ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

EUが提示した難民の「安全な出身国」表

 欧州に殺到する移民・難民対策の一環として欧州連合(EU)の欧州委員会は16日、難民申請手続きを迅速に処理するために「安全な出身国リスト」を作成した。同リストに掲載されている国としては、コソボ、バングラデシュ、コロンビア、エジプト、インド、モロッコ、チュニジアが入っている。上記のリストに掲載された国から難民申請があった場合、加盟国は迅速に審査して送還などの対応を判断できる。欧州委員会は加盟国からの要求に応じた対応と説明している。

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▲ブルナー欧州委員(難民問題担当)、EU委員会公式サイトから

 加盟国は欧州委員会に対して「安全な出身国リスト」を作成するように要請してきた。EUの難民問題担当のマグヌス・ブルナー委員(オーストリア)は16日、「加盟国での難民審査が迅速に実行できるために支援することが私の関心事だ」と述べている。同委員によると、「多くの加盟国は入国した難民の申請手続きで多くの時間を投入するなど、対応に苦慮している」という。

 ブリュッセルはリストの公表に関連して、欧州共通庇護制度(CEAS)改革の一部をより迅速に実施することを提案した。これにより、加盟国は、承認率が20%未満の国からの入国者に対して、従来の計画よりも早く国境手続きや迅速化手続きを適用できるようになる。

 EU委員会の提案によれば、安全な出身国の国民からの申請はより迅速に処理されるべきであり、通常の6か月ではなく最大3か月の処理期間となる。委員会が提示した安全な出身国のリストは、既存のリストを補足することを目的としている。同リストが正式に承認されるためには、 EU議会と加盟国の承認が必要となる。

 例えば、オーストリアでは、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、モンゴル、マケドニア、モンテネグロ、セルビア、アルバニア、ガーナ、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、ジョージア、アルメニア、ベナン、セネガル、ナミビア、韓国、ウルグアイが亡命希望者にとって「安全な第三国」とみなされる。バングラデシュ、コロンビア、エジプト、インドはまだリストに載っていない。庇護調整協会によると、EU委員会によって安全と分類された7カ国からの難民申請は、昨年の総申請件数の約6%を占めている。加盟国がEUの取り組みに沿ってリストを改訂する。

 また、EU加盟候補国も原則として安全な出身国と分類されるが、例外は暴力や戦争が蔓延している国の場合だ。加盟国は引き続き、それぞれの難民申請を個別に審査する義務を負う。

 ところで、「安全な出身国」(safe countries of origin)を決定するための基準について、アルバニアのイタリア人難民キャンプをめぐる紛争を受け。欧州司法裁判所(ECJ)は現在、審理中だ。ECJの法務長官によれば、加盟国は自ら安全な出身国を決定し、それに応じた亡命決定を下すことができるが、国内裁判所による審査も正当であるという。判決は今後数ヶ月以内に下される予定だ。

 いずれにせよ、EU全体のリストが自動的に国外追放者の増加を意味するわけではない。 ただ、「安全な国の出身国リスト」の標準化により、これらの国からの申請者にとって、難民申請が却下された後の控訴や法的措置の期限が短縮され、手続きがより迅速に完了する可能性が出てくる。委員会の提案は、EU難民救済機関(EUAA)やその他の情報源による分析に基づいており、加盟国、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、欧州対外行動サービス(EEAS)からの情報も参考されている。

 なお、イタリアのマッテオ・ピアンテドーシ内相は、EUのリストの公表を歓迎している。ローマは昨年、アルバニアとの間で難民キャンプの設置で合意したが、法的な争いのため、同難民キャンプはまだ機能していない。

 ちなみに、「安全な出身国」(safe countries of origin)のリストに続いて、「安全な第三国」(safe third counries)の見直しが加速される可能性が出てきた。通常、「安全な第三国」とは、庇護希望者が経由した国のうちその者の出身国とその者が現に滞在している国を除く、迫害や拷問を受ける恐れのない国を指す。そのため、帰還拠点の設置や第三国への庇護手続きのアウトソーシング(外部委託)が難しくなる。

 欧米先進諸国では1970年代以降、難民申請者が激増し、各国の大きな負担となってきた。そのため、難民認定審査基準の厳格化などで、難民申請者の難民性を否定し、難民認定審査なしで「安全な出身国」への送還が取られ出している。

ドイツは‘第2のアデナウアー時代‘か

  ドイツ民間放送NTVニュース専門局のヴェブサイトにはヴォルフラム・ヴァイマー氏のコラムが掲載されているが、 4月8日付けのコラム「アデナウアー時代の到来か」は非常に興味深い。ヴァイマー氏は次期首相の「キリスト教民主同盟」(CDU)メルツ党首時代がアデナウアー時代と酷似している、という視点からコラムを書いている。以下は同氏のコラムの概要を紹介する。

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▲「コンラート・アデナウアー財団」公式サイトから

 先ず、ヴァイマー氏はアデナウアーが登場した1950年代と次期首相候補者メルツ党首時代が似ている点を指摘する。「東部での血なまぐさい戦争、米国との貿易戦争、そしてドイツにははまだ政府が発足してない状態だ。世論調査は最大の不確実性を示している。メルツ氏が政権を担う現代はアデナウアーが政権を担当した1950 年代を彷彿とさせる」というのだ。

 コンラート・アデナウアー(1876年〜1967年)は1949年から63年まで西ドイツの最初の首相だった。アデナウアーは連邦共和国の再軍備に反対していた。 1949年の選挙運動中、彼はCDUのキリスト教平和主義の綱領を非常に明確に策定し、1949年12月4日にドイツ通信社に対して「私はドイツ連邦共和国の再軍備、ひいては新たなドイツ国防軍の設立に根本的に反対していることを国民にきっぱりと明らかにしなければならない」と述べていた。しかし、選挙勝利から数か月後、アデナウアーはまさにその逆のことをした。つまり、再軍備を開始した。それはドイツ連邦軍の創設と北大西洋条約機構(NATO)への加盟に繋がった。アデナウアーは自身の立場を修正しただけでなく、CDU を深刻な危機に陥らせ、暴力的な抗議行動が国内を揺るがした。グスタフ・ハイネマン内相は1950年、抗議のため辞任し、2 年後に CDU を離脱しているのだ。

 ヴァイマー氏は「アデナウアーは歴史的な方向転換を遂げ、それに対する多大な批判に耐え、そして最後には歴史に立ち向かう勇気を示した。 1950年に朝鮮戦争が勃発し、社会主義独裁政権、特にソ連は戦争と暴力による残忍な拡大路線を歩んでいた。アデナウアーは、自らが変化し抵抗せざるを得ないと感じ、歴史はそれが正しかったことを証明することになった」と記している。

 ヴァイマー氏は2025年のメルツ氏の出現を1950年代のアデナウアー時代の再現のように受け取っている。「70年後、同じパターンが繰り返される。 CDU党首で首相に指名されるフリードリヒ・メルツ氏は、巨額の負債もドイツ史上最大の再軍備も、一世代で最大の貿易戦争も望んでいなかった。しかし、ロシア、ウクライナ、米国での出来事は、彼に修正を強いるだけでなく、大きな方向転換を迫っている。アデナウアーと同様、メルツ氏もこのことに対する批判の嵐に耐えなければならない。平和主義者と右派ポピュリストは彼を戦争屋と攻撃し、左派は彼を嘘つきで約束を破る者と呼び、『ドイツのための選択肢』(AfD)は彼を裏切り者で『社会民主党』(SPD)のしもべと非難する」という。

 シンプルに表現するなら、アデナウアーもメルツ氏も選挙前の公約を全て放棄したけではなく、公約とは全く逆の政策を実施する。明らかに「公約破り」だが、それが時代の要請に合致するという幸運に恵まれ、アデナウアー氏はドイツの戦後の歴史にその名を残すことが出来た。同じように、メルツ氏も膨大な財政赤字を甘受し、ドイツの再建に乗り出そうとしているわけだ。

 ヴァイマー氏はコラムの最後に、「メルツ党首もSPDのクリングバイル党首も、アデナウアーの時代と同様、将来のドイツのためには改正という苦い重荷を背負わなければならないので、それを引き受けている。クリングバイル氏は移民・国民所得政策を見直し、メルツ氏は債務ブレーキを見直している。メルツ氏は、アデナウアー氏が再軍備に反対したのと同じように、巨額の債務増加に反対してきた。しかしメルツ氏はアデナウアー氏と同様、ドイツには今や安全保障のための新たな枠組み、いわばヨーロッパ版NATOが必要だという認識に基づいて行動している。ドイツはロシアに対抗するために武装し、同時に米国から独立しなければならない。この国は第2のアデナウアー時代を迎えている」と説明している。

メルツ氏「タウルスのウクライナ供与」発言

 ドイツのキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首は想定外の出来事が生じない限り、5月6日には連邦議会で正式に首相に選出される予定だ。そのメルツ氏は13日、公営放送の番組の中でドイツ軍が誇る巡行ミサイル「タウルス」のウクライナ供与に積極的な発言をした。ただし、同党首は「欧州のパートナーの承認があれば」という条件を付けた。

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▲次期首相のメルツ氏、タウルス供与に積極的、CDU公式サイトから

 同ニュースが報じられると、ルクセンブルクで欧州連合(EU)外相会合に出席していたEUの外交安全保障上級代表のカラス氏は、ドイツのタウルスがウクライナに引き渡されることを歓迎し、 「ウクライナが自国を防衛し、民間人が死ななくて済むよう、私たちはもっと努力しなければならない」と述べている。

 メルツ氏は野党指導者時代からウクライナへのタウラス巡航ミサイルの供給には前向きだった。同氏は「我々自身がこの戦争に介入しているのではなく、ウクライナ軍にそのような兵器を提供しているのだ。ウクライナ軍は防御に追われ、相手側の攻撃に反応するだけだったが、ロシアが併合したウクライナのクリミア半島とロシアを結ぶ最も重要な陸上交通路のケルチ橋を破壊することも可能だ。プーチン大統領が弱みを見せたり和平の申し出に前向きに応じるとは思えないが、彼はこの戦争の絶望性をいつかは認識するはずだ。そのためにも、我々はウクライナを支援しなければならない」と述べている。

 予想されたことだが、メルツ氏の発言に対してロシアから脅迫が届いた。クレムリンの報道官ドミトリー・ペスコフ氏は、「メルツ氏の発言はウクライナの戦争を激化させることになる」と警告した。ロシアの元大統領ドミトリー・メドベージェフ氏はXで、「今、メルツはクリミア橋への攻撃を提案した。よく考えろ、ナチス!」と罵声を飛ばしている。

 メルツ氏の発言に対して批判はロシアだけではない。ドイツの社会民主党(SPD)の国防相代行ピストリウス氏はハノーバーでのSPDの会議で、次期首相となるメルツ氏が欧州のパートナーと連携して巡航ミサイル「タウルス」をウクライナに配備する計画について懐疑的な見解を示している。

 欧州では英国とフランスが既に同様の巡行ミサイルをウクライナに供与しているが、英国の「ストームシャドウ」とフランスの「スカルプ」と呼ばれる巡行ミサイルはタウルスより精度が低く、射程距離も大幅に短い。タウルスの射程距離は500キロだ。

 退任するSPD首相オーラフ・ショルツ氏は、タウルスの納入がドイツを戦争に引きずり込む恐れがあると懸念し、ウクライナやフランスから供与への圧力があった時も一貫して拒否してきた経緯がある。

 ドイツがその主用な武器システムを紛争地へ供与する場合、他の欧州諸国とは異なり、国内外で議論が常に飛び出してくる。たとえば、ドイツの主用攻撃型戦車「レオパルト2」のウクライナへの供与問題の時もそうだった。「レオパルト2」の供与を躊躇するドイツに対し、欧米諸国から圧力が強まった。最終的にはショルツ首相がバイデン米大統領(当時)との協議の末、アメリカとドイツ両政府は2023年1月25日、ウクライナに戦車を供与すると発表した。アメリカは「M1エイブラムス」31台を、ドイツは「レオパルト2」14台をそれぞれ送ることで決着したわけだ。

 タウルスの場合、英国とフランス両国と話し合って決めることになる。メルツ氏がロシアとディ―ルするトランプ米大統領とタウルス問題で協議するか否かは不確かだ。
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