ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

中央墓地の華やかさ

 日本では墓地といえば、夜に幽霊が徘徊しているようなイメージがあるが、ウィーン市郊外の中央墓地はまったくの別世界だ。墓石には天使や聖霊たちの姿が彫られたり、その家のシンボルが嵌め込まれたりして、墓石そのものがまるで一種の芸術品だ。墓周辺にはある種の華やかさが漂っている。
 ウィーン市民は親族の命日になると、花を買って墓参りをする。ただし、中央墓地の広さは甲子園の2倍ほどの広さがあり、欧州最大の墓地の一つだ。墓には番号が付いているが、番号を忘れた場合、墓地の管理室にいって教えてもらわない限り、目指す墓地に行き着けないといった事態にもなる。
 中央入り口から入ると、音楽家たちの墓コーナーがある。そこには楽聖ベートーヴェンからブラームス、シューベルト、シュトラウスまで、ウィーンの社交界で活躍した大音楽家やオペラ歌手などの墓が並んでいる。音楽好きな人にとっては壮観な眺めだ。音楽家の生誕日や命日には、ファンからの花が届けられる。音楽家の墓の中で、献花の数が最も多いのは通常、ベートーヴェンだ。ちなみに、モーツアルトの墓も音楽家のコーナーにあるが、遺体は生誕地ザルツブルクに埋葬されている。
 音楽好きの友人がウィーンを訪れた時などは、ベートーヴェンの散歩道、改装されたフィガロ・ハウスの他、必ず中央墓地に案内することにしている。入場費もいらない上、音楽家の生涯を想起しながら自由に散策できる魅力がある。
 中央墓地の華やかさは、墓石の作りもそうだが、復活を信じるキリスト教の影響があるのかもしれない。墓地は亡くなった家族や友人と再会できる場所と受け取られているのだろう。その意味で、中央墓地はキリスト教世界を学ぶ絶好の場所だろう。

情報商品の売り手としての脱北者

 北朝鮮から韓国や米国に亡命する脱北者はもはや珍しくない。最近では、韓国入りした脱北者が米国に再度亡命する“脱南者”が話題となってきた。
 脱北者の証言は北朝鮮の内情を理解するうえで大きな助けとなるが、脱北者の増加に逆比例して、その脱北者の発言の信憑性は低下してきた感がする。
 北朝鮮最高指導者の金正日労働党総書記の料理人を13年間勤めた藤本健二氏は新著「核と女を愛した将軍様」の中で、金総書記の執務室について証言した脱北者の情報を「まったくデタラメだ」と厳しく批判している。
 旧ソ連・東欧諸国が共産政権であった時、チェコスロバキアや旧東独から多数の亡命者が西側に殺到してきた。彼らは共産政権の実情を西側メディアに暴露する、といったケースは良くあった。貴重な情報をもたらした場合もあったが、脱北者の情報のように、時には偽情報や誇大情報が含まれていた。その意味で、脱北者も東欧亡命者も大きな違いはない。
 祖国を捨てて、異国に政治亡命した人間の心理は通常の物差しでは図れないものがある。亡命した異国で定着していくために、自分が体験したり、聞いた情報をどれだけ高く売りつけるかに腐心する脱北者が出て来ても不思議ではない。特別な情報がない場合、偽情報も出てくるだろう。黄長元労働党書記のような高官の場合、亡命後の待遇は保証されているが、多くはそうではないからだ。
 「脱北者の情報が間違っていた」と聞くたびに、資本主義社会で情報という商品の売り手となって生きていかざるを得ない脱北者の立場を哀れに思う。

看護婦さんの差し入れ

 泌尿器系の癌で入院していた友人が最近、退院した。
 早速、会って状況を聞いたが、予想に反して、顔色もよく、元気がいい。
 「手術は成功、悪腫瘍は全て摘出した」という。もちろん、再発防止のために長い治療が控えている。
 友人は手術後、集中治療室(ICU)に運ばれた。夜中になって麻酔が切れると、空腹と床ずれで我慢できなくなった。ベットの傍のボタンを押すと、隣室の看護婦さんがきて、背中を摩ってくれた。床ずれは暫くしてなくなったが、空腹の苦しみが限界を超えてきた。
 友人は言う。「幸い、ICUにいた別の患者も空腹だった。われわれの苦境を感じた看護婦が『お腹が空いたの』と聞いてくれた」という。
 暫くすると、その看護婦さんが一口サイズに切ったサンドウッチを運んで来てくれた。
「例外ですよ」というと、4個の一口サンドが載った皿をベットの横に置いてくれたという。
 「あんなに美味しかったサンドウッチは食べたことがなかった。本当に美味しかった」と、何度も強調した。
 友人が健全な食欲の保有者であることは知っていたが、がんの手術直後、「空腹で苦しんだ」という説明を聞きながら、「がんで鬱になるタイプではないな」と安心したものだ。
 友人が手術後も元気だったのは、手術が成功したこともあるが、看護婦さんの心もこもった差し入れがあったからだろう。
 作家の故遠藤周作の夫人、遠藤順子さんはその著書「夫の宿題」の中で、遠藤氏が生前、提唱された「心あたたかな病院運動」を紹介されていたが、友人は異国の地であったが、幸いにもいい病院と看護婦さんに恵まれたことだけは確かだ。
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