ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

dual-use-Being ?

 通常兵器とデュアル・ユース・アイテム(汎用品)技術の輸出を管理するワッセナー・アレンジメント(WA)の創設10周年については、当コラムで報告済みだが、今回は汎用品について、もう少し考えてみた。WAはデュアル・ユース・アイテムとして約1000品をリスト・アップしている。民間目的と軍事目的の両面使用可能な製品リストだ。ところで、「自分もひょっとしたらデュアル・ユース・アイテム(dual-use-item)ならず、デュアル・ユース・ビーイング(dual-use-Being)ではないか」という考えが突然、閃いたからだ。
 当方は「人を殺すことも、愛することもできる存在」だ。破壊することも、建設することもできる存在だ。英国の小説「ジキル博士とハイド氏」ではないが、人間は両面の気質を内包した存在であることは疑いない。デュアル・ユース・ビーイング(汎用人)と呼ぶのに相応しい存在だ。
 科学技術の発展は想像を越えたスピードで進展してきた。携帯電話からコンピューターまで、我々の周辺は科学技術発展の成果に取り囲まれているといっても過言ではないだろう。その携帯電話は久しく交流が途絶えた友人と通話が出来る一方、テロの起爆誘発の手段として利用できる。コンピューターも学習に役立つ一方、ポルノ・サイトを容易に拡大できる。我々を取り巻く環境は全てデュアル・ユース・アイテムで溢れている。その使い方によって破壊的にも建設的にも利用できるわけだ。その選択権を有しているのは通常、人間だ。しかし、その人間もデュアル・ユース・ビーイングであるとすれば、どうすればいいのだろうか。
 デュアル・ユース・ビーイングの人間をアイテムのように輸出禁止はできないからだ。それを監視できる機関もない。出入国管理局は「入国拒否人物リスト」を作成し、それに基づいて入国制限を実施しているが、デュアル・ユース・ビーイングはけっして一部の人間ではなく、ほぼ全ての人間がそれに該当するのだ。制限することなどは出来ない。デュアル・ユース・アイテムを監視する機関としてWAが存在するが、どうして、デュアル・ユース・ビーイングを監視する機関がこれまで存在しなかったのだろうか。
 当方の思考はどこかで飛躍し過ぎたのかもしれない。しかし、考え続けた末、「ひょっとしたら、人間は『監視される存在』ではなく、『責任を持つ存在』だからかもしれない」という結論が見えてきた。ということは、その人間が責任を拒否、ないしは無視した場合、(デュアル・ユース)「ビーイング」から「アイテム」に格が下がるわけだ。すなわち、当方は「ビーイング」に留まるか、「アイテム」化するかの選択を迫られていることになる。換言すれば、「主体」として留まるか、「対象」化するかの選択といえる。

バチカンとロシア正教

 世界に11億人の信者を有するローマ・カトリック教会の総本山、バチカン法王庁はここにきて正教との交流を積極的に推進している。
 ギリシャ正教のクリストドゥロス大主教は今月13日から4日間の日程でバチカン法王庁を訪問し、14日、ベネディクト16世と会談したばりだ。ローマからの情報によれば、同大主教とベネディクト16世は世界平和への貢献に関する合意文書に署名した。ベネディクト16世はその際、「われわれ(ローマ・カトリック教会と正教)は共通の価値観を保有する者として世界に向かってキリスト教の一体化をアピールしなければならない」と述べ、カトリック教会と正教の再統合が急務の課題であると強調している。バチカンのキリスト教一致推進評議会議長のヴァルター・カスパー枢機卿も「ローマ法王と大主教との会談は両キリスト教会の和解に向け、大きなページを切り開いた」と評価、正教との対話促進に期待を表明している。
 ギリシャ正教大主教の訪問に先立ち、ベネディクト16世はトルコ訪問時にイスタンブールで世界正教の精神的最高指導者ベルトロメオス1世と会談し、カトリック教会と正教間の対話促進などを明記した共同声明文に署名している。すなわち、ベネディクト16世は正教指導者との会談を重ねているわけだ。
 そこで、バチカンの対正教外交の狙いはどこにあるのだろうか。それはズバリ、ロシア正教との関係正常化だ。冷戦の終焉後、ロシア正教とローマ・カトリック教会の関係は正常とは程遠いものがあった。ロシア正教の最高指導者、モスクワ総主教のアレキシー2世は「バチカンは冷戦で弱体化した正教を尻目に、その豊かな財力を投入して正教徒を改宗させてきている」と、機会あるごとに批判、「正教徒に手を出すな」といった強いトーンでバチカンの非友好的な姿勢を非難してきた。それに対し、バチカンのベルトーネ国務省長官は改宗批判には直接コメントせずに、「ローマ法王はアレキシー2世との会談の早期実現を希望している」と述べてきた。
 西方教会と呼ばれるカトリック教会と東方教会と呼ばれる正教は11世紀頃、分裂して今日に到っている。両教会間には神学的にも相違がある。例えば、正教は聖画(イコン)を崇拝し、マリアの無原罪懐胎説を認めない一方、聖職者の妻帯を認めている。しかし、両派の和解への最大障害は、正教側がローマ法王の首位権や不可謬説を認めていないことだ。換言すれば、東方教会の中心教会、ロシア正教と西方教会のバチカン間の真の統合は、ローマ法王が存在する限り、ミッション・インポシブルというわけだ。

ユーロ・イスラムの役割

 ユーロ・イスラムとは、欧州に定住し、世俗化したイスラム教を指す。その信者数は1300万人以上と見られ、多くの欧州諸国では、ユーロ・イスラムはキリスト教に次いで第2の宗教と公認されている。
 ここにきて、欧州に定着しているユーロ・イスラム教徒の価値の見直しが叫び出されてきた。ドイツ居住のファルク・セン教授は「欧州に定着したユーロ・イスラム教徒は単なる地理的な意味でだけではなく、キリスト教社会とイスラム文化を結ぶ橋渡しという政治的な意味を持っている」と指摘、ユーロ・イスラム教徒に西欧のキリスト教社会とイスラム教世界の掛け橋的役割を密かに期待している。
 ユーロ・イスラムの歴史は欧州文化への統合の歴史でもある。その際、社会的、経済的な側面だけではなく、文化的、政治的統合まで進められてきた。ドイツに住む2世、3世のユーロ・イスラム(主にトルコ人)はもはや祖父の国に帰国したいと考える者はほとんどいないほどだ。ユーロ・イスラムの欧州文化への定着は想像以上に進んでいるのだ。
 そこに、英国のロンドン同時爆発テロ事件(2004年7月)やドイツで鉄道爆発計画が発覚し、欧州育ちのイスラム教徒がイスラム根本主義に傾斜していく危険性が表面化し、欧州社会は大きなショックを受けたわけだ。
 ユーロ・イスラム教徒の過激化の背景には、失業者の急増、教育・雇用での差別などの理由が挙げられているが、イスラム根本主義勢力の積極的なオルグ活動を無視できない。
 例えば、“第2のエルサレム”と呼ばれたボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボは、紛争後、これまで共存してきたカトリック、正教、そしてイスラム教の3宗派が分裂し、多文化都市の顔を急速に失っていった。その背後に、サウジアラビアやイランからのイスラム根本主義勢力の積極的なオルグ活動や資金援助がある。すなわち、ユーロ・イスラムに対するイスラム根本主義勢力の攻勢が既に始まっているわけだ。
 欧州連合(EU)は今日、トルコの加盟問題で揺れている。EU指導者の中には「欧州はキリスト教圏だ。イスラム教国のトルコの加盟は望ましくない」と主張する声が案外強い。しかし、ここで忘れてはならない点は、欧州人口の約3・5%を占める1300万人以上のユーロ・イスラムの存在だ。極端にいえば、彼らをイスラム圏文化への掛け橋として活用するか、彼らをイスラム根本主義勢力の手に委ねるか、EUは大きな選択を迫られているわけだ。世俗派イスラム教徒主流のトルコのEU加盟は少なくとも前者を鼓舞することになる。ちなみに、トルコのEU統合プロセスはドイツでは始まって久しい。けっして新しい問題ではないのだ。

訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ