ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

主体思想研究グループの衰退

 アルペンの小国オーストリアにも北朝鮮の国是ともいえる「主体思想研究」のグループが存在した。厳密にいえば、今なお、細々ながら存在しているが、冷戦時代のような活発な動きはもはやなく、会員は年々、減少している。
 オーストリアで主体思想研究が活発な所はインスブルック大学だった。多くの哲学部教授が一時は主体思想に惹かれていったものだ。平壌詣でも続いた。彼らにとっては、主体思想が「南チロル問題」を解決できる哲学体系に思われたのだ。
 「外部から影響を受けず、主体的に生きていく」とする主体思想は、イタリアとオーストリア間で帰属問題を抱えていた南チロルに解決の道をもたらすという希望を与えていた。
 しかし、主体思想の本家、北朝鮮が外部からの経済支援がなくては生存すら出来なくなり、主体思想がいつの間にか「先軍政策」に取って代わられた状況が明らかになるのにつれて、主体思想研究グループは会員を失っていった。
 主体思想研究グループの会員だった大学教授から「会員だったことはあるが、今はやめた。主体思想研究グループの一員と書かないでほしい」と嘆願されたほどだ。自ら主体思想研究グループの一員であると堂々と宣言するメンバーはもはやいない。
 どのような素晴らしい思想体系も実践と実行が伴わなければ、その魅力は急速に失われていくのは当然のことだ。主体思想は確実にその輝きを失ってきた。

アルペン小国の介護問題

 シュッセル首相夫人の母親の介護のために、スロバキア出身の看護士が不法雇用されていたことが発覚し、介護問題の深刻さが改めて浮き彫りになっている。
 メディア情報によれば、女性看護士には時給2ユーロが払われていたという。正式看護士を雇用すれば、時給10ユーロにもなるから、不法に雇用されていた東欧女性の労賃がいかに安いか一目瞭然だ。
 ただし、シュッセル首相の家族だけではない。看護士不足から東欧出身の女性を不法雇用するケースはオーストリアでは日常茶飯事だ。フィッシャー大統領の父親も以前、スロバキア出身の不法看護士に介護されていたことが判明している。すなわち、一国の大統領と首相の親族が労働許可書を所持していない不法看護士を雇用していたことになる。
 同国で看護士を必要とする人は約39万人。労働許可書を所持せずに国内で働く不法看護士は約4万人と推定されている。ちなみに、オーストリアはドイツと同様、自国の労働市場を保護するために、欧州連合(EU)新規加盟国の東欧出身者に対して雇用市場を閉ざしている。
 同国では10月1日に総選挙が実施されるが、介護問題は争点の一つ。その意味で、親族関係者の不法看護士雇用問題が表面化したシュッセル首相にとって、大きな失点となることは避けられない。
 政党からは不法看護士の合法化を求める声もあるが、法的問題が控えているから早急には実現できない。そこで、失業者を教育して看護分野に投入すべきだという意見も聞かれる。問題は力仕事が多く、ハードな仕事の割りに、賃金が低いという看護士になりたい国民が少ないことだ。多くの失業者は看護士になるよりは失業手当を享受している方が快適なのだ。
 少子化問題と介護問題がアルペンの小国オーストリアにも、じわじわと襲ってきている。

中央墓地の華やかさ

 日本では墓地といえば、夜に幽霊が徘徊しているようなイメージがあるが、ウィーン市郊外の中央墓地はまったくの別世界だ。墓石には天使や聖霊たちの姿が彫られたり、その家のシンボルが嵌め込まれたりして、墓石そのものがまるで一種の芸術品だ。墓周辺にはある種の華やかさが漂っている。
 ウィーン市民は親族の命日になると、花を買って墓参りをする。ただし、中央墓地の広さは甲子園の2倍ほどの広さがあり、欧州最大の墓地の一つだ。墓には番号が付いているが、番号を忘れた場合、墓地の管理室にいって教えてもらわない限り、目指す墓地に行き着けないといった事態にもなる。
 中央入り口から入ると、音楽家たちの墓コーナーがある。そこには楽聖ベートーヴェンからブラームス、シューベルト、シュトラウスまで、ウィーンの社交界で活躍した大音楽家やオペラ歌手などの墓が並んでいる。音楽好きな人にとっては壮観な眺めだ。音楽家の生誕日や命日には、ファンからの花が届けられる。音楽家の墓の中で、献花の数が最も多いのは通常、ベートーヴェンだ。ちなみに、モーツアルトの墓も音楽家のコーナーにあるが、遺体は生誕地ザルツブルクに埋葬されている。
 音楽好きの友人がウィーンを訪れた時などは、ベートーヴェンの散歩道、改装されたフィガロ・ハウスの他、必ず中央墓地に案内することにしている。入場費もいらない上、音楽家の生涯を想起しながら自由に散策できる魅力がある。
 中央墓地の華やかさは、墓石の作りもそうだが、復活を信じるキリスト教の影響があるのかもしれない。墓地は亡くなった家族や友人と再会できる場所と受け取られているのだろう。その意味で、中央墓地はキリスト教世界を学ぶ絶好の場所だろう。
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