ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ウクライナ戦争400日目の「騒音」

 ロシアのプーチン大統領が2月24日、ウクライナに軍を侵攻させてから3月30日で400日間が経過した。ウクライナのゼレンスキー大統領は30日夜、慣例のビデオ演説を通じて、過ぎていった400日を振り返った。

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▲オーストリア国民議会向けにスピーチするゼレンスキー大統領(背後に画面に映っているのはオーストリア国民会議のソボトカ議長)2023年3月30日、ウクライナ大統領府公式サイトから

 同大統領は、「ロシア軍の大規模な侵略に対して、400日間の祖国防衛の日々、これはウクライナ国民が歩んできた巨大な道だ。その最悪の厳しい日々を生き延びてきた。そしてこの冬も生き延びることができた。ロシア軍は恣意的に民間施設、エネルギー関連施設を攻撃し、空爆してきた。そのような日々を過ごしながら、ウクライナ国民は努力を払い生きてきたのだ」と強調した。

 ゼレンスキー大統領はロシアとの戦いが長期戦となり、ウクライナ国民は更に長い期間、厳しい状況を乗り越えていかなければならないとし、「わが軍はここ数カ月、広大な地域を奪還することができた。私たちは次のステップ、新しい行動を準備し、勝利にむかって前進しなければならない」と語った。そして、「ウクライナ軍の成功は西側のパートナーの支援によって可能となった。ウクライナを支援し、我々と共に立っている世界中の全ての国、人々に感謝したい。世界はルール、文明化されたルール、人道、尊重、平和のルールに基づかなければならない。ウクライナ国民はそのような確固たる信念を持っている」と述べた。

 ゼレンスキー大統領は30日午前(ウィーン時間30日午前9時過ぎ)、すなわち、400日間のロシア軍との戦いを振り返る夜の演説をする前に、中立国のオーストリアの国民議会でビデオ演説をした。正味10数分間の短いスピーチだったが、ゼレンスキー大統領は時には拳を握りながら、厳しい表情で語った。

 同大統領は多分、欧州連合(EU)27カ国の中でもオーストリアがオルバン政権のハンガリーと共に、親ロシア勢力が強いこと、ゼレンスキー大統領のビデオ演説を妨害する勢力があることを事前に知っていたのだろう。ウィーンの国民議会前にはゼレンスキー大統領の議会演説に抗議する親ロシア系活動家たちがデモをしていた。

 前日のコラムでも書いたが、ゼレンスキー大統領の演説が始まると、極右政党「自由党」の議員たちが続々と退席した。その空席となった席には「平和と中立主義のための席」といった文句が記された立て紙が見えるように置いてあった。自由党のキックル党首は、「わが国は中立主義であり、如何なる軍事的紛争にも一方だけを支持し、議会で演説させることはできない」と説明した。ちなみに、自由党は過去、モスクワとの政党間協定を締結している。国民議会では過去、ロシア寄りの動議を30回以上提出してきた政党だ。

 プーチン大統領は過去、何度もウィーンを訪問し、ヴォルフガング・シュッセル首相(在任期間2000年から07年)とスキーを楽しむなど、オーストリアはプーチン氏にとって訪問しやすい西側の国だった。クナイスル外相(当時)が2018年、同国南部シュタイアーマルク州で自身の結婚式を行った時、ゲストにプーチン大統領を招き、一緒にダンスをした。そのシーンは世界に流された。KGB(ソ連国家保安委員会)出身のプーチン氏にとっても、女性外相と気楽にダンスできる雰囲気がオーストリアという国にはあるのだろう。

 参考までに、オーストリアとロシアの関係は深い。ロシアの前身国家、ソ連はナチス・ドイツ政権に併合されていたオーストリアを解放した国であり、終戦後、米英仏と共に10年間(1945〜55年)、オーストリアを分割統治した占領国の1国だ。首都ウィーンはソ連軍が統治したエリアで、市内のインぺリア・ホテルはソ連軍の占領本部だった。シュヴァルツェンベルク広場にはソ連軍戦勝記念碑が建立されている。

 前日のコラムでは書き忘れたが、ゼレンスキー大統領の演説を傾聴しなかったのは自由党議員だけではなかった。ネハンマー首相は外遊中で、野党の社会民主党のパメラ・レンディ=ヴァーグナー党首は病気で欠席していた。厳密にいうと、オーストリアの主要3党の党首が欠席の中、ゼレンスキー大統領はビデオ演説をしたことになる。野党第2党の自由党の場合、キックル党首だけではなく、全議員がゼレンスキー大統領の演説中に退席したのだ。ゼレンスキー大統領を招き、議会で演説を要請しながら、それを迎える側のオーストリアには明らかに外交上の礼儀が欠けていたのだ。中立主義とゼレンスキー大統領の議会演説の「整合性」問題ではない。

 ゼレンスキー大統領は演説の中で、オーストリアの中立主義に言及し、「ロシア軍が昨年ウクライナに侵攻して以来、多くのウクライナ国民が犠牲となってきた。ロシア軍は明らかに国際条約に違反している。ウクライナは自国に属していないものを要求しているのではない。わが国に属していたものを取り戻そうとしているだけだ」と述べ、「ソボトカ国会議長を始め、議員の皆さんをウクライナに招待したい。自らの目でロシアがウクライナで何をしてきたかを見てほしい」と訴え、「道徳的に見て、悪なる行動に対して中立であるということは許されない」と諭していた。

 オーストリア国営放送の夜のニュース番組で、解説者は、「ウクライナ戦争も400日が過ぎた。国民にも政治家にも戦争疲れがみられる。そしてロシア制裁で影響を受ける企業側の反発が高まってきている」と指摘していた。それではウクライナ戦争勃発500日となる7月上旬には、オーストリア人のウクライナ戦争への受け止め方にどのような変化があるだろうか。

プーチン氏を支援する極右「自由党」

 ウクライナのゼレンスキー大統領は30日、オーストリア国民議会でビデオを通じて約12分間演説し、オーストリア国民のウクライナ支援に感謝した。

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▲ゼレンスキー大統領の演説中に退席した「自由党」議員の席(2023年3月30日、自由党公式サイトから)

 ゼレンスキー大統領は過去1年間で国連を含む世界の議会などでビデオを通じてウクライナ情勢をアピールしてきた。欧州連合(EU)加盟国27加盟国の中では既に24カ国の議会で演説してきた。同大統領が議会演説をまだ行っていない加盟国はハンガリー、ブルガリア、そしてオーストリアの3カ国だけだった。

 ゼレンスキー大統領の演説が始まると、極右政党「自由党」の議員たちが、「ウクライナ大統領の議会演説はわが国の中立主義とは一致しない」として議会から一斉に退席した。ゼレンスキー大統領の議会演説中、国会議員が退席したのはオーストリアが初めてだ。

 「自由党」のヘルベルト・キックル党首は前日、「わが国は中立主義を国是としている国だ。ウクライナ戦争で一方的にキーウ側を支援することは中立主義とは一致しない」と説明し、ゼレンスキー大統領の議会演説を妨害する意思を表明していた。

 「自由党」の議会退席に対して、与党の「国民党」、「緑の党」、そして野党の「社会民主党」と「ネオス」の議会政党は、「自由党は中立主義を守るためと詭弁を弄しているが、実際はロシアのプーチン大統領を支持しているのだ」と説明し、「自由党」は過去、ロシアと密接な関係を有してきたと指摘した。

 オーストリアの「自由党」だけではない。欧州の極右政党であるフランスの「国民連合」やイタリアの「同盟」はモスクワと接触し、人脈を構築していることで知られている。モルクワから欧州の極右党に活動資金が流れているという噂もある。

 看過できない点は、プーチン大統領は軍をウクライナに侵攻させた時、キーウのネオナチ政権を打倒し、非武装化させることが目的だと主張してきたが、プーチン大統領自身、欧州の極右政治家との繋がりを有していることだ。欧州の政界の結束を破るために、極右政党を利用しているという面は否定できないだろう。

 ゼレンスキー大統領は演説の中で、オーストリアの中立主義に言及し、「ロシア軍が昨年2月24日、ウクライナに侵攻して以来、多くのウクライナ国民が犠牲となってきた。ロシア軍は明らかに国際条約に違反している。ウクライナは自国に属していないものを要求しているのではない。わが国に属していたものを取り戻そうとしているだけだ」と述べ、「ソボトカ国会議長を始め、議員の皆さんをウクライナに招待したい。自らの目でロシアがウクライナで何をしてきたかを見てほしい」と訴え、「道徳的に見て、悪なる行動に対して中立であるということはできない」と主張した。

 ちなみに、ロシアの前身国家、ソ連はナチス・ドイツ政権に併合されていたオーストリアを解放した国であり、終戦後、米英仏と共に10年間(1945〜55年)、オーストリアを分割統治した占領国の1国だ。首都ウィーンはソ連軍が統治したエリアで、市内のインぺリア・ホテルはソ連軍の占領本部だった。シュヴァルツェンベルク広場にはソ連軍戦勝記念碑が建立されている。

 オーストリアのシャレンベルク外相(国民党)は、「わが国は軍事的には中立主義を維持するが、政治的には中立ではない」と述べ、モスクワの抗議に反論している。それに対し、「自由党」幹部で第3議会議長のホーファー氏は、「オーストリアは包括的な国防の枠組みの中で中立国の立場を維持すべきだ」と反論している。

 「オーストリアの中立主義は宗教だ」という声がある。ウクライナ戦争が勃発した後も、中立主義を見直して北大西洋条約機構(NATO)加盟に踏み切った北欧の中立国スウェーデンやフィンランドとは異なり、オーストリアでは中立主義の見直し論はほとんど聞かれない。ロシア外務省は3月5日、「オーストリアは中立主義を守るべきだ」と厳しい注文を突き付けている。

 オーストリアの複数の世論調査をみると、「自民党」がここにきて第1党に躍進してきた。その背後には、急増する移民問題がある。2015年、中東・北アフリカから100万人以上の移民が欧州に殺到した時、「自由党」は移民受け入れ反対、外国人排斥、オーストリア・ファーストを掲げて国民の支持を獲得し、クルツ「国民党」(当時)と連立を組むまでになった。その後、自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首(当時)のスキャンダル(イビザ騒動)でクルツ政権から離脱し下野した。コロナ感染時代にはワクチン接種反対を掲げて政権を批判してきたが、国民の支持は得られなかった。それが移民の流入がここにきて再び増加してきたことを受け、移民反対の姿勢を明確にして国民の支持率を集めてきている。

 オーストリアでは来年秋に総選挙を迎えるが、ネハンマー現政権が早期解散に追い込まれ、選挙で「自由党」が第1党に躍進した場合、EUの対ウクライナ支援に大きな影響を及ぼすことが懸念される。なお、国民議会前には親ロシア系活動家たちがゼレンスキー大統領の議会演説に抗議してデモを行った。

ドイツ社会に広がる「エイジズム」

 ドイツ週刊誌シュピーゲル最新号(3月25日号)は社会の高齢化とそれに伴う高齢者への差別について8頁にわたり著名な高齢者のコメントや社会各層の意見を特集している。同号の表紙のタイトルは「突然、歳を取り過ぎた?」だ。換言すれば、ドイツの「エイジズム」だ。以下、その特集の概要を紹介する。

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▲ドイツのエイジズムを特集したシュピーゲル誌最新号の表紙

 ジュネーブに本部を置く世界保健機関(WHO)は2021年、「エイジズム」(Ageism)への戦いキャンペーンで「Age doesn´t define you」(年齢であなたを定義できない)というキャッチフレーズを掲げていた。「エイジズム」とは年齢による差別や偏見を意味するもので、「年齢主義」ともいわれる。

 WHOの調査によると、世界的に2人に1人の成人は高齢者に対して偏見を持っているという結果が出ている。年齢問題研究者で心理学者のクラウス・ロータームンド氏は、「高齢者に残りの人生への期待を少なくするように要求することは非人間的だ。年を取ればそれだけ価値がなくなるとほのめかしているようなものだ」と指摘している。

 英国では社会保障制度の充実を「ゆりかごから墓場まで」というスローガンで表現された時代があったが、ここにきて人は自分も年を取って高齢者になるとは考えない。「今日の高齢者」を批判している人は「明日は我が身だ」という認識が乏しい。社会自体に年を取ることを伝染病と考え、それを回避しようとする傾向が強まってきている。

 シュピーゲルは高齢者への差別、偏見等を社会の各層から聞き出している。銀行は高齢者にはクレジットカードを発給せず、住居探しも若い世代と比べむずかしい。自動車の事故保険でも高齢者の場合、事故が多く発生しやすいという理由から保険代は高くなる。実際は高齢者の事故発生率は他の世代より多いという数字はない。欝などの精神的病になった場合も、高齢者は「当然の現象」と受け取られ、真摯に対応してくれなくなる、といった差別に遭遇している。

 欧州の経済大国ドイツでは保護が必要な高齢者の人口は30歳以下の国民より多くなるのは時間の問題という。2030年には4人に1人は65歳以上になるという。ドイツ国民の平均年齢は現在44・7歳で世界の平均年齢より約15歳高齢だ。そしてドイツ政府は社会の高齢化という人口学的な動向を久しく軽視してきたという。社会学者でジャーナリストのシュテファン・シュルツ氏がそのベストセラー「Opakalypse now」(オパカリプス)の中で指摘している内容だ。

 社会自体に、「高齢者を差別することは良くない」という認識が余りない。シュピーゲルによると、最新の「差別問題報告書」では、高齢ゆえの差別件数は昨年573件で、民族的差別(2080件)や身体障害による差別件数(1775件)より少なかったのは、「高齢者も若い世代も高齢者への差別が禁止されていることへの認識が十分ではないからだ」と分析されている。

 ポップ歌手のマドンナさん(64)は、「年齢差別は世界にとって有毒な現象だ」と批判する。美顔手術をし、派手な服装で舞台で歌うマドンナさんは最近、「そんな姿で舞台に再び登場しないでくれ」といった憎悪コメントを受け取った。その辛辣なコメントはネット上でシットストーム(炎上)した。マドンナさんは、「私は歌唱力や外貌問題でファンに負債などない」と反論している。

 中国武漢発の新型コロナウイルスは世界のエイジズムを加速化させたという。高齢者は一般的に感染危険率が高いと受け取られ、隔離が強化されていった。すなわち、高齢世代と若い世代間の世代対立を激化させたわけだ。哲学者ヨハネス・ミュラー=サロ氏は新著「Offene Rechnungen」(世代間の冷たい闘争)で、「若い世代」と「高齢者世代」の間であからさまな対立の時を迎えている、と主張している。

 ヘルシンキ大学神学部から名誉博士号が与えられたスウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんが、「あなた方(高齢者)は私の夢と子供時代を奪ってしまった」と非難した有名なセリフを思い出す。換言すれば、「高齢者は久しく多くを消費し、未来に投資せずに、若い世代に負債を残している」といった内容だ。

 ドイツのショルツ連立政権は政権発足時に連立協定で「社会全般のデジタル化の促進」を目標に掲げたが、IT技術の普及によって高齢者はますます疎外感を深めている面も否定できない。航空チケットの搭乗券を空港内で入手するのにも自動発券機で処理しなければならないから、ITの使用に慣れていない高齢者にとっては若者の厳しい目を気にしながら汗を流さざるを得ない。高齢者への差別はモダンな西側社会では広がっているわけだ。

 ソフトウェア開発。ITサービス企業「サン・マイクロシステムズ」社の創設者の1人、ビノッド・コースラ氏は、「新しいアイデアという観点からみれば、45歳以上の人間はもう死んでいる」と主張。また、メタ最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏は、「若い人間のほうが賢い」と言い切っているほどだ。

 IT関連知識や操作能力に関してはIT企業トップの意見は正しいかもしれないが、IT関連の知識やノウハウだけが人間の能力を図るものではないことはいうまでもない。ただ、IT社会で生きている現代人にとって実際、スマートフォンやコンピューターを駆使できなければ、さまざま困難が出てくることは事実だ。

 米国では行き過ぎたエイジズムに対して批判的な声が上がってきているが、ドイツでは高齢者問題では対応がまだ遅れている、と同情せざるを得ない。シュピーゲルは「ドイツでは高齢者は差別されている。時には緻密に、時には残酷に」と述べている。

 当方はこのコラム欄で「あのエレファントを見ろ!!」を書いたばかりだ。動物学者によると、エレファントは人間の高齢者を襲う認知症にかからず、目撃し、体験したことは絶対に忘れない。長く生きたエレファントであればあるほど、体験を蓄積し、群れを安全な場所に引率できるノウハウを知っているから、エレファントの世界では最高齢者は仲間から尊敬され、通常、指導者、引率者となる。そのエレファントの世界と比較して、人間の世界では高齢者は差別されるなど、弱肉強食の様相を深めているわけだ(「あのエレファントをみろ!!」2023年3月21日参考)。
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