ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ドイツの過半数が徴兵制再導入を支持

 ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて以来、北大西洋条約機構(NATO)加盟国はウクライナに武器を支援する一方、NATOの国境警備を強化。北欧の中立国、フィンランドとスウェ―デンを加盟国に迎え、NATOは32カ国体制となった。

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▲指揮交代のために整列する新しい黒と赤のベレー帽をかぶった偵察大隊10と補給大隊8の兵士たち(ドイツ連邦軍公式サイトから)

 NATO加盟国の中でも米国に次いでウクライナへ軍事支援をするドイツで徴兵制の再導入の声が高まっていることはこのコラム欄で報告済みだ(「ドイツで徴兵制の再導入議論が浮上」2024年3月7日参考)。

 ところで、ドイツ民間放送RTLとニュース専門局ntv共同の要請を受けて世論調査研究所「フォルサ」が徴兵制の再導入に対する国民の是非を聞いた。それによると、ドイツ国民の52%は徴兵制の再導入を支持、反対は44%だった。

徴兵制の再導入に反対しているのは、ショルツ連立政権の与党「緑の党」や自由民主党(FDP)の支持者のほか、兵役の対象となる30歳以下の国民が多い。兵役義務の再導入を最も強く支持しているのは、野党第1党中道右派「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)、極右政党「ドイツのために選択肢」(AfD)、そして左派ポピュリスト政党「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟」(BSW)の支持者に多い。ショルツ首相の与党第1党「社会民主党」(SPD)の支持者は意見が分かれている。

 世論調査結果で興味を引く点は、「プーチン大統領はウクライナ戦争に勝利すれば、NATO加盟国に侵攻すると思うか」という質問に対し、54%は「ロシアはNATO加盟国を侵略する」と答え、「NATO加盟国への攻撃は考えられない」は39%に過ぎなかったことだ。

 党支持別の動向を見ると、SPD、緑の党、FDP、CDU/CSUの支持者の大多数は、「プーチン大統領はウクライナに勝利すれば、NATO諸国に侵攻する」と信じている。一方、AfDとBSWの支持者の大多数は、「ロシアの攻撃は問題外だ」と考えている。ショルツ連立政権の3与党と野党第1党のCDU/CSUの支持者はロシアのNATO諸国への攻撃を現実的なシナリオと感じる一方、AfDとBSWの支持者は「侵攻はあり得る」と答えたのは25%に過ぎなかった(データは、RTL Deutschlandの要請を受け、市場世論調査機関ForsaがRTL/ntvトレンドバロメーターのために4月5日と8日に収集したもの。回答者1009人)。

 ドイツでは第2次世界大戦終了後、連邦軍は職業軍人と志願兵で構成されたが、兵士が集まらないこと、旧ソ連・東欧共産ブロックとの対立もあって1956年から徴兵制を施行、18歳以上の男子に9カ月間の兵役の義務を課してきた。兵役拒否は可能で、その場合、病院や介護施設での社会福祉活動が義務付けられた。

 その徴兵制は2011年、廃止された。徴兵の代行だった社会奉仕活動制度もなくなった。冷戦時代が終了し、旧東独と旧西独の再統一もあって、連邦軍は職業軍人と志願兵に戻り、連邦軍の総兵力は約25万人から約18万5000人に縮小された。旧ソ連・東欧共産政権が崩壊していく中、ドイツを含む欧州諸国は軍事費を縮小する一方、社会福祉関連予算を広げていった。

 その流れが大きく変わったのはやはりロシア軍のウクライナ侵攻だ。ショルツ独首相は2022年2月、「時代の転換」(Zeitenwende)を宣言し、軍事費を大幅に増額する方向に乗り出した。連邦軍のために1000億ユーロ(約13兆円)の特別基金を創設して、兵員数の増加、兵器の近代化、装備の調達などの計画が発表された。そして国防予算は国内総生産(GDP)比2%に増額する一方、軍事大国ロシアと対峙するウクライナに武器を供与してきた。

 参考までに、ピストリウス独国防相は未来の徴兵制として「スウェーデン・モデル」を考えているといわれている。スウェーデンでは2010年に徴兵制が停止されたが、 ロシアのクリミア併合を契機として、2018年1月から徴兵制が再導入された。スウェーデンの徴兵制は、 兵役、一般役務、民間代替役務から構成され、18歳以上の男女を対象としている。

 ちなみに、世論調査機関フォルサは今年2月、「戦争が発生したら武器を持って戦う用意があるか」という質問を聞いた。その結果、59%の国民は「武器を持って戦う考えはない」と答えている。「戦う」19%と「おそらく戦う」19%を合わせても38%の国民しか「武器をもって戦う」と答えていない。

 世論調査の結果はその時のトレンドを理解する上で役立つが、矛盾する結果が出てくることもあるし、出てきた数字をどのように解釈するかによって全く異なった受け取り方も可能だろう。ドイツ国民は地理的に近いこともあってロシア軍のウクライナ侵攻をシリアスに受け取っている。徴兵制の重要さは次第に国民に理解されてきていることが分かる。

バラの美しさは「神の善意」の表れ?

 当方は英国作家コナン・ドイル作の名探偵シャーロック・ホームズと同じく英国の推理作家アガサ・クリスティの名探偵小説の主人公エルキュール・ポワロのファンだが、ホームズのファンの読者から先日コメントを頂いた。ひょっとしたら、熱烈なホームズ・ファンかもしれない。嬉しくなった。

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▲当方の部屋の窓に挨拶に来た若いハト(2024年4月10日、ウィーンで)

 そこで当方が忘れることができないホームズの名言をここで一つ紹介したい。シャーロック・ホームズは「海軍条約文書」の事件の中で、「バラはなんと美しいのか」と驚嘆し、神の創造を賛美する場面がある。ホームズは「この花から神を感じることができるのではないか、力、欲望、食糧は人間が生きていく上で不可欠だが、花はそうではない。にもかかわらず、神はこのバラを美しく装っている。この余分なものこそが神の善意なのだ。この花の存在からわれわれは希望を見出すことができる」と語るのだ。ホームズから突然、宗教者の説教のような話を聞いたワトソンや周囲にいた者たちは驚くが、当方はホームズの話に感動した。

 宇宙・森羅万象は神の手による創造だが、神は創造の最後に自身の似姿でアダムとエバを創造したという。旧約聖書の創世記によると、神はアダムのあばら骨からエバを創造したと書かれているが、最新の聖書解釈によると、神はアダムを粘土のような塊から創造したが、エバはアダムのあばら骨からではなく、脊髄付近から取ったものから精密な設計図に基づいて構築された。要するに、神はアダムを創造する以上に多くの時間と緻密な計画に基づいてエバを創ったというのだ。エバ誕生の名誉回復だ。

 これはジェンダーフリー運動の圧力に屈した結果ではなく、ヘブライ語の言語学的な解釈というのだ。創世記の人類創造の話は2つの資料が重複的に記述されている。聖書学者の中には「神は最初の創造がうまくいかなかったので、もう一度最初から創造の業を始めた。その結果、創世記には同じような話が重複して記述されることになったというのだ。もう少し詳細に説明すると、エバの創造で何らかの不祥事が生じたために、神は創造を再度、初めから始めたというのだ。なお、ヘブライ語によると、宇宙創造を開始した神は複数形だ。すなわち、「神たちは・・」ということになる。神と創造の御業を助けた天使たちを含めて、複数形として書かれたという解釈が一般的だ。

 ホームズの「神の善意」という表現に戻る。神が人間を自身の似姿に創造したということは、神と人間は親子関係ということになる。親は自分の子供を最高の環境で成長させたいと考えるだろう。だから神はバラ一つにも最高の美を備えた存在に創造したはずだ。だから、ホームズは「この花から希望を見出すことができる」と受け取ったのだろう。事実と論理に基づいて事件を解明するホームズは一流の神学者でもあるわけだ。

 ところで、19世紀末に活躍した名探偵ホームズの信仰告白から神について云々したとしても、21世紀に生きる私たちの心に響くだろうか、という一抹の懸念が出てくる。ウクライナではロシア軍との戦争が続き、多数の兵士、民間人が犠牲となっている。パレスチナではイスラエル軍とテロ組織「ハマス」との戦闘が続いている。中国武漢から発生した新型コロナウイルスの大感染で数百万人が死去した。そのような時代に、「神の善意」といえば反発されるだけかもしれない。「神の善意」ではなく、「われわれが苦しんでいる時、あなたはどこにいたのか」「なぜ、親なら子供を苦痛から救わないのか」といった不満の声のほうが現実的なテーマではないか、といった声だ。600万人の同胞をナチス・ドイツ軍によって虐殺されたユダヤ民族ではアウシュヴィッツ以後、神を見失ったユダヤ教徒が少なくなかったといわれている(「アウシュヴィッツ以後の『神』」2016年7月20日参考)。

 バラの花から「神の善意」をくみ取り、希望を感じるより、戦争や疫病から「神の沈黙」「神の不在」を感じ、憤りが飛び出す時代に生きている。神を見失ったとしても不思議ではないかもしれない。にもかかわらず、というべきか、それゆえに「神の善意」を感じる心を失いたくないものだ。これこそ19世紀末の名探偵ホームズの21世紀の私たちへの熱いメッセージではないか。

バチカンの「人権」と国連人権宣言

 「権利」の対義語、反対語は何か、と聞かれれば、「義務」という言葉が出てくるが、それでは「人権」の反対語は何かと聞かれれば、直ぐには飛び出さない。キリスト教の神を信じる人ならば、それは「神権だ」という余り聞きなれない言葉が飛び出すかもしれない。

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▲回勅「パーチェム・イン・テリス」の起草者ヨハネ23世(バチカンニュース2024年4月8日から)

 キリスト教会、特に世界に14億人近くの信者を有するローマ・カトリック教会は過去、「人権」は神の秩序、規律とは相反するものと受け取られてきた面がある。もう少し厳密にいえば、カトリック教会はこの世界の「人権」と対立、時には脅威と受け取ってきた歴史があるからだ。

 バチカン教皇庁は8日、新しい人権に関する声明「Dignitas infinita」(無限の尊厳)を発表した。バチカンニュースは同日、「長い歴史、バチカンと人権」という見出しの記事を掲載している。その最初の書き出しで「『Dignitas infinita』は、明白に1948年の国連の『人権の普遍的宣言』を支持している。驚くことかもしれないが、教会は常に人権についてそうではなかった。これは主に、フランス革命(1789年)以降の人権の旗を掲げた運動が、当時の教会にとって脅威と受け取られてきたためだ。ピウス6世(在位1775年〜99年)は当時、パリ国民議会が掲げた人権宣言に抗議し、その有名な前提『自由・平等・友愛』に反対していた」と、正直に告白している。

 神の愛を説くキリスト教会がパリの人権宣言に反対していたということは不思議に感じるかもしれないが、人間の基本的権利より、神の教理、教えを重視する教会にとって、人権は時には障害となることがあるからだ。教会にとって過去、「神権」は常に「人権」より上位に置かれてきたのだ。

 ただし、バチカンの歴史の中には、フランス革命や国連人権宣言の前、パウルス3世(在位1534年〜49年)は1537年、「Pastorale officium」という使徒書簡で、アメリカ先住民の奴隷化を禁止し、それを破った者は破門すると警告している。同3世は「先住民は自由や財産の管理ができる理性を持つ存在であり、したがって信仰と救いに値する」と述べている。少数民族の人権、権利を認めていたわけだ。

 時代が進むのにつれて、人権に対する教会のスタンスも変わっていった。レオ13世(在位1878年〜1903年)は1885年の教令で「新しい、抑制されない自由の教義」を非難したが、1891年に社会教令を起草し、人権思想を受け入れる道を開いたことで知られている。

 教会の人権問題でマイルストーンとなったのは、第2バチカン公会議の「Dignitatis humanae」(1965年)だ。それに先立ち、ヨハネ23世(在位1958年〜63年)は1963年、有名な平和教令「Pacem in terris」(地上の平和)を発表した。冷戦時代、ソ連・東欧共産政権下で多くの国民が粛清され、キリスト信者の信仰の自由が蹂躙されていた。「パーチェム・イン・テリス」は地上の真の世界平和の樹立を訴えたもので、世界の平和は正義、真理、愛、自由に基づくべきものと謳っていた。教会の「人権への取り組みへの決定的な一歩を踏み出した」と受け取られた。

 ちなみに、冷戦時代、聖職者の平和運動「パーチェム・イン・テリス」はソ連・東欧共産党政権に悪用された。共産諸国は宗教界の和平運動を利用し、偽装のデタント政策を進めていったことはまだ記憶に新しい。興味深い点は、共産政権は「宗教はアヘン」として弾圧する一方、その宗教を利用して国民を懐柔していったことだ。教会は「地上の平和」をアピールすることで、「労働者の天国」を標榜する共産主義国に利用される結果ともなったわけだ。

 バチカンはナチス・ドイツが台頭した時、ナチス政権の正体を見誤ったが、ウラジミール・レーニンが主導したロシア革命(1917年)が起きた時、その無神論的世界観にもかかわらず、バチカンでは共感する声が聞かれた。聖職者の中にはロシア革命に“神の手”を感じ、それを支援するという動きも見られた。バチカンはレーニンのロシア革命を一時的とはいえ「神の地上天国建設」の槌音と受け止めたのだ(「バチカンが共産主義に甘い理由」2020年10月3日参考)。

 バチカンが今回発表した「Dignitas infinita」(25頁)では、カトリック教会の観点から個人の尊厳を侵害する長期にわたる一連の行為を挙げている。貧困、搾取、死刑、戦争、環境破壊に始まり、移民の苦しみや人身売買、さらには性的虐待など、特に教会自体の問題としても取り上げられる一方、代理出産、中絶、安楽死などの問題では断固として拒否、ジェンダー理論を通じて生物学的性別の否定には反対の立場を取っている。バチカンはこれまで複数の国連人権条約に署名してきたが、中絶やLGBTQ問題については「人権の印を押し付けようとする試み」として警戒している。

 なお、バチカンニュースは最後に、「カトリック教会が人権の理論的基礎を完全に受け入れることは決してできないだろう」と述べている。
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