ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

欧州最大音楽祭の優勝国の「悩み」

 第69回ユーロビジョン・ソング・コンテストでオーストリア代表、男性歌手JJ(ヨハネス・ピーチ、24)さんが優勝した。オーストリア人が優勝したのは2014年のConchita Wurst(コンチタ・ヴルスト)さん以来で、通算3回目だ。ヴルストさんの時もそうだったが、同国ではJJさんの話題で持ちきりだ。バーゼルから凱旋帰国したJJさんは19日、ストッカー首相、バブラー副首相、マインル=ライジンガー外相ら政府首脳から熱烈の歓迎を受けたばかりだ。

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▲ESC優勝者オーストリアのJJさん、ESC公式サイトから、2025年5月17日

 なぜ今頃、ユーロビジョン・ソング・コンテスト(ESC)の話をするのか、といわれるかもしれない。ここでは既に報じられたコンテストの内容を書くためではなく、JJさんの「優勝」後の話を伝えたいからだ。

 ストッカー首相はJJさんを前に、「あなたの優勝は国民を鼓舞するものだ」と笑顔で語りかけていた。それは事実だろうが、政府関係者ばかりか、ESCを放映するオーストリア国営放送(ORF)のヴァイスマン会長には別の悩みが出てきたのだ。

 欧州最大の国別音楽祭で優勝することは歌手だけではなく、国にとっても栄誉なことだ。そして優勝国は来年のESC開催地の権利を得る。即ち、2026年のESCは多分、音楽の都ウィーンで開催されることになるだろう。そこまではいいが、そのイベントを開催するためには巨額の費用がかかるのだ。都合が悪いことは、オーストリアの国民経済は現在、隣国ドイツと同様、リセッションであり、膨大な財政赤字を抱え、節約財政が要求されている時だからだ。1億5000万人以上の視聴者があるといわれる巨大な音楽祭を開催する財政的余力はないのだ。「ESCの優勝国」と言って喜んでばかりはいられないのだ。

 それではどのぐらいの費用が掛かるのか。スイスのバーゼルで開催されてESCの費用は約6000万ユーロ(約98億円)だった。それを開催地のバーゼル市とESCを放映するスイス公共放送(SRF)が支払う。約2130万ユーロをSRFが支払い、残りはバーゼル市とユーロビジョン(EBU)が負担するという。参考までに、ヴルストさんが優勝した後、、ウィーンで開催された2015年のESCの費用は2500万ユーロだった。関係者によると、「全てのコストが高くなっている」という。

 もちろん、欧州最大の音楽祭の開催は収入も入る。チケット代から広告代、放送権の他、ホテルや飲食業者にもその恩恵がある。しかし、2026年ウィーン開催の場合、ESCを放映するORFにとって、放送権や広告代を差し引いたとしても少なくとも約2000万ユーロは負担しなければならなくなる。

 そこでORF関係者はESC開催を優先にして、他の費用が掛かる番組を中止することを検討しているという。日刊紙「oe24」によると、‘ダンシング・スターズ‘の中止という話が出ている。


独・イスラエル外交関係60周年

 ドイツとイスラエル両国は今年、外交関係を樹立して60周年を迎えた。イスラエルからはヘルツォーク大統領がドイツからはシュタインマイヤー大統領が相手国を交互に訪問して、60周年を祝った。

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▲ドイツとイスラエル両国外交関係60周年を特集するシュピーゲル誌の表紙

 ヘルツォ―ク大統領はシュタインマイヤー大統領を迎え、「困難な時にも変わらないドイツの友情に感謝する。ドイツはイスラエルとユダヤ民族の真の友人だ」と評し、「両国の友人関係は贈り物であり、同時に責任がある」と強調した。一方、シュタインマイヤー大統領は「私はイスラエルを訪問するたびに、心拍が高まる」と述べ.2023年10月7日のハマスのイスラエル奇襲テロ事件に言及しながら、「ドイツはどのようなことがあってもイスラエル側を支援する」と語った。

 ちなみに、シュタインマイヤー大統領は12日、ベルリンで開かれた祝賀晩餐会で「今日のような困難な時期であっても、謙虚さと感謝の気持ちは我々の関係、我々がお互いに言うことすべて、我々がお互いをどのように扱うかにおいて中心に据えられ続ける」と述べている。

 両国関係にはドイツのナチス政権のユダヤ人虐殺、ホロコーストの記憶が深く刻み込まれている。ドイツは戦後、ナチス時代の戦争犯罪、蛮行に対してイスラエル側に謝罪を繰り返す一方、アラブ諸国に取り囲まれたイスラエルに対してほぼ無条件に支援を提供してきた経緯がある。

 メルケル元首相は2008年、イスラエル議会(クネセット)で演説し、「イスラエルの存在と安全はドイツの国是(Staatsrason)だ。ホロコーストの教訓はイスラエルの安全を保障することを意味する」と語っている。メルケル氏の‘国是‘発言がその後、ドイツの政治家の間で定着していく。

 ところが、ハマスの奇襲テロ後、イスラエル軍はパレスチナ自治区でハマス壊滅に乗り出し、軍事報復を展開。ハマス指導部が次々と殺害され、ガザ区はほぼ完全に破壊されたが、イスラエルのネタニヤフ首相はガザ区への軍事攻撃を継続する一方、パレスチナ住民への食糧支援を3月2日、ストップしたことから多くの犠牲者が出てきた。同時に、国際社会からイスラエル批判の声が高まってきた。(「イスラエル国防省は19日、乳幼児用の食料を含む支援物資を載せたトラック5台がパレスチナ自治区ガザに入ったと発表した」)。

 フランスのマクロン大統領はイスラエルのガザ攻撃を批判し、イスラエルへの武器輸出のストップを呼びけるなど、欧米主要国でイスラエルのガザ戦争への批判がヒート。ガザ区の70%からパレスチナ住民は追放され、ガザ戦争が勃発した直後から、外国ジャーナリストのガザ取材は拒否されている。

 そのような中、ドイツ国内でも「ドイツはイスラエルを支援し続けるべきか」、「ガザのパレスチナ人を追放し、イスラエルが自治区を長期管理する政策を模索するネタニヤフ政権を支援すべきか」といった声が出てきたのだ。独週刊誌シュピーゲル最新号(2025年05月17日号)は「複雑な友人」というタイトルの特集記事を掲載していた。具体的には、ホロコーストの戦争犯罪はドイツにとってどのような意味があるのか、ドイツはイスラエル、ユダヤ民族に責任があるのか、といった疑問だ。ガザ紛争はそのドイツ・イスラエル両国関係の再考を促してきたというわけだ。

 ドイツでは旧東独で共産圏時代から反ユダヤ主義が強い。イスラエルとアラブ諸国が衝突するたびに、旧東独や左翼党では反ユダヤ主義運動や暴動が起きてきた。

 ドイツで今月9日、ホロコーストに生存者マルゴット・フリードレンダーさん(104歳)が亡くなった。ナチス政権の犠牲者が少なくなると共に、加害者のドイツ人も少なくなった。ドイツは現在、移民国家となっている。アラブ諸国から移民者が多く住んでいる。彼らはイスラエルへの憎悪を植えつけられて成長してきた。一方、イスラエルでは中東系ユダヤ人が増え、アラブ系イスラエル人も入れると、欧州系のイスラエル人よりはるかに多い。

 シュピーゲル誌は「ドイツ・イスラエル両国関係で‘二―・ヴィーダー‘(2度としない)をモットーとした国家理念は次第に疎遠となってきた。両国関係を国是以外に定義できなかった時代は終わろうとしている」と報じている。

 ドイツでは戦後、ナチス政権の戦争犯罪への反省が国のアイデンティティとなってきた。しかし、シュピーゲル誌が報じたように、そのアイデンティティは次第に疎遠になってきた。それに代わる新しいアイデンティティがまだ見えない。ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の躍進はその空白から生まれてきた一過性の現象だろうか。

ルーマニア大統領選で親欧州派が勝利

 ルーマニア大統領選挙の決選投票が18日、実施され、第1回投票で第2位だった親欧州派の無党派候補者、ブカレスト市の二クソル・ダン市長(55)が極右派「ルーマニア統一同盟」(AUR)の党首ジョージ・シミオン氏(38)を破り、勝利した。
 中央選挙委員会によると、約95%の投票の集計段階で、ダン氏が約54%の票を獲得し、約46%のシミオン氏をリードしている。

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▲ダン氏(左)とシミオン氏のテレビ討論会,2025年5月8日、ウィキぺディアから

 親欧州派のダン氏の勝利は単にルーマニアの未来だけではなく、同国と国境を有するウクライナ、北大西洋条約機構(NATO)にとって大きな戦略的意味がある。極右派のシミオン氏は親ロシア派で、ウクライナへの武器支援には拒否姿勢を示してきた政治家だ。

 ウクライナのゼレンスキー大統領,EUの欧州委員会ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長、フランスのマクロン大統領、そしてモルドバのマイア・サンドゥ大統領はダン氏の選挙勝利を祝った。フォンデアライエン委員長は「国民の多くが強力な欧州における開かれた繁栄したルーマニアに投票した」と強調し、ゼレンスキー大統領は「信頼できるパートナーとしてのルーマニアの重要性」を指摘している。
 
 ところで、第1回投票ではシミオン氏が約41%、ダン氏は約21%の得票率で、シミオン氏は対抗候補者のほぼ倍の得票率を獲得した。2週間後の決選投票でもシメオン氏が断然有利という予測が広がっていた。にもかかわらず、ダン氏がシミオン氏を破ったのだ。シミオン氏の得票率は第1回より約5%を加えただけで過半数には届かなった一方、ダン氏は21%から54%と倍以上、得票率を伸ばして逆転勝利したわけだ。

 ダン氏は選挙戦ではシミオン氏が当選した場合のシナリオを有権者に訴え、ルーマニアがロシア寄りに傾斜する危険性があると警告してきた。そのアピールが功を奏したのだろう。第1回目の投票率は約53%だったが、決選投票では約65%と上昇している。すなわち、多くの有権者が国の命運を左右する大統領選の投票に出かけたというわけだ。AFP通信が報じるように、投票率の上昇した分がほとんどダン氏支持だったわけだ。

 勝利を確信したダン氏は18日夜、「抜本的な変化を切望するルーマニア国民の勝利だ。明日からルーマニアの再建を始めよう」と勝利宣言している。一方、シミオン氏は議会で「私がルーマニアの新大統領だ」と宣言し、ダン氏陣営の選挙違反を非難した。しかし、BBCによると、シメオン氏は最終的には自身の敗北を認めたという。

 ルーマニア大統領は首相を任命する権限を有している。ダン氏は現暫定大統領のイリエ・ボロジャン氏を将来の政府首脳にしたい希望を繰り返し強調している。

 今回の大統領選は再選挙だった。昨年11月24日に実施された大統領選でカリン・ジョルジェスク氏(62)は有力候補とされていたチョラク首相らを抑え、約23%の得票率でトップに躍り出た。ジョルジェスク氏はロシアのプーチン大統領を「国を愛する男」と称賛し、ウクライナを「敵対国家」と呼び、NATOに批判的な姿勢を強調するなど、親ロシア的な立場を明確にしてきた。ルーマニア憲法裁判所は決選投票直前の昨年12月6日、選挙資金の不正やロシアの干渉などを理由に第1回投票の結果を無効とし、12月8日に予定されていた決選投票を中止。そしてジョルジェスク氏は再出馬禁止となり、今年5月4日に選挙の再実施が決まった経緯がある。

 いずれにしても、大統領選の結果、国民の約半数が過激な民族主義者のシミオン氏を支持していることが明らかになった。ルーマニアの政情が落ち着きを取り戻すまでにはまだ時間がかかるだろう。

 なお、ルーマニア大統領は首相を任命する権限を有している。ダン氏は現暫定大統領のイリエ・ボロジャン氏を将来の政府首脳にし、マルチェル・チョラク首相の辞任で空席となった政権を迅速に組閣して国の刷新に乗り出したい意向だ。

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