ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

独与党は「もっとキリスト教カラー」を

 ドイツ民間放送ニュース専門局NTVは11日、政治的動向調査の結果を公表したが、それによると、メルツ政権の与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSD)の支持率は24%で野党第1党の極右「ドイツのための選択肢」(AfD)に依然2ポイント差をつけられている。この傾向はメルツ政権発足後から続いている。

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▲「もっとCを」と呼び掛けるCDU元党首アルミン・ラシュット氏、2025年8月10日、ドイツ・カトリック通信から

 ドイツの政界では選挙が行われるたび得票率を伸ばすAfDの躍進にどうしたらストップをかけられるかが、CDU/CSUばかりか社会民主党(SPD)や「緑の党」にとって久しく大きな課題となってきた。ドイツ連邦憲法擁護庁(BfV)がAfDを危険な団体として監視対象に指定した後もAfDの躍進は続いているのだ。

 メルツ政権が政権発足後最初に取り組んだのは厳格な移民・難民政策の実施だ。なぜならば、AfDが国民の支持を得る最大の理由は、AfDの厳格な移民政策にあるからだ。そこでメルツ政権は国境の監視の再実施、不法な移民・難民の強制送還などを実施してきた。AfDからは「CDU/CSUは第2のAfDとなった」と冷笑され、「AfDの移民政策が正しいことを証明した」と言われる羽目となった。

 メルツ政権の移民政策はそれなりの成果を挙げているが、AfDの躍進をストップすることはできていない。アフガニスタンやシリアからの移民の強制送還では与党内で意見の対立が生まれるといった事態が生じた。ちなみに、移民・難民政策はドイツが国レベルで解決できるテーマではなく、欧州連合(EU)加盟国内の統一政策が不可欠となる。

 ところで、、CDU・CSUの本来の支持基盤はキリスト教会だが、教会は現在、存続の危機に直面している。社会の世俗化、聖職者の未成年者への性的虐待問題などに対峙し、キリスト教会は国民の信頼を失ってきている。社会学者エドガー・ヴンダー氏によると、25年後にはドイツ国民の約5分の1しか主要教会(新旧両キリスト教会)に所属していないだろうという。同氏は「現在の傾向が続けば、2050年までに二大教会のいずれかに所属する人口はわずか20%程度になるだろう」というのだ。

 欧州では「政教の分離」を基本とする国が多いが、混迷する時代に遭遇し、人々は未来への不安が高まっている時だ。政治家だけではなく、宗教者も積極的に人々に話しかけるべきだという主張が出てきても不思議ではない。

 例えば、CDU関係者から「わが党はキリスト教の価値観を政治信条としている政党だ。もっと政治活動にキリスト教色(C)を反映すべきだ」という声が出てきた。CDU元党首のアルミン・ラシュット氏は「たとえ論争を巻き起こすとしても、教会は関与すべきだ。キリスト教をより積極的に公に表現すべきだ。政治活動でも同様だ。もっとキリスト教カラーを取り入れるべきだ」というのだ。

 実際、CDUは昨年5月の党大会で新たな党綱領を採択した。その際、CDUのキリスト教的側面を表す「C」について広範な議論が交わされた。

 党大会に参加したキリスト教連合福音派作業部会(EAK)のトーマス・レイチェル議長は、「私たちキリスト教民主党員にとって、人類は神によって神の似姿に創造された。出自、肌の色、性別に関わらず、すべての人の尊厳は侵すべではない。さらに、私たちの政治は、神と人類に対する責任に基づいている。これがキリスト教民主党の特質である」と述べている。

 採択された党綱領でも、このことが明確に示されている。「キリスト教民主党の政治の基盤は、キリスト教的な人間観だ。その核心にあるのは、すべての人間の、侵すべからざる尊厳だ。神によって創造されたすべての人間は、唯一無二の存在であり、侵すべからざる存在であり、自由に、そして自律的に生きるべきだ。この人間観が、私たちの政治行動の指針となる」と記されている。

 党大会から1年以上が経過した。CDU内では「もっとCを」(もっとキリスト教カラーを)という声がさらに高まってきた。興味深い点は、CDU内の「もっとC」という叫びはトランプ政権からの影響が少なからずあることだ。トランプ米大統領は自身の政権下に信仰局を設置し、「信教の自由」を重視する政策を行ってきた。その波動を受け、欧州でも政治的には右派傾向が強まる一方、宗教の役割を再評価する政治的動きが出てきているのだ。

米教会、トランプ氏の移民政策を批判

 米ローマ・カトリック教会司教協議会(USCCB)の総会は12日、ボルチモアで開催され、トランプ大統領が実施する移民政策に反対する特別声明を賛成216人、反対5人、棄権3人の圧倒的多数で採択した。

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▲米カトリック教会司教協議会(USCCB)総会,2025年11月13日、バチカンニュースから

 同総会に参加した司教たちは「神から与えられた人間の尊厳を守るために声を上げる義務がある」と声明し、米国の移民問題で教会の基本的立場を鮮明にした。

 バチカンニュースによると、「司教協議会総会で政治問題についてこれほど明確に教会の立場を発言したのは12年ぶりだ」という。具体的には、オバマ政権下の2013年、職場の健康保険制度における無料避妊薬の義務的給付に関する議論の時以来という。いずれにしても、米教会が特別コミュニケという形式で政治問題で発言することは非常に稀だ。

 司教協議会は、移民の社会への貢献を認めるべきだと強調、「国家には移民を規制する権利があるが、私たちは無差別な大量送還を拒否する」と述べている。また、移民収容施設の状況、一部の移民の法的地位の恣意的な剥奪、そして教会、病院、学校の特別な保護の場としての地位への脅威についても懸念を表明し、「私たちは、子供を連れて学校へ通う途中で逮捕されることを恐れる親たちに出会うことを悲しく思う」と述べている。

 司教たちはカトリック社会教義の原則を再確認し、政府に対し「すべての人間の根源的尊厳を認める」よう強く求めた。いずれにしても、米カトリック教会がトランプ大統領の最重要政策の一つ、移民問題でトランプ氏の政策を正面から批判したことは注目に値する。

 特別声明が採択される前日の11日、司教協議会総会は、オクラホマ州のポール・コークリー大司教を米国カトリック司教協議会の新議長に選出した。コークリー大司教は決選投票で、128票対109票で当選した。70歳のコークリー氏は、2004年から2011年までサリナ司教を務め、その後オクラホマシティ大司教に任命された。コークリー大司教は死刑に反対し、移民支援を繰り返し訴えてきた聖職者だ。

 ところで、コークリー大司教は、議長選の投票前に移民問題に関する特別声明を採択するように強く主張していた。その背後には、テキサス州境に位置するエルパソ教区のマーク・サイツ司教が10月に教皇レオ14世と会談した際、教皇から「司教協議会で移民問題に関する声明を期待したい」と言われた、と報告していたことがある。すなわち、米国出身のレオ14世はトランプ大統領の移民政策に対し、明確な批判の立場を米教会の司教協議会の特別声明という形式でアピールすることを願っていたことになる。換言すれば、米司教協議会の特別声明の内容はレオ14世の意向をまとめたもの、といえるわけだ。

 移民問題に関する米教会の今回の特別声明は、トランプ大統領への批判が目的ではなく、トランプ政権内でのカトリック教会の発言力の強化を狙ったものと受け取られている。

 なお、トランプ政権下の、バンス副大統領やルビオ国務長官といったカトリック系政治家が来年の中間選挙後のポスト・トランプを視野に、カトリック教会の影響力を背景に新たな改革派保守(リフォーモコン)の結集を図っているともいわれる。

スロベニアで「自殺幇助法」問う国民投票

 南欧に位置するスロベニアの首都リュブリャナからの報道によると、「自殺ほう助法」の是非に関する国民投票が今月23日に実施される。それを控え、複数の宗教団体は12日、記者会見を開き、国民投票に反対票を投じるべきだと訴える共同声明を発表した。

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▲リュブリャナ市内の市場風景、スロバニア観光局サイトから

 同国では7月、議会で「自殺ほう助法」が可決されたばかりだ。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒の代表者は「自殺ほう助の合法化は尊厳ある人生と尊厳のない人生を区別することを可能にし、高齢者、病人、そして社会的弱者への圧力を増大させる。むしろ、緩和ケアと心理社会的支援の拡充が重要だ」と訴える。

 発表された共同声明には、カトリック司教協議会のアンドレイ・サイエ議長、プロテスタントのレオン・ノヴァク司教、ペンテコステ派と正教会の代表者、ユダヤ教共同体のイゴール・ヴォイティッチ副議長、イスラム教共同体のムフティーであるネヴゼト・ポリッチ師が署名した。

 スロベニアのカトリック教会は10月末、「自発的な終末のほう助に関する法律」への反対を10項目にまとめている。その中で、医師や看護師が合法的に人の殺害に関与することになり、「医療の本来の職業倫理に反する行為となり、患者と医療スタッフ間の信頼関係を破壊する可能性がある」と指摘。さらに、「提案されている法律は、乱用に対する十分な保護策を提供していない」と主張している。

 同国では2024年6月、政府と議会のための拘束力のない国民投票において、有権者の約55%という過半数が、自殺ほう助を合法化する法律に原則的に賛成を表明し、同年7月に国民議会で可決された。この法律は、一定の医学的および行政的条件下で、末期および重篤な成人が自発的に人生を終わらせることを認め、医師が彼らを助ける役割を規制する。本人は致死性の薬剤を自ら服用しなければならない。医師と薬剤師は、この処置への参加を拒否することができる。

 それに対し、カトリック活動家アレス・プリムツ氏が主導する市民社会のイニシアチブは、議会の決定を受けて、この法律に関する国民投票に必要な最低4万人の署名を集めた。スロベニアでは、憲法改正を除き、法的拘束力のある国民投票は、既に可決された法律に対してのみ可能だ。国民投票参加者の過半数が反対し、この過半数が有権者の少なくとも20%を占める限り、自殺ほう助法は発効しないことになっている。

 ちなみに、欧州連合(EU)加盟国の中で、「積極的安楽死」を法的に認めている主な国はオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スペイン、ポルトガルだ。 オランダは2002年、世界で初めて積極的安楽死を合法化した。厳格な条件下で、精神的に能力のある16歳以上の患者が対象。ベルギーではオランダと同様に2002年から合法。2014年には、終末期の未成年者も年齢制限なしに安楽死を要求できるようになった。安楽死の年齢制限を撤廃した同国の安楽死法は世界で最もリベラルといわれている。ルクセンブルクは2009年に安楽死と自殺幇助が合法化された。スペインは2021年に安楽死と医師による自殺幇助を合法化。ポルトガルは2023年に終末期患者に対する安楽死を合法化する法律を可決している。

 一方、欧州内の一部の国や地域では医師による自殺幇助(医師が致死薬を処方し、患者自身が服用する)が認められている。 スイスでは営利目的でなければ自殺幇助が合法。外国人でも支援団体を通じて自殺幇助を受けることが可能であるため、デスツーリズム(安楽死の旅)という現象が出ている。そのほか、ドイツは積極的安楽死は禁止されているが、一定の条件下での自殺幇助は認められている。オーストリアでは2021年に自殺幇助の禁止が解除され、一定の条件下で合法となった。

 参考までに、積極的安楽死、消極的安楽死(尊厳死)、自殺幇助についてまとめておく。

 【積極的安楽死】
 患者が耐えがたい苦痛から解放されることを目的とし、患者の明確な意思に基づいて医師が致死性の薬物を投与して、意図的に死期を早める行為。

 【消極的安楽死】
 延命治療を中止または開始しないことで、患者が自然な死を迎えることを指す。これは、人工呼吸器や点滴、人工透析などの治療をやめることで、患者の苦痛を長引かせないことを目的としている。日本では「尊厳死」と呼ばれることがある。

 【自殺幇助】
 医師が致死量の薬物の処方などの、自殺に必要な知識や手段またはその両方を患者に提供すること。医療従事者が処方した致死薬を患者が自ら摂取する行為。
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