宣言」という文書に署名したのだ。ここで問題が出てきた。キックル党首は連邦議会選(9月29日実施)で第1党となった政党の党首だが、まだ新政権で首相に任命された立場でもない。オーストリアの名前で外国の政治首脳と文書を署名する権利はもちろない。キックル党首が「オーストリアの代表」としてハンガリーの首相と一種の外交文書に署名したということが伝わると、与野党の中で職権乱用、権限逸脱といった批判が出てきた。以下、物議を醸したオルバン首相のウィーン訪問の波紋を紹介する。

 自由党は9月末に実施された国民議会選で連邦レベルの選挙では初めて第1党となった。保守派政党の与党「国民党」は第2党に後退し、社会民主党は第3党だった。同国では選挙で第1党となった政党が国民議会議長(第1国民議会議長)に、第2党から第2議長、3党から第3議長がそれぞれ選出されるのがこれまでの慣習だった。そこでキックル党首の自由党から弁護士のローゼンクランツ氏が自由党初の第1国民議長に選出されたわけだ。議会での投票では国民党、社会党、ネオスの3党は議会の慣習に従ってローゼンクランツ氏に投票したが、「緑の党」だけが議会の慣習に反して第1党の候補者に反対票を投じた。

 晴れて国民議会の議長に選出されたローゼンクランツ氏は就任最初の外国からのゲストに欧州連合(EU)から異端児と呼ばれているハンガリーのオルバン首相を招いたのだ。その時点で、「緑の党」はローゼンクランツ議長を批判したが、プロトコール上は問題はない。オスバン首相は現在、今年下半期のEU議長国のハンガリーの政府首脳だ。オーストリア国民議長がそのオルバン首相を国会に招いたとしても問題はない。ただ、極右政党出身の国会議長がEUに批判的な政治家で親露派と見られているオルバン首相を招いたことでメディアが騒いだこともあって、注目されたわけだ。オーストリア国営放送の報道によると、ローゼンクランツ議長とオルバン首相の会談は45分間程度で大きな議題はなく、「象徴的な会談だった」という。

 ローゼンクランツ議長との会談後、オルバン首相はキックル党首と2者会談し、そこで「ウィーン宣言」に署名している。両者は「隣国としての友好関係」を示すものとして「ウィーン宣言」に署名したという。報道によれば、「ウィーン宣言」は、自由党とオルバン首相が率いる右派民族主義政党フィデスのヨーロッパ観に基づく主要原則をまとめたものだ。宣言の冒頭では「ハンガリーとオーストリアはここに、隣国としての友好関係と歴史的・文化的に強い絆を再確認する」と記されている。テキストでは、EUによる中央集権化が批判され、「男女以外の性自認」は拒否されている、といった具合だ。

 ちなみに、ウィーンで6月30日、欧州の右派勢力、オーストリアの野党「自由党」、ハンガリーのオルバン首相の「フィデス=ハンガリー市民同盟」(Fidesz)、そしてチェコのバビシュ元首相の「ANO」の3党が欧州議会で新しい会派「Patriots for Europe」(欧州のための愛国者)の結成を表明している(「欧州右派3党、新しい会派を創設へ」2024年7月2日参考)。

 「ウィーン宣言」の署名に対し、国民党はキックル党首に「職権乱用」の疑いを指摘している。国民党のシュトッカー幹事長は1日、「キックル党首がオーストリアの名の下に署名するのは政治的な職権乱用に相当する。彼にはオーストリアを対外的に代表する公式な権限がない」と批判した。また、オルバン首相がローゼンクランツ議長を訪問した際に、議会の接見室からEU旗が片付けられていたことも問題視し、「キックル党首がオーストリアやEUに対していかに軽視しているかが表れている」と主張している。なお、「オーストリアの名」で宣言に署名できるのは連邦大統領または首相のみだ。職権乱用罪は最長6か月の懲役刑が科される。

 「緑の党」のマウラー議員は「キックル氏にはオーストリアの名で署名する権限はない。彼は我が国を代表しておらず、開かれた公正な社会を信じる人々のための声でもない。彼と自由党が行っていることは、計算された誇大妄想の劇だ」と批判している。

 オルバン首相が訪問する先々でこれまで様々な政治的な波紋が投じられてきた。その意味で同首相のウィーン訪問も例外ではなかったが、極右「自由党」が先の総選挙で第1党に躍進した直後だけに、その波紋も一層大きかったわけだ。

 いずれにしても、ファン・デア・ベレン大統領が選挙後、第1党の自由党のキックル党首ではなく、第2党の国民党のネハンマー首相に新政権発足の連立交渉を要請したことで、自由党内で不満の声が高まっていた。それだけに、オルバン首相のウィーン訪問は自由党にとってその政治力を誇示できる絶好の機会ともなったはずだ。国民議会議長という国家の要職を握ったキックル「自由党」は今後、様々な政治的アクションを展開し、政界を揺れ動かしていくものと予想される。

「建国記念日」での外交上の不都合

 オーストリアでは先月26日はナショナルデー(建国記念日)だった。ウィーンの英雄広場で慣例の式典が挙行されたが、その式典に招かれたオーストリア駐在のイラン武官が米国やカナダからテロ組織に指定されている「イラン革命防衛隊」(IRGC)に所属しているという指摘が飛び出し、オーストリアは説明に追われている。オーストリアの日刊紙スタンダードは10月30日付で「イランの駐在武官は普通のゲスト?」という見出して大きく報道した。

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▲建国記念日の式典が挙行された英雄広場に集まる国民(2024年10月26日、ウィ―ンで)

 オーストリアは自国の建国記念日を祝う時、会場の英雄広場には外務省から認定された外国の駐在武官が招待される。駐在武官とは、派遣国において自国の軍事外交の最高責任者を務める立場だ。国防省のミヒャエル・バウアー広報官は、「一般的な手続きであり、全ての認定された駐在武官には、外国に駐在するオーストリアの武官と同様の外交的権利が付与される」と説明。国内では数十名の駐在武官が認定されており、オーストリアも同様の武官が海外に派遣されているという。

 ところが、式典から数日後、イランの駐在武官が映った動画がソーシャルメディアで注目を集めたのだ。世界ユダヤ人会議の執行委員ビニ・グットマン氏は「この代表者はイラン革命防衛隊のメンバーだ。同隊はイランの聖職者政権を支え、国外のテロ組織や親イラン勢力を支援・訓練・資金提供していることで知られている。そのような武官を建国記念日に招くことはスキャンダル以上だ」と発言し、オーストリア側の外交的手落ちを批判したのだ。

 米国は2021年、カナダは今年に入り、IRGCをテロ組織に指定している。欧州議会は昨年、革命防衛隊をテロ組織リストに加えることを支持している。すなわち、米国やカナダがテロ組織に指定し、EUもその方向で協議している時、そのIRGCメンバーの可能性が指摘されてイランの駐在武官がオーストリアの建国記念日に参加していたということだ。中立国を国是とするオーストリアとしては少々不味い。イランが数日前、ドイツとイランの2重国籍者ジャムシド・シャルマド氏を処刑したばかりということもあって、イランへの批判の声が一層高まっている時だ。

 国防省は現時点で、イランの駐在武官が革命防衛隊の一員かどうかを把握していないと弁明している。ちなみに、外務省での認定には各人を対象とした安全保障当局の審査が必ず行われる。外務省は現在、イラン武官の件は内部で調査中という。ただし、外務省側の説明では、招待方針には国際情勢が考慮されることはないという。全ての認定された駐在武官は招待されており、ロシアや北朝鮮は現在オーストリアに駐在武官を置いていないから参加しなかっただけだ、といった具合だ。

 バウアー広報官によれば、駐在武官は年間におよそ6回程度の行事に招待されており、大規模な演習なども含まれるという。なお、軍事的に中立なオーストリアは現在、イランに駐在武官を置いている数少ない欧州の国だ。

 パレスチナ自治区のイスラム過激派組織「ハマス」はイスラエルにミサイルを発射するが、そのミサイルはイラン側の支援によるものだ。シリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンには、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織「ヒズボラ」がいる。その中心的役割を果たしているのがIRGCだ。
 なお、IRGCは石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも食い込んでいるコングロマリットを所有している。豊かな資金源を背景に、テロ活動を実施している。米国は2020年1月、イラクでイラン革命防衛隊(IRGC)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍を無人機の攻撃で殺害している。

 ちなみに、オーストリアはナチス・ドイツ軍に併合されて敗戦を味わい、10年間、連合国軍(米英ロ仏)4カ国の占領時代を経た後、1955年、当時のレオボルト・フィグル外相がベルヴェデーレ宮殿内で「オーストリア イスト フライ(オーストリアが自由に)」と叫び、再び独立国となった。
 ウィーン市の英雄広場では毎年、建国記念日の26日、連邦軍が戦車やヘリコプターを披露してウィーン市民に国防の実態を紹介している。多くの親子連れが見学にやってくる。文字通り、国民的祝日だ。それだけに、テロ組織のIRGC所属の駐在武官が参加していたとすれば、オーストリア側の危機管理が不十分と言わざるを得ない。
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