ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

CTBTOで議決権を失った米国

 国連機関は加盟国の分担金で運営されている。その加盟国が分担金を支払わなかった場合、未払い期間が一定の期間になると、会議の参加は可能だが、議決権(投票権)を失う事になる。加盟国が議決権を失うということは、会議に出席して発言はできるが、議案を決定する段階になると沈黙しなければならないことを意味する。
 米国は包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)の議決権を失ったことがこのほど明らかになった。米国は分担金(約1050万ドル+約1080万ユーロ)を滞納しているからだ。米国は加盟国では最大分担金拠出国だ。米国が加盟している国連機関で議決権を失ったのは今回が初めてだ。
 米国は1996年9月、CTBT条約に署名したが、米上院本会議は99年、批准を否決した。検証能力への疑問と核兵器の新開発に障害となるという理由があったといわれる。しかし、批准否決後も米国はCTBTOの活動に参加する一方、CTBTOが構築している国際監視システム(IMS)に強い関心を示し、定期会期にも参加してきた。CTBTOの会期運営は基本的にはコンセンサス原則に基づくから、米国の議決権が停止していても、米国にとっては大きな問題が生じない。
 一方、同国が議決権を失うことで、CTBTOは益々運営が難しくなってくる。西側外交官は「CTBTOが今、何かを議決したとしても、米国が参加していない場合、米国が議決権を復帰した時、同じ議題をもう一度協議しなければならなくなる。外交上、大きな負担だ」と指摘する。
 CTBTO広報部は「われわれは米国が分担金を払い、議決権を復帰する事を期待している」と述べる一方、「米国の分担金滞納で機関の運営が難しくなってきた」と台所の事情を吐露した。
 なお、CTBTの署名国数は5月現在、177カ国、批准国138カ国だ。条約発効で署名と批准が不可欠の核開発能力保有国44カ国では批准国数は34カ国に留まっている。未批准国には米国と中国の核保有国が含まれている。その他、北朝鮮、インド、パキスタンの3国は未署名だ。

悲しき「ウィーン少年合唱団」

  「天使の歌声」として世界的に有名な「ウィーン少年合唱団」は現在、日本公演中だが、その「合唱団」に子供を送っている家族会のヘルベルト・フリザッヒャー会長から先日、電話が入った。
 「あなたがコラムの中で書いていたように、ウィーンでは新しい文化活動は本当に難しい」(当方の昨年12月5日のコラムがドイツ語訳され、関係者に紹介されている)。
 電話先の会長の声はいつもの穏やかさはなく、怒りと落胆を帯びていた。当方は昨年末、「ウィーン少年合唱団」が独自のコンサート・ホール(正式名「コンサート・クリスタル」)の建設を計画中と書いたが、同計画がどうやら無期延期となる気配が濃厚となってきたというのだ。
 合唱団の拠点であるウィーン市2区の区民が環境・交通機関の悪化、歴史的建造物の保護などを理由にコンサート・ホール建設に強く反対、合唱団と区民の間でホットな文化闘争が展開されてきた。今月7日も区民集会が開催され、合唱団と反対区民との間で討論会が行われたばかりだ。
 コンサート・ホールは、アウガルテン宮殿内の公園内で工費1000万ユーロを投入して地下1階、地上2回の近代的建物。最新の舞台装置を完備し、ホール座席数は430席だ。今年6月に建設を開始し、2008年11月に完成予定だった。
 合唱団側は「近くに独自のコンサート・ホールが完成すれば、合唱練習や後継者育成にとって効果的だ」とホール建設の意義を説明してきたが、騒音問題や交通事情の悪化を懸念する反対区民は「緑の党」などの政治家を動員して反対署名活動を展開する一方、メデイアを通じて建設反対の声を強めていた。
 ウィーンは「音楽の都」として世界にその名を誇る国際都市だ。ハイドン、モーツアルト、ベートーベン、シューベルトらと共に、「ウィーン少年合唱団」は「音楽の都」の顔の1つであり、「オーストリアの外交官」といわれている。その世界的な少年合唱団が民間投資家の支援を受けてコンサート・ホールの建設を計画しているわけだが、ウィーン市民の支援は驚くほど少ないことが改めて明らかなったわけだ。「ウィーン少年合唱団」のファンが多い日本では、理解できないことだろう。
 フリザッヒャー会長は「合唱団は世界の観光客を呼び寄せている。わが国の国民経済にも大きく寄与している。それにもかかわらず、一部市民のエゴや、それを支援する政治家が合唱団の未来を阻止している」と、偏狭な反対区民を批判する一方、「計画が完全に消滅したわけではない。経済省や文化省は計画を支援してくれている。これからも市民やメディア機関にコンサート・ホールの建設を訴えていく」と語った。

海外の金ファミリーの交流

 駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使の妻、金敬淑夫人は故金日成主席と金聖愛夫人との間に生まれた長女であり、駐ポーランドの金平日大使は長男だ。金平日大使に息子と娘の2人の子供がいるように、金敬淑夫人にも忠民と東民の2人の息子がいる。その金平日大使の家族と金光燮大使のファミリーが頻繁に交流していることが明らかになった。
 金平日大使が心臓病の治療のためにウィーン入りしたとか、西側亡命したという情報が過去、流れたことがあるが、「両家庭は普通の親戚同士として交流している」という。
 金敬淑夫人と金平日大使は北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記から見たら異母弟妹に当たる。金総書記は故金日成主席と故金正淑夫人の間に生まれた長男だ。金総書記が父親から権力を世襲して以来、異母兄弟は国外に追放されていった。金平日大使は1988年ハンガリー大使を皮切りに、ブルガリア、フィンランド大使を経て、98年から現在までポーランド大使を務めている。一方、 金敬淑夫人の主人、金光燮大使はチェコスロバキア大使を歴任した後、93年3月から今日まで14年間、駐オーストリア大使を務めている。同大使は駐ハンガリーの北大使館が閉鎖されて以来、駐ハンガリー大使も兼任している。ちなみに、金平日大使の弟、金英一氏は2000年5月、就任地のドイツ・ベルリンで病死している。
 平壌で海外大使会議が開催されると金光燮大使は帰国するが、金平日大使が参加したという情報はない、といった具合で、金平日大使に対する金正日総書記の待遇は金光燮大使とは明らかに異なっている。
 金光燮大使はここ数年、6月末から9月末まで3カ月間ほど治療目的(心臓病)で帰国するのが慣例となっている。帰国の際はもちろん、金敬淑夫人も伴っている。ただし、金光燮大使の家族も過去、苦い体験をしている。金総書記がウィーンに派遣した公使が金家族を24時間、監視していたからだ。それに耐えられなくなった金夫人は帰国して金正日総書記に直訴して公使を帰国させたという話が伝わっている。
 その両金大使家族が欧州の地で頻繁に交流しているというのだ。90年代では考えられなかったことだ。海外に長く住む異母兄弟に対する金正日総書記の締め付けが緩んだ背景には、金総書記の権力基盤が磐石であり、異母兄弟がもはや政敵でもライバルでもなくなったことを物語っているのだろうか、それとも権力闘争に暮れてきた金総書記の“老い”を示唆するものだろうか。
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