ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

暗殺未遂事件はゲームチェンジャーだ

 トランプ前米大統領が13日、東部ペンシルベニア州での選挙集会で演説中、銃撃を受け負傷した時の映像は全世界に放映され、大きな衝撃を投じた。特に、銃撃を受けた直後、立ち上がって拳を振りあげ、支持者に「ファイト」と呼び掛けたトランプ氏の姿は国民に感動すら与えた。欧州のメディアは翌日、「トランプ氏は大統領選に勝利した」と報じるほど、暗殺未遂事件でトランプ株が急上昇中だ。

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▲トランプ前米大統領(左)とともに共和党大会に姿を現したJ・D・バンス上院議員(2024年7月15日、米ウィスコンシン州ミルウォーキー、桑原孝仁撮影)

 バイデン米大統領はトランプ氏の暗殺未遂事件を受け、ホワイトハウスから国民に向けて演説し、「政治的戦いは暴力ではなく、投票で決めるべきだ」と強調、国民が民主党と共和党に分裂している米社会の現状に言及し、国民の統合を呼び掛けた。

 一方、米共和党は15日、中西部ウィスコンシン州ミルウォーキーで開催した全国大会でトランプ氏を正式に大統領候補者に指名。それに先立ち、トランプ氏は副大統領候補者にJ・D・バンス上院議員(39)を任命したことを明らかにした。

 トランプ氏は18日、党大会で指名受諾演説をする予定だが、一部のメディアとのインタビューで「受諾演説のテキストは暗殺未遂事件前の時に書いた内容を大幅に修正した」と述べ、バイデン大統領や民主党への激しい批判を抑え、米国民の統合、和解を促す内容となることを示唆している。

 ところで、バイデン米大統領とトランプ氏の大統領選を大西洋の海洋を挟んでフォローしてきた欧州では、トランプ氏の暗殺未遂事件に衝撃を受ける一方、「米大統領選でトランプ氏が優位に立った」といった論調がメディアで報じられてきた。「もしトラ」ではなく、トランプ氏の再選が更に現実味を帯びてきたという認識だ。

 メディアではここ数日、高齢のバイデン氏の職務履行能力問題が大きな話題となっていたが、「トランプ氏の暗殺未遂事件が生じて、メンタル問題で激しく追及されてきたバイデン氏は一息ついただろう」と、少々皮肉に報じるジャーナリストすら出てきた。

 オーストリアの代表紙「プレッセ」は16日、一面トップで「銃撃事件はゲームチェンジャー」という見出しで、暗殺未遂事件の「前」と「後」では選挙戦のダイナミックは激変し、トランプ氏が断然有利に立ったと受け取る一方、バイデン氏には「秩序ある撤退の機会が開かれる」と報じている。

 ドイツのケルン大学の政治学者トーマス・イェーガー教授は15日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューで「トランプ氏はあのような危機的状況下でも本能的にどう振舞えばいいのかを知っていた」と指摘、「トランプ氏は政治的コミュニケーションのマイスターだ」と述べている。

 ウクライナ戦争問題と対峙する欧州では、バイデン氏ではなく、トランプ氏がホワイトハウスの住人となった場合、米国の対ウクライナ政策に大きな変化が生じることが予想されてきた。トランプ氏はこれまで「北大西洋条約機構(NATO)の軍事費支出で加盟国にGDP比2%を要求し、それを果たさない加盟国に対して米国は防衛する義務がない」と脅かしただけではなく、米国の対ウクライナ支援をカットし、欧州の加盟国に委ねる可能性も示唆してきたからだ。

 ドイツの野党第一党の「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)のフリードリヒ・メルツ党首は15日、ntvとのインタビューで「わが国は第2次トランプ政権の発足に対する準備が全くない」と指摘、ショルツ首相の危機管理の欠如を批判している。

 ちなみに、ショルツ首相は対ウクライナ軍事支援ではバイデン米政権と連携し、主要戦車「レオパルト2」のウクライナ供与問題でも米国のウクライナ支援に歩調を合わせてきた経緯がある。しかし、バイデン氏ではなく、トランプ氏に代わった場合、ショルツ首相はウクライナ支援では消極的なトランプ氏とどのように渡り合っていくかが大きな課題となる。

 実際、ウクライナのゼレンスキー大統領は既にトランプ政権の誕生を予想して、対応の検討に入っている。トランプ氏はロシアの占領地を認める一方、ロシア側に軍事行動の停止を要求する案を側近の間で検討させているという。ちなみに、ゼレンスキー氏は自身の「平和の公式」の中でウクライナの完全な主権回復、ロシアの占領地からの撤退を絶対に譲ることが出来ない条件としている。

 米国で大統領が民主党から共和党に代わった場合、単に大統領だけではなく、全省・関係機関のリーダーだけではなく、ほぼ全スタッフが入れ替わる。例えば、国務長官はいうまでもなく、次官から補佐官、次官補佐官、それらを支えるスタッフは代わる。ドイツ外務省が米国務補佐官、次官補佐官と人脈を構築し、情報の交換をしてきたとしても、大統領が代われば、その瞬間、ニューカマーとの人脈を構築するために最初からスタートしなければならなくなる。退陣した次官級、外交官はシンクタンクの研究員に再就職するか、大学教授のポストを得るなど、新しいジョブを探すことになる。

 繰り返すが、暗殺未遂事件後、トランプ氏の再選が一段と現実味を帯びてきた今日、共和党との関係強化、人脈構築に乗り出さなければならない。ドイツだけではない。世界はポスト・バイデン(トランプ氏のカムバック)に備えるべきだろう。

独「極右党」のパートナーが見つかった

 ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は議会内で連携するパートナーが見つからなかった。ドイツ連邦議会内だけではない。州議会でもそうだった。それだけではない。欧州議会ではフランスの「国民連合」(RN)のマリーヌ・ルペン氏の強い反対もあって右派会派「アイデンティティと民主主義」(ID)から追放されてしまった。

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▲AfDの躍進の柱となるワイデル共同党首(AfD公式サイトから)

 話を進める前に、なぜRNのルペン女史がAfDをIDから追放したかを少し説明する。同女史にはAfDに対し2つの疑問があった。ルペン女史は今年2月、AfDのアリス・ワイデル共同党首と会談したが、そこで問題となったはAfDの移民政策だ。特に、「Remigration」(再移民、集団国外追放)についてだ。昨年11月のポツダムでの右派政党関係者の会合内容がメディアに報道されて以来、ルペン氏はAfDに距離を置き出した。第2次世界大戦の初めに、ナチスはヨーロッパのユダヤ人400万人をアフリカ東海岸の島に移送するという「マダガスカル計画」を検討したことがあったが、AfDの再移民政策との関連性が問われた。もう一つは、ロシアと中国の情報機関と接触するAfDのマクシミリアン・クラー欧州議員の容疑問題だ。それらの問題が解決しない限り、ルペン女史はAfDとの連携を拒否するというのだ(「ルペン女史とワイデル党首のパリ会合」(2024年3月1日参考)。

 ルペン女史は2011年に党指導部に就任して以来、党のイメージ改善に腐心してきた。党名の変更もその一つだった。2027年のフランス大統領選挙を目標としているルペン女史は穏健な中道右派政党を目指し、過激な移民政策を主張するAfDと欧州議会内での連携を避けたいという事情がある。ただし、RNの政策が大きく変わったわけではない。フランス・ファーストであり、国家、フランスの主権を強調し、大国を誇示、欧州連合(EU)とドイツを批判。外国人嫌悪が強く、イスラム教徒に対しては批判的だ。

 欧州の政界は欧州議会選でも明らかになったように、極右政党が勢力を伸ばしてきた。AfDも他の極右政党と同様健闘して議席を大きく伸ばしたが、欧州議会で連携できる会派が見つからなかった。そのような時、欧州議会で8日、新しい右翼会派「欧州の愛国者」(PfE)が正式に発足したのだ。ブリュッセルからの情報によると、12カ国、84議員が現時点で新会派に所属している。欧州議会では会派を創設するためには最低、7か国、23議員が必要だ。PfEは欧州人民党(EPP)と社会・民主主義者進歩同盟(S&D)についで3番目に大きな会派となる。そのPfEの中にAfDは入っていない。フランスのRNからオランダ、チェコ、ハンガリー、イタリアから主要な右翼政党は新会派に所属している。AfDは欧州の極右政党のメインストリームから完全にのけ者扱いされたわけだ。

 ところで、AfDの孤独な寂しい期間は案外、短かった。ワイデル共同党首の報道官によると、AfDを中心とした新しい会派が創設されたのだ。新会派には9カ国から28人の議員が所属する予定で、そのうち14人がAfD議員だ。新会派に所属する政党の思想は広範囲にわたり、反ユダヤ主義者、ナショナリスト、新ファシスト、人種差別主義者、そしてプーチンの友人たちまで多種多様だ。

 ドイツ民間放送ntvのヴェブサイトが10日、掲載した記事を参考に、AfDの新しいパートナー政党を紹介する。

 .屮襯リアの「ワスラシュダネ」
 「ワスラシュダネ」は「再生」を意味。2014年に結党。EUに懐疑的、ナショナリスト、親ロシア、移民反対。欧州議会に今回初めて3議員を送る。ブルガリアのEU加盟の再交渉、NATO脱退に関する国民投票を要求。
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 極右政党「レコンケート(再征服)」は、ジャーナリストのエリック・ゼムール氏によって2021年に設立された。ゼムール氏は人種差別的な発言で何度も有罪判決を受けている。新しい右派会派には議員1人だけが参加。
 リトアニアの「人民と正義の連合」
 欧州選挙で1議席を獲得。ペトラス・グラズリス党首。同党首は過去、同性愛嫌悪的な行動で注目を集めた。
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 極右の「コンフェデラツィア」は、EU反対、ポピュリズム、反ユダヤ主義の政党で欧州選挙で6議席を獲得した。独紙「ヴェルト」によれば、そのうち3人が新会派に加わる。
 ゥ好蹈丱アの「レプブリカ」
 「レプブリカ」はナショナリストまたは新ファシストと見なされる政党。EUを純粋に経済的な協力に戻すべきだと主張。また、スロバキアのNATO脱退も求めている。欧州選挙で2議席を獲得したが、1人の議員のみが参加する予定。
 Ε好撻ぅ鵑痢Se Acabo La Fiesta(パーティーは終わった)」
 「Se Acabo La Fiesta」は、政治インフルエンサーのルイス「アルヴィセ」ペレス氏によって設立された運動で、約2カ月前に政党として結成された。欧州選挙で初めて3議席を獲得した。
 Д船Д海痢Svoboda a prima demokracie(自由と直接民主主義)」
 不法な移民対策では「ゼロ・トレランス政策」を提唱。党創設者のトミオ・オカムラ氏は、ヨーロッパのイスラム化を警告している。新しい欧州議会には1人の議員が所属する。
 ┘魯鵐リーの「Mi Hazank Mozgalom」(わが故郷運動)
 ハンガリーの極右政党。極端なナショナリズムとEU懐疑主義を掲げている。欧州議会には1議席を有する。
 以上。

 AfDはミニ会派のリーダーとして欧州議会で活動することになる。PfEに比べるならば、このミニ会派は文字通り極右政党の集まりだ。欧州議会で台風の目となるかもしれない。

‘本当’の「自由な共産主義」はどこに?

 イスラム過激派テロリストの3人が起こした仏週刊紙「シャルリーエブド」本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件について、同国の穏健なイスラム法学者(イマーム)がジャーナリストの質問に答え、「テロリストは本当のイスラム教信者ではない。イスラム教はテロとは全く無関係だ」と主張し、イスラム教はテロを許してはいないと繰り返した。それに対し、「世界でテロ事件を犯しているテロリストは異口同音にコーランを引用し、アラーを称賛している。それをイスラム教ではないという主張は弁解に過ぎない。彼らはイスラム教徒だ」と反論する声が聞かれた。

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▲学生オンラインゼミで講演する志位和夫議長(「民青同盟」主催の講演ビデオからスクリーンショット)

 著名な神学者ヤン・アスマン教授は当時、「唯一の神への信仰(Monotheismus)には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明し、実例として「イスラム教過激派テロ」を挙げていた。すなわち、イスラム教とテロは決して無関係ではないというのだ(「『妬む神』を拝する唯一神教の問題点」2014年8月12日参考)。

 なぜ突然、パリのテロ事件でのイスラム教イマ―ムの言葉を思いだしたのかを説明する。日本の最大言論プラットフォーム「アゴラ」で加藤成一氏(元弁護士)が「共産党一党独裁は『自由な共産主義』と矛盾する」というタイトルのコラムを掲載し、志位和夫議長が出版した「Q&A共産主義と自由:資本論を導きに」(新日本出版社)に言及していたが、その中で赤旗(2024年7月11日)の志位氏の発言「旧ソ連や中国に自由がないのは、指導者が誤っていたこと、社会主義への出発が自由も民主主義もない後進国であったからであり、先進国である日本における社会主義建設とは根本的に異なる」という箇所の内容を読んだからだ。志位氏によれば、旧ソ連・東欧共産諸国の共産主義は‘本当’の共産主義ではなかったというのだ。

 旧ソ連・東欧諸国の共産政権はいずれも崩壊した。共産主義の敗北が明白となった時、日本の共産主義者やそのシンパの中から「旧ソ連、東欧の共産主義は本当の共産主義ではない」と、崩壊した共産主義国を修正主義者と糾弾する一方、「共産主義はまだ実現されていない」と、その希望を未来に託したことを思い出す。イスラム法学者の「テロリストは本当のイスラム教徒ではない」と反論する論理と何と酷似していることか。

 先のイスラム法学者も極東の共産主義者も「どこに“本当”のイスラム教、“本当”の共産主義世界が存在するか」といった疑問には答えていない。崩壊した旧ソ連・東欧の共産主義国は少なくとも共産主義思想を標榜した国であり、テロを繰り返すイスラム過激派テロリストも、少なくともアラーを崇拝するイスラム教徒である、といわざるを得ないからだ。

 共産主義は生産手段を国有化し、資本家による労働者の搾取をなくした社会の建設を標榜し、プロレタリアートの独裁と暴力革命をその運動の中核に置く点で今も現在も大きな変化はない。そのような国家建設を目標に掲げてきた旧ソ連・東欧共産圏では本当に「自由な共産主義」が実現されただろうか。ロシア革命以来、明らかな点は共産圏の歴史は人権弾圧、粛清の歴史であったことだ。

 加藤氏はそのコラムの中で共産主義社会では「言論の自由」は存在しないと指摘していたが、「言論の自由」だけではなく、「信教の自由」もそうだった。旧ソ連・東欧では憲法で「言論・信教の自由」は一応明記されていたが、実際は共産党独裁政権を震撼させる如何なる言論も宗教も認められなかった。ちなみに、中国の習近平国家主席は国民の宗教熱を完全には抑えられないとして、ここにきて「宗教の中国化」を求め出している。

 旧ユーゴスラビア連邦のチトー政権下で副大統領を務めたミロヴァン・ジラス(1911〜1995年)は共産主義者の生き方を見て「彼らは赤の貴族だ」と喝破し、反体制派に転身していった。共産主義では人間の自由が開花する理想的な社会となる、といった掛け声は実際は空言に過ぎなかった。マルクス・レーニン主義は人間が持つ理想への羨望を巧みに扇動する似非宗教思想だといわれる所以だ。

 志位氏は新著で「自由な共産主義」が存在するかのように述べているが、マルクス・エンゲルスの「共産党宣言」が発表されて以来、抑圧のない、自由な共産主義社会は今だに現実化していない。それに対し、学生たちに共産主義を擁護し、アピールするのならば、説明する責任がある。「旧ソ連・東欧の共産主義は本当の共産主義ではなかった」という説明では納得できないだろう。
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