ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

南北の「汚物風船」対「対北拡声器宣伝」

 朝鮮半島の情勢がここにきて風雲急を告げてきた。戦いが始まれば、第2次朝鮮動乱の勃発となるが、砲弾が炸裂するといった戦闘ではなく、北朝鮮はごみ屑などを詰めた「汚物風船」を南に向かって飛ばす一方、韓国は北朝鮮の独裁政治を暴露した「対北拡声器宣伝」を展開している。ミサイルや砲弾を利用した戦いではないため、これまでのところ人的犠牲は出ていないが、本当の実弾による戦闘が勃発する危険性は排除できない。欧州メディアは南北間の「汚物風船」対「対北拡声器宣伝」といった一風変わった戦闘の行方を好奇心もあって大きく報道している。

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▲ロシアのプーチン大統領と金正恩総書記の会見(2023年9月13日、クレムリン公式サイドから)

 韓国側は9日、北朝鮮の「汚物風船」に対抗するために「対北拡声器宣伝」を開始したが、韓国軍合同参謀本部は11日、北朝鮮軍の兵士が9日午後0時半ごろ(現地時間)に南北軍事境界線を一時侵犯し、韓国軍が警告放送と警告射撃を行ったことを発表したばかりだ。南北間で実弾による衝突が起きたことから、南北間で軍事エスカレートする危険性が出てきたと受け取られている。ちなみに、韓国軍合同参謀本部が11日報じたところによると、北朝鮮兵は直ちに境界線の北側へ戻ったという。

 これまでの経過をまとめる。北朝鮮は先月28日から「汚物風船」を南に向かって飛ばした。韓国統一省は同月31日、「大量のごみや汚物がはいった風船が約260個、韓国領土に届いた」と発表、「今後も北から大量の風船が飛んでくる可能性がある」と警戒態勢を敷いていた。北側は今月2日、「これで風船を南に送るのは停止する」と一方的に‘休戦’宣言をしたが、韓国側が「対北拡声器宣伝」を開始したことを受け、8日に入ると「汚物風船」を再開した。韓国軍合同参謀本部によると、9日午前10時時点で330個が確認されたという。

 ちなみに、北朝鮮の「汚物風船」に反発して、韓国の活動家たちはK−POPの録音、ドル紙幣、北朝鮮の指導者金正恩を批判するビラを風船に載せて北朝鮮に送っている。これらの活動は一部の北朝鮮難民によって設立されたグループによって行われ、韓国国内では物議を醸している面もある。

 北朝鮮は過去、韓国民間団体のビラ散布、韓国軍の拡声器による北体制批判に対して神経質になってきた。韓国側の情報によると、拡声器は2018年4月の南北首脳による「板門店宣言」を受けて撤去されるまで最前線に固定式が24台、移動式は16台が設置されていた。今回も同数の拡声器が利用されているものと見られる。放送時間や場所などについては軍事作戦のため未公表だ。なお、大型拡声器(高出力スピーカー)の場合、20舛ら30舛泙燃叛軸錣らの音量は届くという。韓国大統領府は9日、「拡声器を設置し、放送を開始する」と予告し、「両国間の緊張のエスカレーションの責任は全て北朝鮮にある」という趣旨の声明を出した。

 それに先立ち、韓国側は2018年の北との間の軍事協定を停止すると発表した。同協定は朝鮮半島での緊張を緩和し、国境沿いでの意図しないエスカレーションを避けることを目的としていた。韓国は昨年、平壌が軍事偵察衛星を宇宙に送り込んだ後、部分的に軍事協定を停止してきた。

 ところで、韓国側は国民に「汚物風船」を発見しても触ってはならないと警告を発している。なぜならば、汚物風船の中はこれまでゴミやプラスチック、動物の糞、紙くずだけで、「安全に関わる物質は見つからなかった」(韓国統一省)が、北側が韓国側の拡声器による宣伝工作に激怒して、生物・化学兵器、放射性ダーテイ爆弾を挿入する危険性が排除できなくなってきたからだ。例えば、南の「対北拡声器」に対し北側が無人機で爆発する可能性も考えられる。

 当方はこのコラム欄で、「今回の『汚物風船』の中は汚物だけだったが、生物兵器、化学兵器、放射性ダーティ爆弾が入っていたらそれこそ一大事だ。軍事用語でいう『戦略的曖昧さ』が北側の狙いではないか。ひょっとしたらダーティ爆弾ではないかと相手側に思わせることができれば、戦場での戦いを有利に展開出来るからだ」と書いた。北側は韓国国民を動揺させる心理作戦を展開しているわけだ(「『汚物風船』を巡る北の戦略的曖昧さ」2024年6月2日参考)。

 南北間で緊張が高まっている中、ロシアのメディア情報によると、ロシアのプーチン大統領は今月中にも訪朝する予定だという。実現すれば、プーチン氏の訪朝は2000年以来だ。

 ロシア軍が2022年2月、ウクライナに侵攻して以来、ロシアとウクライナの間で戦闘が続いているが、プーチン大統領は北朝鮮との関係を強化し、不足する兵器を補うために北朝鮮から砲弾などを手に入れていることは知られている。プーチン大統領は昨年9月、ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で金正恩総書記と首脳会談を行っている。

 プーチン氏は今回、北朝鮮から弾薬などの武器だけではなく、労働者の支援を要請するのではないかと見られている。ロシアではウクライナ戦争以来、国民経済は戦時体制を敷いているが、工場での労働者不足が深刻だからだ(「中国『金正恩氏のロシアへの傾斜』懸念」2024年3月26日参考)。

欧州議会選で親EU派が過半数を維持へ

 今月6日から始まった欧州連合(EU)の欧州議会選挙(定数720、任期5年)は9日までに加盟国27カ国の投票が終了し、即日開票の結果(暫定)、欧州委員長の再選を狙うフォンデアライエン欧州委員長が所属する親EU派の会派「欧州人民党」(EPP)は最大会派の地位を維持する一方、極右政党の会派「アイデンティティと民主主義」(ID)と右派「欧州保守改革グループ」(ECR)が躍進し、両会派に属さない極右「ドイツのための選択肢」(AfD)や右派政党を加えると140議席を上回る勢いだ。なお、親EU派のEPPと「社会主義者・民主主義者進歩同盟」(S&D)の両会派で欧州議会の過半数を確保する見通しだ。

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▲欧州議会選で第1党に躍進したオーストリア自由党のキックル党首(2024年6月7日、FPO公式サイトから)

 9日深夜(現地時間)の暫定結果によると、フランスでは大統領候補のマリーヌ・ルペン氏の国家主義、ポピュリズムを標榜する極右「国民連合」(ジョルダン・バルデラ党首=RN)が得票率約32%を獲得し、マクロン大統領の与党連合の倍以上の票を獲得した。

 投票結果を受け、マクロン大統領は9日、「欧州議会選の結果を何もなかったようには扱えない」」として下院を解散し、今月30日と7月7日に議会選挙を実施すると決意を表明した(ちなみに、国民直接選挙であるフランス大統領選に2期目のマクロン大統領は次回出馬できない。そのため今回の欧州議会選で大きく勝利したRNのルペン氏が2027年に実施予定の大統領選で大統領に選出される可能性が一段と現実味を帯びてきた)。

 一方、イタリアのメロー二首相が率いる右派政党「イタリアの同胞(FDI)」は得票率で27〜31%を獲得して第1党となる可能性が高まった。オーストリアの極右「自由党」(キックル党首)も連邦レベルで初めて得票率で第1党に躍進した。

 ドイツのAfDは同党筆頭候補者の不祥事が選挙前にメディアで報道され、苦戦を強いられたが、得票率約15.9%を得て、得票率30%以上を獲得した「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に次いで第2党に。ショルツ首相の「社会民主党」(SPD)は約13.9%で第3党に甘んじた。

 ドイツの場合、SPD、「緑の党」、そして「自由民主党」(FDP)の3党連立政権の合計得票率がCDU/CSU1党のそれと同じ程度という惨敗を喫した。ドイツ国内で「ショルツ政権は国民の意思を反映していない」という声が高まり、来年実施予定の連邦議会選の早期実施を求める声が更に強まることが予想される。

 当方が住むオーストリアの欧州議会選(定数20議席)では、予想通り、極右政党「自由党」が得票率約25.5%で前回比で8.3%増で、与党「国民党」24.7%を抜いて全国レベルの選挙では初めて第1党になった。キックル党首は「国民の意思が初めて表明された選挙だ」と勝利宣言をし、今年9月末ないしは10月初めに実施予定の連邦議会選でも第1党となり、自由党初の連邦首相になると宣言した。国民党は得票率で前回比で約10%減を記録し、ネハンマー政権への風当たりの強いことが改めて明らかになった。

 各国の政治情勢や事情で多少は異なったが、選挙戦では移民・難民問題、物価の高騰、そしてロシア軍のウクライナ侵攻によって誘発された欧州の安全保障問題、そして環境問題等が争点となった。

 欧州議会選の結果、EUに批判的であり、ウクライナ支援に消極的な極右政党が躍進したことで、EUの今後のウクライナ支援に変化が出てくることも考えられる。オーストリア自由党の筆頭候補者ビリムスキー氏は「国民の利益に関連する問題をブリュッセルが決定し、それを加盟国に押し付ける体制ではなく、加盟国の意向を重視するEUに改革すべきだ」と主張、「加盟国ファースト」を強調している。

 欧州議会選の結果で興味深い点は、ドイツやオーストリアで環境保護政党「緑の党」が低迷したことだ。ドイツの「緑の党」は前回比でマイナス8.8%を記録、オーストリア「緑の党」も同様、マイナス3.2%で1議席を失った。

 ドイツの場合、脱原発を実施し、再生可能なエネルギーへの移行が推進中だが、エネルギーコストの急騰で、ドイツ製品の競争力が落ちてきたといわれる。また、中国製電気自動車(EV)が欧州市場を席捲しようとしていることに、ドイツの自動車産業は危機感を持っている。「緑の党」のイデオロギー主導の環境政策に欧州国民は批判的になってきている。

 欧州議会選が終わり、会派の勢力が明らかになれば、次は欧州委員会の選出に焦点が移る。フォンデアライエン現委員長の再選の可能性は高まってきているが、同委員長がメローニ首相と接触し、極右派の支持を得ようと腐心しているといった批判の声も聞かれる。同委員長は前回の選挙では6票の差で辛うじて選出された経緯がある。

 EUはこれまで「統合された欧州」をモットーに米国に対抗できる政治力、外交力を獲得しようとしてきたが、ウクライナ支援問題ではハンガリー、スロバキアなどはブリュッセルの政策を拒否するなど、27カ国のEU盟国の間で利害や政策の対立が浮き彫りになってきた。ロシアのプーチン大統領はEUの分断工作、偽情報の拡散に乗り出してきた。それだけに、EU27カ国の「結束」が先ず大きな課題だ。

精神科医フランクルと「モーセの十戒」

 ウィーン生まれのユダヤ人精神科医ヴィクトール・フランクル(1905〜1997年)についてこのコラム欄でも書いたばかりだが、一つ大切なエピソードを忘れていたので、ここで紹介することを許してほしい。以下のエピソードはオーストリア国営放送(ORF)がウィーンの3人のユダヤ人精神科医について放映した番組の中でフランクル自身が語ったものだ(「3人のユダヤ人精神科医の『話』」2024年6月7日参考)。

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▲花咲かすぺラルゴ二ウム(2024年4月13日、ウィーンで撮影)

 時代はナチス・ドイツ軍がオーストリアに迫っていた時だ。フランクルは医者だったので、ナチス・ドイツ軍は彼に対し他のユダヤ人とは異なり、少しは融和的な扱いをしていた。フランクルのもとには「早く米国に逃げたらいい」というアドバイスとビザも届いていた。フランクルは亡命するべきか否かで悩んだ。自分が医者だからドイツ軍も自分の家族、父、母、妹たちを強制収容所送りをしないことを知っていたから、もし自分が亡命したならば、家族はどうなるかを考えていた。

 フランクルが米国に亡命しない決意を固めたのには理由があった。家に置いてあった石について父に尋ねると、それは破壊されたウィーンのシナゴークの瓦礫から見つけた石の破片を父親が持ち帰ったものだった。そこにヘラブライ語の文字が刻まれていて、それはモーセの十戒の「あなたの父と母を敬え」の一節だった。強く心打たれたフランクルは両親を残してアメリカに亡命することを止めてウィーンに残ることを決意したという。老齢になったフランクルは列車の中でインタビューでこの話をしながら涙ぐんでいた。

 しかし、ドイツ軍は次第に、医者であろうと関係なく全てのユダヤ人を強制収容所に送り出した。その結果、フランクルは家族と共に強制収容所送りとなった。ドイツ軍が敗走し、収容所から解放されると、妻や両親の安否を尋ねたが、家族全員が殺されてしまったのを知った。

 精神科医としてフランクルはナチス・ドイツ軍が侵攻する前から、精神科医として悩む人々の相談相手として歩んでいた。そのフランクルも収容所から解放された直後は、家族全てを失い、生きる意味、価値、喜びを無くして鬱に陥った。しかし精神科医として再び人々を助ける道に戻っていった。暫くして、オーストリア人でカトリック教徒の女性と知り合い、再婚する。フランクルは死ぬまで妻と共に生きた。世界で多くの読者を感動させたフランクルの著書「それでも人生にイエスと言う」はフランクル自身の体験談に基づいた証だ。フランクルは「人は人生で意味、価値を見いだせない時、悩む。人は先ず『生きる意味、価値』を見出していくべきだ」と語っている。

 フリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900年)は「20世紀はニヒリズムが到来する」と予言したが、ローマ・カトリック教会の前教皇ベネディクト16世(在位2005〜2013年)は2011年、「若者たちの間にニヒリズムが広がっている」と指摘している。欧州社会では無神論と有神論の世界観の対立、不可知論の台頭の時代は過ぎ、全てに価値を見いだせないニヒリズムが若者たちを捉えていくという警鐘だ。簡単にいえば、価値喪失の社会が生まれてくるのだ(「“ニヒリズム”の台頭」2011年11月9日参考)。

 人は価値ある目標、人生の意味を追及する。そこに価値があると判断すれば、少々の困難も乗り越えていこうとする意欲、闘争心が湧いてくる。逆に、価値がないと分かれば、それに挑戦する力が湧いてこない、無気力状態に陥る。同16世によると、「今後、如何なる言動、目標、思想にも価値を感じなくなった無気力の若者たちが生まれてくる」というのだ。残念ながら、21世紀に入り、状況は次第にベネディクト16世が警告した世界に近づいてきている。

 バラの一片から‘神の善意’を感じた名探偵シャーロック・ホームズのように、私たちも自身の周囲にある数多くの‘神の善意’を見出し、生きていく意味を学ぶべきではないか(「バラの美は『神の善意』の表れ?」2024年4月12日参考)。
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